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114・ようやく『女』を自覚する

 だんだんと積もっている雪が少なくなり、茶色い地面が剥き出しになっている所まで見え始める。

王都でも、もう雪が降り積もっている時期にも関わらず、里の周辺は寒いながらも、地面が温かい場所が多い。


 よく見ると、地面から湯気が出ている箇所まである。

頭付近は冷たいのに、足元は暖かい、そんな不思議な環境。

 だが、1日中雪原を歩き続けた5人にとって、茶色い地面を久しぶりに感じていた。

地面も暖かければ、地面に生える草花も元気になる。


 まるで『春』と『冬』が混ざり合った様な光景は、まさにファンタジー。

今までこの国の様々な風景を目にしてきた5人。

 だが、この里の風景は、常識を覆すレベルの美しさだった。


 普通に考えて、『二つの季節』が共存しているような光景、『絵画』でもない限り、目にはできな

 いだろう。

『春になりかけ』でもない、『冬になりかけ』でもない、完璧に二つの季節が混ざり合っている。


 まるで『水と油』が共存しているような、摩訶不思議な世界。

翠はまだしも、この国で生まれ育った4人でさえ、目を疑う光景。


 そして、リザードマンのザクロが進む道も、徐々に整備されている道へと変わっていく。

王都の様に、ピカピカなレンガ道・・・というわけではないが、獣道より何倍もマシ。

 五人はとりあえず、ちゃんと挨拶できるように、歩きながら身なりを整える。

特に翠は、白熱した一騎戦を挑んだ影響で、まとめている髪が、もう解ける寸前になってしまった。


 結い直したいが、この寒さでは手が上手く動かせない。

先程、杖を精一杯握り締めて戦っていた為、手の感覚が麻痺している。

 両手をグーパーしながら、手の痺れを和らげようとしている翠を、後ろで見ていたラーコは、翠の

 髪を辛うじて結んでいる紐を解いてあげた。


「ほら、綺麗!」


「えっ? 何が?」


「ミドリ、やっぱり髪をそのままにしておいた方が綺麗よ!

 艶々(つやつや)で若葉みたいにキラキラしてる!」


「それは、周りの冷たい空気に髪が触れているからで・・・」


「いいえ、そんな事ありませんよ。

 僕も髪を結んでいないミドリの方が、女性らしくて素敵だと思います。

 ・・・ね、兄さん!」


「・・・うん、綺麗。」


 クレンは、照れながらも褒めようと必死になっている様子。

その姿に、翠達はついニヤニヤしてしまう。

 そして、髪を下ろした翠の姿を褒めたのは、4人だけではない。


「綺麗、素敵。ずっとそのままがいい。」


「え? そう??

 ・・・ありがとう、ザクロさん。じゃあ・・・このままで。」


「ザクロでいい。」


 ザクロも、真っ白な頬を赤く照らしながら、翠のサラサラと伸びる髪を撫でる。

彼の爪はかなり尖っていたが、決して彼女の肌を傷つけないように、細心の注意を払っているのが、ゆっくりとした手の動きを見れば分かる。


 4人が誉めた事も嬉しかったが、まさかザクロまで、今まで気にもしなかった自分の髪を褒めてく

 れるとは、思いもよらなかった翠。

改めて自分の髪をクルクルといじり始める翠は、ふと『母の言葉』を思い出した。




 翠は一度、


「ゲームしている時に邪魔になるから、髪を切りたい」


 と、母に相談した事があった。

だが、母は首を横に振りながら


「翠、お母さんはね、『髪が短い翠』も好きだけど、やっぱり『髪が長い翠』の方が好きだな。」


と言いながら、翠の髪をくしかしてあげる。


 その言葉に、父も同意しながら


「そうだね、お父さんも、『髪が長い翠』が可愛いと思うよ。」


 そこまで言われてしまっては、カットも断念してしまう。

そして、ゲームを楽しむ際には、いつも髪を結んで、邪魔にならないようにセットするように。

 だが、普段は下ろしっぱなしで、特にアクセサリーやピンをはめる事すらしなかった。

髪のアレンジも大変だが、長い髪を維持するのも大変なのだ。


 それでも、翠は髪を短くしようとはしなかった。

邪魔に思った事は何度もあっても、その度に両親の言葉を思い出し、苛立った心を沈めていたのだ。

 だが、翠の綺麗な髪を褒めてくれるのは両親のみ。

クラスメイト達は、彼女の髪に目もくれなかった。


 だから、両親以外も自分の髪を褒めてくれた事が、信じられないくらい嬉しかった翠。

ついよそ見をしながら、嬉しさが顔に滲み出てしまう。

 やはり女性なら、『綺麗』や『可愛い』と言われるのは嬉しい。


 クラスメイトは翠に対し、「女らしくない」「陰キャにお洒落なんて不要」と、散々言っていた。

しかし、それは翠が十分理解していた。


 男の子と一緒にデートを楽しむような女の子にはなれない

 友達と一緒にショッピングを楽しむような女の子にはなれない


 自分は家の中が似合う、地味で目立たない人間である


 ・・・と。そう自分で決めつけていた。


 しかし、それも所詮は『思い込み』

思い込みは、人間を安易に変えてしまう。それこそ、『性格』から『容姿』まで変えてしまう。

 考え方一つで、自分を殻に閉じ込めるパターンもあれば、自分を輝かせるパターンも。

異世界へ転生した事で、彼女の思い込みは徐々に崩れ、ザクロ達のおかげでそれが完全に崩壊した。


 翠は笑ってしまう、何故自分は、クラスメイト達の言葉をまともに受け取っていたのか。

何故自分は、こんなに輝ける事が分からなかったのか。

 いざとなれば、何もかもを投げ出すくらいの度胸もあった筈なのに。

もっと磨けば、クラスの陽キャにも劣らないくらい、綺麗な髪やアクセサリーで自分を飾れたのに。


(・・・例え綺麗な髪でも、髪が長かったとしても、しっかり磨かないと意味がないよね・・・

 お母さんやお父さんには、申し訳ない事しちゃったかもな・・・)


 冷たい風になびく自分の髪を撫でながら、微笑する翠。

そんな彼女の姿を見たザクロは、『今までに感じた事のない感情』が湧き出る。

 その歯痒さを紛らわす為、鱗の生えた腕をバリバリと毟り始めるザクロ。

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