本当にLUCKはUnmeasurableなのだろうか? このバグっている筈のステータスすら信用できなくなってくるよ。
異世界生活十四日目 場所エルフの里
『デルフィア英雄譚』の研究発表の準備を済ませた俺はそのまま深緑図書館に篭っていた。
魔法書のブースに篭り、ひたすら【筆写】で写してはゆっくりと咀嚼してその味を楽しむ。
至福の時間だ。俺はきっと本を美味しく召し上がるために異世界に召喚されたんだろう。きっと、そうだな。……それでもこのままこの世界に留まるって選択肢は無いけど。
やはり市販されている魔法書よりもより高難易度の魔法が載った魔法書が揃っている。
【聖魔法】、【神聖魔法】、【闇魔法】、【精神魔法】、【影魔法】、【重力魔法】、【天体魔法】、【炎魔法】などのザ・王道的な魔法や【炸裂魔法】〝炸裂魔法〟、【爆発魔法】〝爆発魔法〟、【爆裂魔法】〝爆裂魔法〟、【全属性魔法】では使えない(それなら【全属性魔法】って書くなよ) 【空間魔法】、【時間魔法】、【破壊魔法】、【契約魔法】、【生活魔法】、【回復魔法】、【結界魔法】など今後に活かせるものをたくさん得ることができた。
……というか、【爆裂魔法】って屈指のネタ魔法じゃないの? 赤い目を烱々と輝かせる厨二病患者が使うんじゃないの? 使うと魔力切れでぶっ倒れないの? もしかして、ファイナ●ファ●タジーⅣの老賢者みたいにMPの限界を超えて黒い甲冑にメテオを打つのだろうか?
ユェンは強敵だった。あれでヴァパリア黎明結社の末端メンバーだというのなら、例えステータスがバグっていたとしても油断ならないだろう。
白崎達は俺とは違う――選ばれし者達だ。白崎達が勇者となるのか、勇者パーティにメインヒロインとして加わるのかは分からないがきっとこの名前からして混沌としている世界を救ってくれるだろう。……流石にパーティから追放されることは無いよね? どう考えてもヒロインだし。……えっ、お前はそんな白崎達をパーティから追放しようとしているって? 何言ってんの? 俺が出て行くんだよ。気づいたら俺を中心に自然発生していたパーティから? あれー?
だが、それでも今の白崎達ではユェンにすら勝てない。ユェンはヴァパリア黎明結社を恐れていたのだから、ヴァパリア黎明結社はユェンでも勝てない強敵だということだ。……単純な人数だけならばアルドヴァンデ共和国もミンティス教国も超帝国マハーシュバラもジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国も十分な脅威になるだろう。どれもこれも異世界ファンタジーのラスボスを張れるような脅威ばかりだ。しかし、その中でもヴァパリア黎明結社が挙げられているのだからヴァパリア黎明結社は埒外の存在なのだろう。
俺は辛うじてバグステータスでどうにかできた。魔法に対してはよく分からない適性があるからこうしてバリエーションを増やしていけばどうにかなるだろう。だが、白崎達はどうなる? いずれ無敵になるとしても今は無敵じゃない。ユェンには俺達の顔を見られた。恐らくヴァパリア黎明結社は脅威と判断した筈だ――俺ではなく、俺達を。
俺には白崎達を巻き込んでしまった責任がある。表舞台で活躍する勇者の物語ではない。世界を裏から支配しているらしい秘密結社との戦争に。……モブが元の世界に帰るだけなのにハードルが高過ぎるのにはもう突っ込まないよ!
俺には責任が生まれた。当初の予定通り白崎達を置き去りにすることはできないだろう。
だが、それは俺が決めることじゃない。
こんな変態と一緒に旅を続けたいなどと絶対に思う筈がない。それを無理矢理「今の白崎さん達では危険だから」と連れ回すことはできない。それに俺と一緒に行動することが返って白崎達を危険に巻き込ませることになる可能性もある。
選ぶのは俺じゃない。白崎、朝倉、北岡、聖、リーファ――彼女達がどうするのか、どうしたいのかを選ぶべきだ。
……俺ってエルフの里にアイツらを纏めて置いてくるためにエルフの里を目指していたのになんでここに来たせいで旅に着いてくるか否かを選ばせる事態になっているんだろう?
……本当にLUCKはUnmeasurableなのだろうか? このバグっている筈のステータスすら信用できなくなってくるよ。
【リーファ視点】
昨日は衝撃的なことが同時に押し寄せた。
私には相応しくないほどできた弟だと思っていたロビンが、実はあり得ないくらい傲慢な性格で私を抹殺して独裁国家を創り上げようとしていたこと。
あの後ロビンはロビンと共に私を暗殺しようとした年若いエルフ達と共に牢獄に繋がれることになった。
族長については、草子さんの案を元に検討しているそうだ。まだ正式ではないけど、私が族長を継がなくて良くなる日が来るかもしれない。
元々は族長を継ぎたくないからというのもBLを広める旅に出たい理由の一つだった。
だけど、族長になる必要がないなら家族に内緒でこそこそと旅に出発する必要もない。
それからユェン大師父。彼は歴史の転換期に度々姿を現し、支持した方を悉く敗北に導いていた。その目的が寿命を吸収するためだったという衝撃の事実には驚かされた。
そして、ユェン大師父――彼の強さは異常だった。アルドヴァンデ共和国のアレク首相、ミンティス教国の筆頭枢機卿マジェルダと教皇のメル、ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国の魔王エルヴァダロット、魔王よりも強いと噂される超帝国マハーシュバラの大将軍インフィニットと不屈の超皇帝シヴァと肩を並べるほどの化け物だった。
草子君はそんな化け物とたった一人で渡り合った。私達なら一撃で命を掠め取られるだろう相手を尻尾を巻いて逃げ出すまで追い詰めた。
……最初はBLを広める旅のボディーガードとして草子さんと聖さんのパーティに加入しようとした。
旅を経る中で草子さんとこれからも一緒に旅をしたいと思うようになった。ぞんざいな扱いを受けるのは嫌だけど、草子さん達と一緒に過ごしたあの時間は私にとってかけがえのない時間だった。
変態性が原因でエルフの里に置き去りにされると分かったら全力で回避しようと聖さん達と策を考えた。
だけど、ユェン大師父との戦いを見ていてどうすればいいのか分からなくなった。
草子さんの進むのは修羅の道。勇者が魔王を倒すようなそんな生易しい道ではない。草子さんはそれでもたった一人で進むつもりなんだ。草子さんが元いた世界に、本当の居場所に帰るために。
私達と草子さんの間には埋められぬほど隔絶した差が生まれている。その草子さんですらこの先苦戦するかもしれない。
そんな旅に私が同行してもいいの? ただ足手纏いになるだけじゃないの? 何もできずにただ護られて、それで一体何になるの? ただの自己満足以外のなにものでもない。それくらいなら草子さんの言う通りエルフの里に残るのが賢明だよ。
護られるだけのヒロインではダメだ。私の価値を、存在意義を草子さんに認めさせない限り、私は草子さんと一緒に旅を続けることができない。
そのためには、草子さんが必要だと考えた最低限勇者として戦える力だけでは到底足りない。
…………それでも、私は。
【高野聖視点】
あたしは迷宮の中で草子君と出会ってからずっと一緒に旅を続けてきた。
最初は迷宮の中で久しぶりに人を見かけたから驚かしてやろうとかそんな軽い気持ちだった。
……まさか、一緒に迷宮を攻略してここまで旅を続けることになるとは思わなかったけど。
あたしは改めて考えてみると物凄い変態だと思う。ベクトルの方向がエロとかそっち方面に振り切れていないだけで、十分変人と言われるほどの特殊性癖がある。
そんなあたしのことを草子君は【威圧】したり「〝ピュリファイ〟るぞ!」とか言いながらもなんだかんだで捨てずにここまで一緒に居てくれた。
これまであたしを気持ち悪がって離れていくことはあっても、ここまで一緒に居てくれた誰かは居なかった。あたしも草子君の“本好きを拗らせた変態”だけは受け入れられそうにないけど、そっけない態度をとりながらも、文句を言いながらも、心底めんどくさそうで嫌な顔をしながらも最後まで見捨てずに居てくれる草子君のことは……好き。
あたしはリーファさんと一緒にエルフの里に置いてかれると知った時、物凄く恐怖に駆られた、悲しかった。
だって、草子君は初めてあたしのことを真っ向から見てくれた人だから。
あたしは、必至に草子君と一緒にいるために策を練った。リーファさんと白崎さん達と。
白崎さん達とは違ってあたし達の場合はあたし達の変態性そのものがネックであることに気づいて激しく落ち込んだけど、それでも草子君にあたしが、あたし達が必要だとどうしたら思わせられるかを真剣に考えた。
だけど、あたし達はあの戦いで思い知らされた。これから草子君が戦っていくのはユェンのような化け物なんだと。
あの迷宮の下層にいたリビングナイトに匹敵、或いは凌駕する化け物がこれから沢山草子君の行く手を阻むんだと。
あたしはあの迷宮でレベル五からレベル五十になった。あたしの強さは六人の中で二番目……でもあたしではユェンには絶対勝てなかったし、白崎さん達はもっと無理だったと思う。もし、草子君以外の全員で力を合わせてもユェンには勝てなかった。
……あたしはどうするべきなんだろう? 本当はあたしもリーファさんと白崎さん達と一緒に草子君の旅に同行したい。
みんなと一緒に過ごしたのは四日間。たったそれだけの時間だったのに、あたしにとってあの時間は後々振り返って人生で一番良かったと思えるものになると確信できる。
このまま草子君との旅がずっと続けばいいと、本当ならそう願いたい。でも、あたし達にはそのための力がない。
草子君におんぶに抱っこで、いざとなったら助けてもらうのでは駄目だ。草子君の足を引っ張るくらいなら旅に同行する意味はない。
弱いのに草子君と一緒に行きたいから無理矢理にでもついていくなんて、そんな自分勝手は絶対しちゃ駄目だ。
幽霊のあたしは浄化には勝てない。いずれは【聖属性】の浄化魔法を使ってくる敵も現れると思う。
草子君は「〝ピュリファイ〟るぞ!」って脅かしてくるけど、もしあたしが誰かに浄化されたら心の底から悲しんでくれるのかな? 胸の中にぽっかりと穴が空いたような喪失感に襲われるのかな?
……そんなの嫌だな。あたしは草子君を悲しませるために一緒に旅をしたいんじゃないから。
【白崎華代視点】
ゴブリン達に襲われた時、もう駄目だと思った。
その時に助けてもらった恩を返したかった。そのために、草子君にしてあげられることを見つけるために、私は、いえ私達は草子君との旅を続けられるように朝倉さんや北岡さんと女子会を開いて策を練ってきた。
草子君は私達こそが英雄だと、主人公だと信じて疑わない。
物語の主人公達がこんなモブと一緒にいるのは間違っていると本気で思っている。
……それに、私達が長い間草子君を孤立させてしまったことも、離れたがる気持ちに拍車を掛けている。
今更掌を返したように「草子君、草子君」と持て囃して離れたがらないのは間違っているのかもしれない。だけど、同時に私達が草子君に助けられた。そのお礼をしたいというのは本心からの思いだ。
だから、私達は草子君に「私達の存在意義を感じてもらうためにはどうするべきなんだろう?」とずっと考えてきた。
……だけど、昨日の事件で思い知らされた。私達と草子君の隔絶した強さを。
草子君は私達を選ばれし者――勇者だと言った。たけど、昨日草子君と拳を交えたユェンという仙人は例え勇者だったとしてと到底かなわない相手だった。草子君はそんな強大な敵を相手に終始優勢を維持して、最終的には逃走を選ばせるまで追い詰めた。
草子君の旅に同行するということは、そういうこと。魔王なんて確殺で瞬殺できるほどの実力があって初めて釣り合う。
多分異世界で一番ハードな旅に同行するためにはそれくらいの強さに至らなければならないんだ。……草子君はただ地球に帰りたいだけなのに、なんで異世界カオスを裏から支配する最強の集団を相手に立ち回るなんて誰よりもハードな道を進んでいるんだろう?
私、朝倉さん、北岡さん、聖さん、リーファさん――この中に草子君の旅に同行する資格を持っている人はいない。きっとこの異世界中を探してもそんな資格を持っている人は一握りいるかいないかだと思う。
リーファさんの家で割り当てられた一室で朝倉さんと北岡さんと女子会という名の作戦会議を続けているけど、妙案は浮かばない。
朝倉さんも北岡さんも私と一緒の気持ちの筈だ。
……私達はどうすればいいんだろう? このまま草子君の言うようにエルフの里に残るしかないのかな。
……もし、エルフの里に残ることが草子君のためになるなら、私は――。