勇者をパーティーから追放した勇者の末路
「ハル、お前をパーティーから追放する」
俺の宣言にハルは絶望を浮かべた。
俺らは勇者パーティー。
魔王討伐の任をアクイダ王国から受けた希望の象徴。
ははっ、誰の希望かって?
もちろん…王や貴族のためだけのに決まってるじゃないか。
「え…ごめんなさいっごめんなさいっごめんなさいっ
僕のどこが駄目だったんですか!?直しますから!直しますから!
フユ、君に見捨てられたら僕は生きていけない。
お願いします!なんでもする!!
だから、見捨てないでえ!!」
すがるハル。
俺だって君を切り捨てたくなかった。
同じ勇者の証を受けた者同士であり、、幼馴染だった君。
俺は貴族で君は平民だったから主従関係にあったけど、俺らは友だった。
でも、
そうだからこそお前はここにいちゃいけない。
俺が断腸の思いで彼を振り払おうとした寸前、ハルは巨体に蹴飛ばされた。
「フユさまに触れるな、この能無しが!
フユさまと同じ勇者のスキルがあるから少しは期待したものの、足手まといにしか貴様はなれなかった。
やはり平民は駄目だな。
…フユさまの温情により当面の資金ぐらいは渡してやる。
去れ」
神殿騎士フォンド。
貴尊平卑の意識が高いプライドばかりの男だ。
まあ、その偏ったプライドや貴族意識のおかげで酒場や娼館などに行かないのは資金的にも助かっているが。
「そうそう、いなくなっちゃえ。
もじもじしてばっかだし、君がいると優しいフユが君を守るから敵を追撃できないし、かっこいいフユの剣技が見れないんよ。
ねー、フユう、あたしと一緒にいいことしよ~」
弓使い、イリリン。
こいつが考えることは、被虐と色欲だけだ。
前述のフォンドが五割り増しでまともに見えるくらいは最低な女だ。
「…」
無言を貫いているのがアキ。
魔法使いだ。
ついでに俺のメイドでもある。
まあ、その視線は俺…ではなく、気づかわし気にハルを見つめている。
それでいい、あいつについていけ。
俺は胸にチクリと走る痛みに気づかないふりをして、彼女から視線を外す。
「フユ…、おねが、」
すまない。俺がお前に言えることはただ一つ。
「さよなら、ーーーーーーーーーー、ハル」
できるだけ冷徹に。そう思って出した声は微かに震えていた。
「なるほど、荷物持ちを追放しちゃったんですか。
まあ彼は勇者のスキルを覚醒できなかった愚か者ですし構いませんけど、あんま評判落とす真似はやめて下さいよぉ。
事後報告、ダメダメ!…です」
「申し訳ありません、王妃様
あ、そういえば魔法使いもあれに付いてしまいまして、推薦を書いてもらえませんか?」
俺は首を垂れ、後半は苦笑い交じりに告げる。
謁見の間に、突然呼ばれたかと思ったらその件か。
てっきりあいつのスキルで文句言われると思ったが、大丈夫そうだな。
「むう~、魔法使いもですかぁ?
ぬぬぬっ、仕方ありませんね、陛下。
推薦状、適当に書いといてくださいな」
「あ、あぁ、…【王妃がそういうなら】」
…もう、だいぶ進行が進んでいるな。
すっかり王妃の傀儡じゃないか。
俺は王妃の背後のどす黒い気配に冷や汗を流す。
いや、正確には王妃の背後にいる魔王に、だ。
亡霊のように輪郭もはっきりしないそいつ。
だが、それは魔王の姿絵に酷似した容姿をしていた。
グググ…
そいつはずっと王妃のそばに寄り添っているにも関わらず、俺だけを瞳孔の無い目で見ている。
なんで瞳孔もないのに俺を見つめていることが分かるのかは俺自身も分からない。
ただ気持ちわるい。
こちらが気づいていることに気づかれてはならない。
間違えてはならないのだ。
そんなことをすれば何のために、唯一無二の親友を、初恋の少女を切り捨てたのか分からなくなる。
俺がその異形に気づいたのは10でスキルを授かった時。
割と大貴族だったし、王子と年が近いこともあり、俺はことあるごとに王城に訪れていた。
俺のスキルは【音速の勇者】【過去予知】…そして、【第一の勇者】
第一ってことは代わりがいるんだろうな、と俺は子供らしくぐれていた。
そんな時だった。
初めて王妃の背後にあれを見た時は吐き気がした。
えずいたし、気持ち悪くてたまらなくて倒れた。
倒れた瞬間、あいつをちらりと見たけれど、もちろん後悔したさ。
【せんせ、い…?】
俺を見て確かにあいつはそう言った。
そして、【過去予知】のスキルが発動した。
ーーーーーー今まで誰も知らなっかった魔王誕生秘話。
まず見たのは俺の容姿に恐ろしく似た男。
でも、小枝のようにやせ細って、目には狂気の光が鈍く光ってた。
多分、俺の祖先だと思う。
こいつの魔術師のローブから軽く年代割り出して調べたらマジでその時期の家系図に魔術師がいたし。
で、こいつはあまりに魔力が強すぎるせいで長く生きる羽目になった。
自殺しても、火で焼いても、杭を打っても、体に溢れる魔力が回復してしまう。
自分が死に損ねているうちに仲間はどんどん死んでいく。
でも死ねない。自分ほど魔力が強い者も現れない。
ーーーなら作ればいい。
何をとち狂ったか、魔術師は奴隷を飼い実験を行いだした。
その果てにできたのが、後の魔王である少女。
ただの普通の女の子だったのに、過剰に魔力を与えられ髪も真っ白。
狂った実験で記憶も0。
まあ魔術師はそんなこと気にしない。
ようやく一緒に居れる仲間ができたと、女の子を甘やかした。
そして満足して死んだ。
でも今度は一人になった女の子の方が狂った。
唯一自分を愛してくれた者は死に、残ったのは自分の容姿を忌避し魔力を恐れる醜い人間だけ。
なら、滅ぼしてしまえばいい。
そうして魔王は生まれた。
…おい、ご先祖、殺してやろうか?
いやもう死んでたし、殺したら喜びそうだ。
まあ、魔王が何で定期的に復活するか分かった。
単に魔力量が多いからとか、学者もたどり着けないわ。
……魔王をどうすべきか。
年々、魔王の霊体は存在感を増している。
たぶん復活は近い。
今は王妃を依り代にしてるらしいけど、もうすぐそれも必要なくなる。
善良だった王と王妃は愚かになり、もうこの国は裏から腐っていた。
それこそ修復不可能なほどに。
暴動もいつ起こるか分からないスレスレ。
今は勇者パーティーの威光でなんとか抑えてるけど、俺が魔王に負けてそれがなくなるか、魔王に勝ち魔王の脅威という不安要素がなくなれば、間違いなく暴動は起きる。
だから、あいつらを逃がした。
他の領民の命も預かっている身で、あいつらだけを。
ほんとはずっと一緒にいたかった。
…でも、それは叶わないから。
なによりハルのスキル。
【勇者】。
今はまだ覚醒してないようだけど、【第一の勇者】である俺が死ねば覚醒してしまう確率は高い。
ハルが勇者になれば当然アキも…
彼らの安息が奪われる。
それは、だめだ。
確実に魔王を無力化しなければならないのだ。
そう、無力化。
もし勝てなくとも、倒さなくていいのだ。
ただ、あいつらがバカみたいに笑っていられる日がずっと続くなら…俺は…
そして、決戦の時は来た。
俺はパーティーの二人を伴って、魔王城の前に立つ。
「フォンド、イリリン、…頼むぞ」
「ああ、必ずやお役に立とう」
「はーい」
個性も価値観もバラバラで、ハルやアキがいた頃はいざこざも絶えなかったが、それでもパーティーなのだ。
勇気、友情、努力…なんて暑苦しい関係ではないが、各々の戦い方はよく知っている。
「いよいよ最後だね、フユ!…と、フォンド」
「チっ、…油断するなよ、色欲野郎」
「なっ、あたしは野郎じゃないし、ばかなの?」
「ふん、普段は無駄に大きな口をたたく癖に足が震えてるから発破をかけただけだ」
「うっ、…ま、魔王なんてあたしの玩具にしてあげるしぃ!
あと、あんたの度肝も抜いてやるつもりだから、余計な心配だったね!」
「誰が心配なんか!」
相変わらず喧嘩は絶えないが、それはもう諦めた方がいいだろう。
俺はちらりと先ほど歩んできた荒野を見やる。
魔物に襲われ、魔法使いを死なせてしまった。
ドックタグは持ち出したが、死体は食われた。
俺たちも、これを持って帰れるかどうか。
そういえば魔物はどこから出てくるのだろうか。
もしかして、あのバカご先祖の失敗作とか…やめよう、あり得そうすぎる。
「いくぞ」
俺は一言告げ、魔王城への扉を開いた。
「アハハっ、待ってたよ~、人類の希望!」
玉座に座るは、齢14,15ぐらいの少女。
つやが抜けた髪は地面まで伸び、足をばたつかせた少女が楽し気に笑っている。
一見すると、ただ楽し気なだけ。
だが。
ーーーー気味が悪い。
なめまわすようなねっとりとした視線も、変わらぬ姿も、醜い白髪も、その愛らしい笑顔でさえ。
異物。
その言葉が魔王を形容するのに一番ふさわしい。
「お前が魔王だな」
別に聞かなくてもいいが、一応確認する。
「そだよ~、ねえねえ、人間ってずるいよねえ。
私にはな~んも希望ないのに、弱っちい人間にはお前らっていう希望があるんだもん。
ずるい。
ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい」
「なによ、こいつ…」
「だが。好機だ。
奴が語りに集中している間に殺るぞ、色欲」
「ついでにあんたもぶっ飛ばそうか、童貞」
果たしてあれは語りに入るのか。
ともかく俺も攻撃態勢に入ろうとした時。
ーーーーぎろり。
魔王の瞳孔がカッと開き、俺だけを映す。
魔王の表情は虚ろだったが、その瞬間、まっさらな紙の上に墨汁が一滴ぼとり、と落ちたように、唇が弧に吊り上がる。
ーーーーっ!!!
俺は怯み、攻撃を仕掛けようとする二人に出遅れた。
「じゃ~ま♪」
二人の胴体と足が別方向に進む。
切られたのだ。
死んだのだ。
こんなに、簡単に。
さっきまで言い合いをしていた…
「フォンド、イリリン…」
そこまで信頼関係があったわけじゃない。
でも、命の狭間であれだけ長くいれば情が移るというもの。
「そんなもの気にしないでよ♪」
背後っ…!!
俺は剣で切りかかる。
「速っ…ん?でも、それだけだね。
強くない。
君、勇者だよね?」
……!?
なッ…俺は全力で…
そういや俺は速さは良いが力は勇者にしては足りなさすぎるって言われたことあったけ。
今までは速さを力に変えてカバーしてたけど。
「あ、わかったぁ。
君、私を殺したくないんだ♪
やっぱり、君…貴方は先生だ!」
俺はその言葉を告げられて、ようやくわかった。
勿論、俺がその先生とやらの生まれ変わりだなんてことではない。
信託が下された理由を、だ。
魔王を殺せない勇者。
先生とやらに似た容姿。
魔王の勘違い。
俺が守りたいもの。
ハルの勇者のスキル。
…俺は勇者なんかじゃなかった。
魔王を止める勇者だったのだ。
俺は絶対にハルとアキを守りたかった。
俺が死ねばハルが勇者となり、アキもハルを守るために戦いに身を投じる。
……最初から仕組まれていたのだ。
「先生、私の手を取って。
悠久の時を一緒に…」
万一、魔王を倒せかった可能性としてそのプランを考えてなかったわけじゃない。
が、すでに決定事項だったのだ。
でも、…ようやく運命を悟ったところで何も変わらない。
「おれ、は…」
運命を知ろうが知るまいが、俺には守りたいものがある。
変わらないし、変えられない。
「お前に全てを捧げるよ」
俺はややひび割れた少女の手を取る。
その白磁の肌は冷たくて、体温が奪われ行く。
俺の未来がそうであるように、この子に奪われる。
「先生…嬉しいっ!!」
花が綻ぶ笑顔…この子が浮かべたのはその類の笑みだろうが、すでに盛りを過ぎた花が狂い咲くさまは異様で、恐ろしい。
少女は俺の胸に手をかざし、呪を紡ぐ。
おどおどしい真っ黒の魔力が体に流れ込んでくる。
「あ、う…」
俺は立っていられなくて、膝をつく。
少女は俺を支えようと自身の腕に俺を抱くが、俺は囚われていくような感覚に陥った。
「辛いですよね、わかります。
私もそうでした。
でもその辛いのを我慢したから長く先生のお傍に居られた。
私、その前のことは忘れちゃったけど、きっとろくなことなかった。
だから、同じ存在になれたことを歓喜しました」
ドロドロ…ドロドロ…
気持ち悪い。
でも、この少女に先生が居たように、俺にもハルとアキがいる。
だから、この先が闇に閉ざされた永劫の牢獄でも生きていける。
きっとこの少女も…
…。
自嘲気な笑みを我知らずと浮かべた時、眠気に襲われた。
俺は微かに頭を上下する。
「もうお眠ですか、先生?」
「あ、あ…」
「眠ってください。眠りは私が守りましょう。
起きた時にはきっとすべてが変わって見えます。
今は今の貴方としての最後の景色をご堪能ください…」
この異様な少女の声が気持ちいい。
もう、おかしくなっているのだろうか。
「いつまでも貴方とともに…」
眠い。
ただただ眠い。
もう、目を開けていられない。
ゆっくりと瞼を下して、思いを馳せるのはハルとアキのはにかんだ笑顔。
戻ってこない日々に微かな安らぎと胸の痛みを感じたのを最後に【勇者】の意識は闇に沈む。
…頬を伝う自身の涙にも、その意味にも気づくことがないままに。
どうでもいいでしょうが、魔王の名前はナツです。
設定を忘れそうなので、一応ここに。