101・『選択』と『順番』
だからこそ、自分が取り組むべき事柄は選ぶべき。学校の授業で例えるなら、『選択科目』だ。
どちらかの科目を受けて、どちらかが自分に合っているか、自分の将来に役立つか。
それは『自分自身』で決めるべきである。
翠がよく選んでいた選択科目は、『美術』や『パソコン』
ゲーム繋がりで、当時ハマっていたキャラクターを油絵で描いたり、パソコンで自分の好きなゲームに関してのレポートを頑張って作っていた。
選択科目に関しては、他の科目では普通な翠でも、比較的高い評価が得られた。
ある意味翠は、選択科目に成功していた。
だが、常に群れていないと気が済まないクラスメイトに関しては、『向き』『不向き』に関係な
く、何でも友人と一緒にやりたがる。
自分が興味のない科目でも、1人にならない為には、嫌いな科目でも受け入れるしかなかった。
それを翠は遠目から見て、(ある意味恐ろしいな・・・)と思った。
孤独にならない為にする行動が、かなり必死に見えたのだ。
一人ぼっちにならない為に、成績を犠牲にできる。
そして一人きりで選択科目の教室へ向かう翠を、「ボッチ」「寂しい人」と言って嘲笑っていた。
翠は、授業で一人きりでも、特に何の問題もない。
元々、1人が好きな翠には、どんな時であろうと一緒に過ごそうと躍起になっているクラスメイト
の方が、よっぽど大変そうに見えていた。
お弁当の時も・移動教室の時も・登下校の時も・トイレの時でさえ、絶対1人にはならない。
いつも1人でいる翠は、逆に目立つ存在ではあったが、無理に付き合うつもりもなかった翠は、『執拗な団体行動』に少し呆れていた。
翠は察していたのだ、この世界に来ても、クラスメイト達は『執拗な団体行動』に拘り続けている
であろう事を。
確かに、何の知識もない人が単独行動をするのは、かなり危険な行為。
翠の場合、ゲームの経験があったから、『自己責任』という形で進んでいた。
だが、『3人寄れば文殊の知恵』というのは、3人が知識を持っている事を前提にしたことわざ。
何の知識もなく、他人任せが集まったとしても、事態は一向に変化しない。
翠は、38名から離脱した後、彼らがどんな行動を取ったのか、何となく想像できた。
そして、偽・王家の罠にかかった事ですら、今の彼らは気づいていない可能性もある。
一体どんな口車に乗せられたのか、それとも脅されたのか。
どっちにしても、もう翠では救えない。5人が束になっても、負けに行くようなもの。
「この場所はね、かつて我々や国王が此処に寝泊まりして、周囲に救うモンスター達を制圧する為に
作られた、『仮の休憩施設』だった。
王都の地下道も、かつては『避難通路』として建造された。それが役に立ったようだね。」
「はい、貴方達のおかげで、僕もラーコブも、生き残る事が出来ました。」
「・・・・・此処から更に北へ向かえば、君達が目指す『シキオリの里』がある。
そこもかつては、隣国からの攻撃を防ぐ『防衛基地』だった。
その後防衛基地は、国家から追放されたコエゼスタンスの『隠れ里』になった。
・・・・・恐らくそこには、私の『子孫』も住んでいるであろう。」
「貴方の・・・子孫?!」
リータは『子孫』というワードに驚いている様子。
そう、コエゼスタンスの子孫は、決してラーコだけではなかった。リータには、『子孫仲間』がいたのだ。
長い旅路のなかで、『コエゼスタンスの末裔』は、あいにく見つける事ができなかった。
だが、その『見つけられなかった』理由は単純だった。
子孫が『誰にも知られていない場所(シキオリの里)』に隠れ住んでいたから。
それなら、見つけられないのが自然である。
ドロップの場合、例外中の例外で、人が行き交う場所を、新たな住居とした。
恐らくその頃は、まだ戦争の歴史が風化していない、平和の有り難みを皆が噛み締めていた時代だか
ら、何の問題もなく過ごせていたのだろう。
だが、逆に考えれば、ドロップ町の平和も、一体いつまでもつか分からない・・・という事。
今までの旅路で、ドロップ町を襲った兵士達が、誰に雇われたか・・・は、おおよそ検討がつく。
翠達が敵視している、偽・王家と見て、ほぼ間違いない。
偽・王家が、何故ドロップ町を襲ったのか、まだ予想の範囲。
だが、もしあれが、『単なる脅し程度の戦力』だとしたら、今度はリータの兄が危ない。
リータは、考え込んでゾッとしている様子。
ドロップ町だけではない、国家が破綻すれば、シカノ村やその他の地域も、混沌と化す。
「・・・兄さんも・・・いつ標的にされるか分からない・・・
そうなったら・・・僕・・・・・」
その独り言だけで、リータがどれだけ兄を慕っているかが分かる。
彼にとっては『唯一の肉親』でもあり、『数少ない理解者』
翠達と出会った事で、理解者が徐々に増えていったものの、やはりリータにとって、一番の理解者
は兄なのだ。
「・・・大丈夫。
今のリータなら、お兄さんや町の皆がピンチに陥っても、しっかり助けられるよ。
もうその実力を兼ね備えているんだから!」
翠の励ましの言葉に、リータはフッと笑った。
前向きな翠の様子に、沈んでいたリータの心が、一気に湧き上がった。
心配ではあるが、考え込んでもいられない。もう、5人が目指すべき場所まで、あともう少し。
無事に辿り着けるか分からない旅路にも、いよいよ一区切りがつきそうだ。
「・・・ミドリよ、その『お守り』は、君が持っていなさい。」
「えっ? 私が?!」
「それを持っていれば、シキオリの里の住民が、君達を信じてくれるだろう。
・・・だが、信頼を得るのに時間がかかる可能性もある。
・・・・・君達なら、心配はないと思うが。」
満足した様に呟いたリザードマンの体が、徐々に透けていっている。
リザードマンの意思を受け取った翠は、そのお守りを首にぶら下げた。
鱗が何枚も重なっている為、若干重くはあるが、身につけるだけで力が湧いてくるような、そんな
力が感じられる。