3日目-A
深夜、日付が変わってすぐ。
「ねえ、皆川」
「なんだ」
炭焼場を囲む壁に背を預けた彼は、傷だらけだ。
アトリも無理矢理についてきたせいで汗がしたたり落ち、足はパンパン。
「今、下の方ってどうなってるの」
「地獄絵図……よくても何人かが生き残ってるくらいだろ」
アトリが選んだのは、皆川について行くことだった。
一人で進んでも、引き返しても、あのホロウコピーとか言う影がいない保証はなく、いたとしたら触れられただけでアウトな相手に鬼ごっこなんて生き残れる気がしない。
ツグミのことが心配だが、皆川の手遅れという言葉が気になる。
それに〝過程で決めるな結果で決めろ〟そんなことを言った本人が疑われるような行動を取る意味が理解できない。
「八條」
「なに」
「運がなかったとか、そういう考え方でいいと思う」
「なにが」
「今回のこと、すべてが」
「運がなかったって……そんなの」
「先に言う、ホロウに触れられた時点で殺す。それだけは絶対だ」
「…………触れた時点でアウトなんでしょ」
「耐性のないやつは」
完全に破壊された火炉をからこぼれる火を流し見て、ここでの精錬は諦めるかと判断する。
ここに来たときにはすでに破壊されていたが、やった犯人の姿が見えず下手に動くにも休みたかったためにここに留まっている。
「なんなの、あの黒い影」
「異界の化け物みたいなもん。そしてそれに対抗できる力を持った異能力者もいる」
「あんたとか、中塚とかみたいな」
「そうだ。中塚は……見ただろうが割り当ては〝剣使い〟だ。オマケで条件付きの能力がいくつかあるみたいだが、よく分からん」
「あんたは」
「〝スティーラー〟、相手の能力を奪う」
「あたしにもそんなのって、あったりしない」
「異能者の近場にいれば、嫌でもなんか出るさ」
座り込みながら目を閉じる。
ここに来るまでに何度もホロウコピーに遭遇し、そのすべてを一人で片付けた。
滑り落ち、避けて尖った岩にぶつかって、木の枝にも掠って傷だらけなのだ。
「はぁ……」
「これからどうなんの」
「他の連中が〝浄火〟を使う可能性が高い」
「じょうか?」
「この辺りすべてを結界で囲んで焼き払うんだ。あの炎はすべて焼き尽くす、発動されたら止めようがない」
「……昨日まで普通だったのに、なんで」
「災害だろうがテロだろうがなんだってそうさ、いきなりだ」
「ツグミ……大丈夫かな」
「分からんが、もう喰われたと考えるべきだろう」
アトリ自身も無事というよりもうダメだろうという方向に思いが傾いている。
一人で岩場を進んでいって、ツグミを置き去りにして、そしてその方向からやつらが来た。
それを思えば……。
「ねえ、あんたみたいなのって何人くらいいるの」
「みたいなのって、具体的にどういう」
「あの魔法みたいな力持ってる人。あんたの仲間とか、中塚みたいにいきなり攻撃してくるやつとか」
「このエリアに対しては……」
そっと空を、青く輝く光を指差す。
「あいつだけだ」
「あんたと、たった二人?」
「そうだ。つっても本来ここは戦域設定されてないから最初から放棄の予定だったから……敵は多いが」
「あんな化け物がいるのに、ほったらかしにするつもりだったの」
「あぁ。発生原因は分かっているし、元を潰したほうが被害が少ないから主戦力は余所にいる」
「原因って」
「中塚の野郎が居た側だ。あっちもこっちも利害の一致で戦ってるから、どこまでが敵で味方なのかすら分からん。ただ言えるのは、敵陣営の一人がバカやらかして今の状況が出来ている」
「あんたはあの影からみんなを守ろうとしてるの」
「違う」
「だったらなんで」
「単純に近場の火炉で精錬したかっただけ。ここに来たのは偶然だし、あいつも監視兼ねて飛んでるし。立場的にしょうが無いとは言え……エンジン音?」
音の感じから軽バンだろうと判断する。
明らかにこっちに向かってきているが、真夜中にここに来る人に心当たりは一人しか居ない。
「おじさん……かな」
「分からないなら敵と思え。取りあえず隠れてからだ」
皆川が姿を隠す。
瓦礫の影にしゃがんだだけだが、真夜中と言うこともあってまったく分からない。
「大丈夫だって、おじさんだろうし」
車のヘッドライトの灯りがすぐ近くで止まって、誰かが降りてくる。
懐中電灯で照らしながら近づいてくるのは、
「皆川君、夜食持ってきたけど食べないか」
おじさんだった。
それに対して皆川は身を潜めたままでまったく返事をしない。
「皆川くーんいないのかい」
呼びかけながら近づいて来たおじさんは、様子のおかしい火炉を照らして驚き、そして周りを見てアトリに気付いた。
「いったい何があった、窯がなんでこんなことに」
「おじさん落ち着いて」
「落ち着いていられるか、この窯は」
「離れろ!」
急に近づいて来たおじさんが宙を舞った。
一瞬何が起きたのか分からなかったが、すぐに皆川の足が見えて蹴り飛ばしたのだと理解した。
「あんた何してんの!」
「お前こそよく見ろ!」
言われておじさんを見れば、起き上がるその姿は半分以上が影に包まれていた。
「え……でも今、普通に」
「そう動くようにプログラムされてるだけ。単なる動く死者だ」
起き上がったおじさんは、完全に影に変わって向かってくる。
「そんな」
「だから言った、分からないなら疑って掛かれ」
ナイフを構えて襲いかかる。
ホロウコピーの動きは大して早くない。
その上ベースは人間、神経系を斬ってしまえばそれまで、殺し方も同じだ。
「やめて!」
「躊躇えば仲間を殺すことになる」
首を刺し、抜いて逆手に持って身体ごと振るって肩から一気に切り裂く。
振り抜いた体勢から腿を刺し、抜いて蹴り倒す。
「これでバレたな」
「おじさんは……」
「とっくに死んでる」
振り向いた皆川は、懐中電灯の灯りに照らされ血に染まっていた。
「あんたが」
「殺したと思ってくれても構わん」
「あんたが……こうなるの分かってるならなんで」
「なるべく被害は減らすと約束はしたさ……だけど特定の誰かだけ守れって訳じゃない、無理だ」
風が吹いて木々が揺れ、それとは違うざわめきがあちらこちらから聞こえる。
「煙のにおい、火がついたか」
「じょうかってやつ?」
「だろう。でないにしてもこんなところで〝炎使い〟相手に戦うのはきついぞ」
「こんなところで死にたくないよあたし」
「だったら状況を受け入れろ。怖がれ、そして正しくそれが何なのかを認識してそういうものだと理解して怖がるな」
暗闇の森の中に赤い炎が見え始める。
同時に煙に目が痛くなり、ホロウコピーも続々と姿を現す。
「物量押しか……」
「あんた、なんとか出来るんでしょ」
「出来るがしたくない。やればここに居るのが誰なのかが割れる、そうなれば相性の悪いのが来る、負ける」
「でもしなかったら、このままじゃ」
「一人見捨てたらすむ話だ」
「……さいってーなやつ」
「じゃあな」
刀を拾い上げ、一人闇の中へと、ホロウコピーの大群の中へと飛び込んでいった。
「……なに、それ」
暗い森の中で、ホロウコピーに喰われるか、それとも火に巻かれるのが早いか。
救いのない闇の中で、アトリは終わりを迎えた。