自殺こそが最善
意識が薄れていく。
左手首から熱い血が抜けていく感覚がどこか心地いい。
「あぁ……」
不意に漏れた声が、狭い浴室によく響いた。
もう死ぬのに頭に浮かぶのは楽しい記憶ではなく、辛い記憶。
スクールカーストの上位者は彼女を蔑む。
劣等感が包み続けた一年間は最悪だった。
「野木光……中学二年生になったので自殺しまーす」
弱々しい宣言は、光の耳にも届かなかった。
来世に期待を寄せ、光は死を選んだ。
そして、意識は途絶えた。
強烈な頭痛に苛まれ、光は覚醒する。
どうやら体はベッドに横になっているらしい。
腕には管が繋がれ、心拍に合わせポップな音が聞こえる。
身体は動かないので、視線だけ動かす。
枕元には置時計が一つ。
十四時とデジタル表示されている。
風を感じ、視線を反対側に移す。
纏められていたであろうカーテンは窓の隙間からの風のせいか、解かれ波打つ。
その時、ガラガラ……と引き戸の開く音がした。
「あら? 先生!」
光の姿を見るなり、部屋から飛び出していった。
ここで光は生き延び、病院にいると確信した。
間もなく、初老の医者が入ってくる。
「光ちゃん、私の声が聞こえるかい?」
少しだけハスキーな声で微笑む医者。
「あぁ……は……い」
絞り出した声。うまく声帯が震えずに声がかすれた。
「無理しなくていいよ。中山君、御家族に連絡を」
眼鏡の奥の瞳には優しさと、大人の雰囲気があった。
看護師への指示も冷静に行い、光の手をそっと握る。
眼鏡のフレームは所々錆びている。
それと同じくらい左薬指にある指輪も錆びているような気がした。
「わた……し」
二度目の発声もうまくいかなかった。
「うん。ここは病院だよ。お母さんもすぐに来るさ」
医者の胸元には顔写真と『小児科医 飯田 渡』の文字。
「いい……だ……せんせ」
名前を呼ばれ驚いた医者は、胸元のプレートを見てから笑った。
「そうだね、私は飯田渡。君の担当医だ」
ふたりきりの空間で、静かに会話が進む。
その間に飯田は瞳孔の確認や、バイタルチェックを行う。
「じ……さつ」
光の口からは自然とその単語が出てきた。
「うん。光ちゃんは自殺をしたんだ。リストカットね」
飯田の表情は変わらない。
自殺なんて聞けば狼狽えると思っていた光は、疑問を持つ。
「ごめんなさ……い」
謝罪の言葉を聞いて、飯田は悲し気に嘆息をひとつ。
「光ちゃんは優秀だね。人生の正解を見つけたんだ」
「……え?」
光は飯田の言葉が理解できなかった。
「その年齢で死を選ぶ……安直な決断ではないだろう?」
「はい」
「ならばなおの事。僕はね……死こそが人生の正解だと思っているんだ」
いつの間にか飯田の一人称が僕に変わっている。
「死を選べば、苦しみもない。働くことも、勉強することも……何もなくなるんだよ」
飯田は左の袖を捲る。
左手首には横線の傷跡があった。
「中学三年生の時だよ。僕は毎晩のように手首に傷を入れたんだ。でも死ねなかった。適当に切っていたから深く入らなかったんだ。そうして僕は生き延びた」
「いじめ……つらいよ」
「うん。いじめは辛いよ。僕も死ねなくて、ずっといじめが続いた。ずっと死にたかった」
「ころし……てよ!」
精一杯の叫び声を飯田にぶつける。
「それはできない。僕は医者だ」
大きく深呼吸をしてから飯田は続ける。
「ごめんね。殺してやれなくて」
光はその言葉を聞いて堪えられなくなった。瞳から涙が溢れる。身体は動かないので拭うこともできず、ただ流れ続ける。
「死は正解だ。生は不正解だ」
残酷な現実を飯田は突き付けた。
「でも、正解だけを選ぶのは愚かだよ」
「じゃあ……どうすれば」
「僕はいじめっ子たちに歯向かうと言う不正解を選んだんだ。あいつらに勝るものを探した。それは勉強だった。勉強をし続けて、し続けて……医者になった」
飯田は袖を伸ばし、傷跡を隠した。
「不正解を続けた今……僕は少しだけ幸せになったさ。不正解なのに八十点くらいの人生になってるんだ」
「ほんとうに……?」
「うん。孫もできて毎日が楽しい。光ちゃんも何か不正解を見つけてごらん? きっと楽しくなるかもしれない」
光はやっと動かせるようになった手で、飯田の手を強く握った。
「もう四月も終わる。ゴールデンウィーク明けには学校に行けそうだよ」
飯田の言葉に時の流れを感じた。
窓の外には緑に染まる桜の木達。
「光!」
勢いよく、引き戸は開けられ母親が入ってくる。
「光……!」
「おかあさん……」
涙を流しながら母は光の顔を撫でる。
「先生……光は?」
「えぇ、これから詳しく検査しましょう。きっと元気になりますよ」
「本当ですか……ありがとうございます」
深く、深く、母は頭を下げた。
「ほら、光も」
母に促され、光は感謝を述べようとする。
「せんせい……あ――」
しかし、言葉を途中で止めた。
「ん?」
「――わたしは……ふせいかいで、ひゃくてん……とろうかな」
光は笑みを溢し、そんな可笑しい宣言をした。
「うん。頑張って」
飯田も口元にシワを寄せながら微笑んだ。
こんにちは。下野枯葉です。
今回は自殺をテーマに書きました。
自殺テーマ……ありきたりですね。
でも、何となく書いてみようと思ったので書いてみましたー!
思春期とか、中二病とか。
中学生、高校生って忙しいですね。
社会人も忙しいですけど、違った忙しさで……大変だなぁ。
そんな忙しさの中で、これからの事を考えたら……どんな決断になるのか。
……ということを、自分なりに纏めてみました。
そういや、最近の寒暖差で風邪ひいたんですけど。
天気ってコントロールできるようにならないんですかね?
本当に困る。
一読してくれた方。
ありがとうございます!
是非、他の作品も読んでみてください!(懇願)
最後に、
金髪ロリは最強です。