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魔獣肉生活を十日間も続けていると固い黒パンやクセの強い熊肉のステーキも美味に感じられるようになるようだ。

 異世界生活十日目 場所アルルの町、宿屋クルミ荘


 ――夕餉です! ――飯です! ――飯なのです!


 いやぁ、異世界に来て初めての飯だ。異世界ではどんなものを食べることができるんだろう。……えっ、お前が異世界に来てから今までずっと食べてきたのは飯じゃないんかって? あれはマズ飯(栄養補給)であって、断じて飯ではない!!


 メニューは黒パンや熊肉のステーキとなにかの卵スープだった。女子達には黒パンも熊肉も不評だったようだ。聖も特に取り憑いて味を楽しもうとはしなかった。……なんでだろう? 美味しいのに。


 確かに黒パンは多少硬いし、熊肉のステーキには少々癖がある。……だけど、ゴブズとかの魔獣に比べたら普通に美味しい。……普通に美味しいってこういう風に使うんだな。文法的に崩壊していると思っていたけど、使ってみると言葉として成立していることがよく分かる。


 勿論、コンビニ弁当とかとは比べるまでもないだろう。高級料亭の料理と比べたら臭み処理がまともにされていない熊肉など犬の餌だ……いや、犬も臭過ぎて食えないか。そもそも犬の嗅覚は相当鋭いから絶対に食べないか。

 だけど、魔獣肉生活を続けていると、そんな癖や臭いなど気にせず食べられるようになってしまう。どうやら、異世界最強の調味料は空腹ではなく長期に渡る魔獣肉生活だったようだ。……よし、この贅沢なことを言っている奴らを全員迷宮に送り込んで魔獣肉生活をさせてやるか。えっ、魔獣肉はお前以外は食べられないって? というか、死ぬって? ……殺したら元も子もないからやめよう。


「あの、草子君。私達に小説の書き方を教えてくれませんか?」


 黒パンを美味しく召し上がっていたら、“天使様”に声を掛けられた。……幻聴かな? 今、小説の書き方をって聞こえたんだけど? 普通は戦い方をとかだよね? この世界で生き抜く知恵的なものを教えてもらいたい訳じゃないのだろうか? その辺りは大丈夫なのだろうか? それなら、俺達と行動を共にする必要無いよね? ゴブリン如きに負ける戦いはしないよね? ……あれー?


「……すみません、もう一度言って下さい」


「私達に小説の書き方を教えてくれませんか?」


 どうやら、幻聴では無かったようだ。……なんで異世界にまで来て小説を書くのだろう? 地球で異世界ものを書くのはあるけど、異世界で小説を書くって話はあんまり聞かないな。……異世界で小説家になろうって、こっちでの経験を私小説として出せばそれで異世界ものは完成するけど、そもそもどうやって地球のサイトに投稿したり出版社に出したりするのだろう? まさか、異世界で自費出版をするのだろうか? そもそも、異世界に出版社ってあるの? 近世みたいに作家に原稿料が入らない最悪の環境なのかな? だったらその制度変えに行かないといけないな。作家ありきの小説だ。……俺は作家論より、どちらかといえばテクスト論派だけど。作家と作品を繋げて考えて、それを正解とする正解主義は反吐が出るほど嫌いだけど……あれ、そもそもどんな話だったっけ? 結構思考が飛躍するんだよな、俺。……そんなことやっていたら【飛躍思考】のスキルが取れたよ。……ここ、普通【点思考】とか【平面思考】とか【直線思考】とか【立体思考】とか【垂直思考】とか【水平思考】とか【並列思考】とか【直列思考】とかそういうのじゃないの? いきなり飛躍しちゃったよ! 一体どこに向かっているの、俺の思考は!! とか言っていたら他の思考関連のスキルも取れたみたい。合体して【思考】になったようだ。……随分簡略化されたな。上位互換化した筈なのに下位化したみたいだ。


「……いや、ここは普通この世界での戦い方を教えて下さいとかじゃないの? いや、俺教えられるほど強くないけど。絶対に白崎さん達の方が強いと思うけどな」


「「「「『そんなことは絶対にありません(ないよ)(ない)』」」」」


 いや、五人揃って否定されても……ってか、聖とリーファも何気に参加してた?


「勿論それもありますけど、小説の書き方も教えて欲しいんです。……頼んでばっかりですみません」


「まあ、別に嫌という訳じゃないし、どうしてもというならエルフの里に着くまでの間に教えるけど……といっても俺も書いたこと無いし教えられることって少ないけどね。俺は書く方じゃなくて思想とか文学理論とか文法知識とかそういうのを使って分析する方だから。……まあ、どんなのを書きたいかかな」


「……できれば、オリジナリティがある作品がいいな」


「この世にはオリジナリティがある作品ってのは無いと思うよ。まず第一に、小説でもアニメでも漫画でもその他メディアでもなんでもいいけど、とにかくそういうものに一度も触れていないという人はほとんどいない筈だ。そういうものを見て育った限り何かしらの影響を受ける。その時点でオリジナリティは失われる。……それに、『民話の形態学』の著者ウラジーミル・プロップじゃないけど、これまで存在しているテクストは少々形状が異なるだけで同じ要素の組み替えたものに過ぎない。テクストとは先行テクストを切り貼りしたものだって言うけど、全くその通りだと俺は思っている。……まあ、受け売りだけどね。その中でも光るものがあれば面白い作品になるんじゃないかな? つまり、極論を言えば小説書きに大きな差を生み出すのは引き出しの多さ、読んだテクストの多さだ思うよ。……要するに沢山小説を読んで前例を学べ、あらゆるところから知識を吸収して引き出しを増やせってことだ」


 読者は小説にオリジナリティを求める。だが、これほど作品が溢れかえっている世界に果たしてオリジナリティというものは存在するのだろうか?

 仮にメディアに一度も触れず育った者が小説らしきものを書けば、それはオリジナルの作品だと呼べるだろう。……が、そんなことは不可能に近いし、例え書いたとしてもやはり似通った既存のものと構造になる筈だ。

 結局、人間が考えることは大体同じ。自分のオリジナルだと思っても大体先駆者がいるものである。


 オリジナリティを追い求めることを否定するつもりはない。諦めなければ、誰も見つけていないオリジナルな要素を見つけられるかもしれない。

 だが、俺はそんなあるかも分からないものを見つけ出す努力をするよりも、例え同じ要素を持っていても先駆者より少しでも面白いテクストを目指す方がよっぽど建設的だと思う。


「分かりました。まずは書くよりも沢山読んで学べってことですね」


「まあ、そういうことだけど……なんで白崎さんは突然小説を書こうなんて思い至ったの?」


「それはナイショです」


 指を唇に当てて片目を瞑る姿はなんとも愛らしい。これが美少女補正という奴か、反則だな。……まあ、それがどうしたってことなんだけど。


 食事を再開する。女子達はスープをお代わりし続けていた。……スープばっかり飲んでいたら水分過多になるし、栄養バランスが……えっ、魔獣肉ばかり食っていたお前に言われたくないって? 俺は相当気にしてたよ。だから野菜サラダを食べていたんじゃないか……あっ、サラダ。


「仲居さん、サラダの追加注文できる? 料金は別途支払うから」


「大丈夫ですよー。サラダですね、少々お待ち下さい」


 ふう、危うく野菜を取り損ねるところだったよ。

 仲居が持ってきたサラダは千切りのキャベツとキュウリだった。なんでも、キャベツには大量の経験値が含まれているらしい……どこかで聞いたことがある設定だな。流石に空は飛ばないだろう。……飛ばないよね?


 ちなみに、天然の体力回復や魔力回復、ステータス上昇薬として使われるものがキノコとタケノコ、経験値アップ薬として使われるのがキャベツのようだ……スギノコは一体どこにいったんだろう? やっぱり、キノコとタケノコの戦禍に巻き込まれて……。


 味わいながら十五分ほどで完食。トマトのような酸味のあるものが欲しかったのは内緒だ。……よし、一人で旅をすることになったら酢の物を自作したり、トマトを入れたサラダを作りますか。勿論、トマトとか野菜は行商人から購入で。……いや、鋤と鍬は壊されたし、野菜作り出したらこの世界に定住することになっちゃいそうだから。それに、俺は農民(ファーマー)じゃなくて自宅警備員(ひきにーと)だし……うん、自分で言っていて悲しくなってくる。

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