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シースライン-解放の約束-  作者: 伏桜 アルト&同居人
3/21

2日目

「あーちゃん、あーちゃん起きて朝だよ」

 体を揺さぶられ、朝日と寝苦しさに目を覚ませば美味しそうな匂いが鼻をつつく。

「あれ……え、朝?」

「だってあーちゃん夜になっても全然起きてくれないし」

「…………、」

 時計を見れば六時半で、農家にとっては早い時間ではないが都会暮らしにはこれから起き始めようかという時間だ。台所の方からは朝ごはんの準備だろう、せわしなく動く音がする。

 襖の向こうではおじさんがすでに座って新聞を広げ、その隣ではじいさんがテレビに目を向けていた。

「んぅーーーよく寝た」

「もー寝すぎだよ」

「つっても休みの日って昼過ぎまで寝てるし」

「あーちゃん、早起きしよ?」

「何もない日はゆっくりしたいの」

「だらけすぎもよくないよ」

 続々とおかずが並べられていくちゃぶ台を見て、匂いにも誘われ大きく伸びをすると食卓に向かう。

「……で、なんであんたがいんの?」

「捕まったとしか言いようがない」

 氷の浮かんだ味噌汁の鍋を持ってきたのは、皆川だった。八條の家になぜ部外者居るのか疑問に思うが、周りが居て当然のようにしているものだからあまり騒げない。

「捕まったって、なんで」

「川縁で鮎串焼きにしてたら……」

 すっと視線をおばさんの方へ向け、

「引っ張られた、ここに」

「はぁ?」

「皆川君たらねぇ昨日あのまま山で寝て、川に仕掛けておいた罠で魚取ってまた山籠もりするつもりだったのよ」

「火炉を使わせてもらうだけでご飯まではもらうつもりは」

「いいから食べていきなさい。この夏場に倒れたら大変なんだから」

「……んで、なんで半分以上作らないかんのか」

 鍋を置いて台所に戻ると、美味しそうな色に焼けたいろんな川魚を皿に移して、今度はフライパン片手に卵焼きを作り始める。

「助かるわあ料理も洗濯もやってくれる人って」

「うっせえ」

 若干照れているような声なのは気のせいじゃない。

「あーちゃん、はいどうぞ」

「……あいつが作ったの、これ」

「んーとね、冷や汁と煮物と南蛮漬けは皆川君だね。いつもより豪華だよー」

「男の手料理ってラーメンとかチャーハンとかカレーみたいな簡単なもんばっかで、後はやりっぱなイメージなんだけど」

「洗ってるよ、皆川君」

 目を向ければもう一品作りながらフライパンやボウルを洗っていた。終わればすぐに跳ねた油を拭いて軽く片付けてタマネギを切り始めて……。

「出来る人?」

「さ、さあ?」

 おばさんがご飯をよそってみんなの前に並べられ、ちょうどできあがった二品も食卓に置かれた。

 タマネギを薄く切って水にさらし、鰹節をのせて白出汁をさっとかけたもの。こんにゃくと人参を出汁で煮て、マヨネーズ和えにしてごまをのせたもの。

「もう一皿あっちにあるけど、あれは」

「グラタンとピザ、昼に食べる分」

「焼け、すぐに焼け!」

「昼に食べる分。それにこんだけあったらいいだろ」

「……っ」

「舌打ちしないのあーちゃん」

 しかしまあ、言われてみれば煮物や南蛮漬けなどあまり箸を伸ばさないものもあるが、食べてみたいものもある。

「ツグミ、鮎ってどうやって食べんのが正解」

「このまま齧り付く」

「骨は」

「あんまり気にしない」

 と、アトリが鮎に手を着け始めた反対側。

「皆川君。火炉に火を入れたようだけど、炭焼きでもするのかい」

「ちょっと作りたいモノがあって、高火力が必要なもので」

「ほお、なにを作るんだい」

「秘密です」

「いいじゃないか、おじさんに教えてごらん。あの火炉のクセは分かってるから、手伝えるよ」

「結構です」

「つれないなあ」

 皆川は振られる話を躱しながら食事を進めていた。どうにも人と関わるのが嫌、というよりも苦手なようだ。

 朝食が終わるとそれぞれが動き始める。

 おばさんは洗い物を始め、他は車に乗って田や畑に繰り出していく。

「あ、皆川君。今日の夜は」

「火炉で適当になんか焼いて食べるからいらん」

「昨日もだったよね」

「いちいち降りるのが面倒臭い」

「だったら車で送ってもらえばいいのに」

「そこまでしてもらう必要は無いし、たんに火炉を使いたいだけだからほっといてくれていいし」

 じゃあな、と手を振って出て行く。

「降りるのが面倒って、いまから山行くのあいつ」

「違うと思うよ。暗くないと出来ないって言ってたから、それまでは別のとこじゃないかな」

「別のとこねえ……」

 やることないし暇だし、荷物も届かないし。

「ついて行ってみる?」

 しかし暇だからと男の後をつけるようなこともしたくない。暑いし。

「やだ。やることないつっても、この暑い中でこっそり尾行ってやだね。てか涼しいとこってどっかないの」

 エアコンガンガンに効かせてぐーたらしてもいいが、いかんせん暇すぎる。

「涼しいところ……うーん、川くらいかな」

「虫が多そう。とくに蚊とか刺されたらやだし」

「それは大丈夫、あの辺はいないから」

「じゃあ行こう行こう。案内よろしく」

 身軽な恰好のまま出て行くアトリは、なかなか出てこないツグミを急かす。

「あーちゃん帽子と水筒」

「いらないってば」

「夏の日差しを甘く見たらダメだって」

 肩掛けのバッグに水筒とタオルを入れ、麦わら帽子を被ったツグミが出てくる。

「いいってば、まだそんなに暑くないし」

 そうは言っても寝苦しいと感じるほどに気温は高く、少しだが汗をかき始めているのも事実。

「今はよくても後で持ってくればよかったーって思うかもよ?」

「……そこまで言うなら」

 押しつけられたキャップを被るが、髪にクセがつきそうであまり被りたくないと思う。

「行こ、あーちゃん」

 ツグミに案内されて歩き始める。

 道が分からないわけではないが、歩いて見ると記憶の中にある景色とはあちこち違いがある。記憶の中では田んぼだったところが草だらけの荒れ地だったり、竹藪のはずのところが畑になっていたり、変なのが植えられていたり。

「あれなに」

「バナナだよ」

「バナナって日本で育つの?」

「えーと……毎年実が出来てるのは見るけど、育つ前にダメになっちゃうみたい」

「へぇ、じゃあなんで植えてんの。てか葉っぱの下のタケノコみたいなやつは? あれもしかして花」

「そうだねぇバナナハートっていって食べる人もいるよ。渋柿より渋いけど」

「食べちゃダメなやつじゃん」

 女子二人でわいわい話しながら歩いていると、次第にエンジン音が聞こえてきた。

「バイク?」

「草刈り機だね」

 少し進めば昼に比べればまだ涼しいからか、草刈り機を背負って畦の草刈りをしているおじさんおばさんたちが見えた。

「草刈り機って押していくやつもあるんだ」

「あれ自走式でハンドル握ってるだけでいいんだよ。楽だよー背負うのとか肩に掛けるのとか使うと全然違うしー」

「なに、ツグミあんた草刈りとかしてんの」

「してるよ? 皆川君に使い方教えてもらってちょっと前に初めてやったんだけど、三十分くらいで肩がいたくなってやめたんだけど」

「ん、あいついつからここに?」

「あーちゃんが来るちょっと前」

「つーか、来たのは夏休み始まってすぐだぜぃお二人さん」

 背後からいきなり肩に手を置かれ、声で誰なのかを判断したアトリは腕を捻り上げた。

「ちょまっいだぃっ!?」

「気安く触んな中塚!」

 ふりほどいた中塚は飛び退いて距離を取る。

「がさつな女に興味はねーよ! ツグミちゃん、どう思うこれ? 暴力だよね」

「痴漢? 正当防衛?」

「触っただけだよ俺!? 二人の肩に手を置いただけだよ!?」

「じゃあ強制わいせつかな」

「酷い……ってそんなことより皆川見なかったか。探してんだけど見つかんなくてさ」

「知らないねー」

「どっか寝泊まりしてるとことか、よく居る場所とかでもいいから知らない?」

「さぁー? 草刈り機の使い方教えてもらってからは()()()()()からよく分からないねー」

「そっか……まあ隠してるわけじゃないようだし、一つだけ忠告だ。あいつに近づくな、やべえことしてるらしいからな」

 早口で言い切ると、アトリ達が来た方向へと走っていく。

「なんで嘘ついたの、ツグミ」

「危ないことしてるのはー……中塚君の方だから、かな」

「危ない事ねえ、なにやってんの」

「あーちゃん、知らない方がいいこともあるんだよ?」

 妙に怖い雰囲気を纏ったツグミが居た。

 さっきまでとは全く違う、背筋が凍るような。

「ツグミ? なんか」

「さぁー気にしないで行こー行こー」

 手を引かれ、それでもあの怖い雰囲気を知ってしまったからか何も言えずに歩いた。

 十分ほどだろうか、田園風景を眺めながら歩いていると木々が空を覆い隠す森のトンネルへと入る。

 途端に涼しくなり、水音が聞こえる。

「もうちょっと行ったら橋があるの覚えてる?」

「覚えてるよ。下の方に降りてよく遊んだのも」

 ここは記憶にあるものと変わりが無かった。

 橋まで行けば階段があって、そこから川まで降りられる。昔は飛び込みだ何だとやってるバカがいたが、あんな高さから飛びたくない。

「なーんか、道はよく覚えてないのに場所だけは覚えてんだよね」

「小さいときの思い出ってそんなもんそんなもーん」

「そう? まあ、高校生にもなって水遊びはしないけど……」

「あーちゃん?」

「錆……のにおい、これ」

「しないよ」

「いやうっすらだけどする。まさかあの橋ぼろぼろで鉄筋むき出しとかなっちゃってたりすんの」

「そんなことはないよー」

 思い出の場所がどうなっているのか。

 気にしながら進んでいくと警察官の姿があった。

 数台のパトカーと、橋を渡れないように黄色のテープで封鎖されている。

「なにかあったのかな」

「あったから、いるんでしょ」

 近づいていくと警察官に注意され、追い返される。

 ちょっと覗いてみれば橋のあちこちに引っ掻いたような傷があり、赤いものが飛び散っている。

 ブルーシートを壁にして隠してある場所からは、赤い水たまりが流れ出ていた。

「人が……死んでる?」

「そうじゃない? これ血の臭いだし。動物だったら警察が出てくるとかないっしょ」

「あ、あーちゃん帰ろ」

 何があったのかは定かではないが、殺人現場のような雰囲気の川になど降りて行っても気分がよくない。

「だね」

 この日、帰った後は畑仕事を手伝い泥のように眠ることとなった。

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