episode zero『追放勇者は勘違いを正す異能を振りかざす』 弐(R15用修正版)
こちらはR15用に描写を大きく削ったものになります。作者としては物足りないですね。
カクヨム版(https://kakuyomu.jp/works/1177354054889516654)、ノベルアップ版(https://novelup.plus/story/169546710)にはそのままのものを載せるつもりでいますので、続きで読みたい方はカクヨム版やノベルアップ版をお読みください。R18版(無修正version)はノクターンノベルズの方に載せてあります。
――ただ、僕はお父さんとお母さんと幸せに暮らしたかっただけなのに。
◆
【三人称視点】
魔王軍の知恵者オルフェースは、リュート一行を確実に討伐するためにフレデリックの提案に従って勇者パーティを分断してバラバラに討伐することにした。
邪神王テスカトリポカの下す断片的な信託とオルフェース自身の最高の頭脳を駆使して一つの作戦を紡ぎ出す。
「ということで、やって頂けますかな? アブラヘル侍女長様」
アブラヘルはオルフェースと同格の六魔将軍の一人に数えられる淫魔女王で、魔王妃を教育した存在でもある。
ちなみにアブラヘルに教育された魔王妃様は、現在魔王様と寝室に籠っている。「っん、はぁ、ん❤︎」のような喘ぎ声が漏れ出てきているが、久しぶりとはいえかつては日常と化していたので古参メンバーは通常モードでスルーしている。
「こちらが古代の秘術……魔堕転生が込められた宝珠になります。魔王様の謹製なので効果は確かです」
「これでまずは一人……そうやって勇者の仲間を一人ずつ削いでいけばいいのねぇ❤︎ あぁん❤︎ ゾクゾクしてきたわぁ❤︎ あはぁん、とんな可愛い娘になるのかしらぁ❤︎ 魔王妃様とは違って魔王様のものになる訳じゃないのだからぁ❤︎ 今回はアタシがもらっちゃってもいいのよねぇ❤︎ 素晴らしいぃ❤︎ 優秀なぁ❤︎ 淫魔にしてぇ❤︎ アタシの百合ハーレムに加えてア・ゲ・ル❤︎ ぁあん❤︎」
アブラヘルは優秀な淫魔ではあるが一つだけ特殊なところがあった。
アブラヘルはレズなのである。アブラヘルにとって、男は餌に過ぎず、恋愛感情は全て同性である女に向けられる。まあ、オルフェースにとってはどうでもいいことだが。
(……いくら勇者と言っても仲間を一人ずつ失っていけばきっと耐えられなくなる筈だ。例え、それが理外者だとしても)
オルフェースは自らの作戦が正しいと思い、実行に移していく。それがフレデリック達の思う壺だということに気づかずに……。
こうして、魔王軍はゆっくりと破滅の道を進んでいく――。
◆
【三人称視点】
グローレンには肉体を鍛え、技を磨くという趣味があった。
そして、グローレンは自己鍛錬の時間に夜を選び、かつ迷惑にならないようにリュート達が野営をしているテントから離れた場所で行っていることも暗黙の了解だった。
だからその日、自己鍛錬に出掛けるグローレンに違和感を覚えることは無かった。当たり前だ、彼の日課であり、リュート達にとっては日常なのだから。
しかし、今日のグローレンは少し様子が違った。
甘い桃色の香りに誘われるように、目から光が失われたグローレンは魔物が住む森をふらふらと歩いていく。
不思議なことに魔物達がグローレンの前に現れることは無かった。魔物達が群生している、危険地帯の魔王領にも拘らず……である。
「うふふ❤︎ 予想通り来てくれたわねぇ❤︎❤︎ いくら屈強な武闘家といっても所詮は男❤︎ 淫魔特製の催眠と催淫の効果のある香りには抗えないわよねぇ❤︎」
グローレンを森の奥深くに誘ったのは六魔将軍のアブラヘルだった。
アブラヘルは指を鳴らすと同時に森の蔦を操作してグローレンを縛り付け、手をパンと叩いてグローレンの催眠を解く。
「こ、ここは!? だ、誰だ貴様は! 魔王軍か!!」
「うふふ❤︎ はじめましてぇ❤︎ アタシはアブラヘル――六魔将軍の一人で侍女長をしているわぁ❤︎ アナタにはアタシの仲魔……誤字じゃないわよぉ❤︎ 仲間の淫魔になってもらいたくてねぇ❤︎ 呼んじゃったわぁ❤︎」
「俺がお前らの仲間になどなるか! 俺はリュートの仲間だ! 勇者パーティのメンバーだ!! 絶対に魔には屈しない!!」
「うふふ❤︎ 威勢だけは良いわねぇ❤︎ アタシはそういう風に絶対に屈しないって子を少しずつ快楽で染め上げて従順で淫靡な妹に調教するのが大好きなのよぉ❤︎ アナタは今夜中にアタシのことをお姉様って呼び慕う立派な淫魔になるわぁ❤︎ それじゃあ、始めるわよぉん❤︎」
アブラヘルが闇の宝珠を破り、そこから猛烈な闇がグローレンに襲い掛かった。
闇はグローレンに纏わりつく。刹那、グローレンの身体中を快楽が駆け巡り、筋骨隆々だった身体は柔らかくしなやかな細身へと変わり、骨格が変えられ、男のシンボルが消失し、代わりに別の器官が生まれ、平らだった胸には立派な双丘が生まれた。
淫魔を象徴する淫靡な光を帯びた硬い漆色の尻尾と翼が生え、耳は魔物のように尖り、腹には淫紋が刻まれた。
「お姉様❤︎ おはようございます❤︎ アタシ、お姉様のおかげで生まれ変われましたぁ❤︎」
「うふふ❤︎ 可愛い可愛いアタシの妹……アナタの名前は今日からメアリーよ❤︎ メアリー、お姉ちゃんのお願いを聞いてくれるかしら❤︎」
「うん❤︎ 分かったわ❤︎」
その夜、生まれた淫魔のメアリーは大好きなアブラヘルの願いを叶えるためにグローレンに姿を変え……或いはグローレンの姿に戻り……仲間達の元に戻っていく。
(……アタシがリュートを殺せば、お姉様はもっともっと褒めてくれるわ❤︎ いっぱいいっぱい愛でてくれる……あぁん、楽しみだわぁ❤︎)
グローレンの姿に戻ったメアリーはアブラヘルに可愛がられる自分を想像し、メアリーは恍惚な表情を浮かべた。
◆
【三人称視点】
『お父さん、お母さん、見て! テストで百点を取ったんだよ!!』
自力で百点を取った……それが嬉しくて少年は父親と母親にその喜びを分かち合いたいと思ったのだが……。
『どうせ力を使って取ったんだろ? そんなことより俺をもっと裕福にしてくれ!』
『ママね、欲しいバッグや宝石があるの……力を使ってママにプレゼントしてくれないかしら? してくれるわよね? だってママの子供ですもの』
少年の努力の結晶などそっちのけで父親と母親は少年に求めた。
もっと裕福になりたい、もっと美しくなりたい、もっとカッコよくなりたい、これが欲しい、あれが欲しい……。
『僕は……そんなことしたくない』
『ふざけるな!! お前は俺達の息子だ! 俺達のために尽くすのは当然だろ! さあ、金を寄越せ、俺をもっと裕福にしろ!!』
殴られ、蹴られ、少年は泣いた。しかし、それでも親は暴力を振るうことをやめない。
少年は暴力を振るわれたくなくてまたしても力を使った。痛いのが嫌なだけではない……大好きな父親と母親が暴力を振るうということが嫌だったのだ。
親達は満足すると父親はどこかにふらふらと行ってしまい、母親は自室に篭ってしまった。
『……僕はこんなことを望んでいなかったのに、ただ、僕はお父さんとお母さんと幸せに暮らしたかっただけなのに』
◆
【三人称視点】
リュートが起きると寝汗をびっしょりとかいていた。
「どうしたの? 嫌な夢でも見たのか?」
ジェシカが心配そうにリュートを見つめた。
「░░░、░░░░夢だった……」と言おうとして、自分の伝えたい感情が分からないことに気づいた。
「うん……ちょっと、ね。こういうのってどう言い表せばいいんだろう?」
「……変なリュートだな」
しかし、それ以降ジェシカがリュートの夢に言及することはなく、リュートも考えるのがどうでも良くなって夢のことを忘れてしまった。
「おはよう!」
「今日はちょっと遅かったな。どこまで行ってきたんだ!」
「なかなかいい場所が見つからなくてな、気づいたらこんな時間になっちまった……リュート、ちょっといいか?」
「ん? 寝起きで頭の回転速度が八割くらい落ちているけど……」
「「それ、大丈夫じゃないよな!」」
思わずツッコミを入れてしまうジェシカとグローレン。ちなみにこれはリュートズ・ジョーク……まあ、アメリカン・ジョークみたいなものである。ウォーロン達は分かっていて適当に流せるのだが大真面目な二人はまともに突っ込んでしまう。それが楽しくてたまにリュートは二人に意地悪をしてしまうのだ。勿論、悪気があるわけではない。
「格闘のことなら私はよく分からないし……そうだ。私、エレインさんのところに行って料理を手伝ってくるよ」
「「おい、やめろ!!」」
「……えっ? 何かいけなかったか?」
一見生活力が高そうに見えて実は脳筋な女騎士のジェシカ。彼女が作る料理は八割がポイズンクッキングになってしまい、残り二割は完全暗黒物質になってしまう。
ジェシカ自身はそれに気づいておらず、絶対に気づかれないようにジェシカを料理から遠ざけることが暗黙の了解になっていた。
「い、いや、ジェシカは遅番の野営で忙しかったと思うし、一度仮眠を取るべきだと思ってね」
「そ、そうか。すまないな、リュート、グローレン」
ジェシカが女性二人用のテントに戻ったことを確認し、安堵の溜息を吐いたリュートとグローレン。
グローレンはリュートを連れて森の中を歩いた。
「ところで、どこまで行くんだ?」
「イイところがあるんだよ。自己鍛錬中に見つけたんだけどな」
森の奥深く……既にテントからはかなり離れてしまった。
「さて……ここら辺でいいか?」
「ところで、一体何の話をするつもりだ? 確かに多少なり武術の心得はあるが、グローレンに教えられることなんてないだろ……………ん? グローレン?」
普段のグローレンなら絶対にしない淫靡な笑みを浮かべるとその姿が歪み……。
(思えば確かに今日のグローレンはおかしかった……なんというか少し色っぽかったんだよな。男に欲情するとか遂にイかれたかと思ったけど)
「……お前、一体何者だ。グローレンをどこへやった。まさか……殺したのか?」
「グローレンならここにいるよ❤︎ お姉様のお導きでアタシは生まれ変わったの、今のアタシはメアリー、淫魔のメアリーよ❤︎ リュートを倒したらお姉様がいっぱい可愛がってくれるって約束してくれたから殺すね❤︎ アタシのために死んで!!」
メアリーは確信していた。リュートは絶対に仲間を傷つけられないと。グローレンの記憶を持っているメアリーにはそれが分かっていた。
「あっそ……魔に落ちちゃったか。なら、勇者として殺さないとね」
「…………へぇ?」
――だからこそ、意味が分からなかった。何故、自分が何の躊躇いもなく真っ二つにされたのか……。
「…………リュート……」
完全に消え去った筈のグローレンの残滓がリュートに「何故だ!」と叫んでいたが、リュートはグローレンだった淫魔に一瞥も与えず、草叢に隠れていた本丸に向かって歩いていく。
「どういうこと、なの! だって貴方は、仲間を殺せない筈!! …………許せない、よくも、よくも私の妹を!! 可愛い可愛いメアリーちゃんを」
「あっ、可愛いんだったら巻き込まなければ良かったのにね。巻き込んだのは君でしょ? 俺に文句を言われても困るなぁ」
全てを飲み込むような漆黒の瞳を炯々と輝かせ、しかし表情は無表情のままアブラヘルに一歩ずつ近づいていった。
「絶対に許さない!! 行きなさい! 森の蔓達!!」
淫魔の力に支配された蔓が一斉にリュートに殺到する。
しかし、リュートの人外の速度で放たれる斬撃に対応できず蔓は細切れとなって落下した。
「貴方、それでも勇者なの!? 勇者は正義の味方なんでしょ! なんで、平気な顔で仲間だった者を殺せるのよ!!」
動揺を誘おうとした訳ではない。これがアブラヘルの想いだった。
アブラヘル達魔族にとっては勇者は敵だ。だが、人間にとって勇者とは英雄なのだ。正義を掲げて悪を裁く……敵ではあるものの、その高潔さにはアブラヘルも一度は憧れを抱いたことがあった。
リュートは困った表情を浮かべた。
「だって……俺って勇者じゃないから?」
「……………………はっ?」
予想外の爆弾発言にアブラヘルの思考は完全に停止した。
「元々は俺の住んでいた村が襲われてね。いや、たまたま住んでいた村だし、地域住民との仲はあんまり良くなかったからなんの未練もなかったんだけど……でも、俺の平穏を脅かしたのは事実だよね。だから魔王退治を決めたんだよ。魔物の王様だし……で、魔王討伐といえば勇者だ! って聖剣を引き抜こうと思っても抜けなくてさ。どうやら勇者の素質は無かったっぽい……だから聖剣を勘違いさせて俺が勇者だってことにした。だから俺って勇者じゃないんだよね」
「…………聖剣を、洗脳した……だと。いや、そもそもそんな理由で魔王討伐を……」
「そんな理由? お前達にとってはそうかもしれないけど、俺にとっては一大事だよ? だって住処を荒らされたんだから。俺は静かに暮らしたかったんだけだし。……でも少しは感謝しているんだよ? 勇者としてグローレン達と冒険するのは楽しいし、本当にグローレン達のことは仲間だと思っていたんだよ?」
その仲間だと思っていた相手をいくら魔に堕ちたからといって呆気なく殺したのは目の前の勇者だ。
「ゆるさない…………ゆるさない…………。化け物! お前は魔族にとっても人間にとっても害のある存在だ! 絶対に、絶対に殺さなければならない!!」
「あっそ、できるものならやってみるといいよ。……俺は君を逃す訳にはいかない。君無しでグローレンが死んだことを説明するのは骨が折れる」
アブラヘルは自分の実力では絶対にリュートには勝てないことを理解していた。だからこそ一時撤退して魔王軍と情報を共有しようと思っていたのだが……。
「勘違いしてるよ、君の翼をお飾りで飛べないんだよ」
アブラヘルは空を飛んで撤退しようと考えたが翼が動かなくなった。
まあ、当たり前の話だ。この翼では空を飛ぶことはできない……ただの飾りなのだから。
「って、それなら何故アタシは空を飛んで撤退できると思った…………これまで空を飛べると勘違いしていたのか?」
アブラヘルは混乱していた。それでも撤退しなければならない。
翼が動かないのなら足を使って逃げればいい――。
「勘違いしてるよ、君は足が不自由なんだよ」
その瞬間、アブラヘルは立てなくなった。足が不自由なのだから歩けないのは当然だ。
「……どういうことだ。それなら、どうやってここまでアタシはここまで歩いてきた? くっ、こうなれば」
足が使えなければ匍匐前進をするしかない。
「勘違いしてるよ、君の手は潰されてまともに機能しないんだよ」
腕がぐちゃぐちゃになり、アブラヘルは今更ながら痛みに悶えた。しかし、それでもアブラヘルは伝えなければならない。
死の覚悟はした。リュートに悟られないように一本の触手を召喚して、短いメッセージを残す。
「そろそろ死んでもらわないとね。勘違いしてるよ、君は僕に殺されるんじゃない。そもそもグローレンは淫魔になんてなっていないし、君の攻撃から僕を庇ったグローレンが致命傷を負いながら最後の力を振り絞って放ったコークスクリューが君の腹を貫通して相打ちになったんだよ」
「やめて! アタシの愛しい妹の……メアリーの記憶を消さないで…………メアリー? メアリーって誰だっけ? アタシが戦ったのはグローレンで、グローレンに殴られて……」
アブラヘルが自分の死を自覚した瞬間、アブラヘルは死んだ。
いつの間にかメアリーの死体は消え失せ、安らかな顔のグローレンの死体がメアリーの死体があったところに横たわっている。
「さて……このことをみんなに伝えないと……」
その時、リュートは自分が涙を流していることに気づいた。
「なんで……俺、泣いているんだろう」
――なんなんだろう、この気持ち。