四十秒で支度しな! って台詞がかっこいいのは確かだけど絶対に実行不可能な難題であることは間違いない。
異世界生活十五日目 場所エルフの里 深緑図書館
「『デルフィア英雄譚』は俺の世界でいうところの貴種流離譚の形式を取っています。貴種流離譚とは説話の類型の一種で、若い神や貴人が漂泊しながら試練を克服して、神となったり尊い地位を得たりするものを指します。後にエルフの英雄となる忌み子デルフィアが困難を乗り越え、最後はエルフと敵対するダークエルフの王を殺し、デルフィアを捨てた親を見返すという流れで物語が進行する『デルフィア英雄譚』は貴種流離譚に分類される作品だということを否定することはできないでしょう」
「ふん、ようやく私の言うことが正しいことを認めたか若造。約束通りお前達は今後文学研究の敷居を跨がんと誓え!」
勝ち誇った表情でジェレミドが叫ぶ。……あのさ、話は最後まで聞こうよ。なんでカオスには話を最後まで聞かない人がこうも多いの? 多過ぎるよ! 人の話は最後まで聞いてから反論するなら反論するって今時小学生でも分かると思うんだけどな。小学生以下なの? 老人なのに? 年取り過ぎてトチ狂っちゃった? おじいちゃん、「儂の盤古幡はまだかの?」ってそもそも漢字から間違っているからね。それ宝貝だから! どうしたらそんな間違いするの!! ……もしかして、飯じゃなくて盤古幡を持って来させたかった?
「――人の話は最後まで聞けよ老害」
「ぬぅッ」
なんだよ「ぬぅッ」って! 新しい鳴き声かよ! 全く可愛くないよ! 声の主が中身老害だし。……神様じゃない方の。
「ですが、それでは説明できないことがあります。そこの老害は『〈作者の意図〉は、デルフィアの成長を模範としてエルフの子供達に成長してもらいたいという願いと戦争の肯定』と言いましたが、そう考えると一つ不可解な部分があるのです。老害の言葉を肯定するのであれば、『デルフィア英雄譚』が勧善懲悪の物語ということになります。もし仮に勧善懲悪の物語として『デルフィア英雄譚』を描きたいのであれば、敵方に感情移入してしまう可能性は極力排する必要がある筈です。ですが、『デルフィア英雄譚』は寧ろ排するどころかその部分を必要がないところまで細密に描いている。……果たしてこれが本当に戦争を肯定するために書かれた物語だと本当に言い切ることができるでしょうか?」
俺の言葉で会場が騒つく。まあ、致し方ないだろう。俺がやろうとしていることは今までの通説の完全否定なのだから。……今まで信じてきたものが実は違ったって言われてもそう簡単に信じられるものじゃないからね。だから徹底的に反論の余地がないところまで潰すんだけど。――そこ、酷いって言わない!
「俺は寧ろ戦争に反対するために『デルフィア英雄譚』が書かれたと考えました。……勿論それ以外にも敵方――ダークエルフについて細かく書く理由は考えられます。これを戦争に賛成する、賛成しないということは関係なく、後世に当時のダークエルフの姿を記録として残そうとした説も考えられます。やっぱり『デルフィア英雄譚』は戦争への賛同を意図して書かれたことも否定することはできません。当時はエルフとダークエルフの間で戦争が起こっていましたから、戦争の士気を高めるために文学を利用するという方法も多かれ少なかれ取られていたでしょう。具体的には戦争に賛成するような表現の小説ばかりを出版し、反対するような表現の小説の出版を禁じる校閲です。実際に俺の生まれ故郷も戦時中はこのような検閲が行われていました。俺はこの検閲というキーワードから一つの仮説を立てました。検閲が行われている以上、露骨に戦争反対の表現を使えば出版停止、最悪の場合は死罪になってしまう。それでは戦争反対の意思を伝えることはできません。そこで、あくまで戦争賛成の風を装って戦争反対の物語を書いたのです。ダークエルフにも感情移入をすることができるという仕掛けを用意して……」
「そこまで言うのなら証拠があるんだな!」
……おいおい、安っぽい犯人みたいなことを言いだしたぞ。崖に追い詰めてもいないのに? まあ、最近の探偵モノは大体崖には追い詰めずに室内で解決するけど。見た目は子供頭脳は大人なメガネのボウズとか。
というか、ジェレミドって犯人なの? 犯罪でも犯したの? ……あっ、犯しているわ。文学研究の芽を摘むっていう俺が最も許せない類の犯罪を。……しかもこれって裁判所で裁けないんだよな。そもそも異世界に裁判所なんてないけど。……やっぱり俺が裁くしかないか。――被告、ジェレミド。裁判長能因草子、裁判官能因草子、裁判員能因草子、検事能因草子、書記能因草子の脳内略式裁判の結果満場一致で有罪となりました、閉廷!! ……えっ、全員能因草子だし弁護士いないって? 昭和憲法第三十七条に「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。」って書いてあるから弁護士をつけるべきだって? ここ異世界だから日本の憲法は通用しないし、脳内略式裁判に弁護士をつける訳ないじゃん。開廷された時点で既に結論は決まっているのです☆
……長すぎたので閑話休題、発動。俺は切り札として用意していた手紙を提出した。
「こちらは、『デルフィア英雄譚』の作者であるシャールと、シャールと文通していたダークエルフの手紙です」
「「「「「「――なんだと!」」」」」」
ジェレミドとジェレミドが集めたどちらの息もかかっていないらしい五人の審査員が一斉に驚愕の声を上げた。……そりゃ、驚くよな。新発見の資料だもん。会場もそわそわしている。驚いていないのは一緒に手紙を探しにいったほんの少しだけか。
「この手紙からは、シャールとダークエルフが頻繁に文通していたことが分かります。そのダークエルフの方は戦争反対を公言していた小説家でした。……しかし、そのダークエルフの方は投獄され獄中で息を引き取ります。ダークエルフの手紙でそのことを知ったシャールは彼の二の舞にならないように一つの仕掛けを用意しました。それが、一見戦争賛成に見える物語という形だったのです」
「そうか、シャールとそのダークエルフが文通をしていたのなら、ダークエルフの情勢を知っていてもおかしくない。……だが、何故その事実が明らかにならなかったのだ。もし、シャールが『デルフィア英雄譚』に戦争反対の意思を込めていたのなら、そのことに誰か気づいた筈だ!」
審査員の一人がそんな風に指摘した。……うん、流れを作ってくれてありがとう。
「当時は戦時中、誰もが『デルフィア英雄譚』を戦争賛成の作品として読みました。そのように出版されたのですから、それは当然ですよね。誰一人疑わないのであれば違和感を持ちません。現にその時代に書かれた『デルフィア英雄譚』に関する論文には、口を揃えて「『デルフィア英雄譚』は戦争賛成の物語だ」と書かれています。そして、その時代の研究を疑わずにその上から更なる研究を重ねていく学者は疑いを持つことすらありません。親から『デルフィア英雄譚』を読み聞かせられる子供達は、英雄譚として聞くのですからそれ以上の解釈のしようはありません。……『デルフィア英雄譚』はあまりにも芸が細か過ぎた。きっとシャールは自分の書いた作品が自分の望んだものとは正反対のものとして読まれることに苦しみを感じながらこの世を去ったのでしょう」
そして、シャールの死後もその誤解は解かれぬままここまで来てしまった。
シャールの腕が良かったが故に、その隠蔽が極めて巧妙だったが故に。……腕がいいってのも考えものだよな。まあ、読者と作者の考えは得てしてズレるものだけど。気持ちを伝えるのって難しいよね。
「俺は『〈作者の意図〉は、デルフィアの成長を模範としてエルフの子供達に成長してもらいたいという願いと戦争の肯定』であるという意見には反対ですが、その全てを否定する訳ではありません。戦時中、全てのエルフがそのように読んだ以上、その解釈は『デルフィア英雄譚』の解釈の一つということになります。物語の解釈はそれこそ無限大――読んだそれぞれがそれぞれの感想を抱くのは当然です。俺はその解釈を理由と共に示す――そんな文学研究が行われることを切に願っています」
人の数だけ読み方は増える。解釈が増える。
新しい解釈を知れば、また違った読み方ができる。新たな発見ができる。
だから文学ってのは面白いんだ。心の底から命を懸けたいって思えるくらいにね。
◆
「草子さん、ありがとうございます。おかげで文学研究の体制に風穴を開けて新風を吹き込むことができました」
「いえいえ、俺はただ文学を研究する一人としてあの老害が見逃せなかっただけです。……イミリアーナさんが諦めなかったからこそ、変えることができた。しかし、これで終わりではありません。寧ろ、これからが始まりです。――同じ文学を研究する者としてイミリアーナさんの研究の発展をお祈りしています」
俺が偉そうに言える立場ではないけど、この先イミリアーナは凄い学者になると思う。
必要なのは常に新しいものを受け入れること。そして、その良し悪しを判断すること。
イミリアーナはそれを理解した。だから研究の世界は最強で無敵だ。
「イミリアーナさん、セルジアさん。色々とご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、寧ろ草子さんにはお礼をしてもし足りないくらいです。またいつでも深緑図書館にお越し下さい。お待ちしております」
多分人生で初めて司書に「また来て下さい」と言われた気がする。今まではスルーか「二度と来んな!」だったからな。……まあ、非は俺にあるんだけど。
宿に戻ってチェックアウトを済ませる。その後はティル・ナ・ノーグ邸へ。一応お世話になったし、リーファの父母に挨拶をしておかないとね。
「……本当に行ってしまうのか?」
「はい、今回ことで連中とは完全に敵対することになりましたから、この里に留まっていてもご迷惑をおかけしますし、ここですることは全て果たしました」
昨日の時点でこの里ですべき全ての準備は整えた。
もう、エルフの里に用事はない。
俺は揃ってどんよりムードを醸し出している聖達に声を掛けた。
「聖さん、リーファさん、白崎さん、朝倉さん、北岡さん。俺は不覚にも巻き込んでしまった。俺がユェンの正体を暴いた挙句逃げられてしまわなければ、みんなを危険に巻き込むことは無かった」
「違うよ、草子君! 草子君はリーファさんを守るために戦ってくれた。化け物みたいな強さの敵を相手に――何もできなかった私達に責める権利は無いよ!!」
……白崎、そこは否定してくれていいんだよ。もし、あの時プラーナを全て逃走に使うことを読んでいればこんな事態にはならなかった。白崎達の異世界ライフを破壊することは無かった。
「俺には白崎さん達を巻き込んだ責任がある。このまま何も無かったようにエルフの里に白崎さん達を置き去りにすることはできない。例え白崎さん達が選ばれし者でも今のままユェンのような奴らと戦えばどうなるかは目に見えている。……だけど、白崎達はこんな変態と一緒に旅を続けたいなどと絶対に思う訳がない。それを無理矢理「今の白崎さん達では危険だから」と連れ回すことはできない。それに俺と一緒に行動することが返って白崎達を危険に巻き込ませることになる可能性もある。選ぶのは俺じゃない。白崎さん、朝倉さん、北岡さん、聖さん、リーファさん――みんながどうするのか、どうしたいのかを選ぶべきだ。その選択が例えどんなものになっても、俺はそれに従う」
◆
『草子君、あたしは迷宮の頃からずっと旅をしてきた。あの頃からずっと同郷出身者の草子君が行き着く先を見たいから一緒に旅をしてきた。そして、その気持ちは今も変わらない。――あたしは例え草子君に嫌われても、嫌だと言われてもついていくよ。だってあたしは、草子君の守護霊なんだから……って今決めたけどね』
「同志草子、貴方には私と一緒にこの世界にBLを広げてもらわなければなりません。最初に会った時に、旅のボディーガードをお願いした筈です。……きっと私は足手纏いになると思います。草子さんのようなチートではありませんから。でも、自分の身くらいは自分で守ります。だから、私を置いていかないで下さい! 見捨てないで下さい!」
「草子君、一つだけ訂正させてね。草子君は私達が本当は変態な草子君と一緒に旅をしたくないって思っていると思い込んでいるみたいだけど、それは間違いだよ。……確かに、私は地球に居た頃に草子君の変態性を、本に対する大いなる愛を受け止めきれなかった。だけど、本当はずっと草子君のことを見ていたんだよ。誰よりも頑張り屋で、自分の見つけた夢に向かって必死で努力する草子君をずっと尊敬していたんだよ。だから異世界に来て、草子君が帰るべき場所に帰るために必死で頑張っているって知って、草子らしいなって思った。やっぱり、草子君は凄いなって思った。……私は浅野教授や浅野ゼミのゼミ生みたいな大切な人にはなれないと思う。彼らのようにはなれないけど、私は草子君の大切な人になりたい。支えられるだけじゃない、守られるだけじゃない。側にいて一緒に戦えるようになりたい。――私が草子君の言うように勇者なら、選ばれた者ならきっと強くなれる。そして、願わくばその力で私の勇者様の隣で戦いたい」
「……全く、ヒロインにはどうあがいても勝てないな。……草子君。ゴブリンに襲われた時、私はもうダメだと思った。せめて、華代のことは逃がそうと思っていたけど、あのままだったら多分三人共倒れだった。……それに、武士だから、攻撃職だからって堪えていたけど、本当は尊厳を蹂躙されて殺されるのが恐ろしかった。嫌そうな表情をしながらも、助けたのを人のせいにしながらも、それでも見捨てずに助けてくれた草子君の優しさが嬉しかった。……私は白崎みたいな選ばれた者じゃない。言うなれば勇者パーティにいる取り巻きAだ、草子君の言う通り副委員長Aだ。だけど、こんな私でも草子君の隣で一緒に戦うことを許してくれるのなら、連れて行って欲しい。そして、また戦い方を教えて欲しい。草子君は教えるのが上手いからな!」
「変態だから一緒に居られないってことは無いわぁ。だって、私達のパーティには爆発狂幽霊とBL狂がいるんですもの。今更本好きの変態が増えたくらいで何も変わらないわぁ。……草子君にはまだまだ返しきれていない借りがある。多分それはこれからもどんどん増えていくのよねぇ。私はいつかその借りを全て返したいわぁ。そしてあのゴブリンから助けたことを、戦い方を教えたことが間違いじゃ無かったって、そう思ってもらえるようになりたいわぁ」
……あれ、正直予想外なんですけど。まさか全員ついてくるの? いや、別にいいんだけど。
「「草子殿、不束な娘ですがよろしくお願い致します」」
なんでオーベロンとティターニア、娘を嫁に出す父と母みたいな台詞言ってるの! 俺、別にリーファを嫁にもらう訳じゃないし、どう考えても要らないよ!!
もしかして、持て余した娘をこの機会に売却してしまおうって魂胆か! くそっ、言ってしまった手前逃げられねえ! ……というか、一人娘をバーゲン品みたいに安売りしていいの?
「――四十秒で支度しな……ってのは流石に無理だから、とっとと準備を整えろ! 次の目的地は自由諸侯同盟ヴルヴォタットの首都ファルオンドだ」
それぞれこのエルフの里でやり忘れがないように準備を整えてもらってから、エルフの里を出発する。
次の目的地は自由諸侯同盟ヴルヴォタットの首都ファルオンド――今までのパターンからすると、また一波乱ありそうだ。
◆
小説には色々な解釈の仕方がある。それと同じように人の言葉も解釈によって様々な捉え方ができる。
だからこれはあくまで俺の解釈だ。さっきの聖達の言葉――あの中に俺の変態性すらも度外視するほどの好意があったというように感じたが、自意識過剰じゃないよな?
……はぁ、もし俺の思っている通りなら俺もハーレム主人公を莫迦にすることができなくなる訳か。「美少女侍らせていい気になるなよ!」って言葉を甘んじて受けなければならないのか。一人で気ままにとハーレム主人公回避はどうやら不可能らしい。……まあ、プライベートな時間は是が非でも作るけどね。