「授業って何だっけ?」by一年一同
「え?いや、え?…『教室丸ごと』ってな、何するの?」
「じゃあいくっスよ!」
虫の囁き程度のロキの声をスルーして、フィリアがバッと手を前に突き出す。
フィリアの前に立っていたロキは「ヒィイ」という情けない悲鳴と共に、すぐさまフィリアから離れ、防衛魔法を自分の周りだけに展開した。腐っても、魔術の教師である。
その瞬間。
フィリアの突き出された腕の先が淡く光り、薄く雪の結晶が宙に浮き出てきた。
そして……。
「うわぁ!!!」
「きゃあああ!!!」
生徒達の悲鳴が次々と上がった。
その悲鳴に合わせて、どんどんと教室が凍っていく。
床も壁も天井も、机や椅子までもがフィリアを中心に氷漬けにされていく中、どういうわけか人間は誰一人として氷の餌食にならない。
文字通り、教室丸ごと凍った頃には、フィリアがケロッと「これがボクの力っス」と言って、ニコッと笑った。
「「「…………」」」
誰も反応ができず、ただただフィリアを見つめる。
一番最初に口を開いたのはロキだ。
「あー…うん、わかった、わかりました。フィリア嬢、いや天使様!貴女様の力は充分わかり申し上げました。というわけで、これからは少なくとも僕の授業では、その力を使わないでください!いや、ほんと土下座でも何でもするんで、まじ勘弁してください!!」
段々と早口になっていくロキに、フィリアは「え」と目をパチクリと瞬かせた。
「じゃあ、ボクの実技の点数どうなるんスか?」
「全て満点で評価しときますです、はい」
もう完全に下僕のそれだ。
一向にフィリアに近付こうとしないロキは、椅子に座っているフィリアよりも膝を折って背を低くし、媚を売るように恐怖に満ちた笑顔を作った。
フィリアはと言えば、ロキの下心に気付いているのかいないのか「楽できるっス〜」と無邪気に喜んで、カイトに「アホか」と怒られていた。
「こらこら、ダメだよセンセー?ズルをしたら。それに、折角の授業だ。力を使えないなんて、フィリアが可哀想だろ?」
ティアラが情に満ち満ちた妹を想う兄の顔で、ロキに話しかける。
ロキは「いや、可哀想なのは僕です」と誰にも聞こえない音量で口にした。当然、地獄耳のティアラはその呟きを聞き取って、にんまりと笑みを深める。
「フィリアに力を使わせないって言うなら、この僕が本気を出しちゃおうかなぁ」
「はい?」
ロキの目が点になる。
「あ、そういえば、センセーって属性複数持ちでしょ?何個持ってて、何属性がないの?」
「え?それ今?」
急な話題転換に当たり前の反応を返すロキ。
それに対してティアラは「ほらほら早く言わないと、今度は人ごと氷漬けにさせるよ」とシンプルに脅した。「ヒィイ」と悲鳴を上げるロキに、我関せずのフィリア。後ろではカイトが「何当然のように教師脅してんだ」と呆れている。
何だ、このカオスな空間……一般生徒、総意の感想である。
「早く」と急かしてくるティアラに、ロキは涙目で口を開いた。
「はいはい、わかったよ。わかりましたよ!言えば良いんだろ!?言えば!四属性持ちだよ!命属性以外だよ!!全属性様には敵いませんよ!!嫌味か!!コンチクショー!!!」
次第に早口になっていったと思えば、最後の一言はただの卑屈だ。
この教師の情緒は大丈夫だろうかと誰もが心配するのに対し、ティアラの笑い声が教室中に響き渡る。ツボに入ったようだ。
「?四属性持ちも普通に凄くないっスか?」
フィリアが首を傾げると、涙で滲んだ眼を擦りながらティアラも口を開ける。
「フフッ!そうそう…フハッ!凄い凄い…ククッ!充分誇れることだと…ハハッ!思うよ…アハッ!」
「笑うか喋るか、どっちかにしろよ」
「アハハハハ!!!」
清々しい程に馬鹿にしてくるティアラに対し、ロキの影がさらに濃くなる。
「うぅ…ほら、やっぱり嫌味じゃん……だいたい全属性持ちって何?化け物じゃん…否、悪魔だった。悪魔なんかと一緒にするなよ、クソッ」
「それで?S級?AA級?ねぇねぇ、教えてよ!」
ブツブツと呪いのように愚痴を吐くロキを気にせず、ティアラが無邪気に問い掛ける。その瞳には、ありありと「どんな風にからかおうかな」と書かれていた。
ロキの肩が小刻みに震える。
泣いているのかと、更に瞳を輝かせたティアラがロキの顔を覗き込んだ瞬間――。
「土属性S!!火属性AA!水、風!共にCですよ!!これで満足か!?ええ、ええ!知ってましたよ!知ってましたとも!!イブリースの人間が悪魔なことくらい!でもさ!今まで社交なんてしてこなかったんだよ!社交界でイブリースと会ったことなかったんだよ!!こんなに人外だなんて思わないだろ!!バカヤロー!!!」
いきなり俯かせていた顔を上げ、訳の分からないことを喚き散らすロキ。
叫ぶだけ叫ぶと、ロキは何処からか先が輪っかになっているロープを取り出し、それを天井から垂らした。空間魔法だ。
ロキは、笑い死にしそうなティアラとポカンとしているフィリアの二人を一瞥すると、ゆっくりとロープの輪に頭を入れた。
「さようなら…来世がどうかありませんように…」
最期の言葉を残したロキが右手人差し指をクイッと上げる。それに合わせて一気にロープが引き上げられ、ロキの両足が床から離れた。
首吊りだ。
「キャアアア!!!」
「誰か!!先生!!」
状況を理解した生徒達が次々と慌て出す。
「ウグッ…ググ……」
段々とロキの首が締まり、生徒全員がパニックになる中、フィリア達三人は非常に落ち着いていた。
「これが教師って…この学校、大丈夫かよ」
「ユニークっスね〜」
「ハハッ!いいね、魔術!六年間、楽しめそう!」
それぞれに場違いな感想を漏らすと、フィリアが椅子に座ったまま足を前に踏み出した。
それに呼応するように、ロキの真下の床が青白く光り、氷の柱がぐんぐんと伸びてくる。
「ガハッ!カハッ!…ハァ!ハァ!……あれ?」
ロープを首にかけたまま、氷柱の上に座り込んだロキが間抜けな声を溢した。
人命救助成功だ。
こうして、授業初日のはた迷惑な自殺未遂が終了した。




