いつか画面の向こうで見た風景
あと二、三話くらいまで上げるつもりです。
中三の春。
自分が受験生であるという自覚がまだ薄く、けれど嫌でも成績を意識してしまい、漠然とした不安が大きい季節だ。
勉強に対する熱意の温度差もこの時期から生まれだし、恋人や友人との距離が曖昧になったりし始める。
まあ、もっとも。
「シュンく〜ん!おっはよう!」
「うわ!っと、おはよう美遊。急に腕に抱きつくなよ」
「えへへ、ごめんね?」
「全くよ。折角私が空木君と楽しく話していたというのに」
「うわ、讃良城さん、居たんだ」
「それはどういう意味かしら
「お前ら出会って早々喧嘩しないでくれ。周りの目が痛い」
ーーそんなもの、主人公補正全開の我が親友には無縁な話なのだろうけど。
見るがいい眼前に広がる光景を。
アイドルにでも居そうなくらいの美少女二人を堂々と引き連れて歩く我が親友の姿を。
あれぞまさに両手に花と表現するに相応しい。
まだ原作の舞台である高校に入っていないというのにあの有様なのだから、全く流石としか言いようがない。その上どちらの花も学校でトップクラスの美少女と来てる。
もはや現実感が無くて、自分が本当に誰かの空想の産物なのではないかと錯覚してしまいそうになる。
そんな事を考えながらアレの後ろをゆっくり歩いていると、前を歩く我が親友が突然こちらを振り向いた。
そしてパッと表情を明るくする。
「おーい、ユウ!」
おいバカ止めろ。
なんで死角に居るはずの僕に気づいた主人公野郎。
というか待て、こっち来んな。お願いだからその修羅場の渦中に僕を巻き込むんじゃない。
来んなってば。
「なんで無視するんだよ。新手のノリか?」
ちげーよ。
っていうか並んで歩くな。
さっきお前が言った通り視線が痛いんだよ。
こちらのそんな心境を露とも知らず、我が親友、空木 春也はその能天気な笑顔を惜しみなくこちらに向けて来る。
「だから無視すんなって。俺が何か悪いことしたか?」
「別に。朝っぱらからイケメンがハーレム築いてるのに遭遇して胃もたれするのがしんどかっただけだよ」
「親友になんて言い草だ」
「親友、か。……早くそんな縁切れないかな」
「ひどっ。幼稚園からの付き合いだろ?」
だからこそだ。
どれだけの間こちらがお前に振り回されてきたと思ってる。
もういい加減この針の筵から解放してくれ。
「はあ、どうでも良いから前見なよ。放置されたお前の幼馴染達が現在進行形で睨んで来てるんだけど」
「おっと、そうだった。ゴメンゴメン二人とも」
よし撃退完了。
ああでも、やっぱりこっち向いた視線は無くならないんだよなあ。
辟易としながら、僕は学校へ向かうのだった。
◇
『示して!青春テーゼ』
見るからに駄作臭の漂うタイトルとは裏腹に、一部のとある界隈ではかなりの注目を集めた人気恋愛シミュレーションゲームだ。ストーリーが王道で、またイラストレーターなどのスタッフが名の知れたメンバーばかりだった事もあり、万人受けする内容となっている。
前世の僕は友人に勧められた事がきっかけでこれを始め、人生最後の二ヶ月間は趣味となっていた。
ところが一つ変わった特徴があって、その万人の中であえて一部と称した支持層、所謂廃ゲーマーと呼ばれる人種に広く人気がある、という事。
一度インターネットで攻略法を求めて掲示板の方へ行くと、このゲームに関するスレはほとんどが人生をゲームに捧げた廃人達の社交場と化していた。
お分かりいただけただろうか。
詰まる所このゲーム、すこぶる難易度が高いのだ。
といっても、ヒロイン一人一人のグッドルートはにわかだった前世の自分でもクリア出来るくらいに簡単だった。
では何が廃人どもの熱意をそこまで掻き立てたのかと言われれば、隠しヒロインルートとハーレムルート、そしてトゥルールートの三つが存在している事だろう。
これらの三つはいずれも、0.1%を千回連続で引き続ける運と完璧な日程により築かれたステータスが無いとバッドエンドにさえ到達出来ないという鬼畜仕様になっている。
そのあまりの難易度に、公式が実在を発表するまでネット民の間で都市伝説、あるいは仕様によりEND到達が不可能とされていたほどだ。
ちなみに僕はその内、隠しヒロインルートだけ、友人が六徹してなんとかクリアしたプレイ動画を見たことがある。
その友人から、『これでもイベント全部回収出来て無いんだぜ』とヤケクソ気味に笑いながら言われた時は本当に公式の頭を疑った。
さて、ガチ勢でも無いくせにこう長々とギャルゲーについて熱弁したのには訳がある。
というのは、先程語った隠しヒロイン。名を凍月 雪那というのだが。
僕は今、そんな彼女にナイフを喉元へ突き付けられていた。
定期試験はズタボロ。模試も悪い。
おまけに再来週には三者面談。
現実が辛い……。