ドキドキ!ワクワク?入学式
「おっ待たせっス〜!カ〜イちゃん!」
「おっそい!罪人一人始末するのに何分かかってんだよ!」
地下の拷問部屋から出たフィリアは、階段前で自分達を待ってくれていた黒髪の少年へと声を掛けた。
少年は不機嫌そうに、元々吊り目の赤眼を更に吊り上げて、手元の時計を確認する。
少年の名はカイト・ラモール。
ラモールというのは貰い名で、カイトはイブリース家の養子だった。
「おい!フィリアに偉そうな口聞くな!殺すぞ、カイト」
フィリアに遅れて、地下の階段を上ってきたティアラがカイトを睨みつける。それに対して、カイトも同様に「ぁあ?」とティアラに睨み返した。
互いにバチバチと火花を散らし合っている双方の間で、フィリアは微笑ましいものを見るかのような表情を浮かべる。
「二人とも、仲良しっスね〜」
「でしょ?」
「仲良くねぇよ!!」
フィリアの発言を肯定したティアラに対し、即座に否定したカイト。
そんなカイトをスルーして、ティアラは飽きたと言わんばかりに、顔に付いた返り血を手の甲で拭った。
「まあそんなことより、そろそろ出ないと本当に遅刻するな」
「そっスね〜」
「おい、聞けよ!人の話!」
「馬車だと遅いし、飛んで行こうか」
「了解っス!」
「……聞いてねぇし……」
◆
聖クロアシア貴族学院。王都の中心から少し離れた小高い丘の頂上にある城の形をした校舎だ。
実際、昔は王族の第二の城として使われていて、今はそのまま城内が学び舎として、国内全ての貴族が身分関係なく在籍している。
満十二歳から入学資格を持ち、全寮制の為、生徒は基本的六年間親元を離れ、学院で過ごすこととなっていた。
「…それでは新入生の寮分けを発表する。寮は先日行われた入学前テストの点数と魔力測定値の合計により、上から“ルチア”、“シエロ”、“マーレ”、“テレノ”と分けられる」
学院の大広間、元々はダンスホールだった場所で、百を超える新入生が真剣に校長の話に耳を傾けていた。
寮分けは言わば、自分のポテンシャルの高さを示すもので、自身の値打ちを決められるようなものだ。
基本、爵位に関わらず能力だけで分けられるので、寮が低ければ家門に泥を塗ってしまう結果となる。
「では発表する!まずはルチアから!」
ホール内に、一気に緊張が駆け抜けた。
「入学前テスト六百点中満点!魔力全属性!全てS級!…静粛に!合計600S+!ティアラ・イブリース!」
ホール内がざわつく中、名前を呼ばれたティアラは涼しい表情で立ち上がり、真っ直ぐルチア寮の寮監の前へと進む。
「続いて、入学前テスト六百点中598点!魔力無属性!静粛に!!…魔力はないが、別の能力で評価!合計598S!フィリア・イブリース!」
静かに立ち上がったフィリアは、他の生徒から向けられる好奇の目をスルーして、ティアラの後ろへと並んだ。
「続いて……」
校長が次々と生徒の寮を宣言していく中、その様子をステージ舞台袖から五人の老人達が伺っていた。
「今期はイブリースが二名もか。それも何と厄介な…」
「入学前テストはいかなる天才でも満点を取れないよう、かなり難易度を上げているというのに…。歴代のイブリースでさえ満点を取った者はいない」
「598点でも歴代最高じゃろうて。それよりもフィリア・イブリースじゃ」
「“青い鳥”…この目で見るのは初めてじゃ。厄災が来るぞ。こりゃ、しばらく生きた心地がしなさそうじゃわい」
「天使と悪魔か……やれやれ、何も起こらなけりゃ良いんじゃがの」
この五人の老人達は“賢老院”だ。
賢老院とは、王の政治を手伝う五人の公爵家の貴族で、愚王の時代であれば、実質裏のトップ権力者となる。
そんな五人の賢者達は、末恐ろしい二人の天才を見て、国の未来を憂いだ。
「皆さん、ルチア寮への配属、真におめでとうございます。私はルチア寮寮監のローラ・エンペストと申します。相談事がございましたら、遠慮なく私に仰ってください」
入学式が終わると、すぐに新入生はそれぞれの寮へと案内された。
ルチアの寮は校舎である城から少し離れた、庭園にある立派な離れ屋敷で、上級貴族の屋敷と比べても全く遜色ない。
さすがは最上級寮だ。
そんな寮に選ばれた新入生達は、皆誇らしげにローラの話を聞いていた。
「今、皆さんにお渡ししたブローチは、皆さんの寮を顕すものです。ルチア寮というのは、他寮の生徒にとっては憧れそのもの。常に周りの目を意識した態度を心掛けて、ルチアの名を汚すことのないように!」
ローラの話が終わると、新入生達はざわざわと談笑を始めた。
「ルチアに入れて良かった」「イブリースが一緒か」「空色の髪、実在したのね」などなど。
ルチアに選ばれた人達は皆聡明だ。
これからの学院生活に対する期待より、悪魔の一族に対してどう関わっていくかを冷静に見極める。それに関しては、新入生だけでなく談話室に集まってきた上級生達も同じだ。
既に新入生どころか、全ルチア寮生から注目を浴びているフィリア達は、しかし全くその視線を気にすることなく、説明された自身の部屋へと足を進めた。
「いやぁ、それにしても意外だったなぁ。カイトがルチアに入れるなんて。まぁ、イブリース家の養子なら入ってもらわなくちゃ困るけど。良かったね、フィリア!」
我が物顔で、今日初めて歩く筈の廊下を進んでいくティアラが、後ろから付いてくるフィリアに笑顔を向ける。
意外と言っても、カイトの成績はテストが593点と、ティアラ、フィリアに続いて第三位の結果を残し、魔力も風属性でAAを取っている。
ルチアは試験で五百点以上かつ魔力がどれか一つの属性でもAA以上あれば入れるので、カイトは充分にルチアに選ばれるだけの能力を持っていた。ちなみに、イブリース以外の人間が590点以上を取ったのは、カイトが初めてのことらしい。
カイトもカイトで、イブリースに負けず劣らず天才なのだ。
「そうっスね!カイちゃんなら、解答欄全部ズラして書いちゃうくらいのことはしそうだったっスから、無事に同じ寮に入れて、本当に良かったっス〜!」
「喧嘩売ってんのか!?そこまで間抜けじゃねぇよ!」
心から喜ぶフィリアの失礼極まりない発言に、カイトが声を荒げて反応する。だが、カイトの口調がきついのはいつものことなので、フィリアは謝るでもなく「恥ずかしがり屋っスね〜」と、よくわからない感想を漏らしていた。
「はいはい。じゃれ合うのは後にしてね。やることはいっぱいあるんだから」
「ほぅ…入学初日で、何をそんなにやることがあるんだ?ティアラ・イブリース」
いちゃつく二人を顔だけ向けて制するティアラに、歩み寄ってきた影が一つ。
声だけで相手がわかったティアラは、口元にニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「これはこれは、お久しぶりですね。シャウル・アンブレイク殿」
読んで下さり、ありがとうございます!
ここでは設定を紹介していこうと思います。本文では書ききれない部分もあるので、できれば目を通してくれれば幸いです。
魔法:自身の中に存在している魔力を陣に通して起こる非科学現象の総称。防衛魔法、空間魔法、属性魔法の主に三種類があり、魔力自体は誰でも持っているので(“青い鳥”以外)訓練すれば、皆使える。
属性魔法には「火」「水」「土」「風」「命」の五つがあり、人によって使える属性は様々。
普通は一つの属性しか使えない者が殆どで、上級貴族の中には、稀に複数の属性を使える者もいる。
身分:上級貴族→公爵家、侯爵家、イブリース家
中級貴族→伯爵家(イブリース除く)
下級貴族→子爵家、男爵家
寮分け:魔力にはE、D、C、B、A、AA、Sと強さに段階がある。
上級貴族でも一般にはA級までが限界で、AAやS級を出せるのはごく一部のみ。
S+など、“+”が付くのは、一つの属性だけでなく、複数の属性持ちだという証。