92・肌寒い夜
「え?? で、結局その貴族って何だったの??」
「分からないまま。」
今だからこそ言える、王都を離れたからこそ言える、翠が出会った、あの『不思議な男性』
『僕達の界隈』とは、結局何の界隈だったのか。
『兵士の界隈』なのか、『貴族の界隈』なのか。はたまた、『王家の界隈』なのか。
だが、仮に彼が『王家の界隈』なのだとしたら、兵士達を散々振り回していた翠は、彼らにとって『癌』のようなもの。
見つけたら速攻、翠は捉えられ、処罰の対象とされるのが自然。
しかし、彼にはそんな素振りもなく。
出会った当初から、翠に興味津々で近寄り、一方的に話てばかり。
彼の話の内容から、彼はまだ翠が『転生者』である事を分かっていない様子だった。
ただ、彼女の振る舞いに困っている様子でもあった。
『上に立つ僕らも』と言っている時点で、完全に庶民の立場にはない。
王都を蹂躙している兵士達と比べると、だいぶ物腰が落ち着いていた。
あの兵士達の上に立っているのなら、彼も横暴になっていないと、逆におかしいくらい。
何故あんな場所に、位の高い人が、たった1人でいたのかも謎のまま。
『お忍びでお出かけ』だとしたら、国を乱すような存在に近づくなんて、馬鹿にも程がある。
だが、彼の様子から、『何の考えもなく近寄っている』様子とも言えない。
翠が彼の、何気ない言葉に、怒りを露わにした時も、彼は余裕な表情を崩さなかった。
むしろ、彼女が感情をむき出しにした事を、彼は心の底から喜んでいる様子だった。
改めて、あの時の事を考えた翠は、ゾワっとした。
人に怒鳴られて笑っている・・・なんて、正気を疑ってしまう。それこそ『Mの領域』である。
(・・・今考えると、ますます意味が分からない。
目的が分からない上に、何で私に絡んできたのかすらも・・・・・
・・・・・まぁ、そんなの今考える必要もないんだけどね。)
翠はフゥーっと息を吐くと、荷物整理を再開する。暇つぶしには、やっぱり整理整頓が丁度良い。
テストが近くなると、無性に掃除をしたくなる感覚に似ている。
クレンは周囲の見張りをヘルハウンドやスライムに任せ、翠と一緒に荷物を地面に並べる。
5人で旅をするようになってから、荷物は数日前の倍以上に増えた。
だが、運んでくれる人員がいる為、そこまで気に留める事もなかった。
荷物を運ぶ役目を担っているのは、男性陣であるクレンとリータ。
女性陣である翠とラーコは、適度に休憩を取るタイミングを見計らう。
荷物整理整理の途中に、何気なく思い出した王都での出来事は、改めて思い返しても、やっぱり分
からないままだった。
聞いていたクレンでさえ、しばらくしても『疑問の表情』が消えなかった。
「でも、助けてもらってよかったね。」
「そう・・・だよね・・・
あのままあの人にグイグイ押し切られたらと思うと・・・・・」
翠は思わず身震いをする。
翠がよく知るゲームや漫画の世界では、よく陰キャが陽キャに絡まれて、そのままドタバタな物語な発展するシーンは、『定番な展開』である。
だが、実際に自分がその立場になってみると、色々と辛いものがある。
特に翠は、ああゆう『一方的な人』が嫌い。
そう、かつてのクラスメイトのように、一方的に見下され、一方的に除け者にされたのだから。
もう途中から、何もかもを投げ出して、相手に合わせようとしていたくらい、思考回路がショート
しかけていた。
ラーコが助け出してくれたおかげで、大事には至らずに済んだのだが。
だが、ラーコが助けに来てくれな勝った場合を考えると、何日経ってもゾッとする。
王都から離れ、もう深読みしなくてもいい為、クレンに洗いざらい話したのだが、結局答えは見つからないまま。
「まぁ・・・もう気にする必要ないんじゃない?」
「話のネタにはなるでしょ?」
「なるけど・・・後味が微妙。」
「言うようになったねぇ。」
翠は乾いた笑いを顔に浮かべながら、近くにあった自分の布団で体を包む。
もう夏も終わり、夜は肌寒くなる季節になった。
ラーコが『防寒具』も一緒に用意してくれたおかげで、夜中の体調管理もどうにかなりそう。
ただ、翠は若干寒がり体質な為、旧世界の頃は、秋が近づくと『カイロ』や『電気カイロ』の準備
を欠かさなかった。
しかし、それらがない新世界は、若干翠にはキツイ環境。でも、毛布があるだけマシである。
焚き火の炎が、こんなにも暖かく、心と体をポカポカと温めてくれる存在である事に、翠は転生当
初からずっと感動していた。
寒さで震える手を、全速力で擦り合わせる彼女を見たクレンは、徐にヘルハウンドを呼び出した。
そして、鍋に水を入れ、ヘルハウンドに火を起こしてもらう。
ついでに、消えかけていた焚き火は、スライムが覆いかぶさる事で処理する。
かなりインパクトのある消火方法であるが、もう翠は見慣れてしまった。
何をしているのか聞きたかった翠だったが、彼女が聞くよりも先に、クレンが荷物から、道中で採
取した『数種類の薬草』を取り出した時点で、何をしてくれるのか察した。
あっという間に茹で上がったお湯の中に、砕いた薬草を入れ、しばらく混ぜていると、段々とお湯に薬草の成分が染み出してくる。
透明だったお湯が茶色になり、コップに茶葉ごと注ぐ。
茶漉しなんて持ち合わせていないから、そのまま一緒に飲んでしまう。
体の中に入れても大丈夫な薬草だから。
熱々のお茶を、フーフーしながら、頑張って口をつける翠。
クレンは猫舌ではないのか、熱々のまま口に入れても大丈夫な様子。こうゆう時、猫舌は大変だ。
でも、お茶自体の味はとても美味しかった。
クレンは旅を続けるうちに『料理』も上手くなっていき、食事登板も、いつの間にかラーコとクレンの2人に。
段々と自分の知らないクレンガ出来上がっていくのに、ちょっと複雑な心境を抱かずにはいられな
い翠ではあるが、喜ばしい事に変わりはない。
翠は「美味しい・・・」と言いながら、クレンの作ってくれたお茶を少しずつ飲み、体を温める。