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悪魔と天使の狂詩曲(ラプソディ)  作者: 井ノ上雪恵
オープニング
3/27

悪魔の一族

ちょっとグロめ?

注意してください。

 暗く閉ざされた部屋には窓一つない。煉瓦の壁には隙間がなく、室内を照らしているのはユラユラと揺らめく蝋燭ろうそくの灯りだけだ。

 部屋は外の音から隔絶されており、ただ男の荒い息だけが響いている。

 男はこの、扉と一脚の椅子しかない閉塞された空間で、後ろ手に縄で縛られ、腹を中心に全身へと襲ってくる痛みになす術なく脂汗を浮かべていた。

 そこに場違いな明るい子供の声が上がる。

「アハハ!ねぇ、もう終わり?まだ横腹しか刺せてないんだけど。もう死ぬ覚悟、決めちゃったの?」

 楽しそうな声とは裏腹に、話の内容の何とおぞましいことか。

 銀色の肩にちょうどかかるくらいの癖っ毛をハーフアップにし、エメラルドグリーンの瞳を持った美少年は、足元に転がっている男を冷たく見下ろした。


 ティアラ・イブリース。


 名前と可愛らしい顔立ちも相まって少女に見えるが、着ている服が男物であることから少年なのだろう。

「ほら!僕の靴を舐めることができたら、命だけは助けてあげるよ!」

 そう言ってケラケラ笑うティアラに、男はガタガタと震えながらも、上手く力の入らない身体をもぞもぞと動かし始めた。

 靴を舐める。その行為は、自分が相手よりも遥かに劣った下等生物であるということの証明だ。少なくとも、自分より年下の…ましてや子供相手にすることじゃない。

 しかし、男にとってはそんなちっぽけなプライドを大事に守ることよりも、自身の命の方が大切だった。

 ずるずると身体を引き摺りながら、ティアラの方へと近付いていく…が、しかし。

「グッ!…ァアアアアアア!!!」

 男の叫び声が部屋中に響き渡った。

 ティアラが男の左肩から剣を引き抜く。傷口からは鮮血が上がった。

「ごめーん!やっぱり、僕、汚いモノに触られたくないから良いや」

 変わらず作り物のような笑顔を浮かべるティアラに、男はもういかる気力も残っていなかった。

 ただ、自分がこのイカれた少年に無惨に殺されることだけがはっきりとわかる。

「ダメっスよ〜、ティアラ〜。今のは悪趣味っス」

 また状況に似つかわしくない気怠げな声が上がった。

 否否、“今”だけじゃなく、ずっと悪趣味だっただろうとツッコむ人間はここにはいない。

 話しかけられたティアラは声の方へと顔を向けると、嬉しそうに頬を緩めた。

「フィリア!」

 空色のフワフワと緩くカーブした背中まである長い髪に、海を思わせる碧眼。整った顔立ちはまるで人形のように愛らしい。

 ティアラの双子の妹、


 フィリア・イブリース。


 フィリアはたった一つだけの椅子に腰掛けて、腕の長さに合っていない長すぎる袖をプラプラと揺らしていた。

「ああ、本当にフィリアは優しいなぁ。こんな奴にも慈悲をかけるなんて。勿論、今のはもうしないよ!可愛い妹のお願いだからね!」

 男の返り血を頬に付けたまま満面の笑みを向けてくるティアラに「なら良いっス」と短く返すと、フィリアは床に這いつくばっている男を見つめた。

「…充分反省したっスか?」

「ウッ…し、した!しましたッ!充分!反省しましたッ!頼むッ!助けてくれ…!!」

 腹と肩の激痛に耐えながら、縋るように男はフィリアへと涙に濡れた目を向ける。それに対して、フィリアはニコッと微笑んだ。

 先程までティアラが男に向けていた薄気味悪い笑みじゃない。

 何もかも許してくれるような、受け止めてくれるような“天使の笑み”だ。

 男はこの絶望的な状況で、ようやく希望を見出した。この少女なら自分を助けてくれると。

「良いっスよ〜、反省したなら。()()してあげるっス」

 フィリアがあっさり了承すると、男は喜悦の表情を浮かべた。

 その男の背後で、やれやれとティアラが肩を竦める。

 そして、ペロリと舌舐めずりした。

「はぁー、せっかく久しぶりのおもちゃになると思ったのになぁ…フィリアの優しさに感謝しろよ?」


 一瞬だ。


「……え……」

 男の唖然とした声が空気中に溶けて消える。

 全く状況を理解できない男と違い、ティアラはつまらないと言わんばかりに、新たに付いた男の血を剣から拭き取った。

「う…ゴフッ!!」

 男が口から盛大に血を吐き出す。

 ティアラに心臓を一突きにされたのだと気がついた時には、男はもう意識を落としかけていた。

 男は焦点の合っていない目で二人を見つめる。

「はぁ、つっまんないなぁ!もっと面白いことしたかったのに!すぐ殺しちゃうなんて!」

「充分拷問したじゃないっスか。ティアラの趣味に付き合ってたら、日が暮れちゃうっス。今日は入学式なんスから、遅れちゃダメっスよ?」

 もう男の存在など忘れたかのように談笑する二人の子供の姿を見て、男は最期に一つ呟いた。


「…あ、くま………」

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