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悪魔と天使の狂詩曲(ラプソディ)  作者: 井ノ上雪恵
オープニング
7/27

初めての授業

 入学式翌日、王宮並の結界を張り終えた寮室でぐっすりと眠ったフィリアは、朝早くに目を覚ました。

「お早うございます、フィリア様」

 フィリアの枕元に立っていた一人のメイドが、フィリアが目を開けたのと同時に話しかける。

「んん〜、おはようっス〜、メノア」

 伸びをしながら、フワフワとした挨拶を返すフィリア。そんな主人とは違い、フィリアの専属メイドであるメノアは、早速テキパキと仕事を始めた。

 学院の制服である白のブラウスと紺のハイウエストフレアスカート、白のタイツに紺のパンプスを持ってくると、眠気まなこのフィリアに次々と洋服を着せていく。

「お顔、失礼致します」

 軽く断りを入れると、メノアはお湯で濡らしたタオルでそっとフィリアの顔を拭いた。

 その頃になると、フィリアの頭も起きてくる。

「今日の朝ご飯、何スか?」

「きのこのリゾットでございます」

 言いながら真っ青なリボンを取り出すと、メノアはフィリアの胸元より上の位置で結んだ。合掌結びだ。仕上げに、寮の位を表す青い宝石の煌めくブローチをリボンの結び目に付け、フィリアが好んでよく着る袖の無駄に長いボレロを着せる。

「お嬢様は本当にお手をお出ししませんね。不便ではございませんか?」

 寝癖のついたフィリアの髪を梳かしながらメノアが尋ねると、フィリアは「そうっスね〜」と口を開いた。

「半分癖っスから。今は出してる方が落ち着かないっス」

 そうこうしている内に朝の支度が終わった。



「今日は授業説明だけって言ってたっけ。面白い教師がいれば良いよね!ローラ寮監みたいじゃない奴!」

 寮から校舎へと移動したフィリア達は、一限目の授業教室へと向かっていた。

 一限目は魔術だ。

 学院では、教科担任は基本的に六年間持ち上がりとなる。教師側に何か起こらない限り、ずっと同じ教師が同じ教科を担当するのだ。

 ティアラはローラのような厳格で面白みのない教師に当たらないよう祈った。

「ティアラはああいうタイプ、苦手っスよね〜」

「怒ると怖いからだろ?」

 フィリアに続いて、カイトがニヤニヤとティアラに視線を送る。

「あったりまえじゃん!!ああいう目力だけで相手を黙らせることができる女性が一番怖いんだよ!!一回怒られればわかるから!!」

「……そんなに怖ぇなら、怒られるようなことすんなよ」

 揶揄うつもりで言ったカイトだが、あまりにティアラが熱弁するものだから少し引いた。

 本当にローラのような女性が苦手らしい。

「当然バレないようにしてるさ」

「いや!“すんな”っつってんだよ!!」

 ティアラとカイトのやりとりにクスクス笑うフィリア。

「ティアラらしいっスね〜」

「でしょ?さすが!フィリアは僕のこと、ちゃんとわかってくれてるね!」

 フィリアの言葉で上機嫌になったティアラは、先頭をルンルンと歩く。その後ろでカイトは隣のフィリアに「リアはすぐ甘やかすな」と溜め息を吐いた。


 一限目魔術。

 広い教室には二人用の長机が数十個と椅子が約百脚、縦長に並べられており、前方には教卓が一つと壁に黒板が取り付けられていた。

 授業は寮や身分関係なく、一学年全員で受ける。

 黒板がよく見え、先生の声がはっきり聞こえる前方の席は上級貴族の特権だ。

 当然フィリアとティアラは、三列に分けられて並んでいる長机の内、窓側の最前列を陣取った。ちなみに二人用なので、カイトはフィリアの後ろの席に座っている。

 一年全員が椅子に座ると、開けっ放しの扉から一人の男が入ってきた。

「えぇ〜、非常に残念なことですが、今日から皆さんの魔術と薬学を担当することになったロキです。まともな教師が良い人は是非留年してください」

 教卓の後ろに立ったその男は、まるで影そのもののように暗かった。黒に近い深緑のボサボサとした長髪に青白いコケた肌。長い前髪から覗く切長の灰色の瞳からは光が消えている。

 ロキの個性的な挨拶に殆どの生徒が「大丈夫か、この教師」と思う中、ただ一人ティアラだけは新品のおもちゃを与えられた子供のように目をキラキラと輝かせていた。

「えぇ、まず魔術の授業ですが、基本実技で採点します。自分で教材読んで、やりやすい方法を見つけてください。魔術の必修はⅠからⅢまでなので、それ以上の単位が欲しい人は僕以外の教師に言ってください。内申点は僕の個人的見解で採点するので、抗議は受け付けません。以上」

 ロキが話し終わると、生徒達は一様にポカンと間抜けな表情を浮かべていた。ただでさえ聞き取り辛いボソボソとした喋り方なのに、間を開けず一気に説明されたからだ。

「はーい、センセー!」

「ヒェ!い、イブリースの…」

 とそこで、ティアラが元気よく片手を挙げる。

 大袈裟なまでに肩を震わせたロキは「何?」とビクビクしながら尋ねた。

「実技で採点とのことですが、フィリアはその場合、何で採点されるのですかー?」

 まともな質問だった。

 隣のフィリアは「そういえばそうっスね〜」と適当に頷く。カイトはその後ろから「いや、お前のことだろ」と冷静にツッコんだ。

「あ、あーフィリア嬢の?」

 何を言われると予想していたのか、死の覚悟を決めた表情から一転、拍子抜けしたように安堵に満ちた表情を浮かべると、ロキは口を開く。

「いや、そもそも僕さぁ、入学前の魔力測定担当してないから、フィリア嬢がどうやって成績結果Sを取ったのか、口頭でしか聞けてないんだよね。その……本当に?本当に君、そんな人畜無害そうな顔して、あんな恐ろしい真似できるの?」

 ロキが恐る恐るフィリアの様子を伺う。

 教師の反応が()()な為、フィリアの力を知らない生徒も皆一斉に不安そうにガヤガヤと言葉を交わし始めた。

 魔力測定は人によって規模が違う為、非効率ではあるが一人ずつ測られる。その為、今この学院でフィリアの力を知っているのは、教師とティアラ、カイトだけになっていた。

 教室内のほぼ全員がフィリアに怯えの眼差しを向ける中、フィリアは一人キョトンとした表情で首を傾げる。

「恐ろしい力?暴走さえしなければ、そこまで危険はないっスよ?」

 真っ直ぐ純粋な瞳で言われると、ロキや生徒達も「なんだ、そっか」と胸を撫で下ろす。

「じ、じゃあ、人を一瞬で殺す程の力はないのね?」

「いや、本気出せばできるっスよ?」

 そして一気に固まった。肩を小刻みに震わせ笑っているティアラと呆れ表情(がお)で頬杖をついているカイト以外、全員、時が止まったかのようにフィリアの言葉でフリーズしてしまう。

「?どうして固まってるんスか?」

「テメェが余計なこと言うからだろ!」

「ッハハ!いや、ホント!サイッコーだね!フィリア!僕の愛する妹!!フィリアの一言で一気に場が凍ったよ!」

「え、ボク本当のこと言っただけっスよ?」

 固まっている人達を心配するでもなく、わちゃわちゃと談笑する三人に、ロキはハッと我に返った。

「あ、あー……そ、そうなんだ。うん、そうなんですね…ハハハ…いや、僕、そんなことできる人間がいるとは知らなくて…いや、人間じゃないのか。うん、そうだ。そうに違いない」

「ねぇ」

「ヒェエ!!人間じゃないとか言って!すんませんっしたーーー!!!」

 ブツブツと呟いていたロキにティアラが話しかけると、今日の授業一大きな声で謝罪が返ってきた。その声量にフリーズしていた生徒達も目を覚ます。

 目を丸くして突然の大音声に驚いていたティアラは「アハハ」と笑い出した。

「アハハハハ!!なに?今の謝罪。面白すぎるでしょ。アハハハハ!!!……はぁ」

 ひとしきり満足したのか、笑い終えると、ティアラは取って付けたような笑みを浮かべた。

「どうやらセンセーも皆も何か誤解してるみたいだから、フィリア。見せてあげなよ、チ・カ・ラ!」

 語尾にハートマークがついたティアラの提案に、「は?」と再度教室の時が止まる。

「良いんスか?」

「もちろん!どうせなら、この教室丸ごとヤっちゃおう!」


 領地も性格も身分も様々で、入学二日目。全くと言っていい程、結束も繋がりもない一年生達。だがそれでも、この時、全員が同じタイミングで確信した。


 ――イブリース家(こいつら)はヤバイと。

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