2戦目:純白パンツは天使の微笑み①
「着きました! ここが帝都セントルムです!」
「すげー! 新宿みたいだ!」
「し、しんじゅく?」
「ああ、故郷の街に似てたからつい」
「そうなんですね」
街を囲うように建てられた城壁をくぐると、そこは雑多な建物が軒を連ね、行き交う人々が賑わう、紛れもない街だった。
文化レベルとしては中世後期くらいだろうか。
映画やマンガで見たファンタジー物そのものだった。
軒先で新鮮な野菜や果物を売る店や、屋台で何の肉だか分からないものを焼く店の前を通り過ぎていく。
「いやぁ、活気がある街だな。セリアは来たことあるのか?」
すると前を歩いていたセリアがぴたりと足を止める。
そして、くるりとこちらを振り向く。
なんとその顔は不安で一杯だった。
「は、初めてです……。これからどうしましょう……」
「初めてかい! どうしましょうって。よくそんなスタスタ前を歩けたな」
「なんかもう門をくぐったら頭が真っ白で……。でも、トウマさんも不慣れな土地だから何とかしなきゃと思って……」
「なんだ。俺のことなんか気にするなよ。お互い初めてだったら二人で色々散策してみようぜ! 面白そうじゃん!」
「トウマさん……。はい! 散策しましょう!」
「と言ってももうそろそろ日が暮れそうだな」
強い西日が射し込む街はぐんぐんと影が伸びていき、空は少しだけオレンジ色になりかけていた。
「まずは宿でも探しますか?」
「そうだな」
そうして俺たちはまた街の中心に向かって歩き出した。
――宿でも探しますか?
その言葉が脳裏に染み付いて離れない。
――嘘だろ?
女の子からそんなこと言われるなんて俺の人生で有り得ないと思ってた。
それが今まさに起こったのだ。
いや、それだけじゃない。
むしろ今日は有り得ないことしか起こっていないじゃないか。
と言うことは。
つまり。
――有り得るという訳だ。
今宵、俺が童貞を卒業するということも!
そんなことを妄想しているとクイクイと袖を引っ張られる。
「あの、宿屋通り過ぎてますけど」
「あ、ああ、ごめん」
セリアの指差す先には見慣れぬ形の文字が並んだ看板があった。
だが、俺には不思議とそれが宿屋だと読めた。
と言うか、ストックに書いてあるのもこの文字だし、言葉だってなぜか分かる。
これも神様の御力なんだろう。
相変わらずのご都合主義で助かる。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃい。食事かい? それとも泊まりかい?」
「泊まりでお願いしたいんですが」
「泊まりね。一泊二食付きで5Gだよ」
「あー、5Gね」
――G?
あれ?
そういえば俺、金持ってたっけ?
ズボンのポケットをパンパンと叩く。
当然ながら何も入っていない。
恐る恐る隣のセリアを見る。
彼女も革袋を覗きながらガタガタと震えていた。
――マジか。
仕方ない。
ここは何とか誤魔化すしかない。
「なるほど。5Gねー。分かりました。まぁ、いずれ泊まらせて頂くとして……。この辺で仕事させてくれるとこありませんかね?」
「……あんたら、さてはお金持ってないんだろ?」
一発でバレた。
「実は……。すみません。遠い異国から旅をしてきたものですから」
「確かに変な格好してるね。はぁ、これだから旅人は。……この通りを行ったところに斡旋所があるから聞いてみるんだね」
「ありがとうございます!」
「お金出来たらご飯でも食べにきな」
そそくさと宿屋を後にし、言われた通り斡旋所とやらに向かう。
「す、すみませんでした。私もちっともお金なくて……」
「いや、俺なんか一文無しだから。決闘で毎ターン100G獲得なんて言ってたから感覚がマヒしてたよ」
「そうですよね。やっぱり決闘始めたばかりの人は金銭感覚がおかしくなっちゃうみたいですよ」
「ちょっと待てよ……。あの宿屋の女将に決闘を申し込めば……」
「ダ、ダメですよ! 女将さんもそんな申し出は受けないでしょうけど」
「そりゃそうだよな。冗談冗談」
そんなことを言いながら5軒程通り過ぎたあたりで看板を見付けた。
「なんか薄暗いとこだな」
「そうですね」
ゲームなんかではギルドとかいうところでクエストなるものを受けるのが定番だが。
この斡旋所とやらは人があまりいる様子もなく、小汚い雰囲気だった。
扉を開けて中に入ると、確かに斡旋所らしく四方の壁にはいくつもの張り紙が並び、中央には長椅子が乱雑に置かれ、まるで待合所のようだった。
ふと奥に目をやると、カウンターがあり、その後ろにはオールバックで細面の男が椅子に腰掛けながらタバコをふかしている。
そして、男はカウンターに足を乗せたままトランプのようなカードで一人遊びをしている。
「あの、私たち仕事を探しに来たのですが……」
セリアが恐々と声を掛ける。
だが、男はこちらを向こうともせず、カードをめくりながらぶっきらぼうに答える。
「ここにいるってことはそうだろうな。だけど、あんたらには悪いが今日はもう閉めようと思ってたところだ。明日また来るんだな」
「ってことはまだ開いてますよね? お願いします! 今日の宿代くらいで良いんで、今から出来る仕事は何かないですか?」
俺はカウンターに近寄り頼む。
すると男はチッと軽く舌打ちをして俺をにらむ。
「ナメたこと言ってんじゃねぇぞ。お前みたいなどこの誰とも知れないガキの旅人に仕事なんか任せられるか。信用のまるでない人間を斡旋して失敗でもされたら、こっちの仕事がなくなるだろうが」
「そこを何とかお願いします! 何でもします!」
「おい、何度も同じこと言わせるな。今はあんたらに下ろせる仕事はねぇんだ」
「いや、実はこう見えて俺、結構強いんですよ。盗賊退治とか得意ですよ」
「はぁ? 何言ってんだ?」
「嘘じゃありません! トウマさんはこの街に来るまでに決闘で盗賊を一人打ち負かしています!」
がたりと男がカウンターから足を下ろす。
「決闘で? こんな小僧が? バカ言うなよ。だったら証拠、見せてみなよ」
するとセリアが得意気に大きな胸を張って応える。
「ふふん。トウマさん、見せてあげてください」
俺は二人の顔を交互に見比べ答える。
「えっと。何を? どうやって?」
「戦歴を出すよう念じてみてください」
「また念じるのか。んん、これでどうだ?」
直後、ストックに似たものがカウンターの上に現れる。
そこにはギランという名の上に大きなバツ印が書かれ、善人になれという契約の内容などが事細かに記されていた。
「確かに、一人だけだが勝っているようだな。それにしてもギラン、ギラン……。どこかで聞いたような……」
男はたばこをパッパッとふかしながら顎をさする。
「あ! シミター使いのギランか!」
「知っているのですか?」
「まぁな。腕は良いが女にだらしないので有名だったな。それにしても、インベノム盗賊団の団員を倒すとはな」
「インベノム盗賊団?」
「おいおい、あんたら知らずにやったのか? インベノム盗賊団と言やここらじゃ名の知れた連中だぜ。帝国兵ですら迂闊に手を出せねぇってのに」
「あんなおっさんがそんな物騒な組織にねぇ。全然想像出来ないな」
「まぁ、何にせよ気に入ったよトウマくん。個人的にあの連中は気に食わなかったからな。あんたにうってつけの仕事を紹介してやる」
「本当に!? よっしゃ!!」
「トウマくんはウィザードで間違いないよな?」
「ええ、そうっすよ」
そんなことを聞きながら男は羊皮紙に何やら書き込んでいる。
「この街の外れにちょっと変わったウィザードが住んでてね。そいつが助手を探してるんだけど、紹介した奴ら皆すぐに逃げちまうんだ。まぁ、所謂いわく付きの仕事だが、多分あんたなら上手くやれるんじゃないか? お互い変わり者同士だし。……ほい、これが紹介状と地図ね」
男から丸めた羊皮紙を渡される。
「変わったウィザードねぇ。まぁ、四の五の言ってられないし、行ってみるか」
「ダメならまた来い。今度は良い仕事探してやる」
「ありがとう! えーっと……」
「スライだ」
そう名乗った男は俺の差し出した手を軽く握り返した。
俺たちはまた礼を述べると斡旋所を出て、ウィザードの家へと向かった。
日はもう随分と傾き、地平へと沈もうとしている時分だった。
「こりゃ家に着く頃には夜になってるな」
「あまり遅いと失礼かもしれませんし、急ぎましょうか」
そうして地図を辿りながら足早に向かう俺たち。
路地を抜け、民家の数も減ってひっそりとした辺りでぽつんと建つ一軒の家を見付ける。
「ここか」
案の定、辺りは真っ暗で完全に夜になってしまっていた。
だが、その一軒家からは煌々と明かりが漏れている。
どうやらウィザードは家にいるようだ。
善は急げだ。
俺は意を決してドアを叩く。
「すみません! 斡旋所から参りました!」
「うるさい! 今取り込み中じゃ!」
中から叫ぶような声が響く。
俺とセリアは不思議そうに顔を見合わせる。
「あのですね! 俺らはスライさんの……」
「邪魔するんでない!」
軽くイラッとする俺。
ドンドンとドアを叩いてやる。
「助手募集と聞いてきたんです! 仕事させてください!」
そう言うやいなや突然バタンとドアが開く。
「なんじゃ。そういうことは早く言わんか」
そこには濃紺のローブを身にまとい、同色のいかにも魔法使い然とした三角帽子を被り、ウェーブ掛かった銀髪ボブを揺らす、小学生くらいの幼女が立っていた。
「嘘だろ? あんたが雇い主?」
「どうしたんじゃ? そんなところでボーッと突っ立って。忙しいんじゃからさっさと手伝え」
「は、はぁ」
俺たちは言われるがまま部屋へと入る。
中は大量の本でぎっしりと埋もれ、古臭い装身具や乾燥した植物などが散乱していた。
「あんな小さい子だったなんて。なんだか不安ですね……」
「ああ、スライの言う通り変わったウィザードっぽいな」
「さて、わたしの名はルシャーナ・ジルニトラ・ルーゼルク。ルルで良いぞ」
銀髪の少女は振り返りそう言った。
「俺はキサラギトウマ。トウマで良いよ」
「セリア・セルベリアです」
「ほう、トウマとセセか」
「変な略し方しないでください!」
「なんじゃ。気に入らんのか。まぁ良い。早速だが、お前たちがわたしの助手に相応しいかテストしなければの」
「テストだぁ?」
「もし合格できなかったら?」
「当然クビじゃ」
俺とセリアは顔を見合わす。
もしルルのテストをパス出来なければ俺たちは野宿確定って訳か。
初日から野宿なんて冗談じゃない。
焚き火を囲み、温かい飲み物を手に、二人で静かに愛を語らう。
――素晴らしいな、野宿。
いや、違う違う。
今日は色々あって疲れてるんだ。
だからせめて屋内で、あわよくば布団でゆっくり眠りたい。
何としてでもパスしなければ。
『マジック&ウェポン』
~決闘の掟~
宿屋の女将に決闘を申し込んではならない