早くも危険視ですか!?
「久しぶりっスね〜、シャウルさん。そういえば学生だったこと、すっかり忘れてたっス。今年四年生になったんスか?」
ティアラの背後からひょっこり顔を出したフィリアが、気さくに相手に話しかける。
シャウル・アンブレイク。公爵家の一角、アンブレイク家の次男で、警視団の団員だ。
警視団とは、簡単に言えば警察のことで、騎士団や魔術師団と違い、主な仕事は事件の捜査となる。
年齢関係なく入団できるが、入団すれば成人していなくても“一人前”とみなされ、各事件に付き合わされる。その為、フィリアにはシャウルが学生だという認識が欠けていたのだ。
フィリアに気付いたシャウルは笑顔を浮かべ、右手を胸の前で添える。
「ええ。お久しぶりです、フィリア様。カイト様も。お二人共、ルチア寮への配属、誠におめでとうございます」
「どうもっス〜」
はーいと手を挙げるフィリアの隣で、カイトも頭を下げる。
「挨拶は終わった?わざわざそんなことの為に、人の部屋前で待ち伏せしてたとか言わないよね?」
ティアラが暗に「さっさと要件を言え」とシャウルに視線を送ると、シャウルは笑顔から一転、額に青筋を立てた。
「当然貴様に忠告する為だ!!ティアラ・イブリース!!!」
ビシッと指を指すシャウルだが、当のティアラは「何の?」と呆れ表情だ。
「少なくとも俺がこの学院にいる間は、絶対に貴様の思い通りにさせない!少しでも悪事を働けば、即お縄にかけてやる!!」
勇敢にもティアラ相手に啖呵を切るシャウル。それに対して、ティアラはやれやれと両手の平を天井に向けた。
「はぁー…今時、学のない子供だって知ってるんだけど…『イブリースの人間はたった一つの例外を除き、いかなる罪も罰せられない』…警視団、否…元公爵家の人間なら当然知ってるだろ。僕らを裁く方法はただ一つ。僕らが故意にラメント堕ちを作った場合のみだ。つまりお前は、僕にラメント堕ちを作れって、暗に言ってるのかな?ね、シャウル殿?」
ティアラの瞳が怪しく光る。
予想外の言い返しに、シャウルは更に眉を吊り上げた。
「そんなわけないだろ!!!法がどうであれ、他者を害する権利がある奴なんて、この世に存在しない!!貴様が誰かを傷つければ、法が許しても、この俺が許さない!!絶対にだ!!……では」
言いたいことだけ叫ぶと、シャウルは踵を返した。
そのシャウルの背中に向けて、ティアラが「一つ言うなら」と口を開く。
「どれだけお前の正義感が強かろうと、力が無ければ何もできない。覚えておいた方が良いよ」
顔だけ振り返ったシャウルが見たティアラは、ゾッとする程整った笑みを浮かべていた。背中に冷たい何かが走り、シャウルは顔を歪めながらもこの場を去る。
しばらくその背を見つめていたフィリアとカイトに対し、ティアラはさっさと足を進めた。
「相変わらずシャウルさんはティアラのこと、目の敵にしてるっスね〜」
「ティアラの本性知ってる奴なら、むしろ正しい反応だろ」
「おい!聞こえてるぞ、カイト!」
同じ学生同士と言えど、警察に目をつけられたにも関わらず、全く気にしない三人は、そのまま寮の自室へと辿り着いたのだった。
「三人お隣なんて、嬉しいっスね〜」
「どうせティアラが根回ししたんだろ?」
「夢がないっスな〜、カイちゃんは」
フィリア達の部屋は屋敷の四階、南側の突き当たりだった。三人分の部屋しかないこの一画は、近くに人の気配を一切感じない。明らかにイブリースの人間と、他の生徒を遠ざけようとしている教師陣の思惑だ。
これは根回ししなくても三人一緒になれたなと、ティアラ(←本当に根回しした人)は心の中で思った。
「よし、じゃあ転移陣の設置と結界展開しようかな。カイトも結界張るの得意なんだから、自分の部屋は自分でしなよ?」
「ああ」
生徒は基本的、休暇期間以外は学院外へ出ることを禁じられている。だが、イブリースは別だった。
年齢関係なく、イブリースの人間は全員ラメント討伐の義務を負うので、ラメントが出現すれば学院外でも出陣しなくてはいけないのだ。
その為、イブリースの人間に限り、学院内に転移陣をつけることが許されている。
転移陣は対となる陣のある場所に瞬間移動する為の魔法陣だ。
ちなみに結界は防魔用と防音用。イブリースはとにかく人に恨まれる上に敵が多い。襲撃と情報漏洩に備えて、この二つの結界は必要不可欠だった。
「フィリア、僕とカイトが作業している間に『使用人手続書』用意してくれない?僕はリリスの分だけだから」
「了解っス〜。じゃあ、今から寮監室に行ってくるんで…」
「は!?リア一人で行かせるのか!?」
魔法が使えないフィリアは、二人が結界を張っている間、ずっと暇だ。任せてくれと手を挙げるフィリアに対して、慌ててカイトが止めに入った。
フィリアは「心配症っスね〜」と笑っているが、ティアラは「過保護すぎだろ」とジト目でカイトを見つめる。
「当たり前だろ?他寮ならともかく、ここはルチア寮だよ?初日で、イブリースの人間においそれと話しかける命知らずな馬鹿がいるわけないだろ」
「……」
ティアラに言われてしばらく悩んだカイトだが、しぶしぶ納得するとフィリアをグッと引き寄せ、その白い首筋に紅い華を一つ付けた。
「誰かに声掛けられても無視しろよ?」
真顔で言い放つカイトに、フィリアは眉を下げて苦笑する。
「さすがにそれは無理っスね〜。じゃ、行ってくるっス」
「失礼します。『使用人手続書』を貰いに来たんスけど…」
「!ああ、フィリア嬢ね」
寮監室にフィリアが入ると、ローラは手元の書物から目を離した。
使用人手続きは、自分の召し抱える使用人を学院に呼ぶ為のものだ。下級貴族はともかく、中級・上級貴族の中には専属以外の使用人に触られたくないという人もいる。
フィリアはそうでもないが、ティアラは専属の使用人以外には、指一本たりとも触られたくないタイプだった。そもそも間に合わせの使用人を信用できる程、日頃の行いが良くない。
「何人分の書類が必要かしら?」
「えっと…二人分スかね」
ティアラに言われたことを思い出しながら、フィリアが答える。
ティアラはリリスだけで良いと言った。フィリアも学院に連れてくるのは一人だけで良い。
よって二人分だ。
「はい。では、必要事項を書いて提出してくださいね」
「はいっス」
ローラから書類を受け取ったフィリアは、そのまま扉の取っ手へと手をかける。
「フィリア嬢、一ついいかしら」
「?何スか?」
呼び止められ、ローラの方へ振り返ると、フィリアは小首を傾げた。
「あなた、魔法が使えないそうですけど、討伐義務はあるのですか?」
「勿論ありまスよ?ラメント討伐は魔力なんて必要ないスから」
「そ、そう…引き止めてごめんなさいね」
「?いえ、失礼しまス」
そしてフィリアは一礼して部屋を出た。