119・夕ご飯の時間
コンッ コンッ
「あの・・・・・」
「・・・・・・・・・・んうぅ??」
ドアをノックして、夕ご飯を告げに来てくれたのは、スライムちゃん。
スライムちゃんはドアの隙間から部屋の中を覗き、むくりと起き上がった翠をジッと見ていた。
あんまり長寝しなかった事もあり、翠はスパッと起きて、スライムちゃんの元に駆け寄り、頭を撫
でてあげる。
いつも野宿を終えて宿に泊まると、長寝して体を痛める。
でも今回は、起こしに来てくれたスライムちゃんに感謝する翠。
体がバキバキになる苦痛と歯痒さは、もうこの世界に来て何十回も味わっている。
「ありがとうね。これから色々とお世話になるけど、よろしくね。」
「・・・・・うんっ!」
すっかり里の住民のハートを鷲掴みにした翠達。
いきなり来たにも関わらず、ご飯も提供してくれた里の住民には、翠達も感謝してもしきれない。
翠は寝ている4人を叩き起こす、雪原ではしゃぎすぎたグルオフが、一番起きてくれなかった。
ボヤーっとした顔で4人を見ているその顔に、4人は安心した。
「・・・・・ねぇ、グルオフ。」
「んんー?」
「グルオフはさ、これから・・・というか、これからも色々と大変になるわけじゃん?」
「・・・・・うん?」
「それについてはさ・・・・・
・・・いや、やっぱりいいや。」
「???」
グルオフの『子供らしい姿』が、これから先どんどん見れなくなってしまうのは、翠達にとって
も、寂しい事この上ない。
もうすっかりグルオフの『保護者』の仲間入りをした翠・クレン・リータの3人も、保護者第一号のラーコと同じく、グルオフの成長の凄まじさを痛感していた。
もうあれこれと考えている間に、グルオフは自分達を追い抜き、どんどん上へ上へ昇っていく。
それは、グルオフにとって喜ばしい事ではある。
だが、いざその日が来るとなると、また違った感情が湧き上がってくる。
(・・・お父さんもお母さんも、私の『卒業式』とか『入学式』には、こんな気持ちになってくれて
いたのかな?)
翠はまだ子供を持ったわけでもなければ、彼氏ができた事すらない。
それでも、身近な人がどんどん自分から離れてしまう感覚は、とても淋しいものである。
学校では感じられなかったこの気持ちは、少し歯痒くて、空虚感にも似ていた。
だから翠は、その気持ちを埋め合わせるべく、自分も動こうとしていた。
「ザクロって、どうして片言なんだろうね?」
「さぁ・・・・・
里の住民達は普通に話してるんですけどね。」
「・・・多分、ザクロお兄ちゃんは・・・
リザードマンは、賢くないから・・・」
翠とグルオフが話していると、前を歩いているスライムちゃんが説明を加えてくれた。
だが、『賢くないから』という言葉は、なかなかストレートで、5人はつい苦笑してしまう。
それでも、スライムちゃんの顔は至って真面目であった。
「あのね、リザードマンはね、『のう』が小さいんだって。」
「・・・・・あっ! 『そっち』ね!
ごめんごめん! お姉さん達誤解してたわ!」
スライムちゃんの言葉は、あながち間違ってはいなかった。
ラーコは安心しながら、自分達の誤解を解いてくれたスライムちゃんの頭を優しく撫でる。
後々、ザクロを傷付ける、軽率な発言をしてしまうところだった。
『賢くない』『頭が悪い』という一言だけでは、細かい事情ははっきりとは分からない。
動物の世界でも、『賢い動物』と『そうでない動物』はいる。それと同じ感覚だ。
リザードマンの場合、『種族』の問題であった。なら、これ以上言及する必要はない。
それに、彼は話の分かるモンスター。
何の考えもなければ、グルオフを見ても武器を振るい続けていただろう。
片言でも、彼の気持ちはしっかり翠達に伝わっている。もうそれで十分だ。
彼は頑張って、丁寧に翠達と話を合わせ、頑張って自分自身をアピールしていた。
だから、そこまで些細な問題は気にしない。気にしていたら、むしろ勿体無いくらい。
翠がザクロの片言を気にしたのは、ほんのちょっとした疑問だった。
(もしかしたら、遠慮しているのかもしれない・・・)と思っていた翠だったが、スライムちゃんの言葉を聞いて安心した。
「それにね、ザクロお兄ちゃん、ミドリお姉ちゃんにはいつも以上にお喋りしてるよ?」
「そ、そう?」
「うん、機嫌が悪い日はね、挨拶しかしてくれないの、ザクロお兄ちゃん。
喧嘩になったらいつも怒られてるし、いつも顔怖いし・・・・・」
「__________!!!」
言葉にならない声を上げて、どこからともなくザクロが飛び出してきて、スライムちゃんを抱えて
何処かへ行ってしまう。
ザクロの素早い動きは、まさにコント。思わず5人は大爆笑だった。