100・残酷な選択は いつだって突然で・・・
そのリザードマンが何を伝えたいのか、何となく分かった5人。
つまり、まだ何もかもが定まっていない状況では、『指揮官』や『責任者』の基準も曖昧。
最終的にこの国を支配する、たった1人だけに与えられる『国王』としての地位は、半ば『奪い合
い』で決められた。
だがそれは、誰も責める事ができない。
何もかもが決まっていない段階では、『国王の決め方』や、『国王として最低限の実力・教養』も、何もかも『後付け』である。
しかし、国として成立させる為には、どうしても国王は必要不可欠。
必死になって戦ってきたにも関わらず、国王になれなかったのは、確かに不遇ではある。
『チーム』や『組織』、『会社』を設立させるのは、それくらい難しい事。
翠はふと、日本史の『戦国時代』を勉強していた頃を思い出した。
何人もの大名が、各地で勇猛果敢に戦った。
『戦略』だったり『戦力』だったり、勝敗を分けたのは様々だったが、戦には必ず『決着』が必要
だった。
誰がその土地の支配者となるか、誰が部下になるか、誰が追いやられるか。
それらがはっきりしない限り、『日本』という国家は生まれなかった。
そこまで辿り着くのに、長い時間と命を費やしてしまったものの、そんな歴史の上に、私達は立っ
ている。
そして、ようやく国が形になってきたとしても、まだまだやらなければいけない事は山積み。
その上、時代が進んでいけば、色々と変えなければいけない事もある、変わらなければいけない事もある。
常に変化を繰り返す中でも、国としての維持は欠かしてはいけない。
(・・・・・もしかしたら、私がかつて生きていた世界で、国がいくつもあったのは、それこそ『奇
跡』だったのかもね・・・)
教科者だけの知識ではあるが、翠がかつて生きていた日本でも、過去に『似たような歴史』を歩ん
できた。
誰が裏切り、誰が幕府を建て、何年に幕府が崩壊して、そこからまた何年に新たな幕府が・・・と。
日本史に限らず、世界史もそんな争いの繰り返しだった。
国がしっかり構えられた後でも、また戦争や紛争で内部がグチャグチャになったり、とんでもない
理由で国家が滅亡したり・・・
その『繰り返される過去』を学ぶのが、日本史や世界史。
この国に関しても、一旦の平和を手に入れた後、徐々に内部から腐敗が始まり、それがいつ広がる
か分からない、まさに『紛争の一歩手前』
しかもその腐敗の原因が、横取りした王座に座る人々に原因があるなんて、一周回って笑い話だ。
「恐らく、今この国を支配している人間達は、戦争中に王座を狙っていた人間達の末裔。
彼らの欲望が、長い間に蓄積され、見事に彼らの思惑通り、王座を奪う事に成功した。
・・・だが、まさかここまで彼らの思い通りになるとは、私も思わなかった。
様々な不運が重なった結果、君達には、随分と苦労をかけてしまった・・・・・」
「そんな・・・・・貴方は何も悪くありません!!」
しんみりした顔のリザードマンに、声を荒げて自分の気持ちを表明したグルオフ。
彼は、この場にいる誰も恨んでもいないし、憎んでもいない。
むしろ恨むべきなのは、王座を横取りした連中である。
かつての国王と共に、この国に尽くしてくれた事は、確かに素晴らしい事である。
だが、だからと言って、このような暴挙に及べば、せっかく祖先が守ってくれたこの国自体を滅ぼす事にもなる。
恐らく、そこまで彼らは頭が回らなかった。だからグルオフ一家を強引に追いやったのだ。
後から自分達に『しっぺ返し』が来るなんて、夢にも思わずに・・・
だから、リザードマンが責任を負うべきではないのは、グルオフ以外の4人も同じ気持ちである。
そんなグルオフ達のの直向きな意志に、リザードマンは微笑んでいた。
「・・・どうやら、まだ希望は潰えたわけではない様子ですね。
君達なら、王座を奪還して、また昔のように、誰もが手を取り合えるジパングへ・・・」
「リザードマン・・・さん・・・一つ確認したい事があるんです。
先程、38名が『罠』にかかった・・・と言いましたよね?
罠にかけたのは・・・多分今の偽・王家ですけど、その後彼らは、一体・・・」
「・・・・・あまり希望は望まない方がいいかもしれない。
・・・私は、かつての国王が『封印した儀式』を知っている。恐らくは・・・・・」
「・・・その『封印された儀式』については分かりませんが、彼らはその儀式の・・・・・」
どう頑張っても、彼らを救う事はできない。5人が『瞬間移動』でもしない限りは。
仮にその方法で、38名に異の真相を伝えたとしても、彼らが翠の話を信じるのかすら怪しい。
もう、諦めるしかない。残酷ではあるが、翠がやるべき事は、そっちではない。
この場所へ導いて、真実を語ってくれたリザードマンの思いを、まずは最優先にしなけばいけない。
別に翠には、もう彼らを恨む気持ちもなければ、同情する気持ちもない。
『完全なる他人』という立ち位置である。それを、翠は『残酷』とは思わない。
進み続ける時間の中で、できる事はどうしても限られてしまう。
かつて、小学校の担任も言っていた。
「貴方達に限られているのは、大きく分けて『二つ』
一つは『命』
そしてもう一つは、『時間』」
人は決して不死でもなければ、自分を複製して別のことをさせる事もできない。
モンスターに関しては、できるのかもしれないが・・・
だが、翠やクラスメイトに関しては、その一つだけの『命』と『時間』を、どう有効活用するのか
が、人生で問われる。