94・リザードマン
翠は、心霊やホラーが得意なわけでもなければ、苦手というわけでもない。
旧世界ではホラーゲームの『周回プレイ』モスル、ホラーゲームの映画版だって見ていた。
しかし、モンスターを初めて目の当たりにした時とは違う、言いようのない恐怖に、パニック寸前
になる。
それから、一体どれくらいの時間が経過したのかは分からない。
ゆっくりと移動する主が、ようやく停止した。だが実態が見えない為、2匹の視線を頼るしかない。
そして2匹の視線が止まった場所にいたのは、翠。
だが、その主は何をするでもなく、翠の前に止まったまま、動こうとしない様子。
これには翠も、どうすればいいか分からず、4人に視線を向けるが、4人も分からない。
だからと言って、このまま放置するわけにもいかない。その正体をはっきりさせないと、眠れるわけ
がない。
月が見えない闇夜ではあるが、まだまだ朝日は昇りそうにない。
この状況から逃走したとしても、闇夜をアテもなく移動するのは非常に危険。
眠っているモンスターを目覚めさせてしまうリスクもある上、闇夜に隠れた『崖』や『障害物』で
重傷を負うかもしれない。
翠は、大きく唾を飲み込み、思い切ってその主に声をかける。
「・・・・・貴方は・・・・・何???」
そう翠が言った直後だった。突然、焚き火の勢いが強くなり、眩しいくらい輝いた。
その光の中、声の主が『影』になり、ようやく5人の前に姿を現した。
主の姿は、かなりくたびれている『兵士』の様だが、明らかに『人間ではない』
頬や腕に生えている『鱗』は、焚き火の光に反射して、ギラギラと光っている。
その姿に、一瞬(うっ?!!)と思った翠だったが、主の顔は、とても穏やかだった。
まるで、『子供を見つめる両親』のような、そんな優しい表情。
翠以外の4人も、主の姿が見えているのか、翠の次に声を発したのは、同じモンスター種であるク
レン。
「貴方・・・もしかして・・・
『リザードマン』?!」
クレンのその言葉に、影の主は頷いた。どうやら正解だった様子。
だが、それでもまだ警戒は解けない。
相手がリザードマンだとしたら、何故『影だけ』の姿なのか。本体は何処なのか。
(何かの魔法の一種・・・??)と思い、もう一度辺りを見渡す翠。
やはり周囲には誰もいない、気配すらない。
翠は、近くに寄って来たラーコに対し、小声で質問する。
「ねぇ、『自分の姿を隠す魔法』とか、『分身を生み出す魔法』ってあるの?」
「あるけど・・・私も見た事はないし・・・
アレは『覚醒者限定の魔法』だった筈。それに、周りに『操っている本人』がいないのも・・・」
ますますわけが分からなくなる5人。
そんな5人の様子を、全く意に介さないリザードマン。今度は、ゆっくりと後退を始める。
そこで翠は察した。
あのリザードマンは、面白半分で姿を現したわけでもなければ、自分達にちょっかいをかける為に現れたわけでもない。
何か、自分達に『伝えたい事』『行っていきたい事』がある。
翠は、そう直感した。
だから4人が静かに焦っている間に、翠は後ろへ下がり続けるリザードマンのあとを追いかける。
リザードマンは、足音をたてる事もなく、スーッと滑る様に進んで行く。
だが、決して翠から目線を逸らさない。
その視線だけで、強い思いがあって翠を見ている事が、他の4人にも伝わる。
とりあえずクレンとリータが翠を追いかけ、クレンとラーコは焚き火の処理にあたる。
どんどん森の奥へと向かって行くリザードマンを、グルオフもラーコも一緒になって追いかけたい気
持ちでいっぱいである。
だが、まだ燃えている焚き火を放っておくのはさすがに危険。
放っておいていたら火の粉が木や草に燃え移って、大炎上するかもしれない。
もう『火事騒動』を起こしたくなかったのは、翠もクレンもリータも同じ。
『半透明のリザードマン』は、翠の持つ杖が発する光に照らされ、先程よりもくっきりと、その姿が見えるようになった。
『蛇の目』というのは、他の動物や人間の瞳と並べると、かなり特徴的である。
犬の瞳や猫の瞳と比べると、その鋭さや野生感は、不思議な力を感じさせるものがある。
動物の好き嫌いは様々ではあるが、翠はそこまで嫌いではない。
・・・というか、蛇自体をそこまで見た事がない。
動物園によっては爬虫類が展示されていたり、ペットショップも店舗によっては売られている。
だが、インドアの家庭で生まれた翠からすれば、動物を親しむの、『動画』や『ゲーム』で十分。
だが、『蛇』というのは、動物界隈でも結構マニアックな部類に入るのかもしれない。
犬や猫とは違い、毛が抜ける心配がないのは、鼻や口が弱い人にとって、蛇はもってこいのペット
なのかもしれない。
学校でも、『犬派』や『猫派』の派閥が生まれているが、「蛇が好き!」と、と言っていたクラスメ
イトはいない。