地下大迷宮millefeuilleに挑戦する者達③
【三人称視点】
異世界生活百六十四日目 場所コンラッセン大平原? 地下大迷宮millefeuille、第七十五階層
「〝万象を滅却する波動よ! 相反する相剋の力によりて顕現し、その力を思う存分揮い給え! 灰は灰に塵は塵に戻りて万物須らく円環の輪へと還る。今こそその輪を外れ、滅びの道を進み給え〟――〝破滅の波動〟」
「〝付与は新たな境地に到達した。環境を変え、気候を変える力は最早付与術にあらず〟――〝高位付加術〟」
ミュラの万物を対象を分解・消滅させる【複合魔法】とコンスタンスの10Mgの重さが付与された大気の鉄槌が単眼ノ百手巨人に襲い掛かる……が。
「なん……ですって」
「そんな…………まさか」
エルダーハンマーの一つが巨大化し、分厚いシェルターに変化した。
シェルターは大気の鉄槌の圧力から単眼ノ百手巨人を守った……ここまでは想定できるものだったが……。
「〝破滅の波動〟を無効化するなんて」
流石の神樹でも分解・消滅の効果を与えられたエネルギーの奔流には抗えない、例外なく吹き飛ばされる。
だが、単眼ノ百手巨人は〝破滅の波動〟を受け切った。――〝破滅の波動〟の分解を上回る速度で魔力を与え、エルダーシェルターを回復させ続けた結果、神樹の再生が勝り、〝破滅の波動〟のエネルギーが維持できなくなって消滅したのである。
「「「「収束して迸れ、魔を滅する聖剣技――《夜明けを切り開く明星》」」」」
白崎、レーゲン、照次郎、孝徳の四人が聖剣を振りかざし、勇者固有技を放つもエルダーシェルターを貫通することはできない。
「やっぱりそうなのね…………単眼ノ百手巨人の攻略方法、分かったよ」
しかし、自分の攻撃が封じられたにも拘らず、白崎は嬉しそうに笑った。
あえて絶対に防がれる勇者固有技を単眼ノ百手巨人に向けて放ったのもそれが最善手であったからであった。
白崎が実際に相手の能力を推測して戦った回数は案外少ない。普段は白崎が心から信頼する草子が完璧な推理を立てて瞬く間に討伐方法を確立してしまうからだ。
白崎は草子が仕切るパーティの形に不服な訳ではない。寧ろ、草子が仕切っている時は確かな安心感がある。
だが、白崎は草子に依存する女になりたい訳ではない。草子と対等な立場で、その横を同じ速度で歩んでいくことができるようになりたいのだ。
勿論、完全に対等というのは無理だろう。そもそも白崎と草子では基礎のスペックからして天と地ほどの差があるのだが、それに加えて生来の努力家な面が草子の力を底上げし、再会した時点で大きかった隔たりが更に開いてしまっている。
白崎の努力は周囲から見れば焼け石に水だ。しかし、焼け石に水だからとその努力すらも怠れば、もう草子の隣にいる資格は無くなると白崎は考えていた。
――常に成長しなければ、白崎に草子の隣にいる資格はない。
そのためには草子に頼らずに敵を攻略する指揮力、判断力が必要になる。
本当は草子に甘えたい――その気持ちを押し殺して、白崎はパーティの指揮を取り、草子が予想していたように白崎の中に秘められていた統率者や参謀としての実力が磨かれ、それが白崎を名実共に勇者へと至らしめた。
今の白崎を見て弱者と断言するのはインフィニットを含め少数だろう。まあ、インフィニットは白崎が想像を絶するほどの修羅場を潜り抜けてきた本物の猛者であり、そんな彼からすれば白崎の努力など子どものごっこ遊び程度のものでしかないという認識のため、致し方ないといえば致し方ないのだが……。
(草子君、待っていてね! 必ず私は草子君に相応しい女になって見せるから!)
一ノ瀬辺りなら「どう考えても逆だよね! 草子君は絶対に白崎さんに釣り合わない」と言うだろうが、まあ、あれは色欲の権化であり白崎に対する高嶺の花と信仰、草子に対する嫉妬によって評価が歪んでいるので大した参考にはならない。
初対面で草子と白崎を見たものであれば、どちらが高嶺の花なのかは一目瞭然だろう。だが、その本質を理解した時、ごく一部――ジュリアナや一ノ瀬のような偏見の塊を除いた評価は逆転する。
草子こそが高嶺の花であり、白崎はその高嶺の花に寄り添うために努力を重ねる少女――その健気な姿に心を打たれない者はいない。……結果として草子の株が暴落し、「俺、モブキャラなのになんでこんなにヘイト溜め込んでいるの!?」という状況になるのは容易に想像がつく。
白崎は完全な勝利を確信した訳……ではない。エルダーハンマーの突破方法に至っただけであり、そこから先の動きまでは掌握し切れていなかった。
しかし、草子の協力無しにエルダーハンマーの突破方法を見つけたというのは白崎にとって大きな成果であった。
また一歩、草子君に近づいた――その感触を噛み締めながら、白崎は今日も草子のいない戦場で、草子の元へと続く先が見えない荒野をゆっくりと歩き続ける。
「……なるほど、そういうことか」
「分かったんですか? 流石は相沢さんです!!」
「フフフッ、そうだろ! 僕は天才だからなぁ! フッアハハハァァ!!」
眼鏡を押し上げ、高笑いをあげる相沢もまた白崎と同様の結論に達したのだろう。
調子に乗る相沢は単体では苛立ちを与えるが、そんな相沢を心から賞賛し、目を輝かせるエリーゼが隣にいると苛立ちが引っ込んで思わず微笑ましいと感じてしまうのは不思議だ。
「華代、何か分かったの!?」
「お、おい! ここは僕に聞くべき場面だろ!!」
「朝倉さん……みんな! エルダーハンマーは変形させたり、壊れた部分を修復するのに魔力を使うわ。エルダーワンドの形を維持するのには魔力を使わないって草子君が言っていたから維持させるだけで魔力を減らすことはできないけど……でも、エルダーハンマーを攻撃して魔力を減らすことができる。一撃で単眼ノ百手巨人を倒すのは難しいけど、ジワジワ攻撃すれば突破できると思うよ」
「補足すると、エルダーハンマーの変形には増加する質量×100、修復も同じく増加する質量×100の魔力を消費している。ふふふ、天才の僕にかかればこの程度のこと造作もない」
「凄いです、相沢さん! 私にはさっぱり分からないですけど、凄いです」
「ふふふ、そうだろ! もっと褒めてもいいぞ! ファファファファ!!」
相沢とエリーゼの掛け合いを微笑ましく見守りながら、それぞれ武器を用意して一斉に攻撃を仕掛ける。
「今こそ収束せよ! 星々の光宿りし聖剣よ! 四つの斬閃によって敵を刻め――《四方斬り裂く耀光》」
「南空に浮かぶ十字架の形となりて、我が敵に慈悲を与えよ――《十字斬り裂く耀光》」
「至高天に浮かぶ薔薇の如く、万天斬り裂く光、吹き荒み渦巻きて、燦嵐となりて敵を討て――《天上の薔薇》」
「全天で最も輝く星の輝きよ、我が正義の心に宿りて、悪に堕ちたる愚鈍を断罪せよ――《全天焼き焦がす煌明》」
勇者四人の勇者固有技が次々と命中し、エルダーシェルターにダメージを与える。エルダーシェルター自体はすぐに修復されるが、単眼ノ百手巨人の魔力量は自然回復を遥かに上回る速度で現象していた。
「――来て、エレメンタル=サラマンディア。力を貸して!!」
『分かったぜ! アタシの力、思う存分使いやがれ!!』
「『――精霊武装・火帝宿身』」
「『赤熱地獄爆炎陣』」
一方、リーファはというと白崎や相沢と同様に単眼ノ百手巨人の魔力を減少を狙うものの、連続攻撃ではなく永続ダメージの方を狙っていた。
神樹に相性がいい炎属性を選択して“精霊女帝”を顕現――単眼ノ百手巨人の足元に展開した赤い魔法陣から発生した灼熱の炎が猛烈な勢いでエルダーシェルターを包み込む。
どうやら、エルダーシェルターは単眼ノ百手巨人の足元も包み込むような形状だったらしい。
単眼ノ百手巨人のHPは全く減少していなかったが、MPは猛スピードで激減していた。
相性は絶対に有利な筈だが、それでも簡単に燃え尽きず、とんでもない生命力で耐え続けるのは流石は神樹というべきか。
「――ッ! 何か来るわ!!」
万物斬り伏せ=究極大戦装備を構え、エルダーシェルターに一撃あびせようとしていた朝倉がナニカの予兆を感じた直後――エルダーシェルターが、崩壊を開始した。
だが、単眼ノ百手巨人の魔力が尽きた訳ではない。まあ、時間の問題で尽きるだろうが。
急速に魔力量が減少し、エルダーシェルターが崩壊した結果――無数の触手のような樹木が宛ら波のように押し寄せた。
炎など関係ないとばかりに標的をリーファに定め、殺到する神樹。
リーファは炎の翅を顕現して空中に飛翔したが、神樹は決して取り逃がすまいと加速しながら空中へと伸びる。
これが、もし地上であればリーファにも勝機があっただろうが、迷宮だったのがいけなかった。
殺到した神樹はリーファを搦めとる。貞操を狙う訳ではなく、そのままリーファを締め上げ、宿り木のようにそのHPとMPを吸収し始めた。
「『やめ………って!!』」
自らの身体を半分炎に置き換え、その熱で焼き尽くそうとするリーファだが、神樹はリーファの魔力と体力を奪い、それ以上の速度で成長を続ける。
「……大丈夫ですか?」
そんなリーファの絶体絶命の状況を救ったのは見慣れない少年だった。
「…………やっぱりか〜ぁ。度会影介です、草子君のクラスメイトの」
「そんな方いましたっけ? とりあえず、助けてくださりありがとうございます」
「…………これ、助けなかった方が良かったかな?」
折角助けたのにぞんざいに扱われて落ち込む影介。「ずっと影介を本当の意味で認識していたのは私だけなんだよ♡ やっぱり私達は結ばれる運命にあるんだよ♡」と満面の笑みを浮かべる影介の敵に苛立ちを募らせる。
「いくら惨めになったって、絶対にお前なんかと一緒になってたまるか! 色付き空気!!」
「嫌よ嫌よも好きのうちだよ♡ うふふ♡ 影介とベストパートナーなのは地球でも異世界でもこの私だけ♡ さあ、覚悟を決めて私を妻に迎えて♡ お願い♡♡」
「こっち来るなぁ!!」
【不可視ノ王】を全開にして脱兎の勢いで逃亡を図る影介。しかし、陽炎からは逃げられない。
「捕まえた♡ さあ、こんな美少女を手に入れられるのはこの機会を逃したらないよ♡♡」
「どこに美少女がいるんだ!? やっ、やめろ! 触るな!! 僕はお前のことが嫌いなんだ!! どんな人とも初対面にも拘らず普通に接することができて、すぐ輪の中に溶け込める。ずっと誰からも認識されなかった僕とは違う。それなのに……お前は僕に同情しているのか? 可哀想なやつだから、仕方ないから関わってやろうって上から目線で僕をおちょくっているのか!? 僕は別に仲間なんていらない!! 誰も僕に気づいてくれないんだ。……誰からも認めてもらえないんだ。だったらそれでいい、一人でだって生きていける方法を見つければいい、異世界カオスでそうしたように、地球でも」
「……酷いよ。私だって影介君と一緒なのに。……私だって所詮は空気、居ても居なくても関係ない、記憶にすら残らない存在。コミュニティに馴染むのは簡単でも、私はどこに行っても孤独だった。誰も私のことを不知火陽炎だって認識してくれない。……そんな中で初めて私に『……お前、誰?』って言ってくれたのが影介君だった。……初めて私のことを見てくれたのは貴方なの! 例え、貴方が私のことを嫌いだとしても私は貴方のことが好き、絶対にこれだけは譲らないわ!!」
「……陽炎さん」
影介はこれまで陽炎のことが羨ましいと思っていた。いつもみんなに囲まれていて。
でも、違ったのだ。陽炎も影介と同じように孤独だった。周りに人がいるか、いないかの違いしかない。いや、もしかしたら陽炎の方が辛いのかもしれない。
影介には一人で生きていくという選択をすることができた。だが、陽炎にはそれができない。
ただ、自分を押し殺し、他人が自分に重ねる人物像を演じ続けること――それは、あらゆる存在から己を認識されないことよりも辛いのではないか。
「…………ごめん、酷いことを言って。僕は陽炎さんの気持ちを考えたことがなかった。本当は辛かったのに、それでも笑顔で自分のことを見てくれない人達と一緒にいて……陽炎さんは強い人だと思う。そんな貴女に好きだと言ってもらえるのは嬉しい」
遂に勝利を掴み取った、と花が咲いたように満面の笑みを浮かべる陽炎。
「でも……やっぱり無理。僕、純粋に異性に好意を向けられたこととかないから、どう反応していいか分からない! ということで、退散!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 今のどう考えても『二人はその後幸せに暮らしました』な展開でしょ! なんで逃げるのよ!! 私の愛を受け止めて♡♡」
「――無理!!」
ヘタレな影介は陽炎を振り切って逃走。陽炎はそんな影介を追いかける。
そんな二人を白崎達は――。
((((((((((((((あの二人は一体戦場で何をしているんだ!?))))))))))))))
と、戦力外になった二人を眺めながら盛大にため息を吐いたのだった。
◆
「熾烈鉤爪!」
闘魂宿す龍王の籠手=究極大戦装備の鉤爪が神樹の枝を切り裂く。
少林寺拳法では闘魂宿す龍王の籠手=究極大戦装備の爪や闘魂宿す龍王の脛当=究極大戦装備を生かせない――そう考えた平城山が完成させた新たな拳法――平城山拳法の剛法、熾烈鉤爪が炸裂し、神樹の枝が引き裂かれる、がすぐさま再生して平城山に殺到した。
「これ、どうしたらええんや!? 男に触手プレイとか絶対にアウトやろ!」
「…………えっ? ダメなんですか、男の触手プレイって? 私にとっては寧ろご褒美です」
「そういえば、この人腐女子やった!!!」
絶体絶命の危機に晒されている平城山を見て、頬を赤く染めているリーファ。その理解不能な腐女子の思考回路に、平城山は初対面の際にエルフの神聖なイメージが打ち砕かれて以来の衝撃を受け、叫び声をあげた。
「そろそろMPがゼロになります。みなさん、単眼ノ百手巨人の攻撃パターンに変化が現れるかもしれないので警戒してください」
「…………いや、パターン変更とかそんなの考えられる暇はないですよ、これ。どうやって耐えればいいんですか、この枝攻撃!!」
「…………えっと、気合いで?」
「なんか、委員長が脳筋になっているんですけど!? クラスの最後の良心まで壊れたら僕達は一体どうなるんですか!!」
白崎は「私は脳筋じゃないです! 進藤君達や狩野君と一緒にしないでください!!」と反論していたが、無意識に進藤達を脳筋判定して評価を修正しようとしている時点で白崎の天使の心は崩壊していた。
「後ろは任せましたよ、私の王子様!」
「お任せください。姫様こそ、油断せず戦ってください。私は秋桜さんを失ったら生きていけませんから」
紅玉の仕込み黒聖杖=究極大戦装備と六合穿ち抜け=究極大戦装備を構え、背中合わせに戦いながら自分達の世界を作っている二人は当然ながらスルー。
「僕の計算に狂いはない! 【運率操作】、因果干渉による確率変動。僕の攻撃の命中確率とエリーゼの狙撃命中率を百パーセントに、枝が僕とエリーゼに命中する確率は一パーセントに!!」
相沢は蜈蚣の節持つ回転鋸=究極大戦装備を起動して刃を回転させて枝を切り裂き、エリーゼは最凶の回転式拳銃=究極大戦装備と最凶の自動拳銃=究極大戦装備を駆使して高火力で太い枝を吹き飛ばす。
「「「〝紅煉の世界の灼熱よ! その熱で全てを焼き尽くせ! 一切合切を焼き尽くして浄化せよ〟――〝灼熱世界〟」」」
「『赤熱地獄爆炎陣』」
「「「「収束して迸れ、魔を滅する聖剣技――《夜明けを切り開く明星》」」」」
ミュラ、コンスタンス、山田の火属性上級魔法、リーファの【精霊鬭術】、白崎達の勇者固有技が暴走状態の神樹へと殺到した。
これがトドメとなった。単眼ノ百手巨人の魔力が失われたことで修復が不可能となり、増殖した神樹が炭化して消滅した。
魔力を失った単眼ノ百手巨人は残ったエルダーハンマーを捨て去った。
武器を捨てた単眼ノ百手巨人が百の手を構え、白崎達に肉薄する。