もしユェン=シー・ティェン・ズンという名前を出されただけで何か閃くものがあったならそいつは天才だ。最強の頭脳決定戦とかに出るべきだと思う。日本一とかそんな狭い世界の話じゃなくて世界一で。
異世界生活十三日目 場所エルフの里
もし、ユェン=シー・ティェン・ズンという名前を出されただけで何か閃くものがあったなら、そいつは天才だ。最強の頭脳決定戦とかに出るべきだと思う。日本一とかそんな狭い世界の話じゃなくて世界一で。
俺はその身なりと宝貝で気づいた。その時点でも相当凄いだろう。伊達に文学少年をやっている訳ではないのだ。……うん、「褒めて欲しい」とかは言わない。
『封神演義』ではお馴染み太公望師叔の師匠にして、「太元」を神格化した道教神学中の最高神元始天尊をピンイン読みしてカタカナ変換すると、あら不思議。元始天尊になるのです! えっ、だからなんだって? いえ、……なんでもございません。
「まさか、ヴァパリア黎明結社の存在を知る者がいるとは驚きでした。……そして、私が黎明結社のメンバーであることまで見抜くとは……これは、生かしておく訳にはいきませんね」
ユェンが殺気を放ってきた。マジもんだよ、これ! ガチでビビるじゃん! やめてよ! ……まあ、別に柳のようにいなせるんだけど。
すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――
すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――
普通の呼吸ではない、不自然なロングブレス。……あれだな、スキルにもあった【調息】だな。
確か気功法にある呼吸に関する技法だったっけ?
使うたびに魔力が洗練されていく……というか、全く別のものに変わってない? 最初は淡い青から、呼吸を続けることでより澄んだ青へと変わっていく。
嫌な予感がしたので【看破】発動。
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NAME:ユェン=シー・ティェン・ズン AGE:1,020,000歳
LEVEL:480 NEXT:19600000EXP
HP:53690/53690
PR:43240/43240
STR:49600
DEX:45000
INT:1200
CON:62200
APP:130
POW:52300
LUCK:100
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MPが消失して代わりにPRの項目が増えている。プラセオジムの元素記号はrだった筈だし、フィリピン航空のIATA航空会社コード……ではないだろうし、Public Relationsの略……では無いだろうから、文脈的にアレだな。prāṇaの略。……プラーナを纏う云々って確か書いてあった筈だし。
ユェンは無手のまま構えを取る……えっ、もしかして宝貝使わないの? 無手で十分って言いたいの? ……いや、本気出して欲しい訳じゃ無いけど。俺は本気出さない相手とは戦わない主義とかじゃ無いけど。
相手が無手なのに俺が無手で戦わないと後で色々言われそうなので、エルダーワンドを袋に戻し、無手で構える。勿論構えは適当だ。適当でもなんとかなるだろうし、ならなくてもぶっ壊れたステータスが補正してくれる。補正しなければ俺が死ぬだけのことだ……って俺死ぬの!? それが一番避けなければならないことじゃね!
【魔力纏】を発動する。と言ってもただ発動する訳じゃない。纏わせる魔力に形を与える。一か八かでやってみたけど普通にできた。
尻尾を地面に垂らし、背には對の翼を生やし、その両手からは鉤爪を生やす。ドラゴンの魂を宿した拳士のイメージ……【魔力纏・龍拳士】ってところか?
「まさか、アナタも拳士だったとは驚きでした。てっきり魔法使いだとばかり」
「……いや、無職だけど?」
「さあ、はじめましょうか! ――ィィィィィィィィィィヤァァァァァァァアッ」
コイツ、スルーして戦い始めやがったな。最低だ、許さでおくべきか! ――み゛ん゛な゛の゛う゛ら゛み゛! (みんなって俺だけだけど)。――包丁持ってこいッ! 投擲るから!!
ユェンが口の端を吊り上げ、慓悍ここに極まれりといった面構えとなって咆哮する。
勢いよく迫り、槍で突き刺すように拳を打ち出す。【五行拳】の一つ【崩拳】だな。
【翼理】を発動し、生み出した風圧を利用して拳を躱す。そのまま【木偶の坊】を発動して【尾理】による尻尾打ち、【爪理】による引っ掻き、【蹴理】による膝蹴り、【拳術】によるコークスクリュー・ブローを一繋ぎに繋げる。
「――アイヤッ」
その全てから全く手応えが感じられない。まるで化かされたように……あっ、あれだな。スキルにあった【化勁】だな。化かされたし。
「――ィィィィィィィィィィヤァァァァァァァアッ」
ユェンは俺の攻撃を全て躱しきると、【神速縮地】を使ったのか一気に肉薄し、俺の腹に手を添えると同時に衝撃を放った。
しかし、効果は無かった。というか、ある訳なくね。【物理無効】に【衝撃無効】持ちだよ! 武術が効く訳ないじゃん。一千六十三フィートの高座から転落しても多分無傷だよ! ……なんで一千六十三フィートなんて中途半端な高さを出したかって? えっ、知らないの? エッフェル塔の高さだよ!!
「何故です! 今のは入った筈! まさかアナタ武術が効かないのですか!! それに、寿命を吸収できないなんて……理由は一つしか考えられませんッ! 何故アナタが、アナタ如きがヴァパリア黎明結社の【因果耐性】を持っているのですかァ!」
えっ、【因果耐性】ってヴァパリア黎明結社の専用スキル的なものだったの? それが流出しちゃった訳か。何も関係ない自宅警備員なんかに。
しかし、【因果耐性】って凄い範囲が広いスキルなんだな。【寿命吸収】は触れた相手から寿命を吸収するスキルだけど、そもそも寿命とは運命によって定められたもの。その運命を捻じ曲げて寿命を吸収するから【因果耐性】が働く訳か。
てっきり【運率操作】とか過剰な●女神●寵愛とかそういうを無効化するスキルだと思っていたけど、検討し直さないといけないな。……というか、これ因果律を無視して相手を強制的に即死させる【即死】とか、光が通るという結果が確定されることで光が透過する状態=穴を穿たれた状態に分解する流●群も無効化できるってことじゃん。
……【即死耐性】いらなくね? いや、これは因果律を無視しない本当の意味で即死になる攻撃を無効化するスキルって考えればいいのか? その間に耐性スキルを獲得して対処しろと? もう大体の耐性はついているのでそんなお気遣いはコケコッコーです……うん、寒いダジャレ。辺り一面ブリザードだ。ペンギンさんかな? ペンギンの被り物をした魔王様かな?
「武術が効かないならプラーナではどうでしょうッ! スキルと一緒でプラーナによる攻撃を防ぐ手立ては存在しませんッ!!」
わざわざ手の内を晒して丁寧に解説してくれてどうもありがとう。読者に優しい敵キャラって奴か? まあ、これは異世界ライトノベルじゃない、正真正銘の現実だけど。
すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――
すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――
ユェンの身体を青い輝きが包み込む。【纏気】を使いやがったな。
【金剛通】、【剛力通】、【神足通】、【天眼通】、【天耳通】か……いいな、神通力スキル。試してみたらできちゃったりしないかな? やっぱり修行しないとダメ?
「――ィィィィィィィィィィヤァァァァァァァアッ」
【神速縮地】で肉薄し、錐のように拳を突きあげてひねり込む。【五行拳】の一つ【鑚拳】だな。
咄嗟に【飛行】を発動して空に逃走、そのまま【火炎放射】を使用して口から炎を吐いた。ユェンはギリギリのところで躱した。
「拳士じゃなかったのですかッ! 拳での戦いで炎を吐くとは、反則ですッ!!」
「いや、最初に言ったでしょ? 【魔力纏・龍拳士】って。龍って炎を吐くじゃん。話ちゃんと聞いてた? 話は最後まで聞こうって先生に教えてもらわなかった?」
「奇々怪界な技も使うということが分かれば対処はできますッ! ――拳で戦うのはもう終わりですッ!! ここからは私の本領をお見せしましょうッ! ――アイヤッ」
ユェンは歪空珠と呼ばれる水晶玉を取り出した。……聞いたことないから、オリジナルかな? 或いは知識不足か。
歪空珠に触れるとその周囲が歪曲する。ユェンはその中に手を突っ込み……マジで。中から一本の棒を取り出した。
「火尖槍――疾ッ!」
棒の先端から炎が噴き出した……ビームサーベルとかライトセイバーの炎バージョン? というか、ただのバーナー? ……まあ、『封神演義』通りだけど。
皮の袋からエルダーワンドを取り出して構える。特に意味は無い。
「〝極寒の世界の冷気よ! 死よりも冷たき愛で凍えさせておくれ! 魂を慄わす愛で包み込んでおくれ〟――〝極寒世界〟」
「――なんですとッ!!」
流石のユェンもいきなり上級魔法をぶっ放してくるとは思わなかったのだろう。ユェンは驚きのあまり声をあげた。近くにいた他のエルフ達は阿鼻叫喚の声をあげた……関係ない人達の方がダメージ大きそうだね。そだねー。
「太極図――疾ッ!」
歪空珠から太極図が描かれたカーペットが出てきて〝極寒世界〟が無効化され、それ以前に受けた凍傷も癒された……いいな、それ。超宝貝じゃん。
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NAME:ユェン=シー・ティェン・ズン AGE:1,020,000歳
LEVEL:480 NEXT:19600000EXP
HP:53690/53690
PR:9650/43240
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でもPRの消費は激しいようだな。PRが無ければ超宝貝も宝貝も使えないし、この勝負もらったな。
ユェンは太極図と火尖槍を歪空珠の中に戻した。……えっ、戻しちゃうの?
代わりに禁鞭を取り出した……また超宝貝だ。いいな、欲しいな。
というか、ユェンの持っている超宝貝の量凄くね。『封神演義』にもこれだけの超宝貝を持っている仙人は登場しなかった筈だよ。
女媧の四宝剣まで持っているみたいだし、無いのは六魂幡と傾城元嬢か。
……まあ、ユェンが傾城元嬢使ってたら流石に引くけどね。あれって妲己みたいな傾城が使ってなんぼだから! うちのクラスだと白崎と、えっと誰だっけ? あの男の娘オタ。あいつが使うなら問題ないと思うけど……ってあいつ男だった。男でも絶世だったらありなのか? というか、誘●の術あるなら【魅了】のチートスキル、要らなくないッ!!
「禁鞭――疾ッ!」
まさに伸縮自在。伸びながら不規則な軌道で鞭が襲い掛かる。うん、『封神演義』通りだ。これをどうやって避けろと! 上上下下左右左右とかのコナ●コマ●ドでは絶対避けられないよね!
避けられないなら避けなければいい。【金剛】を発動してから鞭の嵐の中に危険を顧みず突っ込んでいく。
エルダーワンドをレイピアの形状に変化させ、高速突きを放つ。
「Cent rendez-vous rapides!」
「――アイヤッ。――アイヤッ。――アイヤッ。――ィィィィィィィィィィヤァァァァァァァアッ」
ちっ、全部【化勁】で躱されたか。だけど、結構余裕がない感じだ。大慌てだ。大慌てで避けるのが滑稽だ。道化師に転職した方がいいんじゃないかな? あっ、禁鞭落とした。もらっちゃっていいよね? もらっちゃっていい奴だよね? ダメって言われてもやめません。こんな伝説の武器を見逃してたまるかァァァ!!
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NAME:ユェン=シー・ティェン・ズン AGE:1,020,000歳
LEVEL:480 NEXT:19600000EXP
HP:53690/53690
PR:6/43240
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超宝貝の使い過ぎでPRが大変なことになっている。……というか、超宝貝って宝貝の中でも次元違いの能力を有する代わりに並の仙人では持つだけでパワーを吸われ数分で衰弱死するっていう結構ヤバイ武器だからね。そんなに長時間いくつも使うもんじゃないよ。
「ある時は拳士、またある時は魔法使い、その正体は剣士ということですかァ! 全く恐ろしいお人だ」
……いや、どれも違うよ? 商人でも格闘家でもガンマンじゃないし、勇者の称号も追加しないよ。俺はモブだから、モブで十分だから。
「……いや、違うって。最初から言っているけど俺は自宅警備員だよ。……ただ、世界で一番働いている無職だけどな」
というか、引きこもってないし、誰よりも働いているのになんでニート扱いされないといけないんだろう? 給料とか出ないのだろうか? 確定申告面倒だから別に要らないけど。……というか、異世界で税金ってどこに収めればいいんだろう? そもそも税金システムあるのだろうか? 物々交換の時代じゃないし普通にあるよな? まあ、関係ないけど。
「んで、そろそろ身体が温まってきたし、そろそろ決着をつけようか?」
「あの、待って下さい。やっぱり戦うのって良くないと思うんです。話し合いで解決しません?」
あれ? 急に保身に動き出したな。俺がPRが無いのを見抜いて強気に出ていることに気づいているのか、単に形勢の不利を理解したのか。……モブなんかに怯えていいの? 怯える相手間違っているよ! ……例えば、白崎とか。
「えっ、まさか怖気づいたの? モブ相手に? 恥ずかしくないの? 悲しくないの? この世の恥だよ?」
「恥でもなんでもいいです。後生だからお助けを! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない――」
文にしたらゲシュタルト崩壊しそうな呪詛のように懇願した。白崎達まで呆れるほど、その生への並々ならぬ執着は激しいものだった。
どんなことをしたって、どんな辱めを受けたって生きたい。【寿命吸収】によって数多のエルフから(彼らがユェンの力を求めて野望を達成しようとした悪人であったとはいえ)その寿命を、人生を奪い、1,020,000年という永き時を生きながらえながらも、未だ生に執着し死を恐れる臆病者。
ユェンは気高き仙人などではない。……いや、仙人というものの本質は人間の寿命では飽き足らず不死を求めた者達が辿り着いた境地だ。その点を鑑みればユェンは誰よりも仙人らしい仙人と言える。
「私は死にたくないのです。いつまでもいつまでも生き続けたいのです。身体が冷たくなっていくのが、自由を失っていくのが恐ろしい。だから、私は黎明結社に加わった。彼らと敵対すれば私は身の危険に晒される。逆に彼らと友好的な関係を作れば、私は危険から遠ざかる。私の宿願、不死へも近づく。本当にそれだけの関係なのです。――もう、アナタ様方にちょっかいはかけません! だから、どうかどうかお見逃し下さい!!」
リーファ達に捕縛されたロビンすら侮蔑の視線を向ける中、ユェンは懇願し続ける。
……なるほど、実に、実に恐ろしい男だ。
これは、時間稼ぎ。なんとまあしみったれて卑怯な手だ。気づくのが遅かった。
「ちっ!」
ユェンは待っていたんだ。【魔力吸収】で魔力が回復するのを。それをプラーナに変換した。
これなら一矢報いることもできるだろう。エルダーワンドを握り締めて迎え撃つ準備を整える。
「觔斗雲――疾ッ!」
ユェンは取り出すと乗って物凄い速度で戦線離脱した。
後には絶句したままのロビン達が残されるのみ。
「……オーベロンさん。とりあえず、こいつらの処遇を決定しましょうか」