2日目-G
「つー訳でだ、明日の朝までにこのエリアから離脱する、以上」
「眠い……あと寒い」
「永眠したけりゃ寝ろ」
「あーもう! なんであっちもこっちも凍ってんの!」
「確かに状況は変わったろ」
「クソ熱い炎よりはマシだけどさ! 今って真夏だよ? なんで気温氷点下いってんの!」
真夏の真夜中に、真冬の真夜中よりはマシな寒さに晒されている二人がいた。夏用の恰好で冬の気温、震えるのは当たり前ですでに指先と言わずに腕と足が痺れている。
「そりゃあ空で戦ってるやつに言って欲しいね」
「アタシ火属性なんだよね? 火の魔法って使えないの」
「素質がねえやつは使わない方がいい」
「何その言い方」
「死にたいなら使い方教えるが」
「はっ? なにそれ」
「八條は使う側じゃない、使われる側だ。誰かと契約を交わしてその下僕になれば使えるかもな」
「……訳わかんない」
「中塚や東條は汎用タイプの魔装でそこらの人間を武器に変えて使っている。魔法は捕まえた人間の素質頼みってとこだろう。八條は捕まえられる側、あいつらの使う武器になる側だ」
「人を武器に変える? なにバカなこと」
「人がホロウに喰われて影になってるのは見ただろ、あれと似たようなもんさ。人を殺して自分の力に変えるんだよ」
「あんたも……そんなことしてるの」
「出来るならそもそもこんな状況になってねえよ」
「そっか」
氷に覆われた森を歩いてどれほど経っただろうか。昼間に氷の爆撃を受けて、目を覚ましたのがついさっき。皆川に背負われていたが、起きてすぐにはそうと分からず太股を触られているような感触に勘違いして殴りつけたのは謝った。
「……まあ、出来たとしても無理矢理は無しだが」
「どうして」
「八條は無理矢理捕まえられて協力しろと言われたらするか?」
「しない」
「同じ事だ。無理矢理やったところで本来の力が発揮できないのに、キャパシティは無駄に多く喰う邪魔なものは要らない」
「なんかよくわかんないけどさ、あんたって刀召喚したりお札みたいなの使って魔法って使えないの」
「偽物が使っていたあれか。剣とか全部貸し出してるし、術札は一枚ずつ手書きだから今は持ってない」
「てことはあれば使える訳」
「無いもの言ってもどうにもならん――って、言ったそばから来たか」
いきなり伏せたかと思えばその場を剣が飛び越える。
「フランベルク? 揺らめく炎、中塚か」
「どーすんの! 勝てるの!」
「いきなり勝ち負け聞くか。信用しないんじゃなかったのか」
「あんたについて行かないと長生きできないからだバカ!」
「あいつらの方に行くっていう選択肢もあったがなぁ」
再び飛んで来た剣を皆川は〝叩き落とす〟
「うわっ、危なっ」
「よく見て剣の真横か柄を触れば問題ない」
「そんなこと出来ないから」
落ちた剣を皆川が拾い上げ、眺める。
「それ爆発する!」
「しねえよ、一本もーらいっと」
アトリの叫びなど無視して……しかしよく見れば光の筋、糸のようなそれが剣に絡みついていた。
「なにそれ……」
「これが唯一の能力だからな」
皆川が糸を放ってくる。
「ちょっと」
蜘蛛の糸のように絡みついてくるかと思ったが、触れた途端に消えてしまう。
「ご覧の通りってな。本来の使い手は何でも絡め取るらしいが、コピーキャットにはこれが限界だ」
そう言いながら剣を投げ、爆発させまた手の中に呼び出す。中塚は自らの武器を奪われたことに驚くと同時に、しっかりと適切な判断をした。逃げたのだ。
「コピーキャットってなに」
「調べろ」
言われてスマホを取り出すがもろに圏外だ。
「どこ行ったら電波入る?」
「あー……向こうの方、コンビニの近く」
「どこ?」
「七キロくらい歩いたら見える」
「見えるってなに、辿り着かないのそれ」
「このエリアのカバー率見たことは」
「そんなもん気にしたこともない」
都会に居れば基本どこに居ようとキャリアの電波とwi-fiで常にネットに繋がっているからそもそも考えもない。
「基本的に中心部かそこそこの人口がある変じゃないと繋がらないのは当たり前と思っとけ」
「えぇー……」
「つーか、敵の位置は自分で探らないかんからそんなもんに頼るな」
「ちなみにあんた、一人でどこまでやれんの」
「飽和攻撃されない限りは別に」
ヒュンと風を貫きながら飛んで来た槍を掴み取る。
「あっつぅ! これ物理か」
掴んだ槍を落として手を見ると、摩擦で皮膚が赤くなって部分的に剥がれていた。
「槍……三宅?」
「なんだよあいつら全員魔装じゃねえのか」
再び飛んで来た槍から隠れるように木の陰に飛び込み、飛んで来た方を見ると人が投げるにしてはちょっと早いくらいの速度で次々に飛来した。
「確かあの人、自分で作ってたと思うよ」
「……半端なやつか。デフォの召喚だけしか使えねえから」
地面に突き刺さり、木に引っかかり、氷の柱に弾かれた槍が消える。
「さてぇ……来栖と同じで奪えないのはちとつらいぞ」
「さっき飽和攻撃されない限りはって言ったじゃん」
「物理以外だ。奪えないやつは基本的に逃げる、相手にしない。どうしてもなら待ち伏せして確実に無力化するのが鉄則だっての」
つまるところ、完全な能力頼りの敵には勝てるが実力頼りの敵には勝ち目が薄いと。
「どーすんの? あたしは何も出来ないからね」
「元から頼りにしてねえ……囮にも出来ないとなると、ちまちま剣投げるのも面倒だし」
とは言えなにもせずに接近されるのも癪なので、適当に投げて爆発は起こす。
「ていうか、あんたの仲間が戦ってはずじゃん。あいつら来たって事は……」
やられたんじゃないだろうかと思う。
「来栖あたりが邪魔したんだろう。いくらキリヤでも来栖の重火器使われたら防御にキャパ割るしかないし、ソウマも迫撃砲なりで逃げただろうし」
「やられたってことはないの」
「ありえん。ソウマはともかくキリヤは一通りの魔法が使えるから持久戦に持ち込めば負けることがない」
「魔力切れは……」
「あいつにMPって考え方は当てはめない方がいい。普通に戦うなら無限と思っていい」
コンと音がして、上を向けば木で跳ね返った槍が落ちてくる。
「危なっ」
「ちょっと潰してくるか」
「やれんの」
「距離にしちゃ遅いな……速度は七、八十キロくらいだ。この距離なら本職みたいに初速百キロ越えはないと……なら強化魔法か。十分、見てから対応できる」
木陰から体を出すと、途端に狙って飛んでくるが払い落とす。
「さっきからよく見えるね」
「夜は得意だし……ここまで冷めると放熱を考えなくてすむ」
凍てついた地面を蹴り、普通なら転がり落ちるような速さで斜面を下って三宅に襲いかかる。落ち葉と霜で走るよりも滑る、とにかく足を踏み出して滑る前に地面を蹴って自分の動きを制御しなければ自滅という未来しか用意されていない。
槍が飛んでくるが胴体を狙えば伏せ、足を狙われたらストライドを調整して躱す。
「トン、トン、そこ」
三宅の近くで剣を振り、木にぶち当てるとそのブレーキを利用して柄に掴まったまま飛び上がって顔面に蹴りを入れる。
「撃破」
皆川の勢いがそのまま叩き込まれ、宙を舞ったかと思えば斜面を滑り落ちていって派手な音がした。暗くて見えないが、普通に考えれば大怪我か……終わりか。
木に食い込んだ剣を抜こうとして抜けず、ハイキックで蹴り飛ばして回収すると何食わぬ顔でアトリの所まで戻って来る。
「行くぞ」
「み、三宅は」
「顔面蹴って落としてきた。ほっときゃ凍死するだろ」
「助けなくていいの」
「死にたいのなら助けに行け」
皆川が再び登り始める。
「……行かない」
アトリもその後ろに続く。ふと思えばさっき中塚が近場に居た、だとすれば助けに言ったのではないだろうか。そんなことを思う。
凍った山道は滑りやすく、一歩踏み出して二歩目を踏み出そうとして滑り落ち起き上がろうとして滑って。そんなことをしていると皆川は助けもせずに見えるところから見下ろして、しかしなにもせずに待っている。
「なんであんた、滑らないわぁぁっ!」
しまいにはひっくり返って、まず経験することのない後転しながら落ちるという羽目になり、思い切り木にぶつかって止まった。
「いったぁぁ……」
擦り傷だらけで服も破れ、履いていた靴も片方が暗闇の中に消えてしまった。ざざっと滑り降りてくる音がする。
「なにやってんだ」
差し出された手を取ろうとして、寸前でその手を止めた。
長袖? 皆川はさっきまで半袖だっただろう、と。
声は同じ、闇の中でぼやけて見える輪郭は彼だが、違うと勘がそう告げる。
「……誰、あんた」
「さあ――」
声が重なった。炎中で聞いた、あの女の声。こいつは、不味い。
「――誰でしょう?」
地面に押さえつけられ、ソレが覆い被さってくる。
「や、やめて」
「一緒になりましょう? ふふっ、怖がらなくていいの、いつまでも、時の牢獄で永遠に」
ソレが溶けて、ぼたりぼたりと黒い何かに包まれる。触れたところから感覚が消えていく、自分が自分じゃなくなる。
「みながわぁ……たすけて、助けてよ!」
怖い、それでも、その怖さは知っている。ソレは分からない、分からなくてもそういう恐怖だと理解している。意味の分からない恐怖と意味の分かる恐怖、どちらも変わらない? そんなことはない、二人で同じものを見て怖いと思っても、それがなんで怖いのか分かっていれば打ち破ることが出来る可能性がある。
だから声が出せた。
知らなかったら恐怖に押し潰されこのまま飲み込まれていただろう。
「もういい、決めごとにこだわる必要も無い」
ぞわりと、異質な波動が空間を振るわせた。
「過去で相手をしてやる」
ゴォッ! と、光が溢れ一瞬にして辺り一帯の闇を払い氷を吹き飛ばした。
覆い被さっていたソレも消し飛ぶが、触れた体は徐々に蝕まされている。
「みなが、わ」
覗き込んでくる彼は、じゃらりと音を立てて鎖を垂らした。
「魔装、隷属の鎖。撃ち込んだ相手のすべてを支配する禁忌の魔装の一つだ」
「アタシを……使うの?」
「死という終わりなら、それを次への始まりにしてしまえばいい」
視界がぼやけ、闇に包まれ始める。
怖かった、どこまでも沈み込んでいきそうで。
助けて欲しかった、手を伸ばして、求めた。
「屋上で会おう」
彼は手を握ってそう言った。
そして、なにも言わずに起こして抱きしめてくれた。意識が消えるときまで。
約束を、した。森の中で。