季節短編<夏の海>『貴族令嬢+αの優雅? な夏の休日 後編』
「あれ? もう泳ぐのはやめたの?」
水着の上から上着を羽織り、日陰で談笑するプリムラ、ジルフォンド、ヴァングレイ、シャート、フィード、ノエリア、ヴィクティーヌ、ロゼッタ、ラナ、リノ、モニカ、鳰、雲雀のグループに声を掛けた。
「ロゼッタ様から草子先生との旅の思い出をお聞かせしてもらっていました。相変わらず草子先生の旅は波乱万丈なのですね」
「ロゼッタ様からの伝聞を纏めて本にしてみようかと文芸同好会の間で検討している最中ですわ」
プリムラよ……俺の旅が波乱万丈な訳ではなくて、白崎勇者パーティと行動を共にしているから波乱万丈なのだが……そこを履き違えるとまるで俺が波乱万丈の元凶みたいなことになるぞ!! というか、どこの世界に波乱を巻き起こすモブキャラがいるんだよ! それは最早モブキャラじゃない!!!
そして、ノエリアと文芸同好会。こんなモブキャラをメインにしたら絶対につまらなくなるからロゼッタや白崎達を主人公にしなさい。
「しかし、まさかロゼッタも超越者に至るとは思いませんでした。ロゼッタはどこまでも強くなっていきますね」
「……まあ、追いかけているのが山頂が見えない山か果てのない荒野のような存在だからな。超越者に至って人をやめるのは最早前提条件なのだろう」
「ロゼッタお姉様は旅に出てから会うたびに美しさに磨きが掛かっているように思えます。まさに恋する乙女ですね……なんで、草子先生はお姉様の気持ちに気づいて答えを出してくださらないのでしょうか?」
なんだか俺がロゼッタを人成らざる領域に踏み入れさせたみたいになっているが……いや、こんなモブキャラのためにそこまでするとは思えないし、あれだな。白崎達に追いつくためだな、きっと。強くなっていく主人公を追いかけるのは大変だな……割と最近はインフレ気味だし。
「……しかし、この世界に転生した時はまさかこんなことになるとは思ってもみなかったわ。乙女ゲームの世界だと思っていたら、まさかファンタジーの世界だったなんて……というか、これって本当にファンタジーの世界なのよね?」
「……確か、美華さんの世界だと私が主人公で、ロゼッタ様がジルフォンド様の婚約者で悪役令嬢。攻略対象のジルフォンド様ルートと義弟のシャート様ルートで対決することになって、最終的に国外追放にされたり処刑されたりしてしまうのでしたね。今のロゼッタ様を見ているとそれが事実だとは思えませんが……」
「……まあ、昔はかなり我儘だったそうですから、もしかしたらその乙女ゲームの最悪な未来が事実になっていたことも有り得そうですね。私が婚約を結びに行った時には既に今のロゼッタでしたが。……早い段階でロゼッタの記憶が戻って良かったと思いますが、それが結果的にロゼッタが私でもヴァングレイでもシャートでもフィードでもなく草子先生を選んでしまう切っ掛けになるのですから……どっちが良かったのか?」
「ジルフォンド様、私が選択肢に入っていないのですが?」
「ノエリア、女同士は結婚できないと思いますが……」
「ちょっと待った!! ――異議あり!!」
うわ……一ノ瀬達来たよ。しかも、なんか今後の展開を察知してかリーファ達薔薇組も来ちゃっているし……ってか、さっきまでお前ら進藤、久嶋、大門が砂浜で何故か超次元サッカーをしているのを写生していたよね!? もうそれは終わったの!?
「女の子同士が結婚できないなんて誰が決めたのですか!?」
「そうです! 私と一ノ瀬さんは深い愛で結ばれているんです!!」
あの……一ノ瀬とジュリアナ。ゼラニウムとメーアとコンスタンスが頼むから厄介ごとを起こさないでくれって表情をしているけど。
ちなみに、エリシェラ学園の百合組と薔薇組は基本創作世界での好みなので自身の恋愛対象は基本的に異性である。……基本的にということは稀に百合っ気があったり薔薇っ気があったりするのがいるが、それは本当に稀だ。
「その通りです! ロゼッタ様とノエリア様ならアリだと思います」「いやいや、ノエリア様よりもマイアーレ様との方が……」「……ロゼッタ様とプリムラさんならどうでしょうか?」「それはダメよ! プリムラさんには既にジルフォンド様っていう婚約者がいるわ!!」「その理屈だとヴァングレイ様の婚約者で仲が進展しているノエリア様もダメよ!」「というか、なんでそもそもロゼッタ様とマイアーレ様をカップリングさせるのよ?」「それは勿論、ロゼッタ様とマイアーレ様にはマイアーレ様になる前に因縁があって……」(以下長文)
「おい腐女子共……ちょっと黙ろうか? 後、一ノ瀬さんとジュリアナさんには一回痛い目を見てもらわないといけないっぽいね? やっぱりランク四の変態もイセルガと雪乃みたいに監禁しておかないといけなかったか……悪影響が凄いからね」
一ノ瀬とジュリアナに〝ダイレクト・ペイン〟を打ち込んでおく……おっ、静かになった。其の徐かなること林の如く? いや、あの徐かは静かじゃなくてゆっくりとって意味だから違うんだよ?
「ところでロゼッタ様、もしよろしければロゼッタ様の冒険の記録と一緒に、その乙女ゲームについても取材させて頂いて小説にしてもよろしいでしょうか? もう一つのエリシェラ学園を描く物語……少し面白そうだと思いましたので」
「確かに面白そうだな。でも、ロゼッタは嫌だよな? 自分が断罪される物語って……」
「いえ、フィード様。私もロゼッタの殺され方のコンプリートのために何度もジルフォンドルートに挑戦していたので、文句を言える立場ではありませんわ。……それに最初にロゼッタに転生した時に自殺も検討しましたので」
ロゼッタの意外な姿に咄嗟に反応できないジルフォンド達……昔からドSの素質はあったんだね。というか、それってドSなのか? もっと別の何かじゃないのか!?
ロゼッタの爆弾発言で腐女子達や変態レベル四の熱は完全に消滅したようだ……結果オーライだね。多分。
「…………ロゼッタお嬢様、よく自殺を選ばれずに生きる道を選んでくださいました」
「ごめんなさい、ラナ。……そうよね。悪役令嬢でもこの世界のお父様とお母様が与えてくれた大切な命よね。それを身勝手に捨てるなんて絶対に間違っているわ。……ラナ、改めてお礼を言わせてもらいたいわ。ラナ達のおかげで私は悪役に成らず、断罪もされずに生きて、草子君に出会うことができたのよ」
「こちらこそ、お嬢様には沢山のものを頂きました。私をお嬢様のメイドにしてくれて、本当にありがとうございます」
嗚呼、美しき主従愛……というか、ロゼッタとラナが一番相性がいいと思うんだけど、なんで百合勢は真っ先に出さないんだろうね? まさか、頭の片隅にすらないのか!?
百合組と薔薇組の総意――「男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの」となれば、ロゼッタと結ばれるべきなのはラナだと思うけど……まあ、どちらかというとNLだけど、ぼっちなので恋とか愛って美味しいのな俺には関係ない話なのさ。
しかし、主人想いのラナに比べ、リノと来たら。
「いや、酷いっすよね! 労働環境はもっと改善されるべきだと思うっす! 特に鬼メイド長の配置換えを要求したいっす!!」
「いや、お互い苦労しているっすね。……ウチも最近五箇伝で酷い扱いを受けているっす。そもそも原因は全てあの能因草子にあるっす!! 元々はウチ、そこらの美女に引けを取らないナイスバディーだったのに、アイツに幼女に変えられて……それを断固抗議しても鶫っちは塩対応だし、雲雀っちからはザマァみたいな反応をされるし。そもそも、雲雀っちは幼女だったっすよ! なのに、今やかつてのウチみたいな差別っす! 断固抗議っす!!」
「そっちも苦労しているっすね。ここは苦労している同士タッグを組んで共に正義のために戦うっす!!」
いや、コイツら相性いいんだな。確かにノリが似ているけどさ。
ってか、いいのかな? ラナの目が絶対零度だし、ラナから無言の合図を受け取ったモニカが指を鳴らしているし、雲雀が小さく「コロス」って呟いているし、鶫が通りすがりに物凄い形相で睨んで行ったし……あっ、コイツら終わったな、南無。
あっ、リノはその後ラナから教育的指導(柔道の用語に非ず)を受けることになり、鳰は雲雀にボコボコにされたようです……自業自得。
あっ、リーファ、志島、一、眞由美、BL組令嬢は進藤達のところに戻って写生を始めたようです……近々進藤達をネタにしたBL本が出そうだな。
ってか、エリシェラ学園のほとんどの奴らが海に来たのに海じゃなくてもできることをしている気がするんだけど、気のせい?
しかし、別の意味で風紀が乱れているし、なんか二人で赤面しながら「不埒な格好は正す!!」ってビキニの令嬢達を注意して回っている鶫とリーリスに注意させた方がいい? ってか、BL組も風紀委員長組もミュラとアストリアが機能していないけど……それでいいのか!?
◆
「「「「きゃ〜♡ マイアーレ様! お美しいですわ♡♡♡」」」」
「「「「シャンテル様、お麗しいですわ♡♡」」」」
ロゼッタ達と分かれ、引き続き砂浜を散策していると黄色の声援が上がっている人集りがあって、行ってみたらこれである。
「…………これは、どうしたものかな?」
「そう、ですわね。静かにバカンスを満喫してから演劇部の皆様と演劇の練習をしようと思っておりましたが、ファンの皆様のお気持ちを無碍にする訳には参りませんし」
「よっ、相変わらず人気者の鑑ですね。マイアーレ様、シャンテル様」
「「「「「「「草子先生!?」」」」」」」
……えっ? なんでそんなに驚いているの? いや、ここに連れてきたの俺だから驚かれても困るんだけど。
「いや、こんなモブキャラが演劇部の二大女優と気安く話しているとかファンの皆様からすれば許し難い行為ですよね。それでは――」
「「待ってください!!」」
ん? いや、なんで止めるの? そして、何故ファンクラブの連中はただのモブキャラが憧れの二人と話していることについて文句を言わない? ……普通、「ファンクラブに行っていない冴えない男が気安くマイアーレ様とシャンテル様に話し掛けないでくださいませ!!」って言うところじゃないの?
「……ってか、なんで秧鶏さんまでここにいるの? もしかして二人のファンになったとか?」
砂浜のパラソルの下で水着……ではなく着物姿のまま屋台の抹茶アイスを食べている秧鶏に念のため聞いてみた……しかし、抹茶って秧鶏のイメージまんまだな。いや、別に期待を裏切れって言っている訳じゃないんだけどさ。やっぱり王道展開は王道だからいいんだよ。黄道では駄目なんだよ……ナンノハナシ?
「いいえ、私はただゆっくり抹茶アイスを食べているだけですわ。砂浜のパラソルの下で食べる抹茶アイスは格別ですわよね。……しかも二層仕立て……蕩けちゃいそうです」
我関せず一人蕩けた表情で抹茶アイスを食べ続ける秧鶏と、二大女優を見て蕩けた表情をしているプリュイとアースィナイアが率いるファンクラブ……蕩けるの種類が明らかに違うね。
「しかし、演劇ですか。……そういえば私、やったことがありませんわね。茶道、華道、書道、舞踊などはやったことがありますが……」
予想通り和風だった……ってか、俺の知り合いになんかの家元がいた気がするけど…………あっ、黒髪元ビッチが家元の家系出身のお嬢様だったんだっけ?
「それでしたら秧鶏さんも一度参加してみてはどうでしょう? 部活といってもエリシェラ学園に通っていない方の参加を許可しないルールはありませんので」
「ってか、ただの客員教授で演劇部からしてみれば部外者の俺が一ノ瀬梓の身辺調査のお手伝いと引き換えに演劇に呼ばれるくらいですからね。あっ、演技力皆無なので木とか馬の脚でもいいですか? ……ってか、どこの魔法少女? ふぁいおーって言うの?」
「……ミンティス教国を騙したカタリナを演じ切った草子様に演技力がないなんてあり得ませんわ。草子様には是非主演をやって頂きたいと思っていますわ」
「……マイアーレ様、部外者の俺が主演とか。それに、ファンクラブの皆様にキレられそうです……モブキャラがマイアーレ様とシャンテル様を差し置いて主役とかあり得ませんわ!! って」
……なんでお前ら首を横に振るんだ? いや、振るなら縦だろ!! お前らはいいのか! こんなモブキャラが主役でもいいのか!!!
「まあ、草子様ならマイアーレ様とシャンテル様の立つ舞台で主演を務めてもいいと思いますわ」
「よくよく考えると、これってとんでもないゴールデンキャストですわよね。……チケット、取れるかしら? ……円盤も発売されるのよね?」
ありゃりゃ、プリュイとアースィナイア――演劇部関連の二大ファンクラブが乗り気だよ……いや、普通異物が混ざることに怒るところだよね??
「そういえば、さっき文芸同好会のグループで新作の話が出ていましたね。確かロゼッタさんの冒険の話と、この世界のパラレルワールド……ロゼッタさんの前世の乙女ゲームの内容を再現したものを書く予定でいるようです」
「ロゼッタ様の前世の乙女ゲーム? そもそも、ロゼッタ様が転生者だったこと自体初耳なのですが……」
「いや、聞いて驚く勿れ。なんと、ロゼッタさんがジルフォンドルートとシャートルートに出てくる傲慢な悪役令嬢で、主人公のプリムラさんをイジメまくるんだけど……それが、好感度が上がったジルフォンド様によってデッドエンドだと断罪されて処刑される、バッドエンドだと国外追放されるそうだ……」
「……あっ、あり得ませんわ!! あのお優しく慈悲深い、ロゼッタ様が断罪されて処刑されるなんて」
「まあ、今のロゼッタさんがいるのは乙女ゲームをプレイした記憶と美華さん自身の優しさのおかげですからね。記憶を取り戻す前は聞くところによると本当に我儘だったようですし……今のロゼッタさんから本当に想像もつきませんから」
そもそもこの世界は乙女ゲームの世界ではない……絶対にヴァパリア黎明結社みたいな組織は乙女ゲームには登場しないからだ。
うん、人間辞めないと倒せない敵を配置する乙女ゲームって目的が変わっている気がするし、甘酸っぱさがなくなるよね……いや、悪役が断罪されて血みどろも甘酸っぱいかと聞かれなら違うと以外に言えないんだけど。
「……どんな内容でもあの文芸同好会なら上手く仕上げると思いますので、大丈夫だと思います」
何人も凄腕の作家が揃っているからきっと大丈夫だろう……しかし、大丈夫かな? 要するに一部の面々は自分自身を描かないといけない訳で……あっ、乙女ゲームでは登場しても背景キャラなヴィクティーヌが描くなら問題なさそうだな。
ロゼッタのデッドエンドルートは劇の台本的に例え原作をぶっ壊しても全力で阻止するだろうし、途中で今のロゼッタと重ね合わせてしまって最終的に原作にないバッドエンドでもハッピーエンドでもない中途半端なメリーバッドエンドに落ち着くかも……。
「それでは、俺はこれで失礼します」
「もっとゆっくりしていけばいいと思いますが……」
「まだまだ顔を出しておかないといけなさそうなところがあるので……」
「そうですわよね。ここにいる面々は大体草子様と関わりを持っている方ばかりですものね。……お引止めして申し訳ございませんでした」
……いや、なんでマイアーレに謝らせているんだろう、モブキャラ。
そして、なぜ怒らない。ファンクラブの令嬢共!!
◆
オーベロン、ティターニア、そしてBL写生の終わったリーファ、ザヴァルナード、セファエス、マリーナ、鵠、常盤、レオーネ、マーナは高台に設置したカフェでお茶をしているようだ。
また、同じカフェの離れた席にはメル、ネメシス、ジューリア、カタリナ、ユーゼフ、ユリシーナ、ゼルガド、ペトロニーラ、ヱンジュ、ツバキが談笑しつつ、ジューリアに餌付けしている。……ジューリアよ、お前はいつもそれだな。
ちなみに、ミュナと常盤が召喚したと思われる乙姫とアクアは三人仲良く寝ているようで、そんな二人を鵠とマリーナが微笑ましそうに見つめながら火花を散らしている……いや、どんな状況?
「おっ、草子殿ではないか」
「…………ふぇ…………お兄ちゃん?」
おいおいオーベロン、寝ている娘を起こすなよ。そして、ミュナも俺が来たくらいで反応して起きるな……どんな反応速度だよ!!
「くっ……あのような男がミュナ様からお兄ちゃんと呼ばれるなど、絶対にあってはならないことだ!! ミュナ様、なりません!! あんな男にお兄ちゃんなどと声を掛けては」
「えっ……草子さんとミュナ様ならお兄ちゃん呼びをしてもいい関係だと思いますわ。ついでに私のことも鵠お姉ちゃんと呼んで欲しいですが……」
「……鵠お姉ちゃん?」
あっ、鵠が鼻血吹き出して沈んだ……相変わらずシスコンを拗らせているな、この氷柱女。
「改めて久しぶりだな、草子殿。いつも娘がお世話になっている」
「不束な娘ですが、今後とも末永くよろしくお願い致しますわ」
なんだろう? この親全面協力で二人をくっつけちゃおうって雰囲気は……というか在庫一掃に近い気配が……あの、リーファって中身を無視すれば美人で長女で割と重要な位置にいると思うのですが……。
「むっ……草子さん、また酷いことを考えましたね。顔に書いてありますよ?」
「ああ、いくら中身が変態でも長女で美人なんだし在庫一掃するみたいに冴えないモブキャラに押し付けるとか、流石にアウトだろって思って」
「ばかばかばかばか……私は草子さんのことが好きだから一緒にいるのに、酷いです。というか、一応美人なことは認めてくれているんですね。中身のせいでマイナスに転じているみたいな受け取られ方をされているみたいですが、BLは崇高なものであって断じて変態性ではない!!」
……これ、無限ループ論争になりそうな奴だな。百合組も薔薇組もだけど争ったら絶対に勝てないから争わない道を模索する方がいい気がしてきた……って時既にお寿司……じゃなかった安しでもなかった。お寿司がタイムセールでお安くなっているのだろうか? ……ってなんの話だったっけ?
「……お兄ちゃん、私も冒険に連れて行って欲しい」
「確かに、草子殿になら娘を任せてもいいかもしれないな」
「そうね……でもどちらかというと義兄妹のような関係になるのかしら?」
「ちょっと待ってください!! 私は断固反対です! ミュナ様とこんな得体の知れない男を!!」
「……珍しく意見が合うな。俺も反対だよ。こんな得体の知れないモブキャラに大事な一人娘を預けるものじゃない。常識的に考えて」
「……あの、それだとティル・ナ・ノーグ家の大切な娘の私が本好きを拗らせた変態と駆け落ちしようとしているのを全力で後押しした説明がつかないのですが」
「何を言っているのよ、リーファ。私達は貴女を持て余していたのよ。……諦めていたけど、まさかこんな素晴らしい方を見つけてくるなんて。……草子さん、これからも末永く娘をお願い致します」
あっ、本当に在庫一掃だったんだ。
そして、それを押し付けられた俺って……うん、やっぱり色々とおかしい気がする。これが異世界人とエルフの文化の差か。
「レオーネ姐様とマーナ様もお久しぶりです」
「お久しぶりです、草子様」
「……その呼び方、定着しちゃったんですね。どこの世界に姉弟子より強い弟弟子がいるんですか?」
なんか鵠が「草子さんが姐様って呼んでいる!? なんか不自然だけどこれはこれで……」ってゴニョゴニョ言っているけど、昔のクールビューティな性格はどこに行ったんだ? えっ? 最初から終始一貫徹頭徹尾シスコンだったって? そういえば、「お姉ちゃんの妹に酷いことをしたニンゲン許せない」って構図だったな。
なお、鵠はシスコンとかブラコンというより、小さい子にお姉ちゃんと呼ばれて慕われたいだけのご様子……少なくとももう一人の氷妖怪よりはマシだな。
「そんなレオーネ姐様に朗報です。後この十二億年【調息】をし続ければその身体とバイバイして一生死なない真仙の身体に解脱できますよ? ユェンやブルーメモリアのように」
「……私、十二億年も生きられる化け物じゃないです。というか、二人も解脱を果たしている人がいるんですね。……って、一人はあの有名なユェン真人ですか。無理ですよ、あんな生きた伝説みたいな存在と同レベルに至るなんて。……というか、草子様こそ解脱しなくていいのですか?」
「いやどうせ死ぬ訳ですし、わざわざ解脱する必要はないかな? と」
「えっ……草子様が死ぬ? 一体何を言っているのですか? 誰が草子さんを殺すのですか? まさか天変地異!?」
いや、ただのモブキャラが死ぬのに天変地異が起こるとか意味が分からないじゃん。
「いや、元の世界に帰還するためには一度死ぬ必要がありますので」
「……ですよね。自殺ですよね……草子様が誰かに殺されるなんて天変地異、起きませんよね」
おいおい、主従揃ってどころか常盤やお隣のメル達も含めてなんで揃って胸を撫で下ろしているんだ。お前らの中で俺はどんな扱いなんだ!! そして、そんな中でも我関せず淡々と食事しているジューリア……つまり通常運転です。
◆
「皆様、カタリナとの久しぶりの時間はいかがでしたか?」
ん? あれ? なんでユーゼフ達、微妙な顔をしているんだろう?
「理由は分からないのですが、何かが違う気がして……」
「「――何か?」」
二人同時に首を傾げてみた……うん、分身なんだし息ぴったりなのは当たり前だよね。
「……とりあえず、分身体は必要ないから消えてもらうとして」
【色慾ト淫魔之魔神】を解除して分身体を黒い霧に変えて消滅させる。
「……何か違うんだよな。なんというか、あざといというか作り物めいているとか」
「そうね……確かに演技が下手になった……という訳ではない筈なんだけど、何かが違うんだわ」
「私も過去にカタリナ様に疑問を持ったことがあったのだけど、あの時は本当に些細な表情の変化が理由で私も半信半疑だったわ。でも、今回は本当に何かが違うのよ……なんか、こう。言葉に表せられないんだけど」
その辺り、今後の【色慾ト淫魔之魔神】の行方を左右しそうな話題だな……ただ、この小さな違いってのがこの場にいる誰にも分からないのが問題なんだけど。
「確かに今日の草子さん、メルの知っている草子さんとは違う気がしたよ」
「私も何かが違う気がしましたが……その何かが分からないのです。不思議ですね」
ちなみに、ユーゼフ、ゼルガド、ユリシーナ、ペトロニーラ、メル、ネメシスの他にヱンジュとツバキも違和感を抱いたようだ。
「まあ、不快にしてしまったのは事実だし、残りの時間は俺がカタリナになるよ」
【色慾ト淫魔之魔神】を発動し、カタリナの衣装を身に纏う。
「……どうせなら水着姿が良かったな」
変態な妄想を思い浮かべる飢えた狼を魔法で凍らせてトラウマを復活させつつ、コピーカタリナの座っていた椅子に座った。
「……わ、私だって」
椅子に座るのは婉然とした女性。腰まで届く麦穂のように豪奢な金髪、燃える夕陽のような真紅の瞳。白磁や雪も斯く白く滑らかな剥き出しの肩、大きく開いた胸元から覗く豊かな双丘、すらりと伸びる手足と白魚のような指、艶かしいその肢体は、あらゆる艶の概念を詰め込み、過不足ない完璧な容姿を体現している。
身に纏うのは純白のマーメイドラインドレス。スリットから伸びるスラリとした美しい脚線の足を組み、玉座に頬杖をついて座るその姿は、その瞬間を切り取れば女神を描いた宗教画になってしまうほど絵になっている。
仄かに漂う妖しい色香が魔性を感じさせ、傾世の予感を感じさせる。
あのフェアボーテネの醜悪な気配が一切存在しない、究極の女神が地上に降臨した。
「……ヱンジュお姉ちゃん、どうかな?」
「張り合わなくていい。張り合うと心が折れることになるぞ……」
「……確かにそうね。私が浅はかだったわ」
光が立ち消えて神モードが解け、しゅんとして黒髪を垂らすツバキ。
なお、ジューリアは我関せず十五皿目の焼きそばを食べているご様子。あっ、持ち込みか。
「ところで、ヱンジュさん達の方はどうなっているのかな?」
「草子さんじゃあるまいし、そんなに早く事態を動かすことはできないわ。……一応フェアボーテネ教枢機卿とクローヌ王国新国王にはなったけど、まだ完全に国内を掌握していないし、反体制派も少なからずいる。……フェアボーテネ教の力があるからなんとかあると思ったけど、ポッと出の私が枢機卿になっているのが許せない人も多いってことね」
「まあ、致し方ない思います。……その上、国家同盟の仕事まで押し付けてごめんなさい」
「いえ、それはいつかやらなければならないことだったし、草子さんには感謝しても仕切れないわ。本当に、私の願いを叶えてくれて本当にありがとうございます」
俺はただ、マルドゥーク文明が排除し損ねた害悪を処分する義務があると思ったからそうしただけなんだけどね。
まあ、お礼を言われて嬉しくないなんてことはないし……やっぱり、やって良かったな。
「「「「「きゃー♡ カタリナ様よ♡♡♡」」」」」
「……これは少々厄介な状況になりましたね。ユーゼフ君、私はこれで失礼させてもらいます」
「そんな……少し待っていてください。すぐに静かにしますので」
あっ、本当に静かになったよ。流石、天上大聖女教の筆頭総主教聖下だ……非公認だけど。
その後、俺達はユーゼフ達と談笑してから再び砂浜を散策し、談笑したり実際に夏のスポーツを楽しんだりした。
白崎達に巻き込まれてビーチバレーをしたり、一ノ瀬を砂の中に埋めてその上に城を作ったりね。
最初は嫌々だったけど、こういう夏の一日も悪くないなと思った俺であった……ただし、次からは更に何人か変態を隔離すべきだと思ったけど。