3日目-F
咳き込んで目が覚めた。喉がからからだ。枕元に置いていたお茶を一口、喉を通るときに痛みを感じる。
「やっべ、冷房強すぎた」
同じように起きた彼女も冷蔵庫からゲテモノを取り出して一気に煽った。
「肌かさかさじゃんもう」
「アタシ強めって言ったけど設定何度」
「えっ、18度」
「……どーりで寒い訳」
身体がだるい。冷房を切って窓から差し込む日差しを浴びる。まさか真夏の朝日で日向ぼっこして暖まることになるなんて考えもしなかった。
コンコンとノックされ、返事を待たずに東條がドアを開ける
「起き……寒っ! おまっ、冷房効かせすぎだろ」
「へっ、クソ暑い夏は極寒の室内でキンキンに冷えたおしるこに限るぜぃあだぁっ!」
足元に落ちていた空き缶を投げつけられ、わざとらしくひっくり返る。
「馬鹿野郎、節電しろとは言わんが動きに出るようならブレーカー落とすぞ」
「やめてそれ。寝てる間に蒸し焼きにされる」
「窓開けて寝ろ」
「ふんっ。都会の高層暮らしは完璧に空調管理された部屋じゃないと生きていけないのさ」
「なにポーズ決めて言ってんだアホ。それとお前今日中に課題終わらせとけよ、俺たちのこういう行動は長い休みがあるときだけだからな」
「いーじゃんもう、このままこういうのやっても」
「バカか。日本は枠組みの中に居れば生きやすいが弾き出されたらどうにもならん」
チラッと時計に目をやる。
「朝飯」
そこで切り上げて、東條が部屋から出て行く。結局なにしに来たんだろうか。
「あー……インスタント食品のオンパレードだよーん」
身だしなみを整えて部屋から出て、他の人たちも見えた。みんな学生だろうか、若い人ばかりだ。
「これってどういう集まり?」
「変な力が使える人の集まり、かな」
人の流れについて階段を降りていくと、途中に窓から遠くに煙が見えた。
「あれ、煙が」
「草でも焼いてんじゃない」
「だといいけどな」
ぼそっと言って階段を走って降りた男は、一人みんなとは違う方向に向かう。
「あいつは」
「来栖、結構強いよ。東條さん相手にほとんど互角だし」
ぞろぞろと、そうは言っても十数人ほどが集まる食堂には人数分の食事が用意されていた。ご飯と味噌汁は今作ったようだが、後は鳴り響く電子レンジの音ですべて冷食のようだと思われる。そのすべてを一人で並べているエプロン姿の女。見覚えがある、ハンマーを振るっていた、橋を崩落させたあいつだ。
「あんじょー」
「何? 忙しい」
「来栖がどっか行ったー」
「一人分減らしていい訳ね」
お盆を持って一人分鍋に返す。
「あそこ、かな。いつも置いてないし」
そう指差されたのは東條の隣だ。すでに彼は一人先に食べ終わろうかとしている。別に合宿というわけでもないのだ、他を見れば勝手に装って食べている人も居る。
「食べたらそのままでもいいしあっちに運んでもいいし、私はちと宿題あるんで後は……勝手にして」
「こっから出るのは」
「やめた方がいいと思うよ? まあ死にたいなら止めないけど。じゃあね」
アトリを置いて、いつのも場所なのか空けられた席に向かって仲間と話し出す。こちらとしてはいきなり知らない集団の中に放り込まれたようなもの。知っている顔が居ること居るが、ほとんど話したことがないし中塚のように話はするが進んで近づきたくないのも居る。
しかしまあ、今回は幸いか。隣が東條で向かいが中塚、その隣は空きだ。
「えっと……アタシはここでいいの」
「別に、席は決まってねえが」
東條が椅子を引いて座れと叩く。
「中塚、お前今日こいつと行動しろ」
「なんで俺が。三宅の見張りでもいいじゃねえか」
「あいつはいい。参考書と一緒に閉じ込める」
「いや閉じ込めてもやんねえだろ」
「だろうな。まあ一日閉じ込める、何があっても鍵は開けるな」
「トイレも」
「もちろん、なにがあっても、だ。あ、敵の襲撃は例外で」
パァンッと、言ったそばから銃声が響いた。
「な、なに」
「来栖だろ。銃はあいつだけだ、ちょっと行ってくる。それと予定変更、お前ら食ったら外に来い」
東條が食器をまとめて調理場に投げる。
「投げるな東條!」
「悪い安城」
腕が光に包まれたかと思えば籠手が装備されている。投げてそのまま走って出て行く。
「東條の野郎な、装備は籠手で異能は障壁なんだぜ? あっちの攻撃は届くのにこっちからは一切ダメージ与えられないってどうよ」
「……チート?」
「俺もそう思う……俺なんかグニャグニャした変な剣と追跡だぞ」
「他の人は」
食べながら聞いてみる。味噌汁は意外といい味しているが、冷食がそれを邪魔している。
「三宅は部屋見て分かっただろうけど槍。それと配膳してるやつな、ハンマー。んで他にも大剣やらばかでかい手裏剣やら杖やら……で、来栖が銃火器全般で異能は転移と障壁」
「それ東條より強いんじゃない」
「そう思うだろ? でもな、来栖の障壁は連続して展開出来ねえけど東條はいっつも張りっぱなしで銃弾くらい弾く」
「へえ、じゃあ東條倒そうと思ったらどうすんの」
「俺ら総掛かりでやって返り討ちだよ、無理無理」
手の平を出して、光ったかと思えば剣が姿を見せる。
「こんなグネグネした変な剣じゃ」
「それふらむべーじってやつじゃない?」
「……なんすかそれ」
「えーっと」
スマホを出して検索してみると
「特殊な刀身が肉を引き裂き、止血しにくくするため、一般に殺傷能力が高い。治りづらい傷を作るため、死よりも苦痛を与える剣。槍先を切り落とす、パイクを装備した敵が作った槍ぶすまを切り開く、敵の剣による攻撃を受け流す、など戦闘時に都合がいい……だって」
「ちょっと見せろそれ」
「ウィキウィキ」
「どこでもいいよ、なにそれ変な剣って思ってたけど結構いいやつこれ」
スマホを強引に取ると流し読みしていく。
「マジですか。斬り合うときに使いにくいって思ってたけどそういうことか。フランベルジュ、いいねこれ」
ブンブンと剣を振り回してガキッと金属音が響いた。
「やめて、危ないから」
巨大な盾だ。しかしそれを支えている人物が見当たらない。
「悪ぃ」
盾が光の粒子になって消えると、その後ろに小柄な女の子がいた。
「盾が160センチ、こいつが145センチ。ちなみに年は俺らと同じだ」
「よろしく、新入り」
「よ、よろしく」
「名前は如月。武装は盾、異能は受けたダメージの蓄積と反射。そっちは」
「アタシは……とくにない」
「使えないの、それとも使わないの」
「えぇっと、使えない?」
「なら使えるようになったら、人を殺す覚悟を持った方がいいよ」
お盆を置こうとしてその瞬間、建物が大きく揺れ盛大にぶちまけた。
「あっちぃっ!」
「ごめーん」
「棒読みかクソッ!」
湯気の上がる熱々の味噌汁を頭から被った中塚が叫ぶが、続けて何度も揺れる。
「わたしの朝ご飯……」
「俺の心配は!?」
「ていうかなにが起こってんの」
「こんな揺れるって言ったら来栖か東條しか――」
一際大きく揺れ、窓ガラスが砕け壁が崩れ落ちる。
「うおぁっ!? マジでか」
「前衛出撃急げ!」
東條の声が響き、ハンマーを抱えた安城と槍を構えた三宅が飛び出る。外には見えるだけでも大量のホロウコピーが蠢いていた。
「中塚! 地形ごと壊せ!」
「へいへい、吹き飛ばしますよ!」
剣を召喚し投げる。何がしたいのかと一瞬思ったが、如月がさっと前に出て盾を構える。その途端に大爆発が起こりすべてが流された。光も、音も、屋敷も。強烈な爆風がすべてをかっ攫って行く。
無事だったのは盾の背後、振り返ればいつの間にか他の人たちがいた。
「ちょっと伏せてた方がいいよ」
頭を押さえつけられ、上から布きれを被せられる。なんで? そう思うのと同時に上空に跳ね上げられたものが落ちてくる。落ちてくるものは分からないが、音だけで直撃すれば即死するようなものだと感じられる。
「もういいよ」
起き上がると風が吹き抜け、鼻をつく刺激のあるにおいが辺りを満たす。花火のようなにおいと血肉が焦げる吐き気を呼び起こすにおい。
「森のトンネルで合流! 散れ散れ!」
東條の指示で一斉に皆が森の中に消えていく。
「ちょっと、アタシは」
「やつらはアンタ狙ってんだ、ついてくるな!」
弓を持った男にそんなことを言われ、気付けば東條以外全員姿を消していた。
「だ、そうなんで」
「アタシを置いて行く気?」
「まさか。のんびり散歩しながらでも十分、連中トロいからな」
籠手をきつめに付け直すと、さっと見て一番ホロウコピーの数が多い方を向く。
「行こうか、触れたらアウト? 俺には意味ねえ関係ねえ。それと、吐くなよ?」
「なんで?」
聞いた時には東條が障壁を広げ、ホロウコピーの群れの中に飛び込み爆発した。土煙に混じって血肉が飛び散り、濃密な生臭いにおいが場を満たす。
「うぅっ」
さっきの朝ご飯が喉元まで戻って――
「やっぱ吐くよなぁ……来栖以外みんな吐いたぞこれ見て」
げぇげぇと朝食を吐いている間にも東條は近づいてくるホロウコピーを薙ぎ払い、包囲網を破壊していく。
触れたらアウト。その条件は東條には適用されない。全身を覆う障壁が直接の接触を阻み、ある程度の変形で拳の延長線上をも押し退け、地面に突き刺して広げることで派手な攻撃も出来る。
「動けるか」
「行ける。それにそろそろ来るんじゃないの」
「……何を言っている」
「ほら」
煙のにおいがしたかと思えば、いきなり気温が上がって辺りの木々が燃え始めた。どこかから延焼してきた、と言うよりは突然燃え始めたと言った方がいい。
「お前か」
「さあね。どうせ消せない火事だし、焼かれる」
分からない。だけど、覚えている。
これ以上先には進めない。
この時間から未来を刻むことは出来ない。
「焼かれる……それが八條の終わりでリミットか」
「たぶん」
「なるほど。ま、そう言っても俺の障壁なら大丈夫だ」
「なんでも焼くよ、あの炎」
「嫌だなそれ」
近づいてくる炎を障壁で突くと燃え移り、ぶんぶんと振っても炎は消えない。
「マジか」
地面にこすりつけても消えず、土を被せても土ごと焼く始末。終いには障壁を伝って腕まで燃えそうになり、障壁を部分的に切り離して炎から逃れる。
「障壁を多重展開しながら燃えた端からパージなら……」
考えを言いながらフェードアウトしてしまう。どんどん燃えてくるし全方向から炎が迫って来る中、どれほどのペースで障壁を展開すればいい? 最悪ペースに追いつけないことも考えなければいけない。
「やめたほーがいいと思うよ」
「終わり、ね」
東條が地面に手をつく。
「つーか見た感じ地面の上だけ。だったら地表ひっくり返してやればいい話だろ、炎が出てくる前に駆け抜ける」
「それもやめたほーがいいよ思うよ」
足元の土砂を掴んで炎に投げると、一際激しく燃えた。可燃物の定義が違うと見て分かってはいるが、やはり燃えないもの燃えるものの考えは自分の中の当たり前を適用してしまう。
「炎の能力者は分からないか」
「分かんない。あんた達も、あいつも言い分はお互いがやったって言うし」
「あいつ?」
「皆川」
「……あの野郎は信じるな。本当のことは言わないし平気で人を騙すぞ」
「アタシは信じてないけどね。あいつも、あんた達も」
炎が近づいてくる。
逃げ道はなく、何をしても焼かれることに変わりは無い。
アトリはこのまま炎の熱に晒されながら死を待つくらいなら、その苦しみを知っているが故に炎に向かって歩いた。どうせ死ぬのなら、出来るだけ楽にと。