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短編 綿菓子のような甘さと、喪失。

作者: 間の開く男

すみません、最後の文字を付け足しました。

 仲間を失った。生き返らせるなんて、そんな現実離れしたことは出来ない。

 もう息がないのは一目瞭然で、かき集めて診療師に見せたところで何も起こらない。

 俺が守ると言っておきながら、結局は自分の身を守るための盾にしていただけじゃないか。


 残った仲間と共に回収する。幾千の魔物を切り裂いてきた剣と、焚き火に照らされながら磨いていた鎧を。もう掲げられる事のない、大穴の空いた盾からは、暗い森が静かにこちらを覗いていた。


「そっちは、拾ったか」

「……袋には、詰めた」

「…………すまない」


 葬儀は簡素なものだった。棺桶に入れられたいくつかの袋からは赤いものが染み出し、添えられた白い花に付着している。

 蓋が閉じられ、我々の瞼も同じように閉じられる。けれど、その棺が開くことは二度と無い。我々は再び世界を見つめなければならないのに。彼はもう、戻らない。

 

 

 あの日から何日かが経過した。何を食べても味は感じないし、風味なんてあったとしても記憶に残らなかった。単純な残党狩りだと事前の準備を怠った、俺の心臓を抉り出してやりたい。取り出したものを、彼の元へと捧げて、知る限り全ての言葉で、謝りたい。

 

 手の甲に落ちた水滴で目を醒ました。椅子にかけたままの姿勢で意識が途切れ、泣いていたのだろう。

 木製のドアを叩く、とんとん、という控えめな音が来客を告げている。帰れ、誰にも会いたくない。こんな惨めな姿を見せたくはないんだ。帰ってくれよ。

 

 ドアは俺の意思とは関係なしに開かれ、魔術師が俺の目を見つめた。

 

「また、泣いているのですか」

「ああ、そうだよ。まだ何かあるのか」

「……魔物、あの日の魔物が見つかりました」

「そうかよ、俺たちじゃ倒せなかったんだ。そんなものは他のやつらに任せればいいさ」

「……仇を討ちたいとは思わないのですね?」

「やれるならやってるさ! だが、あの力を見ただろう。逃げるのに精一杯で、ああして……食い散らかされた後に、戻ることしか出来なかった。他に方法があるんなら、教えてくれよ。なぁ。頼むから」


 八つ当たりだ。その方法があるのなら、仲間を失う事なんて最初から無かった。


「聞く耳を持たないようですね」

「あいにくと、耳は噛みちぎられなかったよ。アイツの代わりに俺を食えばよかったのに」

 

 そうだ、俺が盾となれば。不意打ちを食らったとしても耐えられたかもしれない。複数に囲まれて戦力を分散させたから、あの事態を招いた……一匹ずつ仕留めていれば、森の奥から襲ってきたとしても、対応出来たかもしれない。

 今更気付いたところで、どうなる。

 

「話をしに来たのに、これじゃあ何も伝わらないわね」

「別の討伐隊にでも加わればいいさ。俺は、ここに残る」

「残って、どうするというの? 椅子に座って、腹が減ったら食べて、泣き疲れて眠って。この五日間はその繰り返しじゃないの」

 五日……そうか、あの日からもうそんなに経っていたのか。

 

 ドアから一歩前に踏み出して、魔術師が俺の頭上から言葉を浴びせる。


「あなたは綿菓子のようね。外見は詰まって見えても中身は空気のようにスカスカで、口に含んだら溶けるような甘い考え。味があるかといえば甘いだけで他の後味なんか残らない。振ればパラパラと崩れるくらい脆くて、一本一本は肌についたらベタベタとくっついてしつこい。他人の涙でもすぐにそれに溶けてしまうし、人の熱意にすこし触れたくらいで萎縮してしまう。自分自身は白だと思っていても、近づいてみたら透明な繊維の寄せ集めで、しっかりとした色を持っていないと自分でも分かっているはず。日の当たる所に長時間居たら、誰も食べられないくらいに劣化する。貴方は私と同じように、暗い所がお似合いなの。それでも、太陽の下を歩くというのなら覚悟をしなさい。甘ければ子供は騙せるかもしれないけれど、大人たちは違う。もっと色々な味を知って単純な甘さになんか見向きもしないでしょうね。奇をてらって塩気を足したとしても、それは一瞬だけの注目。でも、子供はその甘さと食感が好きなの。何の雑味も、悪意も持たないその純粋な甘さが。羽のように軽く、全身を包まれるようなその不思議な食感が。私達は何のために戦っているのか、何を守りたいのか……よく考えてみることね」


 言いたい放題言いやがって。ドアを強く叩きつけるように出ていったその姿を、頑丈な扉越しに睨んでいた。

 

 甘いだの、脆いだの。そんなの当たり前だろう。どんだけ強くなっても人間は人間なんだ。お前達のような別種族とは、目的が同じだけで根本的に何もかもが違う。

 仲間を失った直後なのは同じだろうが、よくそんな言葉を……今の俺に掛けられるな。

 

 今の俺、だからか。

 魔物を全て討伐して、平和を取り戻す。そんな大それた事を真面目に伝えて、それに賛同してくれた。俺に着いてきた仲間は、そんな俺だから着いてきたのか。

 

 今の、こんな姿じゃ、ダメだ。

 仲間を死なせて自分だけが悲しい思いをしている、そんな訳があるか。アイツらも、耐えているんだ。俺が泣いているから、弱気でいるから強く振る舞っているだけなんだ。

 

 椅子の倒れる音がした。重いドアを開けて、俺は仲間へと言い放つ。

 

「荷物をまとめろ、知恵を貸せ。俺が……いや、俺たちで(かたき)を討つ」

 魔術師が窓辺からこちらを見る。先程の冷ややかな視線は感じない。その目の色は間違いなく、燃え盛る炎の、赤だった。

 


「まずは、現状で分かっている事を整理したい」 

 部屋の中央に置かれた円卓に付き、空席を眺める。肩肘を付きながら適当に相槌を打つ、あの姿はもう無い。


「ようやっとお出ましだな、大将。衛兵やら住民やらに詳しく話は聞いてきた。部隊とはいかないまでも、町の守りを固められる程度の人数は本部から送ってもらえるそうだ。しかし山狩りするには全然、頭数が足りてない」


 ヘイリーはいつものように相手をしてくれているが、目の下の隈は普段よりも濃い。腕を組みながら聞いた内容を並べていく。


「俺たちが見た魔物、あの大きい狼のようなヤツは先週にも一人、食ってやがる。俺たちが呼ばれたのもそれが原因だが、食われたのが傭兵だったとは知らされていなかった。住民の依頼を受けて隣町の大きい診療所に薬を取りに行って、おそらくその日の内に戻ろうとしたんだろう。翌朝森を通った農夫に発見されたが、半分くらい失くなってたそうだ」


 傭兵がなぜ、と考えたが現状では分からない。背もたれへと深く体を預けながら、ヘイリーはさらに続ける。


「母親とその娘さんが隣町から戻ろうとしていたが、傭兵が食われたって話が届く前だったんだろうな。夜遅くに松明を持って森を抜けようとしたときに、あの大型のヤツを見かけちまったらしい」

「食われたのか?」

「まぁ、待て。二人共逃げ出してこの町にたどり着いてる、だから安心しろ」

 よっ、と声を上げながら、机へと身を乗り出す。


「母親は松明を振り回しながら、子供を先に逃した。その後で自分も逃げ出したが、ヤツらは追って来なかったそうだ」

 ……性別によって対象を選り好みしている……?

 いや、傭兵が武器を構えて襲いかかったのなら、反撃されたとしてもおかしくないだろう。

 親子は防衛の為に、そして逃げたから見逃された。

 

 このあたりの魔物はそこまで気性が荒くない、そして森の奥深くに生息するものが多い。街道沿いに出てくる事自体が稀だった。

 そしてあのような、大きい個体が生息していたなんて報告は一切なかった、つい先週までは。

 何かが起きているのか、それとも――。


「どう思う、ケイ?」

 ヘイリーが、椅子に静かに座ったままのケイへと問いかけた。話を聞いている間も微動だにせず、あの狼どもをどうやって殺すかを考えているのか、忌々しいものを見るような表情をしていた。

「私達が見た時の、小さいヤツは四体。――ハンスが止めを刺したのは一体だけ。そして大型のは一体しか見えなかった」

 冷静な口調、赤い瞳も普段と同じはずなのに、まるで別人が話しているのではないかと思わせる冷たさが含まれている。


 足を組み替えながら、円卓に置いた指を眺めている。彼女はこう付け加えた。

「集団で狩りをするにしても、連携が取れている。私達を包囲するように展開して、あの大物に仕留めさせたように思うのは私だけかしら」


 あの森には小型の魔物が何種類か住み着いている。大半はほぼ無害だが、あの狼だけは定期的に駆除する必要があった。

 一匹ずつであれば大した被害にもならないが、商隊が集団に襲われるという話が事前の説明――衛兵長からの通達にもあった。

 

「仲間を殺された腹いせに、ハンスを……そこまでは考えていないのかも知れないし、魔物の気持ちなんて分かるはずがないのだけれど」

 トン、と円卓を爪で叩きながら、自分の話はここまでだと言いたげに俺を見る。

 

「もし仮にそうだったとしても、あの状況ではそこまで読む事は出来なかっただろう」

 思い出したくない、あの光景を。

「話を変えるが、灯りの魔術を使った際に怯んでいたように見えたが、二人共見ていたか?」

「ええ、そうね」

「見てたが……なんでだかは分からなかった」

 光か火か。どちらかが苦手な可能性はある。しかしそれを頼りにしてどちらでも無かったとすれば……作戦は失敗に終わるだろう。

「あの大型が森の奥から、光の束のような物を口から吐き出した、ハンスが避けろと言ったのはほぼ同時だったと思うが」

「目の前の小型をかわすのに必死で、叫び声に振り返った時には……もう」

 ――ケイの手が震えている。たった一回でも人の死を目の当たりにしたら、誰でもこうなってしまうだろう。

 俺を奮い立たせる為に、虚勢を張っていたんだ。

 

「何かをしようとしているのに気付いたから、ハンスは避けろって言えたんだろう?」

「恐らく、そうだ」

 ならば、最悪アレを回避する……防ぐ事は出来るかもしれない。

 

 ケイへと確認する。

「暗闇の魔術の中に、相手の視界を遮るものはあるか?」

「あるけれど、それがどうしたの」

「それと光を操る、灯りの魔術より強力なものも欲しい」

「ちょっと、落ち着いて説明して欲しいのだけれど」


 考えついた案を丁寧に、作戦と呼べるまでじっくりと議論する。

 窓の外はもう薄暗くなっている。増援が来るまでに街道を完全封鎖することは出来ないだろう。せめてそれまでに被害を出さないよう、相手の戦力を一体でも多く減らしておきたい。

 もし誰かが倒れたのなら、置き去りにしてでも逃げ延びろと最後に念押しする。


 二人の無言の頷きが、行動開始の合図となった。

 ヘイリーが弓と矢筒を、ケイは魔術書と杖を手に取り、俺は鋼鉄製の大盾を左腕に固定する。

 

 ゆっくりと立ち上がった時だった。

 窓の側に立て掛けてあるロングソードが、俺を置いていくつもりかと語りかけるように、音を立てて床へと倒れた。

 ああ、そうだった。お前はいつも支度が遅くて、最後に部屋から出てきて、最後尾で警戒してくれていたな。

 

 拾い上げた剣を背負い、肩に掛けたベルトへと鞘を結びつけ、呟く。

「頼むぞ、相棒。今度こそ突っ走らないでくれ」


 夜の帳が落ち、白月は薄雲越しに木々を照らす。段々と闇に慣れた目で森の奥を睨みつつ、ヘイリーへと声を掛ける。

「一射目が失敗したら、その時点で引き上げる。当たったら作戦通りに動くぞ」

「分かってるさ」


 頭数を減らすのであれば、先制攻撃が有効打となる。もし感づかれてしまえば不利な状況での戦闘となる。

 勝つことではなく、あくまでも戦力を削るための戦い。こちらに被害が出る事はなんとしてでも避けたい。

 

「――見えます」

 ケイが声を潜ませながら告げる。

 木の影から何かが動き、街道沿いに進んでいく。恐らく、旅人や住民を探しているのだろう。今日の風向きからすれば、こちらは風下になる――鼻がよく利く種族だけに、細心の注意を払うべきだ。

 

 音を立てないよう、首だけを横に向け、ヘイリーへ合図する。ここからあの集団までは50メートルはあるだろう、しかしこの程度ならば、彼の必中距離だ。

 わずかにキリキリと弓を引き絞る音、その直後に空気を裂く音が連なる。

 鳴き声も上げずに、前を歩いていた小型の一頭が地面へと転がった。


 遠くから聞こえる唸り声。きっと警戒しているのだろう、動かなくなった仲間の元へと駆け寄るニ頭と、その後ろから歩み寄る大きな姿がここからでも見える。

 

 ヘイリーが二本目の矢をつがえて、放った。

 月光を受けて白く輝く尾羽根は木々の合間をすり抜けて、隊列の中程に居た一頭へと突き刺さった。

 

「……行くぞ」

 木陰から街道へと出る。向こうもこちらの立てた音に気付いたのか、一目散に距離を詰めて来る。

 

「ヘイリー、頼むぞ」

 大盾を構え、前方の敵へと向けて一歩目を踏み出し、地を蹴った。

 怒りに震える唸り声が近づく、徐々に大きくなり、それが吠える声に変わった頃合いを見計らい――。


 ――横へと跳んだ。

 

 真横を通過する風切り音は目の前に迫っていた狼の目を貫き、勢いを殺さぬまま俺の後方へと消えていった。俊敏さに自信があったとしても、突然現れた矢なら当たるだろう。


 足は、止めない。


 手負いのもう一頭が視界に入り、その更に奥から大きな姿が森から出てくるのを確認して叫ぶ。

「今だ!」

 

 視界を黒い霧が包んでいく。一瞬、近寄りつつある狼の足が遅くなるのが見える。急に敵の姿が見えにくくなったという情報は、判断を鈍らせるのに十分だろう。

 最後に見えた姿を頼りに走り続け、唸り声の主へと盾を掲げ、振り下ろす。

 前面が敵を捉え低い金属音がグリップ越しに伝わる。そのまま一気に全体重を盾へと預け、倒れ込む。

 みしみし、ぱき、短い音は盾を回り込んで耳へと届く。柔らかい、そして硬いものが砕ける振動が左腕へと伝わる。

 突進の威力、そして大盾と鎧の重さを活かすにはこれしかなかった。

 

「俺に視界を奪う魔術をかけてくれ」

「……敵にかけるのではなく?」

「ああ、盾を構えたらどうあっても敵の姿は見えない」

 頷くケイへ、説明を続けた。

「もしヤツらが嗅覚を頼りに狩りを行っているのであれば、その状態だったとしても戦闘可能かもしれない。大型に唱えたとして効くかどうかも分からないだろうし、その状態であの咆哮がどこかに放たれれば……暗闇の中から予備動作なしで飛んできたら、避けられるか?」

 一拍の間を置いて、ケイが答える。

「……無理、でしょうね」

「俺が大型に一番違い状態で、アイツが俺を狙っているのが見えたのなら、合図と共にかけてくれ。そして――」


 戦況が不利だと判断したら、目の見えない俺を置いて逃げろ。お前が指揮を出して、ヘイリーと安全な場所へ。

 もしも有利だと判断したら、俺の頭上に強力な光を灯してくれ。

 

 盾越しに伝わっていた、逃げ出そうとする動きが弱まった事を確認して頭上の霧を見る。その合間から眩い光が差し込む。

 ……勝てると判断したんだな、ケイ。

 

 ――ならば。

「ウォルガ、来るぞ!」

 俺の名を呼ぶ声が聞こえる。その合図は大型が何かの予備動作に入ったという事を知らせる――危機回避のためのもの。

 盾を地面へと突き立て、出来る限りその影に隠れるように姿勢を低くする。直後に盾を縁取りするような光が流れていく。

 気休め程度にかけている暗闇の魔術ごしでも、その光は青白く目に飛び込んできた。

 こんな魔術では、干渉出来るはずがない。前衛二人が注意を逸してもっと強力な魔術が使えれば、作戦の幅が広がっただろう。


 幾つかの光の束が筋となり、細い線となって、消えた。


 連続して放つ事が出来るのならば、作戦失敗(しぬ)。こちらの予想外の動きがあれば、作戦失敗(しぬ)

 ここまでは想定通りに進んでいる。左腕のベルトを外し、盾を放棄する。背中のロングソードを右手で握り、飛び越える。


「うぉぉおおおお!!!」

 俺を見ろ。向こうの仲間ではなく、暗闇に包まれた俺を。俺を狙え。

 地面を蹴りつける。一歩ずつ、咆哮を放った方角へと勢いを付け、突撃する。

 

 急に視界が晴れる、そして頭上の光も解き放たれ周囲へ離散していく。眩い光で目が慣れていたのなら、夜の暗さへと慣れるまでに時間はかかる。たとえ子供騙しだとしても一瞬の隙が作れればそれで十分だ。

 

 二撃目があるのなら、俺に当ててみせろ。



 ――姿勢を低く、浅く踏み込むように。勢いを殺すな、両手をグリップに絡ませろ。

 

 地を這うように、突進する。左手の指を(つか)へと掛けて。

 

 

 ――違う、こうやって飛び跳ねながらだ。なんでわからないかな。

 

 バネを効かせながら、目標へと。

 

 

 ――当てられると思ったら、両腕を伸ばして。そうだ、それで良い。

 

 跳躍し、その喉元へと剣を突き立てた。

 

 

 やれば出来るじゃないか、ウォルガ。盾なんかより剣の方が向いてるぜ、お前。

 

 

 

 開かれたままの顎は閉じられる気配も無く、何も噛み砕けない。目の前の四肢を脱力させ、俺の両腕を引っ張りながらその巨体を地面へと、倒した。

 

 握ったまま、指が剣を離そうとしない。一本ずつ意思を込めて開かせてゆく。

 わずかに震える両手を、仇を討ち取ったこの手のひらを、握りこぶしへと変える。

 

 勝った、はずだ。

 頬に感じる冷たさと、散らばる小石が金属に触れる音を、全身で味わう。

 周囲の音が戻ってくる。夜の鳥がはばたき、月光を浴びる木立の葉が風を受けてざわめく。

 傍らの死体から音もなく流れ出る、大量の血液が放つ赤い香りが鼻を突く。

 

 腕へと力を込めて体を起こそうとした時だった――それに気付いたのは。

 仲間の大きな体を飛び越え、首元の矢とその牙を月光の白に塗り、眼前……仲間の死因と同じく、俺の喉元を狙うその姿が視界に大きく広がり。

 

 髪を引き抜かれる痛みと背後からの音、生臭さと毛の感触が一斉に襲いかかった。

 

 

 ◆ 

 

「まさか、な」

「何かを唱えなければと必死に考えたのですが、間に合わず……」


「最初の一体を仕留め損なってた、というのは考えてなかったし、そんな余裕はどこにもなかった」

「……分析不足が招いた結果でした、ね」

 白い部屋の中で、二人の声だけが響く。

 窓の外にはいつもと変わらぬ街並みと行き交う人々、太陽の光が降り注ぎ、風が町の中央に生える大木の葉を揺らしている。

「墓参り、しないとな」

 白いベッドの縁から腰を上げ、ヘイリーが呟く。その視線は出口へと向いている


「ええ、そうしましょう」

 ケイもそれにならい、木製の椅子から立ち上がり、そして。

 

 

 

 俺の目を見る。

 二人の言い訳じみたものを聞きながら、大げさに撒かれた包帯の下から声を漏らす。

「俺を、置いていくなよ」

「当然だろ。先にハンスの好きな……好きだった花でも買ってくる」


 ドアを閉め、木製の床を騒々しく走る音が部屋の中まで伝わる。

 

「その程度で済んで良かったし、立ち上がれない程ではないのでしょう」

 こちらへと近寄り、わざと痛めた方の足を、片手で軽く叩く。

「怪我人、なんだが」

「知っています。ほら、肩を貸しますから。さっさと立ち上がって、墓地へと向かいましょう」



 真新しい墓石の元へ、白い花をそっと置いた。教会の許しを得て刺したロングソードは真っ直ぐに、俺はまだここにいるんだと主張するように太陽の光を反射する。

 固く、そして深く刺さった剣は、もう倒れる事はない。

 

 衛兵長からの提案は丁重に断った。三人で討伐することの出来る魔物を相手に、もう、誰一人欠ける事なく世界を平和にしていきたい。そう告げた後の顔は残念そうでもあり、決意を受け取って貰えたようにも見えた。


 立ち上がり、墓に背を向けながら墓地を後にした。

 

 俺たちは四人で戦う。今までも、この先も。


《完》

読んで頂き、ありがとうございます。

部屋のドアを開け放ち全員を集合させた所から先は、リベンジに失敗して全滅するというエンディングに納得が行かなかった為、全て書き直しております。

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