98・『国家制定戦争』
「あ・・・・・あなたは・・・・・
どうして・・・私が・・・・・」
「・・・・・君をこの世界に転生させたのは
間接的ではあるが
『私達』だ。」
「えぇえええ?!!」
びっくりしているのは、翠1人だけだった。
他の4人は、リザードマンと翠の会話を、ただ静かに聞いているだけ。
・・・いや、4人は頑張って、彼女達の会話を聞いて、できる限り理解しようとしていた。
4人は今の今まで、翠が『転生者』だったなんて、本人から一言も言われなかった。
そもそも4人にとって、『転生者』とはどうゆうものなのか、理解できていない。
話を理解できるのは、リザードマンと当の本人である翠のみ。
「・・・いや、正確に言えば、転生させた・・・・・というよりは、
『望みを託した』と言った方が正解かもしれない。」
「・・・『望み』?」
「そう、この世界を、元の穏やかで、平和な国に戻す為。
モンスターも人間も関係なく、手を取り合える世界。
かつてはこの国も、種族同士の諍いなんて滅多に起こらない、穏やかな国だった。
だが、『過去の歴史』を知らない人々によって、その均衡が崩れかけている。」
『過去の歴史』という言葉に反応したのは、グルオフだった。
5人の中で、この国の歴史に一番詳しいのはグルオフだから。
「『過去の歴史』って・・・・・やっぱり『国家制定戦争』の件ですか?」
「・・・さすが正当なる王家の血を引く末裔、覚えていてくれたんですね。『小さき国王』」
「『国家制定戦争』は、この国を語る上で、切っても切り離せない期間ですから。」
『国家制定戦争』
翠はその戦争が、ついさっきリザードマンのお守りを見つけた際、グルオフが話していた争いである事を察した。
やはりこうゆう時、情報通がいると本当に助かる。
「そう、かつて我々を追放して、王座を横取りした人間達は、その歴史を知らない。
もしくは、自分達の都合で見て見ぬフリをしていた。
自分達にとって、『都合のいい歴史』へ塗り替える為。
恐らく、この国に生まれながら、国家制定戦を知らない人がいても、おかしくはないだろう。
それくらい彼らは躍起になっていた。ただただ、自分達の『欲深い思想』の為に・・・」
「何故・・・そんな事を・・・・・
起きてしまった歴史を塗り替えるなんて、それこそ『神の所業』だ・・・!!!」
グルオフは、怒りを隠せずにいた。
グルオフ以外の4人も、偽・王家の策略に、ため息が出るくらい呆れてしまう。
まさかそんな『神の所業』を、王家としての勉強や実績を重ねたわけでもない人間達が企て
る・・・なんて、神もとんだ『とばっちり』である。
彼らは、『自分達の都合のいい歴史』で、『自分達の都合のいい国』へと塗り替えようとしていた
のだが、その手段があまりにも杜撰すぎる。
王家の座を横取りしたいからって、元々そこに座っていた人物を追い出すだけで、座を横取りできると考えている時点で、計画性がなさすぎる。
仮にその作戦が成功したとして、『自分たちの都合のいい国』なんて、できるわけがない。
これは『ゲーム』ではない、各々が自らの『意志』や『実権』のある世界。
そんな計画、練る時点で『無謀』である事を、誰かが察しなかったのか。
・・・もしくは、察していたとしても、言えなかったのか・・・
『過去』と『未来』
どちらを優先するべきなのかは、かなり難しい話。
だが、『一方を否定する』という事は、『自分達の理想』ですら否定する事になる。
例えるなら、コインの『表』だけを精密に作って、『裏』を粗末に作った結果、そのコインは壊れ
てしまう。
または、コインの価値そのものが落ちてしまう。
そして5人は思った。今はまだ、『氷山の一角』に過ぎない事を。
偽・王家は、何もかも杜撰。だから、今の国の平和が、一体いつまで保つのか、見当もつかない。
恐らく、今を悠々自適に過ごしている偽・王家も、それに気づいていないのだろう。
目先の『平和』や『独り占めする権力』ばかりしか見ておらず、数年先ですら見えない。
ただただ、奪い取ったものを抱きかかえ、その悦に浸っているだけ。
そんな状況では、国の未来がどうなってしまうのか。安易に想像できるが、想像したくない。
今より酷くなる・・・なんてレベルではない、国そのものの存亡に関わる事態が起こるかも。
5人が見た王都の光景は、もう『破綻の一歩手前』である。
兵士や身分の高い地位の人々が、庶民を振り回し、守るべき民の生活を脅かしている。
これだけでも十分酷い有様なのだが、もし堪忍袋の緒が切れた庶民達は、一斉に反乱を起こしてし
まえば・・・
どちらが勝利したとしても、凄惨な現場になるのはほぼ確実。下手したら国の有無も危ぶまれる。
「このままでは、我々が命を削ってまで守り抜いたこの国が、『内側』から崩れてしまう。
それを止める為には、『転生者』が必要だった。
この世界の『歴史』も、『確執』も、何もかもを知らない、『純白な存在』を。
それらを知っている人間やモンスターに任せてしまうと、どうしても一方に偏ってしまう。
かつて、我々を率いてくれた『国王』のように、『客観的な視点』が必要だったのだ。
君なら、この世界の価値観や歴史に捉われる事なく、種族の壁を超えた思考で、多くの存在を導い
てくれる・・・と。
尤も、その役目を担うのは、『君だけではなかった』が。」
「・・・・・それってもしかして・・・??」
「そう、君と共に転生した、残りの『38名』にも、その重要な役割を担ってもらうつもりだった。
・・・まさか、此処まで辿り着いてくれるのが、1人だけだったのには驚いた。
だが、君の行動力のおかげ、この国の立て直しに必要な『人材』は揃った。」
4人は、一斉に翠を見た。翠は4人に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
翠は、自分が転生者である事を黙っていたのは、4人にパニックになってほしくなかったから。
だがそれが、裏目に出てしまったのだ。
『言いがかり』をつけられてもおかしくない状況に、翠は腹を括って、リザードマンに質問する。
「・・・じゃあ、私と一緒に転生して来た『38人のクラスメイト』は、今・・・・・」
「彼らは・・・・・気の毒だが、もう『罠にかかってしまった』」
「『罠』???」
「いずれ分かる、だがもう君は、彼らの事を考える必要はない。」
「・・・・・心配はしていませんけど・・・
・・・分かりました、とりあえず私は、私のやるべき事を・・・って事ですよね。」