11・夜の静寂をお供に 旅の準備
「えーっと・・・
とりあえず『回復魔法』はすんなり覚えられたけど、『攻撃の魔法』とか『物理』はやっぱり
伸びが遅いな・・・
やっぱ杖自体を強化しないと、これからの戦闘はキツイか・・・
しばらくこの村の近辺で経験値を貯めてる・・・って選択肢もあるな。
丁度役場に『討伐依頼』とか『素材依頼』の張り紙もあったし。
報酬とかはちょっと微妙だけど、序盤だから仕方ないか。」
翠はベッドの上でくつろぎながら、自分のレベルや技と睨めっこしている。
この世界には『電気』がない為、灯りは『ロウソク』のみ。
食堂に来ていた旅人の話によると、王都では『魔力』を使った『ライト』もあるらしく、翠の次の目標は、『ある程度レベルを上げて王都に行く事』で、一旦決まった。
電気がないこの世界には、当然『タクシー』や『バス』もない。
お金を払えば『馬』や『馬車』が使えるものの、その分の大金は必要になる。
(昔の世界の『車』と、この世界の『馬』が同じ扱いなら、『維持費』とか色々とかかりそうだ
し、やっぱ自分の足でどうにかするしかないか・・・
まぁ、いいか。
道中でレベル上げしながら素材集めてお金稼ぎしながらでも、全然支障はないし。)
道中でも経験値や素材を集めていれば、必然的にレベルも上がる。
それに、焦る用事があるわけでもない為、ひとまず翠はのんびりと旅を楽しむ事に。
旧世界では、旅行に行っても『時間』に縛られてしまうため、折角遠出できても、のんびりできない事が多い。
しかし、今の翠を縛るものは、何も無いに等しい。
野垂れ死ぬのも自己責任なら、自分の道を決めるのも自己責任。
なら、折角なら翠は、この世界を存分に楽しみながら、のんびり進む道を選んだ。
質屋には、スマホの地図アプリと比べるとだいぶ大雑把ではあるが、村や町の場所を記した『地図』や、野宿用の『焚き火セット』等も売られていた為、序盤の装備にしては文句はなかった。
買った地図には、何処にどんなモンスターがいるのかが記されている上に、推奨されるレベルもしっかり記載されてあった。
モンスターをコツコツ蹴散らしながら進む翠なら、王都までの道のりは、レベル上げを地道にやっていれば、どうにかなる。
もし無理になった時・足止めになった時の対処法も、翠の長年のゲーム歴で乗り切れる。
ロウソクしか灯りのない村の中は、とても静かで、とても暗かった。
しかし、夜空の月や星が、暗い村の中を照らしてくれる為、『真っ暗』とも言えなかった。
翠が旧世界で住んでいた家は、そこまで都会ではないものの、夜になると街灯や自販機が煌々と輝く。
しかし、『自然の光』と『人工的な光』では、言い表せない違いがある。
自然の光で満たされた村の中は、昼間の賑わいとは正反対の、静かで厳かな雰囲気になる。
若干の怖さはあるが、それもまた趣がある。
夜中中、ずっとその景色を眺めていたい翠だったが、明日の事を考えて、とりあえず一旦ベッドで横になる事に。
ベッドが若干硬いのは仕方ないものの、不思議と落ち着ける。
『自分だけの空間(個室)』を独占できるからなのかもしれない。
林間学校に行ったら、決められたグループで部屋を共有して、一緒に寝なければいけなかったが、状況が変わって個室を独り占めできるのは、『不幸中の幸い』だった。
元々1人で過ごすのが好きな翠にとって、個室の独り占めはこの上ない贅沢。
いつかは『漫画喫茶』にも足を踏み入れたかったが、そんな彼女の小さな野望は、叶えられずに終わってしまった。
(・・・ま、どうしても行きたかったわけでもなかったし。)
部屋にある家具はベッド・小さな机・小さなテーブル・ロウソク・タンスのみだが、ちょっぴりレトロな感じが安心感を与えてくれる。
家全体が木製なのも新鮮だが、木の香りが予想以上に心地良い事も知ることができた翠。
(私が彷徨っていた森とは、また違った匂いだなぁー・・・)
旧世界にも木をモチーフにした家々は沢山あったのだが、絶対どこかに『金属』や『鉄製の何か』が用いられていた。
でも、まさか木材だけで立派な宿ができるなんて、想像もできなかった翠。
この世界の技術も学ぶ事ができて、転生してからたった一日で多くの事が学べた事に、翠は感動のあまり、ついベッドの上でバタバタしてしまう。
「_____ッ!!!」と、声にならない声を出しながら、まだまだ知りたい事が浮かんでくる頭を制御できない状態。
旧世界の学校では、こんな気持ちになった事は少なかった。
授業自体はそこまで難しくもなく、翠の成績は『中の中』と、割と平均的であった。
しかし、周りでジロジロと見られながらクスクスと笑われている環境では、単語も数式も頭に入ってこない。
だから翠の場合、家での自主勉強の方が乗り気になれた。
それに、家での自主勉強は、授業内容の復習やテスト勉強だけではない。
ゲーム関連の『攻略』や『裏設定』を、自分で頑張って調べた時も、こんな気持ちになった。
この気持ちを『紙』に残しておきたいが、やめた翠。
何故なら『紙一枚』でもお金がかかる上に、持って行く荷物が増えていきそうな気がするから。
今のところ、翠は『流浪』か『永住』かだったら、『流浪』の方を取る。
何故なら翠にとって、世界の探索は『世界規模の宝探し』のようで、まだまだ行ってみたい場所、体験してみたい事、倒してみたいモンスターも沢山ある。
ゲーム好きにはたまらない、『RPGの登場人物目線』は、翠の知識を最大限に活かせる場であった。
翠が最近プレイしたゲームは、リアルにリアルを求めた『オープンワールド』
というか、ほぼ最新のゲームは『オープンワールドが前提』・・・みたいな感じだった。
しかし、オープンワールドでどれだけリアルを再現しても、やはり『画面越しの景色』より『直接目で見る景色』の方が、綺麗に決まっている。
このシカノ村の、田舎町だけどのんびりした感じも、画面越しでは体験できないくらい、安心感を味わえた。
木の古びた感じも趣があって良い、旧世界の誕生日以外で見るロウソクの光も、なんだかロマンチック。
翠は地図を枕の上に広げながら、次の行き先を入念にチェックしていた。
だが、翠の借りている『3階』から下の方で、
『誰かが啜り泣く声』が聞こえる。