episode zero『追放勇者は勘違いを正す異能を振りかざす』 壱
episode zero『追放勇者は勘違いを正す異能を振りかざす』は、『追放勇者は畑を耕して暮らしたい〜勘違いを正す異能はぶっ壊れでした〜』を大きく加筆したものになります。先の展開が気になる場合は(https://ncode.syosetu.com/n8355ez/)をお読みください。
――僕は……こんなの、望んでいなかった。
◆
【三人称視点】
「よっ、起きたか? 勇者さん」
「すまないね……ついつい心地良くて寝てしまった」
「敵陣のど真ん中で午睡を取るとか、やっぱり勇者になるような人は違うな」
不気味な紫色の樹木によって構成される森の中で、いつ敵に襲われるかも分からないのに無防備なまま午睡を取っていた鎧を身につけた男に、武闘家風の男は呆れた表情を浮かべた。
鎧を身につけた男の名はリュート=オルゲルト。
辺境にある「伝説の勇者の聖剣が封印された村」に突如彗星の如く現れ、誰も抜けなかった伝説の勇者の聖剣を抜き、勇者となった。
それまで全くの無名――出自不明の男は聖剣を抜いた者として国から勇者として正式に認められ、その後、残る伝説の勇者の鎧、伝説の勇者の盾、伝説の勇者の兜、伝説の勇者の籠手が眠るという逸話のある場所を巡り、そして全ての伝説の武器や防具を揃え、国の依頼に従って魔王の討伐に乗り出したのである。
武闘家の男グローレン=モリューシュガは、そんな勇者リュートが不意に立ち寄った街で行われていた最強戦士決定戦でリュートと優勝を争った猛者で、リュートの強さに心酔し、以後魔王の討伐を目指してリュートと共に旅をしている。
勇者リュート=オルゲルトは不思議な男だ。
普段はぽやんとしているが、剣術、魔法、無手、狙撃、治癒術、結界術などあらゆる分野で他の追随を許さない実力を秘めている。それこそ、例え聖剣が無くとも魔王を倒せるんじゃないかという強さで、戦闘中には人が変わったようにその驚異的な実力を発揮する。
グローレンの語彙にない単語を使って表せば、まさに〝チート〟であった。
だが、そんなリュートも無敵ではない。だからこそ、勇者の剣となり、盾となり、癒し手となり、リュートと共に戦いたい。
そうやって集まったのが武闘家の男グローレン=モリューシュガ、魔術師ウォーロン=ヴェスタァー、狩人レスター=フット、女僧侶エレイン=ネガー、女騎士ジェシカ=ラポアンティス――つまりは現在の勇者パーティである。
「しかし、よくここまで全員無事に辿り着けたよな。魔王軍幹部を相手にした訳だし、一人くらい欠けても仕方ない大接戦だと思ったんだが……」
リュート一行は魔王が治める魔王領に入ったところで、魔王軍幹部の一人である狼男のワールック率いる魔物の軍勢と壮絶な死闘を繰り広げることになった。
最終的にワールックには逃げられてしまったが、全員無事に魔王領に辿り着けたというのは幸運なことだと言えるだろう。
「俺は誰にも欠けて欲しくないし、良かったと思うけどな。ああ、これは本音だよ」
「ん? 変なことを言うな。当然だろ? おかしなリュートだな。おっ、偵察に行っていたレスター達が帰ってきたぞ。そろそろ出発か?」
レスター、ウォーロン、エレイン、ジェシカはリュートが午睡をしている間に魔獣達の動きの偵察と魔王領の地形把握に勤しんでいたらしい。
「……それはすまないことをしたね。本来なら俺のやるべき仕事なのに」
「リュートさんが謝ることではありませんよ。僕達がやりたくてやっていたことですから」
リュートの謝罪をレスターは笑いながら拒んだ。
今は狩人という職業で通しているが、かつてのレスターは盗賊として生計を立てていた。そんなレスターに盗賊稼業から足を洗わせ、勇者パーティに誘ったのはリュートだった。
レスターはこれまで誰かに感謝されるという経験は無かった。自分の力を思う存分振るい、魔物に襲われていた町や村の人々から賞賛される――それがとても心地良くて嬉しかった。
リュートがいなければ、今この場にレスターはいないだろう。レスターの運命を変えてくれたリュートにレスターは感謝し、リュートのためにできることをしたいと思っていた。
レスターが欲しいのは決して謝罪ではない。
「……そうだな、ありがとう。レスター、ウォーロン、エレイン、ジェシカ」
「まあ、それくらい俺っちからしたらチョチョイのチョイですからね!」
ウォーロンは神童と言われるほどの魔術の腕を持つ魔術師だったが、慢心から肝心なところで失敗してなかなか活躍することができなかった。
変なところで意固地になり、自分だけの力でなんでもできるからと決して誰かとパーティを組まなかった。
リュートはそんなウォーロンと冒険者ギルドで出会い、無理矢理パーティに入れた。
魔術師は後衛で仲間に守られながら戦うからこそ、その大火力を思う存分振るうことができる――その事実をリュートは実際に体験させることでウォーロンに理解させた。
ウォーロンの自意識過剰は相変わらずだが、ウォーロンは背中を預けられる仲間に出会えて強くなった。天狗になった時に鼻をへし折ってくれる者達に出会えた。ウォーロンはその幸運を噛み締め、暖かい仲間達の場所でいつものようにお調子者として振る舞っている。
「ウォーロン、天狗になってはダメだぞ。その慢心が致命的な状況を招くんだ」
ウォーロンに真面目な表情で注意をしているジェシカはリュートのパーティに初めて加入した最古参だ。
気高い女騎士であるジェシカがゴブリンの群れに襲われて凌辱され掛けているところをリュートが救ったという出会いだった。
ジェシカは人一倍気高い心を持っていた……が、実力が伴っていなかった。
女を犯すというゴブリンに激しい怒りを燃やしてゴブリンを討伐しようと騎士宿舎を飛び出し、危うく被害者の一人になり掛けた。
リュートはジェシカを助け、「その猪突猛進な性格は直した方がいいよ」と困った表情を浮かべながら指摘した。
ジェシカにとって、図星を突かれてリュートに当たってしまったことは今も恥ずかしい記憶として心に刻まれている。
「そうですわ。まあ、例えウォーロンさんが天狗になった結果私達がピンチになっても、きっとリュートさんが助けてくれると思いますけど」
エレインは大聖女神カルミアを信仰する修道女や僧侶と呼ばれる存在で、外界から半ば閉ざされた教会の中で生きてきた。
そんなエレインの唯一の楽しみは物語の世界に浸ること……つまりは現実逃避だった。
そんなエレインの前に現れた理想の王子様こそ、リュートだ。ヴァルファス王国の要請で治癒術を使える存在が求められ、教会がエレインを勇者パーティの最後の一人として王宮に派遣されると決まった時は外の世界への不安に押し潰されそうになったが、今ではリュートとの出会いを与えてくれたヴァルファス王国に感謝している。
ちなみに、ヴァルファス王国の謁見の間でヴァルファス王国第一王子のルウェリン=ヴァルファスがエレインとジェシカにイヤらしい目を向けていたが、少なくともこの二人はその事実に気づいていない。
「あはは、俺は完璧超人じゃないから流石に無理だと思うよ? 危機的状況に英雄みたいに駆けつけるなんてさ」
エレインは「またまたご謙遜を〜」と言いながら満面の笑みを浮かべた。リュートが一瞬自嘲めいた表情を浮かべたことには気づいていない。
◆
【三人称視点】
「……恥ずかしながら帰って参りました」
暗い闇に閉ざされた魔王領の最奥に位置する魔王城。
その玉座の間でワールックは傅いた。
「……ふん、生き恥を晒しおって」
「モーガン闇神官様、ワールックは命を懸けて戦ってきたのでございます。そんな彼に危険を冒していない我々が文句を言えるとお思いですか?」
鼻を鳴らして嫌味を言ったモーガンという闇神官の肩書きを持つ魔女の老婆を魔王軍の知恵者として名高いオルフェースが嗜める。
モーガンとオルフェースは同格に位置する。魔王軍幹部の中でも至高の六人である六魔将軍のメンバーだ。
しかし、発言権は邪神王の信託を魔王に伝える闇神官のモーガンよりも魔王軍全体の指揮権を委任されているオルフェースの方が若干勝る。
モーガンは再び鼻を鳴らし、口を噤んだ。
「魔王様……発言をお許し頂けないでしょうか?」
「ワールック、流石にそれは!」「いいのだ、オルフェース。ワールック、発言を許そうではないか」
「はっ……恐悦至極でございます。では、失礼ながら……何故、この場に人間がいるのですか!!」
魔王城――つまりは魔族の国の象徴の謁見の間で明らかに浮いていた二人の男に視線を向けながら、ワールックは半ば叫びになった質問を投げかけた。
そもそもおかしい。この場にいる誰一人として二人の人間に対して無関心を装っている。
人間にとって魔族が不倶戴天の敵なように、魔族にとっても人間は不倶戴天の敵だ。その敵を城に招き入れるなど言語道断。
「彼らは我が招いたのだ。彼らは人間……いや、この世界に存在する知的生物の中でも希少な存在――異理の力を持つ存在……理外者や神屠者と呼ばれる存在だ」
魔王の言葉に流石のワールックも言葉を失った。
なるほど、確かに彼らはまともな人間ではない。魔王がわざわざ呼び寄せるのも納得がいく。
人間に対する憎悪を堪えても仲間に加えられるのなら是非とも仲間に加えたいほどの存在――それほどの埒外の、理を超えた力を彼らは秘めている。
「遂に、遂に魔王様は見つけられたのですね」
歓喜のあまり、ワールックは興奮に打ち震え、涙を湛えた。
遂に魔王の念願が果たせられる。忠臣としてこれほどまでに嬉しいことはない。
「…………いや、本当に熱い人達だね。俺達からしたら些細なことなんだけどな」
「師匠は頭のネジが外れていますからね。私達の力は理を超えた力なんですよ。まあ、そんなものをノーリスクでポンポン使っていたらそりゃ感覚も狂いますよね」
師匠であるフェデリック=シュービッツを弟子であるリーフィンド=リュッシュが半眼で睨む。
「フェデリック殿、リーフィンド殿。本当に我が妻を生き返らせることができるのか?」
魔王の威厳をかなぐり捨てて、心配そうな表情を浮かべる魔王の隣には氷に閉ざされた魔王妃の姿がある。
魔王妃は、かつて魔王を討伐しに来た勇者であった。魔王は膨大な魔力を持つ勇者に興味を持ち、強大な力を持つ次世代の魔王を産む存在として利用しようと考えた。
勇者を古代の秘術で性転換させ、淫魔女王と変え、淫魔の持つ強力な性欲で堕とそうとした。
魔王の狙い通り勇者は堕ちて魔王の妻となった。なったのだが……当初は苗床として使い潰すくらいにしか考えていなかった淫魔女王となった勇者が予想以上に美し過ぎた。
魔王にとって大切な存在となった淫魔女王。その後、二人は幸せに暮らす……筈だったのだが、魔王妃は流行病で命を落としてしまう。
魔王妃を喪った魔王の喪失感は計り知れなかった。魔王は氷を司る雪女という魔族の中でも強大な力を持つ雪女王に魔王妃を絶対零度の氷に閉じ込めさせ、魔王妃を生き返らせる力を見つけるまで美しいままの姿を保たせていたのである。
「できますよ? ……師匠には、ですが。私の異理の力では、実際の魔王妃様の魂が必要ですが、魔王様はそれを保管していなかったのですよね? 今頃は魔王妃様も輪廻の輪で転生していますから、私の力では蘇生は不可能です」
「まあ、俺って天才だから? ダメダメの弟子ちゃんと違って俺の《真の蘇生魔法》は時空や世界線を超越してその魂を探し出して複製し、記憶データを現在生きていると仮定した状態に書き換えて貼り付けることにより実質的な完全蘇生を行うことができるんだよ」
「師匠……事実ですが、事実ですがァ! ウザいです!!」
リーフィンドの手から高速で飛び出した五本のメスをフェデリックは涼しい顔で回避し、魔王城の謁見の間に突き刺さった。
「もし失敗したら絶対にお前ら殺す」という魔族の重鎮達の視線を柳のように往なすと、フェデリックな表情を浮かべた。
「とにかく……まずはやってみましょう。ちなみに、気が早いですが報酬について」
「ほほう……勿論支払うつもりだが」
「いえ、報酬は必要ありません。ほんの数十分前に既に頂いておりますので」
フレデリックはまず氷を溶かすように魔王軍幹部である炎の魔人のルビカンテに依頼すると、氷が溶けるなり魔王妃に触れた。
瞬間――誰も見たことのない魔法陣が展開し、魔王妃の上から同じ質量の半透明の何かが降ってくる。
二つが重なった瞬間、二度と目を開ける筈の無かった魔王妃が目を覚ました。
「…………ここは……魔王様……なんで、泣いているのですか?」
涙を流す魔王を見て魔王妃がこてんと首を傾げた。
二人の再会を邪魔しないように、フレデリックとリーフィンドは玉座のある高段から降りた。
「…………彼女は、本当に魔王妃なのか?」
聡明なオルフェースが何かに気づいたのか、フレデリックに鋭い視線を向ける。
「そうとも言えるし、違うとも言えます。魔王様の知っている魔王妃様は既にこの世にはいません。例え、生前の魔王妃様の魂を複製して貼り付けても全く別の存在になってしまったと解釈することもできますから。まあ、このレベルの話は同じ記憶を持つ本体とクローンを並べて本物はどっちかっていうレベルの話ですからね。とにかく、俺にできるのはここまでです。所詮、俺は少し腕が立つだけの死霊術師ですから」
「死霊術師ではなく、蘇生技能者です!! 私達は魂の伴わない半端な蘇生ではない、真の死者蘇生を行える、選ばれし存在なのです!!」
「……死霊術師も蘇生技能者もやり方が違うとはいえ本来なら死んでいる筈の、人生が終わっている者達を勝手な都合で無理矢理叩き起こしていることには違いないんだ。大した違いはないと思うけどさ」
フレデリックの嘲笑は妻の死を受け入れられない魔王に向けられた者であると同時に、死者を冒涜する力を振りまく自分に対する自嘲の意味が込められていた。
「もう一つ……お二人は報酬として何をもらったと言うのか、お教え頂けないだろうか?」
「モーガン闇神官の話だよ。ワールックを撤退させた今代の勇者……モーガン闇神官が信奉する邪神王テスカトリポカには全てを見通す力があり、その予言が魔王軍を勝利に導いてきたのだろう? だからこそ、勇者は魔王妃に堕ちた……だが、今代の勇者はそれを見通せなかった。神の力で見通せない存在といえば……もう分かるだろ?」
「まさか……理外者!?」
フレデリックの背筋のゾクっとするような笑みを前にオルフェースは固まった。
「或いは、余程神に寵愛されているか……そっちの方があり得そうだけど。それじゃあ、俺達は行くよ。……あっ、第三者からのアドバイスだけど勇者ってのは単独で戦えば強いけど勇者の仲間を盾にするような方法を使えば弱くなるし、勇者の仲間達の方は脆い。精神的に勇者にダメージを与えるためにも先にパーティの仲間達を倒した方がいいと思うよ」
フレデリックはそう言い残すとリーフィンドを連れてその場を後にした。
◆
「しかし、師匠……随分かわいそうなことをしてしまいましたね」
「おいおい、リーフィンド。心にもないことを言うなよ」
フレデリックの目的は果たされた。彼が自分達が仕えるべき主人か否か……それを見極めるために魔王城に足を運び、目的の情報を得ることができた。
「さて、目的の世界征服に一歩近づいたぞ」
「……私達がするんじゃないですけどね。やるのは、私達の主人となる方々ですから」
フレデリックとリーフィンドは、小学生かと言いたくなるような夢を持っていた。だが、自分達がそれを叶える訳ではない。
フレデリックとリーフィンドの力は理を超越したバグ……後に超越者という致命的なバグやスキルと呼ばれる万能に限りなく近い力を生み出す理を超越した力――異理の力と呼ばれるものだが、二人の持つ力は強大でも決して戦闘向きのものでは無かった。
フレデリックとリーフィンドが求めるのは世界を支配できるほどの圧倒的な力を持つ存在。そんな主人に仕え、世界征服を成し遂げる瞬間をこの目で見ることが二人の夢である。
「良かったよ……その力が直接向けられなければ、俺達理外者は力の影響を無効化できる。主人を認識できなかったら意味が無かったからね。そして、今回、俺達の主人となるべきお方だと思っていた彼は実際に主人となるべきお方だという可能性が大きく高まった。さて、魔王軍と勇者の激突……これがどのような結果を生むのか、楽しみだな」
不敵な笑み浮かべるフレデリックの手にはいつの間にか一枚の切り抜きが握られていた。そこには――。
「オルゲルト商会、国内一位の財力を得る」という見出しと共に、趣味の悪い扇子を持った太った男と毳毳しいメイクを施したお世辞にも美しいとはいえない趣味の悪い女の写真があった。