ROUTE2:乙女ゲームとこの世界の違いを調べていたら王子様がやって来た。
(元)我儘令嬢ロゼッタ[九歳] 場所フューリタン公爵家屋敷 自室
「……ええっと、なになに。乙女ゲーム『The LOVE STORY of Primula』に関する纏め……エリファス大公家の長男ジルフォンド様や次男ヴァングレイ様の名前がありますね……これは一体どういうことかご説明頂けないでしょうか?」
……確か日本語で書いた筈なんだけど、なんで普通に読めるんだろう?
イセルガ=ヴィルフィンド。フューリタン公爵家執事で、一年前に仕事が無く当てもなく彷徨っていたところ私が拾って屋敷に連れ込んだ。
傲慢ちき悪役令嬢ロゼッタの人生で唯一と言える善行だ。……多分善行だと思う。善行じゃないかな? 物凄い被害を出しているけど。ちなみに、乙女ゲーム『The LOVE STORY of Primula』には登場しない。
見られてしまった以上隠し通せる訳がないのでイセルガに私に起きたことを包み隠さず話した。
「……なるほど、信じがたいことですが……まあ、普通にこの世界に転生者の概念は存在しますし、前例がない訳でもありません」
記憶を辿ってみると、普通に転生者や転移者という単語があった。
……なら、一体どこに「信じがたいこと」があるんだろう?
「では、どこが『信じがたいこと』なのですか?」
「普通の転生者との差異は大きく分けて二つ。一つは途中で記憶を取り戻しているという点です。通常、転生者は初めから前世の記憶を保有しています。何かの拍子にひょっこり前世の記憶を思い出すというのは私の知る限りにはありません。そして、もう一つはこの世界の知識を事前に有していたということです。ジルフォンド様やヴァングレイ様の立場が異なっていたり、魔法の設定についても違いが見受けられますので完璧ではありませんが、それに近いものを知っていたというのは普通の転生者とは大きく異なります」
……よく考えてみれば色々とおかしい話だ。
乙女ゲームを基にした異世界は基本的に乙女ゲームを踏襲している。……まあ、当たり前なんだけど。
しかし、この世界はさっき私が感じたように、普通の異世界に乙女ゲームを無理矢理捩じ込んだ世界というのが一番しっくりくる。
何故、私の世界にあった乙女ゲームとこの世界の自由諸侯同盟ヴルヴォタットに共通点が多いのかは分からない。
それこそ推論を立てることは可能だけど、その検証をするのは無理だし、破滅が近づいてきている私にそのようなことをやっている暇はない。
……そして、何よりロゼッタの中にこの世界に関する情報が圧倒的に足りていない。
流石は甘やかされて傲慢に育った公爵令嬢……今までの私って客観的に見ると物凄い莫迦だよね。世間知らずでも全くそれを恥だと思わずに生活できるなんて。
「イセルガ、とりあえずこのことは誰にも言わないこと。まだ状況の理解もできていないのに、混乱の種を増やしたくないわ。それから、お父様に書斎を使わせてもらえるように頼んできてもらえるかしら」
「――畏まりました、ロゼッタお嬢様」
この世界の情報を集める第一歩はイセルガに任せて、私はもう少し【メニュー】について調べてみることにした。
◆
【メニュー】について色々実験を行った私は、お父様の書斎に向かった。
ところで、この【メニュー】というのは私特有のスキル――チートスキルに分類されるらしい。
その一つ【ストレージ】には、三次元のものを基本的になんでも貯蔵できるらしい。更に貯蔵している間の時間は凍結されているみたいだ。……まだまだ試してみたいことは沢山あるけど、それはまた今度ということで。
「イセルガ、お父様からの許可は取れたかしら?」
「はい、ロゼッタお嬢様。……かなり驚いておられたようですが、快諾されました。こちらが鍵でございます」
……まあ、九歳の子供が専門書の山みたいな書斎には入らないよね。
書斎に入る。『世界の地理と歴史』というストレート過ぎる本がすぐに目に付いたので早速読んでみることにした。
なるほど……この世界にはアルドヴァンデ共和国、自由諸侯同盟ヴルヴォタット、ミンティス教国、超帝国マハーシュバラ、ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国の五か国が存在している。
アルドヴァンデ共和国と自由諸侯同盟ヴルヴォタットは元々クライヴァルト王国という一つの国だったけど、圧政を敷き続けたことが領民や領主の怒りを買って反乱が起こった。その反乱を起こしたのが現在のエリファス大公家、旧エリファス辺境伯を筆頭とするグループ。
その反乱の時に反乱を起こしたグループが独立したのが自由諸侯同盟ヴルヴォタットで、その反乱には私達フューリタン家も加わっていた。
今の爵位は自由諸侯同盟ヴルヴォタットになった時に再設定されたものだけど、ほとんど形骸していて、自由諸侯同盟ヴルヴォタットの政治決定の中心である諸侯会議の発言権の大きさ以外には特に効力を持たないみたいだ。
アルドヴァンデ共和国。以前はマハーシュバラ超帝国と肩を並べるほどの巨大な土地を有する国家だったものの、自由諸侯同盟ヴルヴォタットが独立したことで領土は大きく減少した。
現在のトップはクライヴァルト王国の宰相だったアレク=アルドヴァンデ……真実かどうかは定かではないけど、クライヴァルト王国を影から操っていたのがアレクだった可能性はかなり高いみたいだから、使えない傀儡を始末して自分がトップになったって感じなのかな? ……うん、前より圧政が敷かれていそう。
ミンティス教国。ミントという女神を信仰する宗教国家。女神ミントの天啓を理由に各国への侵攻を行い、従わぬものは奴隷にしている侵略国家の性質も有している。
亜人種を迫害の対象としており、奴隷の約九割は亜人種と本には書いてあった。
才ある者を勇者に祭り上げ、魔族を壊滅させるべくジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国に送り込んでいる。
超帝国マハーシュバラ。不屈の超皇帝シヴァを頂点とする帝国。軍部が充実しており、文官よりも武官の方が出世すると言われているらしい。
武力に任せて対外戦争を仕掛けており、次々と領土拡張を行っている。
意外にも圧政を敷いている訳ではなく、民からの支持も厚い。侵略された後の方が裕福になったというデータもあるので、人間側の国の中では実は一番平和なのかもしれない。
ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国。魔王ノーヴェ家を頂点とする魔族の統治国家。
他四国と敵対関係にあるが、その中でもミンティス教国と特に敵対している。
仮にもし私が破滅ルートを進むとしよう。国外追放されるのなら、この中なら超帝国マハーシュバラへの亡命を検討してみてもいいかもしれない。
まあ、私のすべきことは前向きに破滅ルート回避を目指すことなんだけどね。亡命は最終手段だ。
「しかし、ロゼッタお嬢様。見違えましたね。……正直なところ、これだけの本を理解するのは九歳の子供にはほぼ不可能だと思います」
「……これでも前世は歴史系で論文を書いて大学卒業を目指していた大学生だったのよ。これくらいの本なら読破できて当然だわ」
【クライヴァルト語】のスキルがあるから言葉は理解できる。後は読解の能力がどれだけあるかだ。
前世の私は古文書を読み解いて論文を書いていた。それに比べれば現代語で書かれた本を読むなど造作もないことだ。
「……ところで、ロゼッタお嬢様。本日はエリファス大公家のジルフォンド様がお越しになるのですが、いかがなされますか?」
………………そうだった! 今日、ジルフォンド様がフューリタン公爵家の屋敷にお越しになる日だった!! 前世の記憶を取り戻してから自分の破滅の運命のことで頭がいっぱいで、すっかり頭の中から抜け落ちていたよ。
……でも、どうしよう。目の前に『魔法入門』っていう物凄い興味のある本があるんだけど。
お父様の書斎に入るためにはもう一度頼まないといけないし……。面倒だからな。
――よし!
「まだジルフォンド様がお越しになるまで時間があるのよね? もう少しだけここで調べされてもらうわ!」
だって学生ですもの。知識欲には敵いませんわ!
◆
……いけないいけない。ついつい読み耽ってしまったわ。
しかし、魔法って面白いのね。魔法を同時展開することは今の私にはできないけど、もしできるようになれば二つ以上の魔法を組み合わせて【複合魔法】を使えるようになると思うわ。そうなれば戦法はそれこそ無限大になる……組み合わせを試行錯誤するのは面白そうね。
もし、国外追放されたら冒険者になるのもいいかもしれないわね。
やっぱり剣と魔法の世界と言えば冒険ですもの。やっぱりマロン……じゃなかったロマンがあるわ。
「……ッタ様…………ゼッタ様……」
それから、この【精神魔法】ってのも面白いわね。
【精神魔法】と聞けば精神を操ったり相手を魅了したりするような補助的なもののように思うかもしれないけど、それだけじゃない。
〝精神振盪〟、〝精神の槍〟、〝精神衝球〟、〝精神螺旋撃、〝精神波〟、〝精神破壊〟など攻撃にも使える魔法も多い。しかも、これら魔法は【光魔法】系や【火魔法】、【水魔法】以外で幽霊系にダメージを与えられる唯一の魔法だ。精神に直接攻撃できるのだから物理的なことは関係ない。解脱した天仙にもダメージを与えられると思う……この世界に仙人がいるとは思えないけど。
「……ロゼッタ様!」
目の前に私を覗き込む稲穂のような金色の髪に蒼玉のような天使の容貌の少年の姿があった。
記憶の糸を手繰り寄せる。……思い出した。
エリファス大公家の長男ジルフォンド様だ。年は私より一つ上の十歳。
エリファス大公家はフューリタン公爵家との親交も厚く、ジルフォンド様も度々フューリタン公爵家を訪れていた。
まあ……我儘放題の私はジルフォンド様にべったりで迷惑を掛けまくっていたみたいだけどね。……本当に世間知らずの残念な奴だな、ロゼッタって。
「……すみません。ついつい熱中してしまいましたわ。家の者として来客をもてなすのは至極当然のことですのに、私と来たら……」
ジルフォンド様は驚愕の表情のまま固まってしまった。……やってしまった! ……のか?
いや、平民の記憶が戻った今の私に今更愚かで傲慢なお嬢様のフリとか無理だから!
……まあ、そこは頭をぶつけて性格が変わったということでご容赦下さい。って後でイセルガに説明してもらおう。
「……ロゼッタ様。お茶会中に頭をぶつけられたと聞き焦りましたが、大事なさそうで何よりです」
この言葉は書斎に入ってきたジルフォンド様のお父様でエリファス大公家の現当主、ヴァイサル様のものだ。
その隣には私の父、ゼファーの姿もある。……お父様、記憶を取り戻しても至らぬ娘で申し訳ありません。
「ロゼッタ様。早速ですが、本日は私の息子ジルフォンドと婚約して頂けないかと参った次第です」
…………えっ? あの、ヴァイサル様? 今なんと仰りました?
はい、来ました破滅への第一歩。ジルフォンド様との婚約が決まってしまえばジルフォンドルートに進んでしまうことになる。
そのまま進めば主人公プリムラと敵対関係になり、プリムラのことが好きになってしまったジルフォンド様は私をお払い箱とばかりに国外追放。
私に与えられた選択肢は二つ。
一、ジルフォンド様との婚約の話に同意する。
二、ジルフォンド様との婚約の話を断る。
……フューリタン公爵家の今後を考えれば一以外の選択肢は考えられない。
だけど、一を選べば確実に破滅ルートを突き進むことになる。
ごめんなさい、お父様。こんな選択肢、あってないようなものですわ!
「申し訳ありませんが、お断りさせて頂きます。私如きではジルフォンド様とは釣り合いが取れませんので」
……あれ、三人とも絶句している? イセルガが必死で笑いを堪えようとしている。こっちは間違えたら後々地獄行きの選択肢を選んでいるところなのに、笑うなんて失礼だわ。
よし、後でお仕置きだな。……〝精神振盪〟辺りで。
「ふふふ、あははは! ……チーズケーキに頭をぶつけて性格が変わってしまったと噂しているのを聞いてはいたが、まさか本当だったとはな! ……ジルフォンド、お前はどうしたい?」
「そうですね。……僕はロゼッタ様と婚約したいと思います。こんなに面白いご令嬢は滅多にいらっしゃいませんから」
しっ、しくじった! そうだよ、ジルフォンド様は一筋縄ではいかない腹黒じゃん。今はまだ子供だからってついつい油断してしまった。
変わり者を好む性質があるから主人公に惹かれる訳だけど、そういえば今の私の反応も随分変わっているわよね。
……えっ、もしかしてどっちを選んでも間違いだった!? なに、その乙女ゲーム! クソゲーじゃない。今すぐ中古ゲーム買取店に売ってこないと……って、これゲームじゃなくてゲームを基にした世界だわ……多分。
「正式な話はまたの機会にしよう。その時までにどうしたいか決めておいてもらいたい」
「……はぁ」
どうやら、逃げられないようだ。仕方ない、ジルフォンドルートは学園に入学してから敵対しない方向で動くということで。
その後、私は書斎を出てジルフォンド様とヴァイサル様の応対をした。
最初こそかつての私との違いに驚いていた二人だったけど、途中からなんとなく慣れてきたみたいだ。
そして、ジルフォンド様とヴァイサル様がお帰りになり、私は部屋に戻ってきた。
「……ロゼッタ様、暫定的なジルフォンド様との婚約、おめでとうございます」
「イセルガ、絶対に楽しんでいるわよね?」
「…………いえ、主人の不幸を楽しむ執事などいる筈がありません」
涼しい顔で【ポーカーフェイス】を浮かべるイセルガに〝精神振盪〟を打ち込んですっきりした私は、とりあえず手に入れた情報をもう一度精査してみることにした。