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シースライン-解放の約束-  作者: 伏桜 アルト&同居人
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もう、そこにアタシは存在しない

 真夏の日差しに焼かれ、セミの大合唱が静寂を塗りつぶす。

「へぇ、結構綺麗な剣じゃん」

 隣を歩くセイヴィアにそんなことを言われ、皆川はその剣を太陽に翳す。

 高温の炉の中で熱された白熱色の刀身に鴉の羽を模した装飾のみの単純な意匠。それでいて振るえば軌跡に陽炎を残し、突き立てれば地面を溶かすほどの高熱を常に発する。

「持ってるだけでも火傷するんだがこれ」

「全部拒否ってる感じだねぇ、捨てちゃえば」

「そんなことはしねえよ。大事な仲間だ、大切にするさ」

 火傷覚悟で刀身を撫でると、途端に剣が光って光の粒子となって離れ、アトリへと姿を変える。その顔は真っ赤だ。

「そ、そんなこと言われるとなんか、なんか……恥ずい、やめて、あと触んないで」

「そこは解放してと言うところじゃないのか」

 アトリの首には飾り気のない首輪がつけられ、そこから伸びる鎖は皆川の手に納まっている。

「どうせ言ったところで解放してくれないんでしょ。アタシは武器と使われる側だから」

「いやべつに強制してないが? そっちから契約破棄できるようにしてるし、そもそも紐付けして消えないようにしただけで縛ろうとかいう考えはない」

「えっ?」

「それに言ったはずだ、双方合意の上じゃないと力は発揮できないし無駄にキャパ食うから邪魔なだけだ」

「なにそれ」

「……失敗した、契約内容が勝手に変更されたのに気付かなかった」

「誰に」

 ぷいっとそっぽを向いたセイヴィア。誰がやったかなんて明白だ。

「あぁ……で、契約破棄した場合どうなるの」

「お前はいま幽霊みたいな状態だ。なにかこう……縛り付けるものがないと霧散して消える、ただし意識有り自由無しっていう条件付きで」

「それが嘘でアタシを騙そうとしてるってことは?」

「そんなことするくらいならとっくに祓ってる。物理的な壁がない分やりやすいし」

「だったらなんでこうやって助けたの」

「そりゃ……まあ、巻き込んだ手前そのままさようならってのはあれだから」

「そこだけはありがと。でこの首輪って外せないわけ」

 外してみようと触ってみて、継ぎ目らしきところがない。あるのは鎖を取り付ける金具部分だけで、後は飾り気のない黒革だ。

「契約解除か、指輪タイプ」

「どっちもやだ。てか女の子に首輪つけるとかどういう考えしてんのあんた」

「……意識しなけりゃ一時的に消えるから我慢しろ」

「我慢て……」

 こんなもの屈辱以外のなにものでもない。しかしこうなっていなければ消えていたのも事実。

「ていうかね、わざわざこいつが可逆変換してくれたってこと、そこだけは覚えとき」

 セイヴィアがさらっと言う。

「はっ? こんなことされて」

「知ってるはず、人を武器に変える。それは人を殺して元に戻れなくして無理矢理使役するんだよ。それに比べたら自由に武器と人の姿を自分の意思で変えられて動き回れる。これが他のやつらと比べてどれだけ贅沢か分かってる?」

「決められた条件の中でそんなこと言われても……どうせ、武器として振るわれる側のことなんかどうでもいいくせに」

「生意気なことを」

「やめろセイヴィア。他のやつってのは巻き込まれでもっと酷い目にあったやつらだ。誰にも助けて貰えず訳も分からないうちに使い捨てられて死ぬことすら許されないとか、それより悪い状況にいるやつもいる」

「……想像できないんだけど」

「だろうな」

 遠くを見ながら、皆川はそう言った。

 誰かがそういう経験をして、それを知っているのか。それとも自らがそれを経験しているのか。アトリには分からない、それでも今の状況で我が儘は言える。言ったところでどうにもならないが、言える相手がいる。

「なあ八條」

「ん?」

「これから、どうしたい? 出来る範囲で協力する」

「アタシを普通の日常に戻して……ってのは無理?」

「悪い」

「そっか、ダメか」

「でも、どうしてもならやる」

「出来るの!?」

 無言で頷くと、皆川はアトリの手を取って地面を蹴る。

 ビュオッと風の音がすれば空に舞い上がっていた。そんなに高くはないが、遠くまで見渡せる。

 何度も繰り返した夏の風景、その中にツグミと歩く()()()の姿があった。見覚えがある、もう少しすれば中塚が後ろからやってきて肩に手を掛ける。

「覚えがあるだろ」

「ある、けど……どういうこと」

「この世界が実は偽物で、外からの操作を受け付ける演算世界シミュレーションだと言っても信じないよな」

「あれこれあったし、あんなこと経験した後にあんたに言われたら……」

 信じられなくもない。

 考えて、少しの時が流れる。

「でだ、〝八條鴉鳥〟は外部操作で外に弾き出されて、空いたところにもう一度〝八條鴉鳥〟が構築された。あれはなにもなく平和に過ごしていく〝八條鴉鳥〟だ。今から殺してその存在枠にお前を押し込む、何事もなく入れ替わる。その代わりに記憶の引き継ぎが出来ないから周りと合わせるのは自分で頑張れ」

 皆川が答えを待たずに言う。

 そしてのんきに歩く〝アトリ〟たちの方を見ると、来るはずの中塚は現れない。その後ろにも前にも、どこかに隠れているのかと探しても姿はない。

「…………それって、さ」

「自分の幸せのために他人を犠牲にする。それが嫌なら」

「あんたたちもいないってこと、だよね」

「そうだな。介入していた側も手を引いただろうし、結構変わるな」

「だったらそれはさ……アタシが帰りたい日常じゃないよ。あんたとか中塚とか、いなくてもいいけどやっぱいてくれないとなんかヤだ」

 素直な思いはこれだった。帰りたいけど、望むのは変わらない日常。しかし望む日常はもうありえない。

「だったらどうする?」

「一緒に行ったらまた死にまくり?」

「あり得る。ただ――」

 皆川がそっと手を離す。

「一緒に来るなら、そこから先は自分の力で切り開け」

「えっ、ちょっと」

「大丈夫、飛べるさ。理から解放された八條なら、どこまでも自由に」


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