106・思いやりの連鎖
翠は、4人の熱い思いで動いているようなもの。転生した当初、彼女には何の目標もなかった。
そんな時期と比べて、今の翠は自分自身で意思表示して、自分自身で動けるようになっている。
しかし逆に考えてみれば、4人との出会いが1人でも欠けていたら、イバラの道に挑む勇気はなか
った。
翠は、過去の自分と今の自分を比較して、今の自分が『ただ単に流されいるだけ』と思い込んでい
るのだ。
翠の脳裏に浮かんでいるのは、学校でいじられて嘲笑われていた翠を、遠くからクスクスと笑っていたクラスメイト、『傍観者』
翠はふと、その傍観者と自分が、今同じ存在になっている気がして、怖くなったのだ。
あれだけ憎んでいたクラスメイトと、同じ行為をしている・・・と考えるだけで、翠は自分自身が許せなかったのだ。
周りが馬鹿にするから、自分も馬鹿にする。周りが嘲笑うから、自分も嘲笑う。
4人が進むなら、私も進む。4人が恐れないなら、私も恐れない。
そんな自分が、どうしても許せない翠。対して強い意志がない自分が、どうしても嫌な翠。
グルオフやリータ達を見ていると、その違いが鮮明になっていく感覚。
ある意味『真面目すぎる翠』は、自分の心境を、思い切って4人に打ち明けた。
もういっその事、嫌われてもいい。そのくらいの心境で。
「・・・・・私が・・・この国を救う権利なんてあるの?」
「え??」
「だって私・・・元々この世界の住民ではない・・・『転生者』なんだよ!!
クレンを見つけて、宿に招いた時も、この世界の確執とか、事情とか、全然知らなかった。
私はこの国の住民として、必要最低限の知識も何も、持ち合わせていない。
そんな私が、この国をどうこう言う筋合いもなければ、手を出す権利だって・・・・・
「そんなの必要ない。」
翠の弱音に、ピシッと言い切ったクレン。その顔は、真剣そのものだった。
だがその一方で、『呆れた感情』が見え隠れしていた。
彼の真剣且つ、ちょっと寂しげな顔に、翠は唇を噛んで、笑いを堪えていた。
その顔が面白いわけではない、つい緊張する場面になると、笑いが込み上げてしまうのだ。
「・・・ミドリ、自分は君との旅路に同行する『権利』なんて、最初からなかった。
だってそれが『当たり前』だと、ずっと思っていたから。
あの環境を『当たり前』だと、思い込んでいたから。
でも、翠はそんな『権利』とか『立場』なんて、全て取っ払ってくれた。
そうしたら、自分でも信じられないくらい成長できた。
そんな君が、今更『権利』??
じゃあ、君はどうして『杖』で戦ってるの? 『ヒーラー』が前線に出る権利なんてあるの?」
そうクレンが言った途端に、木に立てかけておいた翠の杖がコトンと倒れる。
まるで、クレンの言葉に同調する様に。
リータが地面を転がる杖を掴んで、持ち上げようとした。
・・・が、あまりにも重量が重すぎて、リータは思わず「んぬぅ?!!」という、おかしな声を出
してしまう。
側にいたラーコが、慌てて杖を一緒になって持ち上げたが、ラーコもその重さに驚いている様子。
リータは息を切らせながらも、翠に言ってあげた。
「僕は、翠が『ヒーラー』でも『戦士』でも、別に構わないんです。
翠の戦い方も、最初は少しびっくりしながら見ているだけでしたが、今では翠の戦い方を真似て、
僕も前線に出れるようになったんです。
だからこそ、ミドリさんには一緒について来てほしいんです!!
僕の活躍を、これからもミドリさんに沢山見せたいんです!!
ミドリさんが『転生者』とか、そんなの僕にはどうでもいい事なんです!!」
リータのその発言に、ラーコもクスクスと笑っていた。
「確かにそうよね、今更ミドリが『権利』とかあれこれ言うなんて・・・・・
『今更』すぎてねぇ・・・・・ふふふふっ」
ラーコは人差し指で、ガッチリと装飾された杖をコンコンと叩く。
確かに、こんな杖を持っているヒーラーなんて、国外を探してもそうそういない。
『ヒーラーとしての役割』や『常識』をそっちのけにして、前線で戦い続けたのは、紛れもなく
翠。
だから、4人は余計におかしく思えてしまうのだ。
だが、まだ4人がどうしてそんなにお気楽な会話ができているのか、その理由が分かっていない様
子の翠。
そんな彼女の為、グルオフが代表して、自分の気持ちを翠にぶつけた。
「ミドリさん。今ミドリさんが考えているは、『権利』ではなくて・・・
『転生者』という事でしょ?」
「っ!!!」
翠は核心を突かれ、思わずビクッと体を震わせた。
一旦クレンから離れようとするが、クレンは彼女を逃さない。
・・・いや、逃げてほしくないのだ。
「『転生者』は、この世界に関わる権利はない。
『転生者』は、この世界の住民ではない。
・・・・・と、ミドリさんは思っているんですよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「でも、ミドリさん。僕はミドリさんがどんな存在であろうとも、ミドリさんを信頼しています。
『転生者』である事を言わなかったのも、訳があるんでしょ?」
グルオフのその問いに、翠はゆっくりと頷いた。それも図星だった。
すると、今度はクレンが語り出す。
「ミドリ、僕はね、ミドリが僕を受け入れたように、僕も君を受け入れたい。
どんな君であろうとも、僕はずっと君を信じられる自信があるよ。
だって、僕達をここまで歩ませてくれたのは、他でもないミドリだ。
君がいなかったら、そもそも自分は姉とも再会できなかったし、この世界を根本から変える気には
ならなかった。
・・・今思うと、そんな未来もあった事を考えるとゾッとするよ。
もし僕が、あのシカノ村に縛られたままだったら、僕は遅かれ早かれ、命を落としていたよ。」
「・・・そうですね、僕も2人に出会う事がなかったら、あの兵士達にやられて・・・
僕だけではない、兄の命も危うかったんだ。
ミドリさんは、僕達の『家系』を守ってくれた・・・と言っても過言ではない。
だから今度は、僕がミドリさんを守りたい。だからこうして、旅に同行したんだ。
今思うと、その判断は絶対間違っていなかった、そう胸を張って言えるよ。」
「私も、ミドリには感謝してる。
ここまで色々と大変な人生だったけど、ミドリとの出会いで、ここまで急展開に発展するとは思わ
なかったわ。
・・・アメニュ一族としては、不甲斐ない私ではあるけど、これからもミドリとは、この荊(いば
ら)の道を歩んでいきたい。
この件がひと段落ついたら、一緒に買い物とか、お茶とか、一緒に『女の子』らしく過ごそう!」
「そうだね、どんな経緯でミドリさんが転生したのかはまだ分からないけど、せっかく転生したんだ
から、この国を精一杯楽しんでほしい。
・・・僕達は、ミドリさんが転生者だった事なんて、一切気にしない。
ミドリさんが転生者であろうと・なかろうと、覚醒者であろうと・なかろうと、僕達はこれからも
ミドリさんと共にいたい・・・!
だからもう・・・堂々と言ってください!!
僕達が受け止めます!!」
4人の言葉に、翠はただただ涙を流しながら、クレンを抱きしめた。
心が熱くて、蒸発してしまいそうだった。嬉しくて、嬉しくて、もう何も言えなかった。
初めて、両親以外で『信頼できる存在』を見つけた翠は、嬉しい気持ちをどう表現したらいいか分
からず、その思いを溢さないように抱きしめていた。
ハッと我に帰ったクレンは、胸の中でワンワン泣きじゃくる翠に、どうすればいいのか分からなく
なり、リータ達に視線を送る。
だが、リータ達は知らん顔。
3人が注目しているのははクレンではなく、いつも強気で、誰よりも一番前に立つ翠が、普段は見
せない『女性らしい姿』
その表情は、4人を安心させるものであり、4人の翠に対する疑念を、払拭させるくらいの衝撃であった。