表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/237

12・我慢できず・・・

「グス・・・グス・・・

 うぅ・・・・・・うぅう・・・・・」


 翠が窓を静かに開けて、真下を覗いてみると、


 『見覚えのある金髪』と、『ぼんやりと光る紫色の2つの光』


 が見える。

 シカノ村に着く前に出会っている、大きな荷物を頑張って背負っていた、あのエルフだった。

 しかし、彼の姿は先程よりも、だいぶ痛々しくなっている。

 彼が来ているボロ布には、あちこちにゴミが付着して、髪もボサボサになっていた。

 そして、彼は躊躇する事もなく、宿のゴミ捨て場に手を突っ込んでは、『ナニか』を探している様子。

 翠はとりあえず、部屋の隅に立てかけていた杖を手に取り、先ほど覚えたばかりの『技』を念じる。


(えーっと・・・こうやって杖を横に振れば・・・)


 ブンッ!


 ポッ!


(おぉ! 光った光ったぁ!!)


 翠は新しい技を覚える段階で知った、この世界で技を発動する条件は、そこまで難しくはなかった事。

 RPGでは、よく『発声』して技を発動させたり、長々とした『呪文』が必要だったりするのだが、この世界の場合、『動作』によって技が発動する仕組み。

 試しに翠が、杖を大きく振ってみると、杖の先端から『緑色の炎』が灯る。

 しかしその炎は、決して熱いわけでもなければ、冷たいわけでもない。

 触っても全然大丈夫な上、木材にぶつかっても燃えない。

 だが、技を覚える段階で翠は知ったのだが、技一つに対しても、もっと経験値を注ぎ込む事で、『新たな特殊能力』が追加される事を知った。

 例えば、周囲を照らすだけの緑色の炎に、『モンスター避け』の効果が付与できたり、『実際の炎』のように、熱い炎で『料理』ができたり。

 一つの技にも色々な可能性があり、翠はますますやる気になっていた。




 ギィ・・・・・ギィ・・・・・ギィ・・・


(・・・木の床って、こんなにやかましく鳴るものだったっけ?

 昼間は全然分からなかったけど・・・・・)


 宿の階段を、音を立てずに降りようとしたものの、やはり床がギシギシと軋む音がしてしまう。

 だが、幸い他の宿泊人が起きる事はなく、翠は宿の扉をゆっくりと開けて外に出る。

 夜の風は、不思議なくらい冷たかった。その寒さに、翠はちょっと身震いしたものの、ゴミを漁っている少年の方が、もっと寒そうだった。

 よく見ると、少年の体は寒さで小刻みに震えている。

 そして、少年が何故ゴミの中を漁っているのかは、『彼の口元』を見てすぐに分かってしまう。


「ヒッ!!!


 う・・・おえぇぇぇ・・・」


 少年は、口の中に無理やり押し込んだものを吐き出してしまう。それは、『変色しているパン』だった。

 明らかに普通のパンではない、そのパンは完全に腐っていた。

 だが、少年の腹からは、耐えず『空腹』を訴える悲鳴が聞こえる。

 夜の静寂で、その悲鳴は響くように聞こえてしまう。

 少年は、恥ずかしいのか、怖いのか、明かりを灯して様子を見に来た翠に驚き、壁の隅まで逃げて震えてしまう。

 少年の腕は、華奢な翠の腕よりも細く、肌のあちこちに『切傷』や『打撲跡』がある。

 翠は、その少年の哀れな姿に、思わず絶句してしまう。

 日本のホームレスとは比べものにならないくらい、憔悴に憔悴を重ねたような少年。

 彼の身につけている服も、『服』とは言えなかった。

 単なる『布の繋ぎ合わせ』のような、汚らしくて粗末なもの。

 翠の初期装備が、とんでもなく豪勢に見えてしまうくらいに。

 少年は目を塞ぎ、両手で頭を隠していた。

 そして小さな声で、何度も「ごめんなさい・・・」と繰り返している。 

 翠は唖然としてしまい、持っている杖を倒しそうになった。

 『この世界の闇』を直面した翠にとって、この光景だけでも色々と想像できてしまい、翠も吐きそうになってしまう。

 そう、翠自身が経験していたような『いじめ』とは比べものにならないくらいの惨状。

 翠は、クラスメイトから毎日散々いじられ、馬鹿にされてきたが、目の前で震えている少年の様に、ボロボロになる程苦しめられる事はなかった。

 人を見つけても、震えて怖がる事もなかった。

 そんな少年を見ていると、また旧世界の事をつい思い出してしまう翠。




「自分より辛い思いをしている人は沢山いる。だから、自分だけでも耐えないといけない。」


 そんな言葉を、旧世界の様々な場所、様々な場面ではよく聞いていた翠。

 一聞いちぶんすると、ごもっともな意見に聞こえるかもしれないが、ある意味『我慢を強いる言葉』である。

 翠はその言葉が、大嫌いだった。

 一部の人間は


「我慢は体にも心にも良くない」


 と言っているにも拘わらず、別の人間は


「我慢こそ人生の財産」なんて吹聴している。


 しかし、この状況を見て、同じ言葉が通用するとは到底思えない。

 同じ言葉でも、世界が違うだけで受け止め方が違う。

 今のこの状況に、「我慢こそ人生の財産」なんて言葉、『皮肉』とも受け取れる。


(こんな状況を耐えろ? こんな状況を見て、耐えろ?

 見て見ぬフリをしろ? 見なかった事にしろ?




 ・・・できるわけないじゃん。)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ