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シースライン-解放の約束-  作者: 伏桜 アルト&同居人
10/21

3日目-E

「あっちぃ……」

 窓から差し込む日差しから逃げるように寝返りを打てば、次の瞬間には落ちてツグミにぶつかる。

 ドンッと、不意に、直撃だ。

「いったぁ……」

「あーちゃん重いよー」

「ごめん」

 起き上がると同時にぞわりと、身体が震えるほどの悪寒を感じた。

 それで一気に目が覚める。時間は無い、すぐにでも動けと。

 夢で見た? どこで見た? 何で知っている?

 分からない。それでもここでぐずぐずしていたらあの黒い影が来る、皆川が来て、家が爆発して――

 部屋を飛び出るとすごく強い嫌な感じがした。

「あーちゃん!」

 ツグミの声を無視して、辿って行くと茶の間から。見れば()()()()もおばさんもじいさんもばあさんも全員が影に呑まれかけていて、認識と同時に走った。

 怖くて腰が抜けそうだったが、身体は動いた。動けなくなることを拒否した。

 玄関から飛び出して行くと鼻をつく煙のにおい。

 〝浄火〟

 頭をよぎったその言葉。早くしないと燃やされる、この地域が地図から消える。

 何をすればいい? 誰に会えばいい? どう動けば何が変わる?

 川へ、橋へ。あそこが始まりだ、あの場所でどう動いたかで、あの場所でどっちを信じるかで。

 走った。あちこちで火の手が上がっているのに消防車はいないし、騒がしい気配もしない。誰も火を消そうと動いていない、見える範囲に()()がない。

 木々が作る森のトンネル、そこも今や炎に包まれた灼熱の門。炎があるというのにやけに暗いそれは地獄への入口にも見える。

「…………。」

 バチバチと、パチパチと。炎が道を焼き、熱せられたそれらが爆ぜる。燃えないはずの物が燃える、すべてを焼き尽くす〝浄火〟が迫る。戻ることは叶わない、進むにしても無事では済まない。熱風を吐き出すそこに飛び込んでいけば、どうなるかは予想が付く。

 でも。

 自分の記憶のようなデジャブが、見たことがないはずの光景が脳裏に映る。

 ちょっとずつ、何度も繰り返して。

 囚われているような。

「絶対生きて帰る!」

 口から出た言葉はそれだった。

 灼熱の門に踏み込めば、急に視界が暗くなった。振り返ればどこまでも続く炎の門があるだけ。燃え盛る炎の中から影が現れるが、そのいずれもが炎に焼かれながら力尽き倒れる。

「ふふっ、あはははっ!」

 そんな異様な光景の中、場違いな声が響いてきた。女の楽しそうな笑い声だ。

 それは、その影は今まで見てきた影とは違った。人体モデルのシルエットのようなやつではない、人を真っ黒に染め上げたような影で、嘲笑を上げながら軽やかな足取りで駆けてくる。

「待てこらぁあっ!!」

 妙な影の後ろからは皆川が必死の形相で追いかけてきていた。

 追い付き、あと少しの距離で足に力を込めて一気に距離を縮めて手を伸ばす。寸前、影は軽い動きでひらりと振り返り挑発するように笑いながら距離を開ける。

 最初から遊ぶ気なのだろう。わざと足取りを遅くして、追い付かれるとひらりと距離を開けて弄んでいる。

 ひらりひらりと舞うように、皆川の手を躱しながら、無邪気に遊ぶ子供のように跳ねて近づいてくる。

「楽しいわ、楽しいのよ」

「ふざけんなっ! 人様の身体勝手に使いやがって!」

 もはや捕まえると言うよりも殴りつけるような動きで伸ばされた手。影はそれを避けてひらりひらりと後ろ向きで飛び跳ねる。

「さあ捕まえてごらんなさい」

 くすくすと笑いながら飛び跳ねて、そして。

「あぶなっ――」

 予測不可能な動きにドンッとぶつかってもろとも倒れた。

「きゃははっ、楽しかったわ八條ちゃん」

「あんたは」

 ちゅっ、と。不意にキスされて、影は虚空に溶けて消えた。

「いまの、なんでアタシのこと」

「だぁくそっ! 逃げやがって……」

「皆川、今の何?」

「影人形。ちょっと取り付かれたから祓ってやろうかとな」

「ホロウコピーとは違うの?」

「あぁ? お前ヴァレフォルサイドか」

 途端に雰囲気が急変した。ポケットから札の束を取り出し、一枚を指に挟むと氷の刃が生える。

「ちょ、ちょっと待って! あんたから聞いたことだよそれ。ホロウコピーとか浄火とか触ったらアウトとか」

「お前と会ったのは記憶にある限り、終業式の日が最後だ」

「はぁ? あんた夏の初めからここに来てツグミと」

「知らん」

「てか昨日もいたじゃん」

「夏休みに入って敵と影人形以外とは会った覚えがない。そもそも山から下りてもないし」

 噛み合わない。

 中塚は夏休み始まってすぐに来ていたと言っていた。そもそもこいつが昨日の朝、八條の家で朝食作りをしていたのはしっかりと見ている。

「火炉使いにここに来たんじゃ」

「火力はどこでも好きなように用意できる」

 言うなり別の札を指に挟み、投げた。瞬間、燃え上がり地面に落ちると一瞬で赤熱すると真っ白に溶かす。

「お前はなんだ? 所属は? 専門は?」

 宙に浮かんだ氷の刃が首の周りをぐるりと回る。言わなければ……どうなるかを示している。下手に答えても、だ。

「そ、そんなこと言われても分かんないよ。アタシはただ……なんて言うか、どうなるかが頭の中に出てきたから、どうにかしたくてあんたを探してここに来たんだし」

「嘘だろ、それ」

「嘘じゃないし……証拠はないけど」

「そういう意味じゃない。頭の中に出てきたんじゃなくて、記憶の欠片を持ったまま巻き戻されてんだろ」

「あ、言われてみればそれ近いかも」

「……分かった。今から殺す、この地域に来るな、それで何事もない。いいな?」

「よくないし!」

「なぜ」

「その巻き戻しってやつ……たぶん、アタシがここに来た時までしか戻んない」

「面白くねえな。つまるところお前も解放しない限り永遠に夏休みから逃げられないと」

「あんたも?」

「……百までは数えた、後は知らん。とりあえず同系統の能力なもんだから干渉出来るが解除出来んのがまた厄介で」

「あんた〝スティーラー〟じゃないの?」

「その使い手はとっくに絶滅している」

「だったら?」

「メインは時空間制御。こいつのせいで他の魔法は自力で使えない。あと、お前の言うことが本当だとすれば偽物が居るということだがどう思う?」

「あんたが嘘ついてないならホント。あんたのこと信じはしないから」

「いい判断だ。常に疑え、そこにあるものを信じるな」

 氷の刃を消し、札をばらまく。

「消火出来なきゃ走れ、遅れたら焼け死ぬぞ」

 札が黒く輝き大量の水を吐き出すが、炎は水を包み込み燃やし始めた。さすがにあり得ないと思うが、皆川は冷静に分析? していた。

「超高温で分解されて燃えた? いやでもそれにしては暑くないし、量子スピンの……共鳴で結合を解除? さすがにないか」

「皆川、これ〝浄火〟って言ってたけど」

「浄火? バカ言え、呪結界のバリエーションだろこれ」

「でも何でも焼き尽くす炎で結界で囲んで全部焼くって」

「もろ呪炎結界。浄火の使い手がこんなところで下らん小競り合いに投入される訳がない。そもそも浄火は空間制圧だから可燃物に沿った平面的な動きはしない」

「よくわかんないけど」

「消せない火事って認識でいい。つーわけで走るぞ、下手に消火して敵に気付かれると面倒だ」

 動き始めた途端に灼熱のトンネルが崩れ始めた。まるで待っていたかのように、炎の津波のように崩壊が迫る。

「消火出来るならしてよ!」

「剣使いどもが来たら面倒くさい」

「中塚たちのこと?」

「そーだ。いきなり襲いかかって来やがって、しかも隠れりゃ火を放って炙り出しとは……」

「あいつら敵が浄火使うって言ってたけど」

「別勢力か。小規模勢力で呪結界使えるってーっと、アイギスかフェンリルくらいだがあいつら使う訳な……くはないか」

「あーもうアタシの日常はどこ行った!」

 失敗した。今更。

 致命的な間違いをしていた。

 何を? と、聞かれても分からない。どうすれば正解だったのかも分からない。

 日常と異常は表裏一体。そう簡単に行き来はできないが、何かの拍子に反対側に落ちてしまえば、戻りにくい。

 見たことのないはずの、見たことがある光景が見える。

「三つ」

「何が」

「信じ切るか、疑い切るか、それとも中途半端に行くか」

「それはあんたと中塚ってことでいい訳」

「あぁ、それでいい。どうせ周回一桁なら確実に記憶を持ち越せやしないから、好きにやれ」

 崩壊に追い付かれる。

 炎の熱が身体を包み込む。

 息が苦しい、吸い込む度に痛みを感じる。

 意識が朦朧としてきた。

 顔が、腕が、足が、炙られる。

 ひりついて、追い付かれた。

 皆川が庇うように抱きしめてきた。

「バス停で会おう」

 燃え盛る木に押し潰され、灼熱に焦がされる。


 約束を、した。炎の中で。

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