93・まだ幼い頃は 『将来』を明確に想像できない
「ねぇ、翠。ちょっと・・・・・相談・・・・・というか・・・・
何て言えばいいか・・・・・その・・・・・」
「・・・どうした???
なんか・・・喋り方おかしいぞ・・・???」
いつものクレンとは、明らかに違う話し方に、思わず心配になってしまう翠。
『踏み出したいけど踏み出せない』、そんな彼の心境が、翠にも感じ取れた。
だがクレンは、グルオフと一緒に寝ている姉の寝顔を見て、思い切った表情で話し始める。
「姉さんから聞いたんだ。『アメニュ一族存続』の話・・・」
「あぁ・・・・私も聞いた。」
「うん、姉さんが、ミドリにも話したみたいなんだけど・・・」
「・・・やっぱりクレンも、パッとしないよね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・
・・・まぁ・・・・・うん。」
翠は気づかなかったが、クレンは一瞬だけ、『何かを言いかけた』
しかし、その言葉は喉に達する事もなく、心へと逆戻りしていく。
そして、当たり障りのない言葉だけしか言えない自分自身に、クレンは泣きそうなくらい後悔して
いた。
自分の意気地なさや弱腰に、自分で自分が嫌になる。そんな経験なら、誰でもするかもしれない。
だがクレンの場合、そんな心境に混じって、『密かな欲望』もあった。
言いかけた自分の言葉に、その欲望が丸見えである事を改めて感じたクレンは、恥ずかしさと自身
の汚さに、ちょっとだけ吐きそうになる。
言いたいけど、言えない。言いたいけど、自信がない。
そんな感情のせめぎ合いが、誰にも見えない、クレンの心の中だけで勃発している。
まさに今の彼の心の中は、『人災』と『天災』が同時に起こっているような状況。
生まれて初めて感じるこの気持ちを、彼は抑えつけるだけで精一杯だった。
彼が自身の心の中で、静かな葛藤を繰り広げている最中、翠はクレンが作ってくれたお茶を飲み干
し、空を見上げた。
だが、生憎その日は曇り空で、月も星も一切見えない夜。
翠はつまんなくなり、少しの間だけ目を瞑る。眠らないように注意しながら。
クレンガ言いたかった言葉、それは・・・
「もし、僕が君を娶る事になったら、ついて来てくれる?」
漠然とした、はっきりしない『未来予想図』ではある。
だが、クレンが考えた限り、一番その未来が明確に見える相手は翠・・・しかいない。
まだあまり、女性と付き合った事もなければ、恋もした事もないクレン。
それでも、姉であるラーコに後継の話をされてからというもの、どうしても翠を意識してしまう。
クレンもクレンで、まだ翠と同じ(?)17歳。しっかりしているように見えても、まだ子供。
そんな彼に、姉は後継の話をしても、弟のクレンも把握できる筈がない。
まだこの先、色々とやる事がある上、自分達の行く末すら定まっていない現状。
でも、いつまでも家系の件を無視していられないのも、また事実。
姉にアメニュ一家のあれこれを任せっぱなしだったクレンは、せめて『一族の継続』だけでも、自
分が担うつもりでいる。
ただ、現実問題、そこまで簡単な話ではない。『お家問題』とは、大概そんなものである。
その思いを口に出せなかったのは、まだその夢が定まっていない事もあるが、自分の発言をきっか
けに、翠に拒絶される事を恐れたから。
今険悪なムードにしたくない気持ちもあるが、翠に拒絶され、距離を置かれる事を想像しただけで、クレンは泣きそうになる。
例えるなら、『ラブレターを渡したくても、渡せない感覚』である。
思い切れば出せるのだが、その一歩が重すぎる。
受け入れてもらえなかった際・ふざけた冗談だと思われた際、自分はどうすればいいのか。
そう考え込んでしまうと、もう足が動かないのだ。
そんなご主人の葛藤に気づいたのか、周囲をウロウロしていたヘルハウンドとスライムが、2人に
寄り添おうと、近づいて来る
・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ・・・・・!!!
「ん?」「えっ、何?!」
突然、ヘルハウンドとスライムの様子がおかしくなっている事に気づいた2人。
スライムは全身をバラン(お弁当に入っているプラスチックの葉っぱ)の様に畝らせ、ヘルハウンドも牙を見せて威嚇をする。
だが、2匹が警戒している場所は、翠とクレンがどんなに目を凝らしても、モンスターがいる様子
ではない。
では、一体何に対して、2匹は威嚇をしているのか・・・・・
動物は、『目に見えない存在に反応して吠えたり威嚇する』という話を、旧世界にネットで見てい
た翠。
だが、『目に見えない存在』というのが、一体どんなものなのか、見えない翠達には知る術がない。
突如として怖気付いた翠は、そっとクレンの後ろに隠れる。
モンスター相手なら強気でどうにかできるが、得体の知れない存在相手に強気で行くのは危険。
だがクレンも、どう対処すればいいのか分からないこの状況。
後ろで寝ている3人を起こすべきか、もっと近くで様子を見に行くべきか、色々と思考を練る。
しかし、答えは見つかる筈もない。クレンだって、この状況は初めてなのだから。
そして、ヘルハウンドとスライムの動きにも、おかしな変化が見られ始めた。
2匹の目線の先が、少しずつ、ゆっくりと移動しているのだ。
その目線はだんだんと、5人のいる方向へ向いていき、これには翠も臨戦体制に入る。
クレンは、慌てて寝ている3人を起こす。
突然体を揺さぶられ、驚いたリータはすぐさま鞘から剣を抜き、ラーコもすぐさま矢を弓にセットする。
寝起きとは思えなくらい、俊敏な対応だ。
だが、改めて周囲を見渡しても、モンスターの気配が一切しない事に気づいたリータとラーコ。
しかし、2匹の異常には気がついた。
ジワジワと5人と距離を縮めていく『視線の主』
静かな夜が一層不気味に感じ、翠にしては珍しく、気弱になってしまう。
よくホラーゲームやホラー話にある、『霊感はないが感じ取れるモノ』という感覚。