能因草子パーティメンバー、それぞれの休日④
【三人称視点】
異世界生活百六十五日目 場所フェニックス議国、首都レントゥーエレ
「……そもそも、何故私達がジューリアさんに付き合って首都レントゥーエレのチャレンジメニュー巡りに付き合うことになったのかしら?」
かつて、魔族とは宿敵関係にあったミンティス教国騎士修道会――その一角を担っていたジューリアに同行し、羽目を外さないように監視する役目を頼まれた現魔王のアストリアは人知れず溜息を吐いた。
「……アストリア様、これも全て能因草子のせいです。……全くあの人は、脳筋が苦手だからと私達に仕事を押し付けて……お礼を用意してくれると言っていましたが、生半可なものだったら容赦しないぞ!」
その隣ではリーリスが愚痴をこぼしている。
リーリスは真面目な騎士だ。例えアストリア自身に憎まれることになると分かっていても文句も言わずにアストリアのためにこれまで守護者として働いてきた。
それは、対等な友人関係になっても変わらず続いている。
アストリア自身はもっと砕けた関係になりたいのだが、この厳格さがリーリスの個性なのだからやめろというのは無理がある。
それに、アストリアは内心で誠実で真っ直ぐなリーリスのことを尊敬していた。そう言った生き方をしたいと、あの日、リーリスの気持ちを知った時からそう思うようになった。
リーリスが不平を口にすることは一つの条件下を除いて全くと言っていいほどない。彼女が「風紀の乱れ」と思うものを注意する時くらいである。
そんなリーリスが、草子に対する陰口を叩いているということはそれほどのものを草子に押し付けられたということに他ならない。
「……草子さんってどれくらい脳筋のことが嫌いなのかしら?」
「とりあえず言葉が通じない……というより会話が成立しない相手は本当に苦手のようですね。後は、賢いことをひけらかしてマウントを取る相沢殿のようなインテリキャラも嫌いなようです」
「知識があって高尚な話をできる相手や、知識がなくても会話が成立する相手はいいけど、全く会話ができないほどのお馬鹿さんや思考を放棄している人、逆に知識があってもそれを自慢する人のことは嫌いっていうことね……まあ、気持ちは分からないでもないけど。……もしかして、草子君相手に脳筋な魔族を嗾けたら勝てたのかしら?」
「……その場合、『会話が通じないからしゃあない、殺すか』という流れで皆殺しにされる可能性もあります。……草子に勝つのは絶対に無理です。以前の魔王軍でも、今の魔王軍でも」
「……そうね。あの時、私達は正しい選択をしたと思うわ。あれ以外に私達が救われる未来は無かった。……草子君には色々なものをもらってばかりだわ。だからたまにはお返しをしたい、そうは思うけど……やっぱり脳筋はイヤ!」
それはそれ、これはこれである。だが、不平を言っていたところでこの状況が好転する訳ではない。
覚悟を決めたアストリアとリーリスはジューリアを先頭に首都レントゥーエレを歩いた。
「いらっしゃい!」
ジューリアが最初に選んだのは地球からの転移者が店主を務める中華料理店だ。
数ある料理の中でも一番人気なのはチャレンジメニューで、少々割高なものの制限時間内に完食できれば賞金として白金貨一枚を獲得することができるということ、一攫千金を夢見て今まで何人もの健啖家が挑み、敗北していったが、今なお挑戦者は絶えない、
「カウンター席かテーブル席かどちらにしますか?」
「勿論、テーブルせ「カウンター席に」
ジューリア、進藤、久嶋、大門、アストリア、リーリス――これだけの大所帯だからテーブルにした方が他の客に迷惑が掛からないと考え、テーブル席を選択しようとしたアストリアだったが、有無を言わさないジューリアの勢いに呑まれ、咄嗟に反論することができなかった。
そのまま勢いに押され、カウンター席に着席するアストリアとリーリス。
「あっ、ジューリアさんじゃないですか! やっぱりここのチャレンジメニューを?」
「久しぶりなり。勿論なり……お腹減りき」
「ははは、ジューリアさんは相変わらずですね。賞金よりも料理ですか? 今回は勝負じゃありませんし、共に完食目指して頑張りましょう。……ところでそちらの方は?」
ジューリアがカウンター席を選んだのは顔見知りがいたからだ。
魔王領エーイーリーで行われた食の祭典の決勝戦でジューリアが戦った相手――「魔王領エーイーリーが誇るフードファイター! 底無しの胃袋で数多くのフードファイトを制した王者――【暴食の赤鬼】グリーディー=茨木童子」と紹介された茨木童子だ。
「我の親友にして恋人、能因草子の同郷より来し進藤臨、久嶋康弘、大門龍次郎。それと、同じ目的に旅せる現魔王のアストリアリンド・ダル=ノーヴェと元四天王のリーリス=ヴリュエッタなり」
「ま、魔王様と【淫魔の騎士】様!? し、失礼しました!!」
急に態度を改める茨木童子。魔族の中でも魔王や魔王軍四天王は雲の上の存在だ。その姿を目にしたことのある魔族というのは実は少ない。
「そう畏まる必要はないわ。私は魔王にこそなったけど、草子さんと旅をするためにジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国ではなく草子さんを選んだ魔族からすれば裏切り者。それに、リーリスさんも魔王軍を辞めているわ。つまり、私達は貴方と同じ一般人。対等な関係なのに、畏まる必要は無いと思うけど」
「し、しかし。……分かりました。しかし、お二方を呼び捨てにする訳には参りません。今後は、アストリア様、リーリス様と呼ばせて頂きます」
体育会系の茨木童子にとって目上の人は絶対だ。例え本人が対等だと言っても魔王の血を引く高級魔族と元とはいえ魔王軍四天王を相手に礼儀を弁えない態度を取る訳にはいかないのだ。
「分かったわ。それでいいわよ、茨木童子さん」
「ああ、魔王様に名前を呼んでいただける日が来ようとは」
「…………はぁ」
恍惚な表情を浮かべる茨木童子に、アストリアは「私って魔王であって魔王じゃないのだけど、本当に理解しているのかしら?」と呟いて溜息を吐いた。
「……ぬしが噂の胃袋ブラックホールでありんすか。初会でありんす――アスミナリア=クレスでありんすぇ」
茨木童子とジューリアの会話を耳にし、ジューリアの正体を看破したのであろう。
露出の高い戦闘衣装を纏ったスタイルのいい獅子の獣人が会話に割って入ってきた。
「しかし、能因草子の仲間達でありんすか。わっちも獣人小国ビーストの武術大会に参加したかったんでありんすが、あいにく用事があって参加できんせんでありんしたぜし、機会があれば草子さんと手合わせをしてみたいでありんすね」
「了解なり。伝へおく」
ちなみにこのアスミナリア=クレス、レオーネに倒される前は獣人小国ビーストの女王をしていた人物だ。
獣人小国ビーストの最高権力者は獣人小国ビーストの中で最も強い者がなるものと決まっている。数年前、レオーネが勝利する前まではこのアスミナリアが獣人小国ビースト最強の名を恣にしていたのである。
ちなみに、このアスミナリアもレオーネと同じ獣仙人である。道に入ったのはアスミナリアの方が先だが、実力はレオーネが若干優っているというところ。当然、その実力は草子の足元にも及ばない(まあ、あれは比較対象にならない正真正銘の化け物だが……)。
「お話中失礼致します。ご注文は、何になさりますか?」
ようやく挨拶が終わったところで、タイミングを見計らっていたらしいカウンターの向こうから料理人が注文を訪ねてきた。
名札には「Natsuhiko KAWASHIMA」と書かれている。
「もしかして、貴方が噂の日本人シェフですか?」
「ええ、香和嶋夏彦と申します。……もしや、貴女は転生者ですか?」
「いいえ、違うわ。転移者ならそこの進藤さん達がそうだけど。私達のパーティのリーダーを含めてかなりのメンバーが地球の出身者よ」
「…………もしや、貴女様はアストリアさんですか? それに、リーリスさん、ジューリアさん、進藤さん、久嶋さん、大門さん……これはとんだご無礼を。草子さんにはお世話になりぱなしで……本日は当店をご利用誠にありがとうございます」
(……なんとなく地球からの転移者というところでそうかもしれないとは思っていたけど……草子さんの交友関係ってどうなっているのかしら?)
国家のトップから学園の教師、鍛冶屋、料理屋…………と草子がとんでもない人脈を持つことを実感し、呆れるアストリア。
文字通り籠の鳥、狭い世界で生きてきたかつてのアストリアなら憧れを抱いていたであろう自由な異世界生活の賜物である。
「ところで、ジューリアさんはチャレンジメニュー……特盛麻婆豆腐だとは思いますが、皆様は何をお召し上がりになられますか?」
「俺達三人も特盛麻婆豆腐を頼む」
「畏まりました。……アストリアさんとリーリスさんは?」
「……流石に特盛麻婆豆腐は無理よ。朝ご飯を食べたばかりでお腹も空いていないし、このフルーツ山盛りパフェを頂けるかしら?」
「私はこのチョコレートワッフル……メープルシロップと生クリームのトッピングを頼めるか?」
「は…………はぁ。まあ、五箇伝の鶫さんからも似たような注文をされたことがありますし、本人がいいのでしたら別にいいのですが。ちなみに、皆様お飲み物は?」
「緑茶なり」
「クリームソーダ一つ!」
「コーラ一つ!」
「オレンジソーダで!」
「それじゃあ、クーフェを一つブラックでもらえるかしら?」
「カプチーノ、チョコレートパウダーマシマシ、砂糖マシマシ、蜂蜜マシマシ、生クリームマシマシを頼む」
(……この美人な女騎士さん、やっぱり鶫さんと同じで味覚破綻しているのかな?)
と内心思っているが、それを噯にも出さない夏彦。流石である。
「それじゃあ、特盛麻婆豆腐。二十分で完食できたら今回の特盛麻婆豆腐を無料にして白金貨一枚を差し上げます! それでは、開始!!」
開始早々猛スピードで特盛麻婆豆腐を掻き込む進藤、久嶋、大門、茨木童子、アスミナリア。一方、ジューリアの方はというと。
「…………美味なり」
あくまで上品にスプーンを口に運んでいる。他の五人に比べたら明らかに遅い。
「…………ジューリアさんは確かに量を食べるが、そこまで早く食べる訳ではないから、こういう時間との勝負は苦手そうだな」
甘く崩壊した食べ物…だと思われるものと同じく甘く崩壊した飲み物……だと思われるものを飲食しながら、リーリスが解説のようなコメントを口にする。能因草子が仕事を押し付けたことに苛立ちを覚えていた人と同一人物とは思えない、それなりにチャレンジメニューに挑戦する者達の勇姿を楽しんでいる傍観者と化したリーリスであった。
「でも……確か草子さんの話によると魔王領エーイーリーで行われた食の祭典の決勝戦では茨木童子さんと互角の勝負を繰り広げていたのよね……皿の量も最後まで互角だったようだし……そういえば、私もジューリアさんが早食いしているところを見たことはないけど、いつのまにかお皿が空になっているのよね」
折角なので、普段は注意を向けていないジューリアの食事姿に二人は軽食を取りながらじっくり観察することにした。
「…………これは、少しキツイな」
「わっちはもう僅か食べられるぞ」
「…………もう、無理」
「……ギブだ」
「お腹いっぱいだ」
進藤達脳筋三人衆が半分を食べたところでノックアウトした。
どうやら脳筋達にフードファイターの才能は無かったらしい。
「……美味しかりき。……新しければもらふ」
そう言って想定の半分の時間で食べ終え、進藤達の特盛麻婆豆腐を引ったくって食べ始めるジューリア。
その姿を見たアストリアは――。
「……ねえ、リーリス。私、『ラビットとトータス』を思い出したのだけど」
アストリアは幼少の頃に母を亡くしている。
難病を患い、アストリアが三歳を迎えた誕生日の次の日に亡くなった。
当然ながら、アストリアの中に母の記憶はほとんどない。霞のかかったようにその顔はぼやけていたが、昔、夜に枕元でアストリアが寝るまで本を読んでくれていたことだけは大切な思い出として今もアストリアの記憶に深くに刻まれている。
『ラビットとトータス』はそんなアストリアの母が読んでくれた絵本の一つだった。
実は、魔族に転生した地球人が『ウサギとカメ』の舞台を異世界カオスに置き換えたもので、草子なら「『剪燈新話』の中の「牡丹灯記」を元に浅井了意が怪奇物語集『伽婢子』を書いたような感じか」と、かえって小難しくなる説明をしそうだが、まあ簡単に言えば舞台の置き換えである。
ストーリーは言うまでもないだろう。アストリアは、ジューリアを亀に、進藤達を兎に当てはめたのだ。
ジューリアは確かに食べるのが遅いかもしれない。だが、持久力があるから食べ続けることができる。
結果的に、瞬発力のある者達がギブアップしていく中でも底なしの胃袋で淡々と食べ続け、総量で勝利するという話である、が。
「アストリア様、どうやらその推測は間違っているようです。……ジューリアさんのペースが上がっています」
注視していたら分からない些細な変化だ。しかし、確実にジューリアのスプーンを運ぶ速度は上昇している。
上品に食べているというところは共通しているが、時間当たりの皿から消える質量が次第に増えていった。
アストリアの推測ではジューリアと茨木童子と皿の量が互角であるということの説明がつかない。最終的にジューリアが勝つとしても茨木童子がギブアップをした時点では茨木童子が優っている筈だからだ。
ジューリアはいつのまにか茨木童子やアスミナリアを超える速度で麻婆豆腐を食べている。しかし、淡々と優雅に食べているため、その速さを全く感じさせない。
それが、ジューリアの皿がいつのまにか空になっている要因であるという、草子以外は辿り着けなかった答えに二人は辿り着いたのである。
「――終了です!」
「ふう……危なかった」
「なんとか食べ切れた」
茨木童子とアスミナリアはなんとか時間内に食べ切ることができたようだ。ちなみに、ジューリアは進藤達の残した麻婆豆腐を完食し、追加注文のパフェを待っているところで終了宣言を聞いた。
「なかなかやるね……ちなみに、ジューリアさんの記録は二位だ。茨木童子さんとアスミナリアさんは同着三位……まあ、完食し切れた人が今までいなかったからね」
「……えっ、ジューリアさんよりも早く食べた人がいたのですか?」
ジューリアは終盤とんでもない速度で麻婆豆腐を口に運んでいた。スロースタートとはいえ、全体的に見ればジューリアの食事は早い。そのジューリアを超える猛者とは果たして……。
「ああ、一位は草子さんだよ。開始一秒で完食――スキルを使って丸々パックリと」
「「「「「「「それアリなの!?」」」」」」」
予想外の裏技にアストリア達は絶句してしまった。
ちなみに、ジューリアだけは何故驚いているのだろうか? と、こてんと可愛らしく首を傾げている。
「ご馳走さま……次はデザートなり」
淡々と注文したパフェを食べるジューリアは今日も通常運転であった。