9・〈シカノ村〉
『シカノ村』は、山がすぐ側にある、割と小さな村。翠以外の旅人も、ちらほらと村の中で見かける。
ただ、村の雰囲気は西洋風でもなければ、東洋風でもない。まさしく『ゲーム風』である。
村をあるている人々の服装も、『シャツ』でもなければ『着物』でもない。
布の質感も旧世界とは違う為、翠はつい興奮気味になってしまう。
(・・・もっと賑わっている場所に行けば、
鎧を身に纏った『騎士』とか、
宝石を「これでもかっ!!」てくらい身に纏っている『貴族』にも
会えるのかな・・・??)
こんな世界を、画面の外側から眺めるのではなく、自分自身の目で見る事ができるなんて、ゲーム専門のテーマパークでも体験できない。
村の裏手がすぐ山という事もあり、あちこちの市場では『イノシシ』や『シカ』の肉がかなり安価で売られ、食堂からは『ジューッ』という、肉を焼く音が聞こえる。
その音や匂いで、翠のお腹もようやく空腹を訴え始めた。
匂い自体は、旧世界では一度も嗅いだ事のない、独特な匂いだったが、美味しそうな匂いではあった。
ついさっきまでは空腹も感じない程、精神的に疲弊していた翠だったが、ようやく『人の集団』を見て落ち着いたのだ。
どんなに人嫌いな翠でも、やはり見ず知らずの場所で1人きりになるのは怖い。
他人でもいいから、何処かに人が見えるだけで、安心感は違う。
翠は素材が売れる換金場所を探しながら、村の中を色々と散策する。
幸い、『言葉』等は旧世界と変わらない様子で、翠はホッとした。
その証拠に、あちこちから聞こえる村民の会話は、全部『日本語』
「あんたー! 仕事ない時くらい子供達の面倒みてよねー!」
「うるっせーなー! こっちは連日猟に出てたから疲れてんだよー!」
「よく言うよ! よく手ぶらで帰ってくるくせに!」
会話の内容自体も、旧世界でもよく聞く『夫婦喧嘩』で、翠は思わずほっこりしてしまう。
翠の両親は、割と仲が良かった。だから喧嘩しても、内容は笑えるくらいくだらないものだった。
ちょこっとホームシックになりかけていた翠だったが、その会話を聞いて、また元気を取り戻す。
会話の内容もホッとしたが、言葉が理解できる事にもホッとした。
転生した先で言葉が通じないのは、もはや『詰み』である。
『翻訳機』があるわけでもなければ、『通訳』がいるわけでもないから。
翠は村のあちこちに建てられている看板通りに進むと、道具や素材を換金してくれる『質屋』に辿り着いた。
泊めてくれる部屋を提供してくれる『宿屋』も途中で見つけた。
村ではあるものの、結構しっかりした場所である事に、翠はちょっと驚いている。
翠がかつて生きていた旧世界の『村』は、とにかく『不便』という言葉が目立ってしまうような場所。
しかし、もうそんな勝手な感覚が、何の役にも立たない事を察した翠。
そう、この世界には『インターネット』もなければ、『スマホ・タブレット』もない。
スマホが勝手に道を案内してくれるわけでもなければ、調べ物も簡単にできない。
しかし、この世界では『文字』や『看板』があるだけで、もう十分なのだ。
一本道を辿れば、必ず何処かに辿り着く。会話が成立すれば、何かと教えてもらえる、何かと助けてもらえる。
素材を換金しながら、翠は『次なる目標』を決めた。
それは、『この世界の環境に合わせる事』
「スライムの体液いっぱいあるねー、ありがたいわー」
「スライムの体液って、何に使うんですか?
・・・まさか・・・食べるとか飲むとか??」
「いやいやいや。これはね、良い『薬の材料』なんだよ。
特にこの村では、訪れる旅人の数も多いからね、薬は旅人の必需品さ。
・・・まぁ、『ヒーラー』のあんたには、関係のない話かもしれないけどね。」
そう言ってゲラゲラと笑う質屋の女店主。
結局、翠が持って来た素材の中で一番高い値打ちがついたのは、スライムの体液だった。
そして女店主は、薬以外にも、スライムの体液の活用法を、色々と翠に教えてくれた。
やはり活用法は薬だけではなく、『特別な武器の素材』にもなる事を知った翠は、あれこれと持って来た素材を振り分ける。
『売る分』と、『素材に使う分』 もしくは、『別の場所で売れば高くなる分』
ゴブリン達の装備は、このシカノ村ではそこまで高く売れない。
何故なら、シカノ村で使われている道具の殆どは、森に自生している木材を使えば事足りるから。
逆に、『鉄』等の『貴金属』が売れるのは、需要がある『王都』である事を学んだ翠。
初・換金にしては良いお金が手に入った為、翠はとりあえずそのお金で『旅の準備』を整える事に。
武器だけ渡されても、旅なんてできない。
せめて『野宿用の道具』だったり、『荷物を入れるカバン』だったり、旅のなかでも生活できるグッズを揃えないと、野垂れ死んでしまう。
そして、翠が学んだのは、旅についてのノウハウについてだけではなかった。
『旧世界』と『新世界』には、『妙な共通点』がある事に気づいた翠。
それに気づいたのは、女主人との会話。
「じゃあ、全部で55300『円』ね。」
「・・・・・えっ?」
「ん? 何だい?」
「いっ、いいえ・・・・・」
この世界の『お金の単位』は、旧世界と変わらず『円』である事に、驚きを隠せない翠。
国によってお金の単位が異なるのは、小学校の授業でも習っている。
だが、まさかこの世界でもお金の単位が『円』になるなんて、想像もしていなかった翠。
翠は試しに、女主人に『円』についてあれこれ聞いてみると、この世界ではどの国でも『円』が使われている事が分かった。
『需要』等によって、物価の値段は若干変わるものの、お金の単位はずっと昔から『円』である事が分かった翠。
せっかく別世界に転生したのに、旧世界の名残があるのは、ほんのちょっぴりがっかりした翠。
別に嫌ではないのだが、『過去の自分』を引きずっているような感じで、ある意味『出鼻をくじかれた』感覚だった。
しかし、同時に不思議と肩の荷が降りた翠。
この世界に頑張って馴染もうとした覚悟が、そこまで強固なものでなくても済みそうだったから。