12・我慢できず・・・
「グス・・・グス・・・
うぅ・・・・・・うぅう・・・・・」
翠が窓を静かに開けて、真下を覗いてみると、
『見覚えのある金髪』と、『ぼんやりと光る紫色の2つの光』
が見える。
シカノ村に着く前に出会っている、大きな荷物を頑張って背負っていた、あのエルフだった。
しかし、彼の姿は先程よりも、だいぶ痛々しくなっている。
彼が来ているボロ布には、あちこちにゴミが付着して、髪もボサボサになっていた。
そして、彼は躊躇する事もなく、宿のゴミ捨て場に手を突っ込んでは、『ナニか』を探している様子。
翠はとりあえず、部屋の隅に立てかけていた杖を手に取り、先ほど覚えたばかりの『技』を念じる。
(えーっと・・・こうやって杖を横に振れば・・・)
ブンッ!
ポッ!
(おぉ! 光った光ったぁ!!)
翠は新しい技を覚える段階で知った、この世界で技を発動する条件は、そこまで難しくはなかった事。
RPGでは、よく『発声』して技を発動させたり、長々とした『呪文』が必要だったりするのだが、この世界の場合、『動作』によって技が発動する仕組み。
試しに翠が、杖を大きく振ってみると、杖の先端から『緑色の炎』が灯る。
しかしその炎は、決して熱いわけでもなければ、冷たいわけでもない。
触っても全然大丈夫な上、木材にぶつかっても燃えない。
だが、技を覚える段階で翠は知ったのだが、技一つに対しても、もっと経験値を注ぎ込む事で、『新たな特殊能力』が追加される事を知った。
例えば、周囲を照らすだけの緑色の炎に、『モンスター避け』の効果が付与できたり、『実際の炎』のように、熱い炎で『料理』ができたり。
一つの技にも色々な可能性があり、翠はますますやる気になっていた。
ギィ・・・・・ギィ・・・・・ギィ・・・
(・・・木の床って、こんなにやかましく鳴るものだったっけ?
昼間は全然分からなかったけど・・・・・)
宿の階段を、音を立てずに降りようとしたものの、やはり床がギシギシと軋む音がしてしまう。
だが、幸い他の宿泊人が起きる事はなく、翠は宿の扉をゆっくりと開けて外に出る。
夜の風は、不思議なくらい冷たかった。その寒さに、翠はちょっと身震いしたものの、ゴミを漁っている少年の方が、もっと寒そうだった。
よく見ると、少年の体は寒さで小刻みに震えている。
そして、少年が何故ゴミの中を漁っているのかは、『彼の口元』を見てすぐに分かってしまう。
「ヒッ!!!
う・・・おえぇぇぇ・・・」
少年は、口の中に無理やり押し込んだものを吐き出してしまう。それは、『変色しているパン』だった。
明らかに普通のパンではない、そのパンは完全に腐っていた。
だが、少年の腹からは、耐えず『空腹』を訴える悲鳴が聞こえる。
夜の静寂で、その悲鳴は響くように聞こえてしまう。
少年は、恥ずかしいのか、怖いのか、明かりを灯して様子を見に来た翠に驚き、壁の隅まで逃げて震えてしまう。
少年の腕は、華奢な翠の腕よりも細く、肌のあちこちに『切傷』や『打撲跡』がある。
翠は、その少年の哀れな姿に、思わず絶句してしまう。
日本のホームレスとは比べものにならないくらい、憔悴に憔悴を重ねたような少年。
彼の身につけている服も、『服』とは言えなかった。
単なる『布の繋ぎ合わせ』のような、汚らしくて粗末なもの。
翠の初期装備が、とんでもなく豪勢に見えてしまうくらいに。
少年は目を塞ぎ、両手で頭を隠していた。
そして小さな声で、何度も「ごめんなさい・・・」と繰り返している。
翠は唖然としてしまい、持っている杖を倒しそうになった。
『この世界の闇』を直面した翠にとって、この光景だけでも色々と想像できてしまい、翠も吐きそうになってしまう。
そう、翠自身が経験していたような『いじめ』とは比べものにならないくらいの惨状。
翠は、クラスメイトから毎日散々いじられ、馬鹿にされてきたが、目の前で震えている少年の様に、ボロボロになる程苦しめられる事はなかった。
人を見つけても、震えて怖がる事もなかった。
そんな少年を見ていると、また旧世界の事をつい思い出してしまう翠。
「自分より辛い思いをしている人は沢山いる。だから、自分だけでも耐えないといけない。」
そんな言葉を、旧世界の様々な場所、様々な場面ではよく聞いていた翠。
一聞すると、ごもっともな意見に聞こえるかもしれないが、ある意味『我慢を強いる言葉』である。
翠はその言葉が、大嫌いだった。
一部の人間は
「我慢は体にも心にも良くない」
と言っているにも拘わらず、別の人間は
「我慢こそ人生の財産」なんて吹聴している。
しかし、この状況を見て、同じ言葉が通用するとは到底思えない。
同じ言葉でも、世界が違うだけで受け止め方が違う。
今のこの状況に、「我慢こそ人生の財産」なんて言葉、『皮肉』とも受け取れる。
(こんな状況を耐えろ? こんな状況を見て、耐えろ?
見て見ぬフリをしろ? 見なかった事にしろ?
・・・できるわけないじゃん。)