能因草子presents〝食事と魔獣の大革命研究発表会〟前篇
異世界生活百六十六日目 場所コンラッセン大平原、能因草子の隠れ家(旧古びた洋館)、魔法科学研究塔
ギシュヌムンアブ遺跡の位置情報を手に入れた俺達は、海洋国家ポセイドンや新ルルイエを経由しながら海底を進み、ギシュヌムンアブ遺跡のある島を調査し、YGGDRASILLを手に入れ、内容を確認した上で破壊することを計画している。
実行の日は一週間後――何故、ギシュヌムンアブ遺跡の位置情報を手に入れて準備万端にしながら一週間も時間を開けるかというと、国家同盟絡みのプロジェクトを進めなければならないからだ。
その第一歩として、俺は屋敷に増設した魔法科学研究塔にエリシェラ学園からセリスティア学園長、魔獣学担当のウィルヘルミナ=エルノワリヤ教授、魔法実技統括のヴァルルス教授、セリスティア学園長の友人だという【白麗の魔女】ルシエラ=ブランシェスと言った研究者達と、ヴァパリア黎明結社の開発部門に所属していたフィード、エリシェラ学園総料理長のハリエット=グレンジャー、新生冒険者ギルドのギルド上層部議会議員を務めるリティエスとフェティス、魔王領エーイーリーのヴァルルス城の総料理長グリンダ=ファトベーゼェ、大衆食堂の香和嶋夏彦といった凄腕の料理人、地球よりも優れた科学技術を持つM82銀河同盟に所属する惑星出身のデクエゥシス、後は俺が海の魔獣の捕獲依頼を冒険者ギルド経由で出し、そこから今回のプロジェクトに興味を持ったらしいクトゥルフと、クトゥルフに同行したディープ・ワンズのインベル=プルウィアを招待した。……まあ、インベルについては当初の予定には無かったんだけど。
「本日はお忙しい中、お集まりくださりありがとうございます。本日は、冒険者自由組合に納品予定の迷宮――地下大迷宮millefeuilleにも関わるとある研究の発表をさせて頂きたいと思い、関係各位に連絡を入れさせて頂きました」
「草子様、本日はどのような判断基準で私達を集められたのですか?」
まあ、リティエスが俺の人選に疑問を持つのも仕方ないよな。研究者、生徒、料理人、冒険者ギルド、旧支配者と深きものども……うん、仮にここのメンバーで冒険に行こうって言っても…………あれ? 案外大丈夫だったりする? エリシェラ学園総料理長の食堂のお姉様ことハリエットは、セリスティア学園長の同期で昔は一緒に冒険していたみたいだし……ってか、グレンジャー家って侯爵家なんだけど、なんで学園の食堂の総料理長をやっているんだろう?
それ以前に、ツンとお高く止まっていて周りと馴染めていないどころかほぼ完全に孤立して高飛車高火力魔法師のセリスティアと、そんなセリスティアは放っては置けないとセリスティアに嫌がられても構い続けた学園で十人に聞けば十人が「ウザい」と殺意の篭った目で答えるミ●ディ系ウザイラ女剣士ハリエット……よくそんな凸凹コンビが成立していたな。ってか、二人とも変わり過ぎだろ!?
パーティを組んで不安なのはリティエスとフェティスか。一応冒険者ギルドっていう武闘派な組織に所属しているんだけどね……まあ、世の中には戦闘系司書とかもいるみたいだし、非戦闘職が戦闘に優れていないとは一概に言えないように、逆もまた然りなんだけどさ。
「まず、今回の研究に関わる魔獣について研究しているウィルヘルミナ様と俺の上司であるセリスティア学園長と魔法実技統括のヴァルルス教授です」
「…………草子殿、我が草子殿の上司というのはなんだか申し訳ないのだが。……理想は実力が高い者ほど評価されるべきだ。本来、草子殿こそが魔法実技統括の職……いや、それ以上の役職に相応しいのだが」
「ヴァルルス様、余計な気遣いは必要ありませんよ。モブキャラはモブキャラらしくコソコソと自分のやりたい研究をしていますから」
「……草子殿、言っていることとやっていることに差があり過ぎるが。まあ、いつものことか。ヴァルルス殿、心配には及ばない。草子殿がどれほど優れて人間かは既にこの世界の誰もが知っている。今更、役職などを与えて格付けをしたところで意味はない上に余計な迷惑をかけることになる。まあ、私もこのまま草子殿を客員教授にしておくつもりはない。――草子殿、後に正式に発表するつもりだが草子殿に特別栄誉教授、名誉客員教授の称号を贈り、客員教授から本学で新しく設置する大教授に昇格させて頂きたい。ちなみに、この大教授の地位は後にも先にも草子殿一人だけになる。教授職の最高位だな」
「…………セリスティア学園長も冒険者ギルドみたいに俺を特別扱いするのですか?」
「特別扱いではなく順当な扱いだ。……まあ、聡明な草子殿は確実に自分の行いの結果を、我々に与えた大きな影響を理解しているだろうし、今更その全てを列挙する必要はないだろう?」
……全く、セリスティア学園長には敵わないな。
「分かりました。謹んでお受け致します」
ところで、何故ウィルヘルミナまで嬉しそうなのだろうか? 後から入ってきた新参者が意味不明な出世をして立場が逆転しているんだよ? えっ? 別に俺は客員教授だから偉いんだぞ! って振る舞うタイプじゃないけど。だって小市民だし。
「続いて、【白麗の魔女】の異名を持つ魔女ルシエラ=ブランシェス様です。【黒い破壊者】の異名を持つ黒暴猫という魔獣を使役しており、魔獣に対する造詣も深いそうです」
「お招きありがとうございます。……これほど興味深い集まりということが分かっていれば、クリムエルさんも連れてきましたのに……」
いや、あのデレのないツンな合法ロリ魔女はルシエラを天敵と考えているし、呼んだら確実にキレていたよな。しかも、あの人は魔獣に関する研究を行っていないから呼ぶ必要がないし。
「クリムエル様は魔獣の研究をやっておられないようなので今回は除外させて頂きました。もし、よろしければ本日の発表した内容を持ち帰ってクリムエル様にお伝えしてみてはどうでしょうか?」
俺はどちらかというと空気が読めるタイプだと思う……が、その空気に従いたくない天邪鬼なものでね。クリムエル君には可哀想だが、そっちの方が面白そうだから是非是非生贄になってくれ給へ。
「エリシェラ学園生徒のフィード様、ホワイト・レイブン・インダストリアルの元総帥のデクエゥシス様には魔獣に対する知識ではなく技術の方の先進者としてこの場にお越しく頂きました。フィード様はヴァパリア黎明結社の開発部門に一時期所属しており、ヴァパリア黎明結社の技術の一端を会得しておりますので今回の話にもついてくることができると考えました」
「…………能因先生、俺の黒歴史を掘り返さないでください」
「いや、やり方はどうあれ志は素晴らしいものだと思ったんだけどな。同じヴァパリア黎明結社の裏切り者でも響夜とは違うし」
「…………草子殿、既に死んでいる人の悪口は流石に」
いや、セリスティア学園長。あれは死体撃ちされても文句は言えない奴ですよ? あいつの死後もヴァパリア黎明結社にあいつの負の遺産は残り続けている訳ですし。
「デクエゥシス様は転生者で地球よりも優れた科学技術を持つM82銀河同盟に所属する惑星出身の元宇宙人という面白い経歴を持つ方です。得意分野は兵器産業ですが、科学分野全般に見識を持っております」
「草子さんの話を聞いていると行き詰まっていた研究が大きく進むこともありますし、彼ほど一緒に研究をしていて楽しい方はいません。ライバルの逢坂とは別の意味で付き合っていて楽しい人です。今回も面白い発表をして頂けるということでとても楽しみにしています」
ちゃっかりプレッシャーを与えてくるデクエゥシスと、そこに同調するセリスティア達。どうやら揃ってモブキャラを殺したいらしい……もうやめろ! とっくに俺のライフはゼロだァ!! ……と冗談はここまでにして。
「エリシェラ学園総料理長のハリエット様、魔王領エーイーリーのヴァルルス城の総料理長グリンダ様には凄腕の料理人としてお越し頂きました。今回は副題に食の大改革と付けたいものですからね」
「まさか、研究者でもない私が呼ばれるとは思ってもみませんでした。エリシェラ学園総料理長のハリエットです」
「…………やっぱり、違う。ハリエット、昔みたいにウザさを出してくれないか? でないと調子が狂う」
「いい歳して他人に迷惑をかけるウザキャラなんてやりませんよ。……セリスティアさんだって昔みたいにツンツンせず、生徒想いの学園長をしていますよね?」
「…………昔の私は若かった……あれは若気の至りなんだ」
「私のウザキャラだって若気の至りですよ。今はお互い大人なんですし、昔みたいにオイタをするような歳でもないですから、普通にしましょう」
納得がいっていない表情のセリスティア。まあ、確かに昔のセリスティアとハリエットって見てみたいけど。
「魔王領エーイーリーの一料理人に過ぎない私がこのような名誉ある場所に呼んでいただけたこと、一族の誇りにしたい。私はしがない料理人です。大したことは言えませんが、よろしくお願い致します」
全く、謙遜が甚だしいな、グリンダは。
「グリンダ様は圧倒的不味さを誇るキョーリャイキャロートを使っても美味しい料理を作ることができる凄腕の料理人です。特に、今回の研究の内容は、学者よりも料理人にとって重要なものになるでしょうから、料理分野では俺の知る限り最高の料理人をお呼び致しました。料理人としてお声掛けさせて頂いた香和嶋夏彦様もお二人に匹敵する料理人だと考えております。夏彦様は首都レントゥーエレで大衆食堂を運営しており、地球の料理をこちらの世界で再現しておられる凄いお方です」
「過分なご紹介を受けました、夏彦です。チャレンジメニューの特盛麻婆豆腐が売りの大衆食堂をやっておりますので、食欲に自信がある方は是非一度いらしてみてください」
謙遜しながらちゃっかり店の宣伝をしていく夏彦。流石だな。
ちなみに、大衆食堂といっても安価で量が多いというだけで、その味はエリシェラ学園で出しても問題ないレベルだ。というか、普通に貴族がお金を出して食べるレベルだと思うんだが……まあ、最強の料理人は実は大衆食堂の料理人じゃないかって説もあるからな……ってどこの料理を食べた時の描写が官能シーンな料理バトル漫画だよ!?
「最後は海の魔獣の捕獲依頼を冒険者ギルド経由で出し、そこから今回のプロジェクトに興味を持ったという新ルルイエの主人にして旧支配者の一体に数えられる冒険者クトゥルフ様と、そのクトゥルフ様に無理矢理連れてこられたディープ・ワンズのインベル=プルウィア様です」
『丁度草子に頼みたいことがあったのじゃ! ナイスタイミングだったのじゃ!!』
……う〜ん、その頼みたいことの内容がちょっとアレなんだけどな。なんで軟体動物門頭足綱鞘形亜綱八腕形上目八腕目の海洋棲の軟体動物はたこ焼きを焼きたがるのだろうか?
それ、どう考えても共食い。
『冒険者の傍ら、副業でたこ焼き屋を始めようと思ったのじゃが……我の足を使えば安くたこ焼きが作れると思ったのじゃが、全く美味しくないのじゃ』
うん、本気で身を削ってたこ焼きを作るつもりだったんだね、記憶を覗いて知っていたけど改めて聞くと衝撃だな。
……伝説の豚骨ラーメン屋、『豚●大王』に隠し味に店主のオークキングの風呂に入って出た出汁を使っているって風評被害があったって描写を見たことはあるけど、こっちはガチだからな。しかも、オークキングの出汁より旧支配者の触手の方が発狂しそうだし。
「まあ、実証実験にクトゥルフさんがいた方が楽だし、お礼にその副業のお手伝いもするよ。前に屋台を作って昔ながらのオヤツを売っていたこともあるし」
影●さんリスペクトなのだが、知っている人が少ないせいでネタが通用しないんだよね……。
「ってことで……どこから話した方がいいかな? とりあえず、クトゥルフさんの足を一本顕現してもらえるかな?」
『了解なのじゃ!!』
クトゥルフが召喚したクトゥルフの足の一本を痛みを感じる間もない速度で切り裂いた。
床に落ちる足、顔を真っ青にしてあたふたするインベル、案外冷静なクトゥルフ、〝極光之治癒〟で癒す俺……三者三様? いや、四者四様の反応だな。まあ足はただの物体で落ちただけなんだけど。
「では、とりあえずこの足は一旦しまっておくとして、今回の研究の前提となることからお話しましょうか? まず、グリンダさん。魔獣の肉を食べたらどうなりますか?」
【虚空ト異界ヲ統ベル創造ト破壊之究極神】でコニヴェスラビットの死体を取り出しながらグリンダに質問する。
ちなみにコニヴェスラビットは今朝ヴァルジャ=ラ迷宮で討伐してきた新鮮なものだ。
「何を当たり前のことを……と言いたいところですが、今回の研究テーマにこの前提が深く関わっているのですよね? 魔獣肉には猛毒があり、めちゃ不味な上に人間でも魔族でも食べたら苦しみ悶えながら死にます。捕食系のスキルを持っていたら話は別だが、普通はお腹が減っても絶対に食べてはいけない食材ですね。ただ、草子殿の特別な料理法を使えば魔獣肉でも食べられるようになります」
「素晴らしい解答どうもありがとうございます。ちなみに、【お料理の堕魔の呪法】を使えば全く関係のない食材から料理を作ることができます……が、この世界の食材は大なり小なり経験値を持っているのに対し、この方法で作った料理には経験値が入っていません。まあ、俺の作っている野菜とかと同じですね」
紫キャベツやキョーリャイキャロートは有名だが、その他の食材にも経験値が含まれる。それを料理に使うことで料理を食べる際に経験値を得られるようになるのだが、俺の育てている【豊饒ト薔薇之神】やその下位互換で作り出した野菜や果物、【お料理の堕魔の呪法】で作った料理には経験値が含まれない。俺はこういうものを、嗜好品としての料理や食材と便宜上呼んでいる。
「では、何故魔獣肉は食べられないのか……そして、クトゥルフさんの触手は何故食べられるのか……味や食感は置いといて。その辺りの説明をさせて頂きます」
さて、話の本題に入るとしましょうか。