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シースライン-解放の約束-  作者: 伏桜 アルト&同居人
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再来の過去-1日目

「また……戻った?」

 来栖暁人は路地裏でハンドガン片手に固まっていた。これで何百回目だろうか、気付けば巻き戻されて何度も何度も同じ時間を違う流れで経験している。

 繰り返す度に仲間が減っていき、何十回目かで一人での時間を繰り返すようになっていた。死んだら次のループには存在できない、そんなことは()()()()()()。未確認の事象を観測するために放り込まれたが、なんで囚われてしまったのだろうか。いつでも出て行けるはずだった、死んでも大丈夫なはずだった。あんな化け物と戦闘になるはずじゃなかった。

「取りあえずは、目の前の脅威が先か」

 ゆらりゆらりと今にも倒れそうな動きで迫ってくるソレ、人を黒いシルエットにしたようなそいつにオープンサイトを合わせる。頭には赤い光が輝き、宝石のような〝核〟が蠢いている。()()()()()()()()は核を破壊しない限りいくらでも再生して周囲の生き物を襲う。ホロウに触られたり囲まれたりしようものなら、耐性がなければあっという間に喰われてしまう。

 それを知らなかったから、初戦闘で接近戦を挑んだ仲間が喰われ、そして撃つことを躊躇って取り返しの付かない被害が出た。そして核に気付くまでの戦闘で更なる犠牲を払い、破壊する方法を見つけたときにはもう残り僅かで。

「コール、通じてんのかな……オープンコンバット」

 通じていない、それでも通じていて欲しいと願って開戦の合図を言う。

 路地裏、とは言え一歩外に出たら人が行き交う都会の生命線。ここで倒しても、そうしなくても騒ぎになる。

 来栖は引き金に指をかけ、すっと息を止めると一気に撃つ。核を包み込む黒いモノが弾け飛ぶ。こいつは倒しやすいということを知っている。

 撃ち尽くしたハンドガンを手放し、アサルトライフルを手の中に呼び出す。思うだけで望む武装を取り出せるのはいい。多少の時間が掛かるとは言え、マガジンチェンジよりは呼び出した方が早い。

 セレクターをバーストに切り替えタタン、タタンとサプレッサーで抑えられた、それでも十分に大きい破裂音を連続して響かせる。

 黒いモノが完全に弾け飛び、核に数発当たって傷をつける。それでもホロウは向かってくる、そして来栖は一歩も引かずにアンチマテリアルライフルを取り出す。最初からこいつで破壊できればいいが、どうもあの黒い靄のようななんとも言えないホロウの体は一撃必殺を許してくれない。

 ゴォンッ! と体の芯まで振るわせる轟音に耳鳴りを覚えながら、溶けるホロウを飛び越えて路地裏を走る。

「変わらねえんだろうけど」

 足音を殺して曲がり角に近づいて覗き込む。そこに東條は立っていた。片手には鎖を、眼前には刃物を握ったまま咳き込む男と刺された女が倒れている。

 東條は刺された女、おそらくは同級生であろう彼女を起こそうとして何かを言われ、なにを考え決意したか、鎖を彼女に差し出し彼女もそれを握る。途端に光になってその体は東條に取り込まれ消える。

 何度も見た光景だった。

 訳の分からない化け物が居て生き物を喰らい、人が人を喰らい力に変え、それでいて表の世界は〝普通〟なのだ。裏を見れば、裏に落ちてしまえばもう戻ることは叶わない。

「よお東條」

「誰だお前、こいつの仲間か」

 咳き込む男を容赦なく蹴りつける。おそらくは異能持ちを素の身体能力だけで倒している。来栖が知っている流れは異能者同士の戦闘を追いかけて女がビルの屋上から落ちて行くのを見て、静かな路地裏にに入って()()()()()()東條をやり過ごして追いかけて今に至る。

 どうやってホロウを躱した? もしかしてこいつが()()()()()? ホロウに襲わせたら綺麗に人間という存在が残るはずがない。

「俺は来栖」

 今回は味方で居るのはやめよう。違う流れで抜け出すための出口を見つけなければどうにもならない。

 両手にサブマシンガンを、そして躊躇いなく東條に向ける。

「あんたの敵だ」


 ---


「…………あれ?」

 冷房の効いたリビングで、ソファでごろごろしながらテレビをつけ漫画を読み漁っていたアトリは気付いた。

「もど……った」

 漫画を落し飛び起きる。スマホを見れば確かに日付は戻っている。

 使える時間が増えた。どうすればいい? 本来の時間よりもはやくあの場所に行くか? 

 それでなにが出来る? 自分で自分に問いかける。言っていたではないか、あの時点であの地域が全滅しているという可能性も捨てきれない。誰も頼れる人が居ないのに、あそこに行って何が出来る?

「アトリー買い物行ってくるから洗濯物よろしくねー」

「んー」

 親の声が聞こえ、生返事で返す。

 どうせこんなからっからに晴れた忌々しい晴れ空で雨なんか降らないし、と。

「なにかいるものはあるー?」

 ガチャッとリビングのドアが開けられ、同時にすごく強い嫌な感じが流れ込んできた。ぞくっと体が拒否反応を起こすかのように震え、ぎこちない動きで顔を動かすと。

「な、なに、お、お、おかあ、さん?」

 もはやそれは影に呑まれホロウコピーと化している……母親、ではない。母親を演じている化け物なのだとすぐに理解できた。恐怖を感じるが、動けなくなるほどではない。

「買い物行くけどいるもの、ある?」

「と、とくにないよ」

「そう、じゃあお留守番よろしくね」

 ドアが閉められると同時に、壁に耳を当てて家から出て行くのをしっかりと確認して行動を始めた。

 どうして、なんでこんなことに? もうこの場所も? いや、時川は言っていた……だったらその為だけにここも巻き込んだとしか。

 コンコンと庭に続く引き戸が叩かれる。そこにいたのはアトリが出会った中で唯一喋っていたあの黒い影が人間になったシルエット。

「誰、何のよう」

「見たでしょ、ここはもうダメ。早く準備、逃げるよ」

「あんたは」

「皆川」

「はぁ? あいつは男だし、てかなんであんたがあいつの名前を……妹?」

 美少女、というか膝裏まで伸びる長い黒髪に紅い瞳。カラーコンタクトじゃない、纏う雰囲気は皆川とそっくりで、確実に知っている側だ。

「勝手に判断し……あっ」

「後ろ!」

 ホロウコピーだ。振り向きざまに拳を放つ。

「こい、つっ!」

 しかしやけに粘ついていて、叩き付けた拳が絡め取られ引き下がる前に触手の如く広がったそれに巻き付かれバランスを崩して倒れる。

「こらやめっ――ろっ!」

 光が溢れ、線を描き糸のように細いが絡みつくホロウコピーを弾くには十分だ。

「いたずらっ子め」

 彼女は糸を器用に操り絡みついてきたホロウコピーを糸で包み込み、野球のボールほどに圧縮してしまう。

「なに? じっと見て、そんなに珍しい?」

「だって、ホロウコピーに触られたら」

「これはちょっと違うかな。影人形って呼ばれてるやつで、人の姿を真似て騒ぎを起こすから厄介だけどホロウみたいに取り込むことはしない」

「影人形……」

 そういえば皆川は〝人様の身体勝手に使いやがって〟とか〝ちょっと取り付かれたから祓ってやろうかとな〟と言っていた。誰の体を勝手に使った? 誰に取り付いた? 初めて見たとき影人形と呼ばれたものはどんな姿をしていた?

「取り付かれたのって」

「うん、ヘマしてね。さすがに何度もやられて、今度は結構戻れたから逃げ切ったけど……こいつもずっと閉じ込められて寂しかったんだろうね。取り付かれてる間、ずっと遊んでたもん」

 遊んでいたと言えばそうなのだろうが、灼熱の中での鬼ごっこを果たして〝遊び〟と呼べるのだろうか。

「遊びって」

「まあいいんじゃない? あいつも結構いい経験にはなっただろうし」

 彼女が何かを払うように腕を振るい、白い光の粒子が散らされ糸が広がって行く。まるで蜘蛛の糸だ、糸を張り巡らせ空間を支配し入り込む獲物を捕らえ捕食する。

「八條鴉鳥、選択肢はいくらでもある。一緒に来る? 手っ取り早く逃げるなら空きがあるから今なら間に合う」

 手を差し出してくる。それを断ったらどうするというのだろう。家の中は糸に囲まれ彼女の支配する世界となっている。

「いくらでもって言うなら、断るのもありだよね」

「ありだねぇ。好きだよ、追い込まれた状況下で目の前の答え(すくい)に飛びつかない人」

 言うなり彼女が天井を見上げた。

「なに?」

「ごめん、家壊れる」

 言った直後か天井を突き破って何かが落ちてくる。

「うぇあぁぁっ!?」

 が、塵一つ逃さずに糸が防ぎ止める。潰される覚悟をしたアトリは無駄に防御態勢を取るだけに終わったが、瓦礫の隙間から黒い刃が差し込まれ、糸を切り裂いて落ちてくる。

「見つけたぁぁぁぁっ!!」

 叫びながら斬りかかるそいつは、中塚は揺らめく炎のように波打つ剣と漆黒に染まる剣を振りかぶり……彼女の糸に絡め取られ宙吊りにされた。

「殺すよ、あんた」

 首に糸が回され、絞められる前に中塚が言う。

「八條逃げろ! こいつがいると未来が閉じ――」

「黙りな」

 ものの十秒で剣を握っていた手はだらんと下がり、力のなくなった体が落とされる。

「えっ……ちょっと、マジで」

「躊躇ったとき、死ぬのは自分だけじゃない。大切な人まで巻き込むかも知れない。だったら躊躇っちゃいけない……。支えてるから、今のうちに家から出て」

「う、うん……」

 靴を履いて玄関から出て。このまま走って逃げるか? どこへ? どうやって? 逃げ切れるわけがない。ちょっと離れたところまで行くと、彼女も出てきて途端に派手な崩落の音が響いた。

 埃にまみれ白っぽくなった彼女は服を叩きながら何でも無いように近づいてくる。

「逃げてもよかったのに、一緒に来る?」

 再び聞いてくるが、突き放すように返す。

「逃げ切れそうになかったから逃げなかっただけ」

「あっそ。じゃあちょっと見せてあげようか、今の世界ってやつ」

 彼女が空に手を向けると、糸が風に乗って舞い上がる。

「掴まって」

 差し出された手を、躊躇いつつも握ると体が引っ張られ浮かんだ。

 今更思い出した、皆川は白い糸を使いながら言っていた〝本来の使い手は何でも絡め取るらしい〟と。本来の使い手とは、彼女のことなのか。

「空を飛ぶのは初めて?」

「飛んだことある」

「じゃあ怖がることもないね」

 糸の先が枝分かれしてどんどん伸びて、風を掴み速度を増して空に昇っていく。

 夏の暑さなど吹き飛ばす寒さに襲われるが、それをも忘れさせる光景があった。

 街が影に呑まれ始めている。

 遙か遠くからじわじわと迫る黒い領域と、その境目で煌めく光と爆発。倒壊するビルや濛々と立ち上る黒煙。ネットの情報網で伝わるよりも早く影が迫る。まともな連中がアレに対応できるわけがない、警察など当てにならない。自己の判断で拳銃を使ったとして、それで殺す間にもっと多くが浸食される。

 自衛隊が動く? そこに命令が下りるまでに……命令を下すために話し合いをしている間に終わる。

 思いつく常識の中にある〝戦力〟など当てにしてはいけない。

 人間が造り上げた社会という縛りに囚われない異能者たちが戦いを始めている、一般人はそれをどう思うだろうか。助けと思うよりも、怖いと、普通と違うと見なして逃げるだろうか、排除しようとするだろうか。

 非効率だ、してはいけないと分かっていても混乱した集団はなにをしてもおかしくない。

 最悪、影の原因を異能者達と決めつけ無駄な争いが始まる可能性もある。

「今、この戦場にはばらまかれた魔装で人を武器に変えて戦ってるやつらがたくさんいる。追い詰められて仕方なくやってるやつ、合意の上でやったやつ、ただ暴れたくてやってるやつ……一番厄介かな、そいつら優先して殺さないと必要の無い争いが起こる」

「それで……アタシにどうしろって」

「別になにも。迷惑かけた手前、嫌じゃなかったら守ってあげようかなって」

 風に乗ってぐんぐん高度を上げていくと、空戦の領域に入り込んだのか飛び回り光る弾丸を撃ち合う姿が見え始める。その中に見たことのある青い髪の女の子もいた。背中に妖精の翅のような青い光を広げ、両手で体格に不釣り合いな巨大な砲を抱えていた。

 自分の身長の倍以上、重さも明らかに人が持てるものではないのにその重さに振り回されず高速で飛び回り他を粉々にしている。当てて撃ち落とすのではなく、掠っただけで体のパーツが弾け直撃ならば肉片となって地上に降り注ぐ。それだけの威力がある。

「やってるねぇー」

「あんたは……空中で戦うのって」

「うん、見ての通り風に乗って浮かぶだけだから無理」

 そんなことを言ったそばから杖を持った連中が向かってくる。

「言うと来るよねー。言霊ってやつぅ? 嫌だよもう」

「どーすんの。守るとかいいながら巻き添えで死ぬとか嫌なんですけど」

「そこはまあ大丈夫かな」

 向かってくる連中へ向け糸を放った。光の反射でかろうじて見えるほどに細く、しかし領域に壁を吐き出すように大量に放出されたそれは彼らに絡みつく。蜘蛛の巣に掛かった蝶が自由を失うように、絡め取られた彼らは飛ぶ力を失って落ちていく。

「風向き次第だから、後ろから来たらダメだけどね」

「言うと来るんでしょ」

「あっ……」

 顔を向けるとまた一人、杖をサーフボードのように乗りこなしながら向かってくる。

「あぁ仙崎かぁ」

「珍しいね、その格好でいるの」

「違う。今は私、彼じゃない」

「ごめん……見分けが付かない」

「やっぱり仙崎でも分からない?」

「零亜なら分かるんだろうけど、僕はそこまで詳しく視ることが出来ないから。君とミナは気配がまったく一緒だから、入れ替わっても分からないよ。まあ口調が違うから喋ったら分かるけど」

「そっかぁでも、これで最後だから」

「なにが?」

「私ね、運用コストが高すぎるから分解されるの」

「え……」

「言ってたじゃん、使えないなら仲間でも売り払うって。そういうことらしいから」

「決定事項なのそれ」

「そうだね。スコールもアイギスの戦力の確保の為に最適な選択をしたってこと。運命を変えるためにね」

「君はそれでいいの?」

「どうでもいい。私は彼のもの、だからどうしようと彼の勝手だし私はそれに従う」

 ならばなぜ悲しそうに言うのか。

「あんたアタシに一緒に来るって言ったのはもしかして」

「安定材料かなー。ていうか、人が人として必要なものを失っちゃいけないから、そのために一人欲しかった……私の代わりにね。戦えなくていい、心の支えになってくれたらそれで十分だから」

 ふっと、突然浮力が消え落ちる。

「えっ」

「なんで、糸が」

「魔力が……」

 三人揃って地表へとフリーフォール。幸いなことに攻撃してくるやつらは砲撃に消し飛ばされ、青い髪の女の子が他にも襲ってくる連中を引きつけてくれた。

 しかしどうするのか、この高さから落ちて助かるわけはない。

「ちょっと、なんで魔力が」

「私の神力も消えるなんて」

「やばいなーこれやばいなーマジでやばいよー!」


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