ROUTE1:チーズケーキの角に頭をぶつけて前世の記憶が蘇った。
DIVERGENCE:1.082452 西暦2018年x月yz日 日本某県立大学某キャンパス校門付近
「またね! 千佳さん」
「またね……そういえば最近、大学前駅で不審者出るらしいから、美華ちゃんも気をつけてね」
大学の友人で同じ学部の別の学科に所属する湊屋千佳さんと別れ、校門をくぐって大学を出る。
そこから歩いて五分もしないうちに最寄駅に到着した。
いつもと同じように長い地下通路を歩き、いつもと同じようにICカード乗車券を改札にかざして通り、ホームに出る。
私、薗部美華は某県立大学の歴史文化学科に所属する四年生。
就活もなんとか内定を獲得し、後は卒業論文を書けば修了というところまで漕ぎ着けた。
そんな私の最近の趣味は乙女ゲーム。
元々ゲームをする趣味は無かったんだけど、友達で文学少女でオタク知識も豊富な千佳さんに教えてもらって始めてから、これが、もう、ハマり過ぎて怖いってくらいハマってしまった。
勿論、論文との両立はしている。元々は「論文を書く時の息抜きにいいよ」と千佳さんに教えてもらったゲームだ。本末転倒なことにはなっていない……千佳さんは「趣味第一、学業第二って、生活第一、芸術第二と似てるよね?」って笑いながら言っていたけど……ちゃんと卒業できる、よね。ちょっと心配になってきたよ。
――次は二十五分発、特急勿忘崎行きが三両で参ります。緑の②番から⑦番でお待ち下さい。
いつもの通りの時間に間に合ったみたいだ。少し千佳さんとお喋りし過ぎたかと思ったよ。
幸いにして、私の前には誰もいなかった。後ろにも待っている人はいない。……まあ、勿忘崎行きなんてほとんど使う人がいないからこんなに大きな駅でも二十分に一本しか来ないんだけどね。
私はこのまま家に帰るつもりだった。帰ったら、乙女ゲーム『The LOVE STORY of Primula』をプレイしたいと思っていた。
今日は悪役令嬢ロゼッタを断罪するところまで行きたいな。……でも家までここから二時間あるし、今は七時……帰って色々やっていたら一時間もできないか。残念。
その時、背中に衝撃を受けた。咄嗟に留まろうと踏ん張ろうとするが、時既に遅し。そのままホームから転落し。
――フゥゥゥゥァン。
電車の音が耳元で聞こえたのを最後に、私の意識は途絶えた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
――という前世の記憶を思い出しました。
その原因はお茶会のチーズケーキの角に頭を打ったから……うん、なんであんなに柔らかいものに頭を打って記憶が戻るんだろう。普通机の角とかじゃないかな。
というか、どうやったらチーズケーキの角に頭を打つなんて展開になるんだろう。
あの辺りの前後の記憶が曖昧だ。確か物凄く眠かったのは覚えているんだけど……なるほど、眠くてそのまま前に倒れたんだな。
「大丈夫ですか? ロゼッタ様」
一緒にお茶会をしていた貴族令嬢さん達がお見舞いにやってきたみたいだ。
やっぱり本物のお姫様は違うな。九歳前後といえば前世では小学生なのに、既に豪奢なドレスを着こなして、淑女のマナーもしっかりしている。
「……大丈夫ですわ。少しうつらうつらしていたみたいで……私の不注意ですからお気になさらないで下さい。……というより、せっかくのお茶会を台無しにしてしまって申し訳ありません」
うん、私の不注意なんだから謝るのは当たり前だよね? ……なんで貴族令嬢さん達びっくりしているだろう? なんでメイドさん、絶句してティーセットを床に落としているんだろう? というか、なんでティーセット持っているの! ……どこかにお届けする途中なの? いや、それならこの部屋に来るとは思えないし……まさか、自分で飲むために持ってきたの! それ、屋敷の備品だよ! 先輩メイドさんに叱られるよ!!
あっ、そういえば私って蝶よ花よと育てられた傲慢なお嬢様だった。ついでに乙女ゲーム『The LOVE STORY of Primula』の悪役令嬢ロゼッタ=フューリタンと同姓同名だ。……というか、これってどう考えても悪役令嬢ロゼッタ=フューリタンと同一人物だよね!?
『――最近、ネットの小説で乙女ゲームの悪役令嬢を主人公にしたものが流行っているのよ。面白いから一度読んでみるといいよ』
と、千佳さんが言っていたのをふと思い出した。……もしかしなくても、そういうことなの! 悪役令嬢ロゼッタに転生したってこと!? 破滅フラグ満載の? 関わるルート全てでバッドエンドかデッドエンドになる悪役令嬢ロゼッタに? まさか、運命さんは転生したのにすぐにまた死ねと申す?
というか、前世の死も相当だよね。突き飛ばされて電車に撥ねられて死ぬって。……山手線に撥ねられたら城崎温泉に湯治に行けるけど、あれは山手線じゃないからね。というか、轢かれたらどこの線でも大概に死ぬよ!
そういえば、よくよく考えたら千佳さんフラグ建設してたよね。……まさか、私を殺したのは千佳さんなの! ……な訳ないか。私達親友だもん……お婆ちゃんになっても親友でいようって約束した私達の絆は固いもん……うん、言ってて自信無くなってきた。
しかし、どうせ死ぬなら電車で轢かれるのは避けたかったな。
電車のダイヤを乱すと相当な罰金を請求されるから……お父さんとお母さんを悲しませて、家計まで苦しくして、私は本当に親不孝者だよ。
「……ゼッタ様……ロゼッタ様、どうかなされましたか?」
「すみません、物思いに耽ってしまっていましたわ。……まだ体調が優れないようなので、お茶会はまたの機会に……折角お越し頂いたのに不快な気分にさせてしまい、申し訳ありませんわ」
思えばさっきから謝ってばっかりな気がする。
だけど、こちらに非しかないのだから仕方ない。
貴族令嬢さん達には帰って頂き、私は今ある情報を整理してみることにした。
◆
とりあえず、今すべきことは持っている情報を整理することだ。
ティーセットを落としたメイドさんには部屋を出てもらい、一人になる。
その際に先輩メイドさんに「メイドさんは悪くありません。私が驚かしてしまったのが原因ですから、責めないで下さい」と言ってアフターケアをすることも忘れない。
そんな私の言動に絶句した先輩メイドさんは手に持っていたティーセットを床に落とした……もしかして、ティーセットを床に落とすの流行っているの!?
その後二人纏めて眼鏡の似合うメイド長さんに連れて行かれた。……あれはそのままお説教ルートだな。本当に私のせいでごめんなさい!!
私には勿体無いほど豪奢な天蓋付きベッドから起き上がって、同じく豪奢な机に向かう。
紙を机の上に出して筆ペンを取り、念のために日本語で書き出していく。
私がはまっていた乙女ゲームは前述の通り『The LOVE STORY of Primula』だ。直訳すると『プリムラの恋物語』……安直なネーミングなのに、英語にすると何故かカッコよく聞こえるのよね。これぞ、イングリッシュ・マジック。
舞台は中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界。その世界で魔法の素質を持った少年少女達は十五歳になると全寮制の魔法学園に集められ、そこで三年間学ぶことになる。
ちなみに、このゲームには魔法の属性が存在し、基本的に一人につき一つの属性を持っている。
これは、エンペドクレスとかアリストテレスとかが提唱した四大元素と同じく「火・水・風・土」の四種類に、それら四種類の力の良面の結晶であるという設定がなされた「光」を合わせた五種類が存在していた。
土が一番多く、風、水、火、光と順に貴重性が増していく。光に至っては何万人に一人の逸材だ。他のありふれた属性とは比べ物にならないほど稀有なのは間違いない。
続いて登場人物。まずは主人公から。
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◆プリムラ=イノセンス
農民出の少女。魔法の力を持つのがほとんど貴族なので、必然的に貴族が大部分を占める学園で最初は周囲と馴染めないけど、持ち前の明るさ(とプレイヤーの選択) によって、攻略対象と関係を持つようになり、彼らと接していく中で学園の中心的な立場になっていく。属性は主人公補正で光。
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攻略対象は全部で四人。
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◆ジルフォンド=エリファス
エリファス王家の三男。外観は優しく完璧な王子様なのだが、実際は極度の腹黒。また、妖怪心覗きもかくやというほど相手の心を読むスキルに長けている。
どんなことでもそつなくこなす天才だが、人生に飽きていて、予測不能なプリムラに対して次第に恋心を抱いていくことになる。属性は火と風の二重属性。
◆ヴァングレイ=エリファス
エリファス王家の四男。
ジルフォンドとは異なりワイルド系のイケメン。完璧過ぎるジルフォンドと比較されることを嫌っている。
趣味は絵画、音楽、小説書きとワイルドな見た目からは想像がつかない芸術系。その腕はどれも超一流。属性は火と水の二重属性。
◆シャート=フューリタン
ロゼッタの義弟。
可愛い系にベクトルが向いており、いつも人形を持っている。趣味はお菓子作り……だった筈。
女装させると可愛くなりそうな見た目だったな。
元々は浮浪児だけど、その魔力の高さを買われれフューリタン家の養子になった。属性は土。
◆フィード=フォートレス
フォートレス伯爵家の長男。ジルフォンドとヴァングレイの幼馴染。
黒髪黒目の長身。令嬢達を引き寄せる独特の色香を醸し出している。
……と、それ以外は覚えていないんだよね。というか、フィードルートを進める前に死んだから覚えている訳がない。属性は確か水だった筈。
悪役令嬢は全部で二人。
◆ノエリア=フォートレス
フォートレス伯爵家の長女でフィードの妹。
ヴァングレイルートとフィードルートで立ちはだかる強敵。徹底的に磨いた貴族の振る舞いを見せつけ正々堂々とプリムラと対峙する。……うん、王道だね。悪役って言っても良い悪役だ。属性は風。
◆ロゼッタ=フューリタン
フューリタン公爵家令嬢。
ジルフォンドルートとシャートルートと逆ハーレムルートで妨害してくる強敵というか最大の敵。
高慢というよりは傲慢な世間知らず。
過去に結んだ婚約を盾に王子を束縛し、血の繋がらない義弟はとにかくイジメまくる最低の奴。属性は土。
最後はどのルートでもバッドエンドかデットエンドになる。更に、それまでに選んだ選択肢に応じて殺され方に誤差が出てくるんだよね。私もロゼッタの殺され方のコンプリートのために何度ジルフォンドルートをやったことか。……だって、この高慢ちき、見てて腹が立つんだもん。仕方ないじゃん。……ちなみにそれでまだ隠しキャラにチャレンジできてなかったりする。……結局誰だったんだろう?
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うん、駄目だな。絶対に救われない。というか、私も死ぬべきだと思うよ、ロゼッタさん。
……そうか、魔法学園に行く前に自殺すれば良いんだ。そうすれば誰にも迷惑掛けないからね……って、私、死なないための対策を考えていたんだった!
……というか、ここって本当に『The LOVE STORY of Primula』の世界なの? 私の記憶だと属性じゃなくてスキルが存在していてそれに合わせた魔法しか使えないみたいだし、魔法学園がある国の名前が変わっているし、帝国とか魔族とか亜人種とか『The LOVE STORY of Primula』には無かった要素が加わっているし、機動要塞が暴れているみたいだし……って機動要塞!? ――なんなのよ! この世界!!
そういえば、『The LOVE STORY of Primula』には攻略対象の好感度やゲームのログを確認できる【メニュー】ってのがあったっけ……この世界は多分『The LOVE STORY of Primula』を基にした異世界であってゲームでは無いけど、試してみる価値はあるよね?
「――【メニュー】」
普通に見覚えのある【メニュー】が表示されちゃったんたけど……なんなの! やっぱりこの世界って乙女ゲームの世界であっているの!? というか、普通の乙女ゲームを基にした世界にはステータス表示ないから! あれはゲームでの仕様だって千佳さん言ってたから!!
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❤︎ステータス〜STATUS〜❤︎
❤︎ログ〜LOG〜❤︎
❤︎マップ〜MAP〜❤︎
❤︎ストレージ〜STORAGE〜❤︎
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基本的にというか、全く同じ表記だ。半透明な板みたいなところに表示されていて、タッチして操作することもできるみたいだ。
まずは上から順番に確認してみよう!
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NAME:ロゼッタ=フューリタン AGE:9歳
LEVEL:2 NEXT:60EXP
HP:49/49
MP:39/39
STR:20
DEX:18
INT:99
CON:11
APP:59
POW:14
LUCK:8
JOB:魔法師、公爵令嬢
TITLE:【悪役令嬢】、【破滅の道を征く者】、【魔法貴族】、【公爵令嬢】
SKILL
【四大魔法】LEVEL:1
【氷魔法】LEVEL:1
【雷魔法】LEVEL:1
【木魔法】LEVEL:1
【金魔法】LEVEL:1
【精神魔法】LEVEL:1
【生活魔法】LEVEL:1
【礼儀作法】LEVEL:2
【社交】LEVEL:2
【舞踏】LEVEL:10
【クライヴァルト語】LEVEL:3
【反響定位】LEVEL:1
【メニュー】LEVEL:2
ITEM
・紅薔薇のドレス
・真紅のハイヒール
NOTICE
・通知一件
→未使用のポイントが後50あります。
Capture Target/Party Member
◆プリムラ=イノセンス
好感度:
◆ジルフォンド=エリファス
好感度:
◆ヴァングレイ=エリファス
好感度:
◆シャート=フューリタン
好感度:
◆フィード=フォートレス
好感度:
◆ノエリア=フォートレス
好感度:
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……おかしい。私が知っているステータスとは違う。
『The LOVE STORY of Primula』の舞台は剣と魔法の世界だから当然戦闘はあったけど、比較的簡素なものだった。
だからそれに合わせてステータスも簡素なものだった筈だけど、これではまるで戦闘メインの異世界で戦うみたいだ。
それに、ロゼッタはゲームでは土属性しか使えなかった筈なのに、このステータスにはそれ以外の属性のスキルもある。それに、【氷魔法】とか【雷魔法】は『The LOVE STORY of Primula』には無い要素だった。
そして、【反響定位】と【メニュー】……『The LOVE STORY of Primula』はスキル制じゃなかったからこの二つは無かったし、ロゼッタにエコーロケーションなんて特別な力は無かった。
つまり、【反響定位】はこの世界で追加された要素であるということになる。
後はゲームではCapture TargetだけだったところがCapture Target/Party Memberになっている。……そして、何故か攻略対象に主人公ともう一人の悪役令嬢が加わっている。
まさか、私に全員を落として逆ハーレムルートを目指せと! いくらなんでも無理ゲーでしょ!!
う〜ん、一通り書き出してみたけど、これだけではこの世界を理解したことにはならなさそうだ。……明らかに『The LOVE STORY of Primula』の要素が少なすぎるもん! なんというか、普通の異世界に乙女ゲームを無理矢理捩じ込んだ、みたいな感じかな?
ちなみに、さっき書いたメモの情報は攻略対象の名前をタッチすると表示されることが分かった……カイタイミナカッタネ。
「さて……次は【ログ】を――」
「ロゼッタお嬢様、一体何をしておられるのですか?」
気がつくと私の背後から長身の執事が私の書いた紙を覗き込んでいた。