悪の科学者と段ボール女と旧神の化身って狭い古書店にどんだけ属性を詰め込む気だよ!!
異世界生活百六十三日目 場所超帝国マハーシュバラ、中央都市シヴァ、チェーザレ古書店
何故か入店音がポテトが揚がったときの音がするチェーザレ古書店は、中央都市シヴァでも有力な古書店らしい。
何が有力かというと、(小規模の古書店としては)圧倒的な蔵書の数という意味での有力であり、売上の意味での有力ではないらしい。
『……らっしゃいませ〜』
中にはカウンターに座って気怠げに座る大学生? っぽい雰囲気の男と、巨大なダンボール箱の下からにょきっと艶美な生足が生えている性別不明の謎生物と、魔術師のような服装をした白髪の男の姿があった……何このカオス。もしかして、ロン●ローゾ古書店と間違えたかな? でも、巨大なダンボール箱の下からにょきっと艶美な生足が生えている性別不明の謎生物はいなかったからな。
「草子君、なんかヤバそうな店だね」
「いや、聖さん。聞こえるように言ったらダメだからね。例え、カウンターに座って気怠げに座る大学生が内●平和っぽいとしても、巨大なダンボール箱の下からにょきっと艶美な生足が生えている性別不明の謎生物が最近話題の小説サイトで一位も記録したVRMMOに出てくるキャラを間違えてリアルフェイスにしてしまった奴っぽくても……ってか、異世界カオスを凝縮したようなカオスっぷりだな」
「……草子君が一番酷いんじゃないかな?」
いや、何この三作品が鬩ぎ合ってできた圧倒的カオス空間は! 解放しろ、この空気から解放しろ!
「あらあら、久しぶりのお客様ねぇ。何をお探しかしら?」
魔術師のような服装をした白髪の男が口調で聞いてきた。……もしかしなくても●ゾ様だよね? 名前も摩像だし……真蔵じゃないの?
「えっと……『ナコト写本』とか『エイボンの書』とかありますか? ……というより、丸々書店買いしたいくらいですが」
見た感じ貴重なものばかりだからね。
「……流石に店の本丸ごとってのは無理があるわよ? でも、貴重なお客様であることは間違いないし、店長に相談してくるわね」
そう言って中に入っていく摩像……おいおい、カオスが一人減ったけど、まだ二人カオスな奴がいるぞ!!
「まあ、とりあえずそこの地雷そうな女はさらりとスルーして……」「ちょっと地雷なんて言わないでください! 美少女過ぎて顔を出せないんですよ! 顔を見せたら飢えた狼に襲われるんですよ! 絶対」
「「「……カタリナさんに勝る美少女なんて絶対にいないから、別にそんなキモい姿してなくてもいいと思うけどな」」」
うわ、白崎達辛辣過ぎない? 言葉の槍衾が段ボールを貫通しているよ!
「まあ、俺からしたらたまたま寄った店のバイトが醜女でも超絶美少女でも悪の秘密結社でも旧神の化身でも割とどうでもいいんですけどね。……ってか、この世界なら姿なんていくらでも変えられるし。……いや、旧神の化身ってのは重要か。……まあ、ニャルさんはヴァパリア黎明結社だし、超帝国マハーシュバラが侵入を許す訳がないか。……初めまして、久谷渡さん。……いや、久谷渡さん」
「!!! ――久谷渡さんがクタニド!?」
ブライアン・ラムレイの『タイタスクロウ・サーガ』に登場した旧神、クタニド。
クトゥルフから旧支配者と外なる神は召喚されたって聞いたけど、旧神は確か召喚されていなかった筈だからね……神と眷属が呼ばれたのに、何故旧神だけ……って思っていたけど、その辺りのこと、聞けそうだな。
『俺はただのバイトですよ。藁大学一回生の久谷渡です』
藁大学→w大学→W大学……バカ田大学のことだろうか? しかし、内原じゃないコイツもW大学なのか。バカ田大学には邪神を優遇する留学生枠ならぬ邪神枠があるのだろうか?
「で、クタニドさん。単刀直入に聞くけど、なんで……ってか、聞かずに覗けばいいか。……なるほど、神界の管理者と協力して謎の失踪を遂げたノーデンスを筆頭とする旧神達を追っていたから『神格召喚』の回避に成功したのか。……で、追っていたヴァパリア黎明結社クラス? のオムニバース指名手配犯罪組織? 指名手配されているかは分からないけど、ソイツらに襲われて命からがら戻ってきてチェーザレ古書店でバイトをしたり藁大学で勉学に励むふりをしながら再戦のために爪を研いでいる最中にチェーザレ古書店諸共異世界転移させられた……と、お疲れ様ですとしか言えないな」
あっ、お憑かれ様です、は迷宮にいた頃の俺だよ? 本当に憑かれていた訳だし……あっ、今もか。
『はあ……気づかれたくなかったんですけど、やっぱり無理か。触らぬ神に祟りなしといいますが、触らなくても向こうからやってくる祟りというのもあるのですね。……正体がバレてしまったので今更隠し立てする必要はないでしょう。クタニドです、旧神のリーダー格やっています……現在は一柱ですが』
「く、クタニド…………ああ! 窓に! 窓に! 」
何故か関係のない段ボール子さんが1D10/1D100でSAN値直葬されているが、まあ放置でいいだろう。……ここの店、窓ないけどな。
ってか、どんだけ精神力弱いんだって話だよね。俺とか普通にクトゥルフと対面して平気だったし、ヨグ=ソートス両断したりしているんだけど……モブキャラなのに。
『正直正気を疑いたいのは俺の方だよ。なんなんですか、貴方は! もう戦闘力をアザトース何体分って換算した方が早そうじゃないですか!! アザトースを白痴な存在にするだけでも旧神の総力が必要だったのに…………なんなんだろう、この世界』
「俺も正直思ったよ。絶対おかしいよな、異世界カオスって」
「……あの、クタニドさんは草子さんがおかしいって言っているんだと思いますが……」
「リーファさん、俺が恐れられる存在だと思うか? ただのモブキャラだぜ? モブで自宅警備員だぜ?」
『「「「いやいや、それ絶対にステータスが間違っているから!!」」』
ということらしい……初対面なのに息ピッタリだな、聖達とクタニド。
「ところで……本当に『ナコト写本』とか『エイボンの書』とからを買うのかい? 発狂しても知らないよ?」
「いや、草子君に限って発狂とかないし、発狂したら世界が滅ぶわよ!!」
とは、聖の言葉……コイツは俺を何と勘違いしているのだろうか? もしかして、白痴の王とか? ……心外だな。
「……やあ、君がこの店の本を丸ごと買いたいという奇妙な客かね? 初めまして、インボカ=マーシュだ」
「――いや、そっち!?」
やはり期待を裏切ってくるのが異世界カオス。ナ●ーではなく半魚人みたいな顔をした男を店主に据えてくるところに一種の悪意を感じる。
「初めまして、能因草子です。ダゴン秘密教団の祭司にして、インスマス商会のトップ兼チェーザレ古書店の店主様……いや、大変ですね。『水没した都ルルイエにて死の眠りに就く大いなるクトゥルフおよび、その奉仕者たるダゴンを崇拝し、クトゥルフを目覚めさせるために活動している』ダゴン秘密教団の祭司が、周期的な休眠の隙を突いてクトゥルフを封印した旧神のリーダー格のクタニドの化身をバイトで雇うとは……」
「…………おいおい、私の素性を見抜いたまではいいが、久谷渡君を旧神呼ばわりするのは見過ごせないな。彼は優秀なバイトだ。いずれは、私の本業の方に誘おうって思っていたくらいの逸材なんだが……」
「あの、インボカ店長。さっき言質が取れたので、久谷さんがクタニドなのは間違いないかと思います」
何故か復活を遂げて店長に告げ口をする段ボール女……ってか、なんで直葬されたのに復活しているんだろうね?
「……マジか。……おい、摩像」
「ええ、分かっているわ! やっておしまい!!」
どこからともなく現れた黒い覆面を被り(ホコリ対策だろうか?)、動きやすい戦闘服みたいな揃いの黒い制服を着た大人達が一斉にクタニドに襲いかかった。
対するクタニドの方はと言えば、邪神としての正体を現し――。
「はいはい、店内で暴れないでください」
全員纏めて【虚空ト異界ヲ統ベル創造ト破壊之究極神】の威圧感に押し潰された。
「あっ、本の件ですが半額お支払いして店の品を全部捕食した上で、寸分違わず同じものをお返しする形でもいいですか? えっと、虹金貨十枚ほどでよろしいでしょうか?」
「…………草子君、全員グロッキー状態だから受け答えはできないと思うわ」
貧弱、貧弱ゥ! って言いたくなるような貧弱っぷりだな……仕方ない。
「〝いと慈悲深き主よ! その慈悲でこの世の凡ゆる障害を消し去り給え〟――〝万聖之解除〟」
再度SAN値直葬された(一度復活させた筈なのに、一体誰の狂気にあてられたのだろうか?)段ボール女(イライザ=ポリンヌ)も含めて復活させた俺は、改めてインボカに向き直った。
「つまり、ここにある書物を全て食べるということか……でも、寸分違わぬものを作り出すというのはどういうことだ?」
「まあ、【虚空ト異界ヲ統ベル創造ト破壊之究極神】を使えば望んだものを作り出すことができるという訳ですよ……詳しく思い浮かべる必要があるから記憶してないものは作り出せないけど。まあ、アザトースみたいなスキルですね」
『…………この男、白痴の王よりも厄介なのでは』
おいおいクタニドよ、誰が「如何なる形をも持たない無形の黒影、飢えと退屈に悶える白痴の魔王、名状し難くも恐るべき宇宙の原罪そのもの」のより恐ろしい草子さんだよ! 俺はただのモブキャラだァ!!
「まあ、それならこちらもデメリットがないし、虹金貨十枚で手を打とう。もしくは、アーカム・コインでの支払いでもいいぞ?」
「いや、アーカム・コインって何? 使っているうちに正気を失いそうな名前だな……ってか、仮想通貨じゃないの、それ。……まあ、冗談は置いていて、今時アーカム・コインなんて大いなるクトゥルフも使っていないよ。マルドゥーク文明も自分達のお金を使わなくなったように、この世界では異世界カオスの金貨以外は廃れる風潮にあるんだよね……いや、本当に違和感あるけど。明らかに始まりの一族の悪意が感じられるよね」
「……今さらりと大いなるクトゥルフの名前が挙がったが……まさか、クトゥルフ様のことをご存知なのか!?」
摩像に虹金貨十枚を支払って領収書書いてもらいながら、【虚空ト異界ヲ統ベル創造ト破壊之究極神】を発動して棚の本を捕食しつつ、完全複製版を棚に並べ終えた頃(ここまで三〇秒程度)、インボカがそんなことを聞いてきた。
「……『ルルイエ異本』を食ってその知識を得たことだし、どうせなら呼んでみる? ルルイエの館にて死せるクトゥルフ夢見るままに待ちいたり! 我は飢えたり! 神の与え給う恵みに?」
『おい、軽々しく邪神を召喚するな!! クトゥルフが復活したら夢がテレパシーによって外界へ漏れ、精神的なショックを世界的に及ぼすことになるぞ!!』
綺麗なクトゥルフこと、クタニドが何かしら叫んでいたが、聞こえないので勿論スルー。
エルダーサインが中央に配置された紫色の魔法陣が展開され――。
「おお、遂に、我らの元を去られたクトゥルフ様が!! ああ、クトゥルフ様! 我らに力を!!」
インボカがその瞳に狂信者の光を宿し、段ボール女の魂がどこかに飛んでいき、クタニドが触手を顕現して戦闘準備を整える中――。
『……な、なにごとじゃ!? ……って、草子!! 折角我が新ルルイエの祭壇でディープ・ワンズに緑茶を淹れさせて煎餅片手に休暇を満喫しておったのに……』
肝心の召喚された青い触手髪の美幼女(邪神)は「I❤︎邪神」とプリントされたTシャツにプリッツスカートという服装で煎餅と湯呑みを持ったままぷりぷりと怒っていた。
◆
『しかし、相変わらず規格外な奴よの。……我を呼び出したのは〝神格召喚〟か?』
「いや、『ルルイエ異本』のクトゥルフ召喚だよ?」
『もう、本当になんでもありなのじゃ……』
諦観の表情を見せるクトゥルフに【虚空ト異界ヲ統ベル創造ト破壊之究極神】を発動して虚数空間から取り出したポン菓子(おこし)と醤油煎餅をプレゼントして機嫌を直してもらうことにした。
『ほ、本当にいいのじゃな!! 我が貰ってもいいのじゃな!!』
「いや、そのために出したんだしさ。まあ、突然呼び出したお詫びだと思ってくれよ。……どちらかと言えばお前が消えて慌てふためいているてあろうディープ・ワンズ共の方が可哀想な気がするが……今度何かで埋め合わせをするって伝えておいてくれ。……しかし、今後は突然の思いつきで召喚するのはやめといた方がいいな。……神界の天使とか悪魔とかはいつ読んでも不機嫌な表情一つしないから大丈夫かなって思っていたけど、そりゃプライベートもあるよな」
『…………まあ、アヤツらはお主のことを狂信しているのだから、寧ろ積極的に呼び出してやった方がいいと思うが。……ところで、ここはどこじゃ?』
「超帝国マハーシュバラにあるチェーザレ古書店。なんか掘り出し物があるかな、って思って来てみたら掘り出したいものが全部あった件。……ついでに面倒そうな連中とも関わってしまったんだけど……」
うん、怪しげな宗教団体とか関わりたくないよね……えっ? 天上大聖女教? いや、あれは非公認ファンクラブみたいなものだし。
「ようこそおいでくださいました! さあ、クトゥルフ様! 今こそその力で世界を――」『誰じゃ? コヤツは?』
悪意なきクトゥルフの質問にインボカの笑みは凍りついた……っか、一方的に信仰しているんだから知らないのは当たり前じゃない?
「この人? はダゴン秘密教団の祭司にして、インスマス商会のトップ兼チェーザレ古書店の店主インボカ=マーシュ。隣にいる魔術師のような服装をした白髪の男が側近の摩像。そこにいる段ボール女がイライザ=ポリンヌ、自称美少女でそれなりに可愛いけどなんかしくじって位置情報特定されて襲撃されたことがあるらしく、それ以来顔は見せないようにしているっぽい? ちなみに、ただのバイトさんでダゴン秘密教団やインスマス商会とは関わりがないらしい。……で、最後がクタニド」
「なっ、なんで私の個人じょ『な、なんじゃと! クタニドじゃと!! ま、まさか我を殺すつもりで!?』
「いや、本気でクタニドが仕掛けてくるなら俺はクティーラ側につくけどな。一応新ルルイエも国家同盟に加入している訳だし……寧ろ、クタニド側につく理由がないな。旧神なのに」
『やはり、貴方は危険だ! クトゥルフを呼んだ瞬間から薄々悪たる存在だとは理解していましたが、間違いありません! 貴方を生かしておけばこの世界が大変なことになる』
『いや、ならんじゃろ? 寧ろこの世界の混沌が薄れているのは間違いなくコヤツの功績じゃ。それに、アザトースが即死する世界じゃから世界の支配とか絶対に無理なのじゃ! 正直人間と敵対するつもりも魔族や亜人種と敵対するつもりも更々ないのじゃ。素晴らしい文化もあるし、この姿をしていればチヤホヤされる……お菓子ももらえたのじゃ』
「…………たまに幼女狂信者いるから、ソイツらと虎の威を借る狐さんはトラウマ製造オンの方向で」
『…………勿論、ロリコンは駆逐するのじゃ!!』
うん、特にイセルガとか存在するだけで犯罪な奴はぶっ潰した方が世界のためだよね。……トラウマ製造オンでも効かない阿保もいるし。
『とにかく、誰が何と言おうと絶対に世界の敵にはならないのじゃ!! 死にたきゃ勝手に死ねなのじゃ!! 我らを巻き込むな、なのじゃ!!』
ぶっちゃけ、その通りだよな。ここは、クトゥルフ達が支配者だった世界ではない。誰もが支配者になり得るが、頂点に立つことは絶対に不可能な世界だ。
果てしないインフレの彼方に到達したとしても、その果てに更なるインフレが待ち構え、最早松方デフレに頼る他なくなる……えっ、それは違うって。
結局、最強なんて概念は存在しない。全ては相対的で、相性とか運とか様々な要素が重なった結果こそが、今の強さということだ。
上には上があるし、下だと思っていた奴だって番狂わせの下克上が起こることだってあり得る。
俺はクトゥルフでも天下を取ること自体は可能だと思うよ? ただ、俺が天下を取った場合と同じように三日天下で終わりそうだけど。
この世界は静かに暮らしている限りは最低限のレベルで最低限どの生活を送れる訳だし、わざわざ一番を目指す必要はないんだよ。
「んじゃ、チェーザレ古書店での用事も終わったし、俺達はもう少し中央都市を見て回るつもりだけど、クトゥルフさんはどうする?」
『我も折角だから見て回るのじゃ! 勿論、費用は草子さんが出してくれるのじゃろ?』
「へいへい……分かりましたよ。なんか、聖さん達も目を輝かせているし……ええぃ、もってけ! ドロボー!! 今日はお嬢様達の無茶振りに付き合うぞ!!」