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講義パート、【書誌学】入門三限目。担当教員、日本文化研究学部国文学科浅野天福教授

◆登場人物

担当教諭: 浅野天福教授

 日本文化研究学部国文学科の教授。

 以下は浅野と表記する。


ディスカッサント:能因草子

 浅野ゼミ非公式ゼミ生。文学に対して多くの知識を有する公立高校一年生。

 以下は能因と表記する。


ディスカッサント:白崎華代

 草子と同じ公立高校に通う一年生。成績は草子に次ぐ二位だが、文学に対する知識は人並み。

 以下は白崎と表記する。


※講義パートは本編とは直接関係はありませんので、読み飛ばして頂いても構いません。本編では絡まない登場人物の絡みと、本作の肝となっている文学に対して理解を深めて頂けたら幸いです。

ちなみに、本講義――【書誌学】入門を履修した皆様には二単位を差し上げます……冗談ですよ。レポートの提出も期末試験に向けた勉強も必要ありませんから、気軽にお読み頂けたら幸いです。

なお、今回が【書誌学】入門の最後となります。

浅野「草子君の方もかなり超展開が続いて、白崎さんの方も大変だったのが明らかになった。二人とも、大変だったな」


白崎「……ええ、今でもクラスを纏められなかったのは後悔しています。あの時、もっと早く動けていれば……。草子君の方も大変そうだね」


能因「……別ベクトルで大変だよ。色々詰め込み過ぎで、本当に作者がとち狂ったんじゃないかって思った」


白崎「まあ、作者の逢魔時さんもああ見えて結構狂っているからね。……まあ、本人はそれを認めたがらず友人に『草子君と聖さんの方が絶対におかしい』って言いまくっているらしいよ」


能因「……あの作者そんなこと言ってやがったのか。……くっ、とっちめたいけどとっちめられない」


白崎「テクストの世界と現実の世界の壁は超えられないよ。まあ、あんまり舞台裏の話をしない方がいいし(いくら講義パートが自由に設定されているとしても)、そろそろ本筋に戻ろう」


能因「あの作者、太宰治の『道化の華』みたいに作品内に登場したりしないのかな? テクストの中に出て来れば殴れるのに」


浅野「今の草子君のステータスで殴ったら洒落にならないぞ。……そういえば、高野さんは欠席だな」


能因「すみません、聖さんは怪談特化型なのでこの講義は苦手だそうです。前回も寝てしまいましたし、ご迷惑をおかけする訳にはいかないので欠席すると聖さんから言伝を頼まれました」


浅野「まあ、誰しも向き不向きがある。高野さんには、面白いと思ってもらえる講義に出席して貰えば、それでいいだろう。――さて、【書誌学】入門三時限目だ。今回は伝本系統についていくつか例を挙げ、それでこの【書誌学】入門を締め括りたいと思う。では、復習から始めよう。今読まれている古典作品は、ほぼ全てがその作品の作者が書いたものと一致する訳ではない。その理由を、白崎さん」


白崎「はい。今のように印刷技術が無かったため、原本を書写していたからです。その際に誤写や誤植などが行われ、作者が書いた原本とは異なる本になってしまうことがほとんどでした」


浅野「正解だ。さて、今回は三つの古典作品の伝本の系統について語っていこうと思う。まずは、『土佐日記』。この作品について大まかな説明を草子君、頼む」


能因「はい。平安時代に成立した日記文学の一つで、紀貫之が土佐国から京に帰る最中に起きた出来事を仮名遣いで書いた作品です。後に女流文学の発達に大きな影響を与えました」


浅野「その通り。さて、この『土佐日記』だが貫之自筆本は現存していない。それまでに四人の人物が書写したことが明らかになっており、このいずれかが最恵本ということになる。藤原定家が1235年に書写したとされる定家本、藤原為家が1236年に書写したとされる為家筆本、松木宗綱が1490年に書写したとされるもの、三条西実隆が1492年に書写したとされるものの四つだ」


白崎「藤原定家とその三男為家のグループと松木と三条西のグループの二つに分かれると考えればいいですね」


浅野「その通りだ。その中でも現在は為家本が最恵本だとされている」


能因「定家も晩年には結構誤写をしていたと言われていますし、若い為家の方が最恵本と考えるのが妥当ですね。書写態度も『一字不違』と記していますし」


浅野「藤原定家は鎌倉時代初期の公家・歌人だけでなく、古典の書写・注釈にも携わった人物としても有名だから覚えておくといいぞ。さて、次は『枕草子』。この作品について大まかな説明を白崎さん、頼む」


白崎「はい……えっと、平安時代中期に中宮定子に仕えた女房、清少納言により執筆されたと伝わる随筆で卜部兼好(うらべかねよし)の『徒然草』、鴨長明の『方丈記』と共に三代随筆として数えられています」


浅野「おっ、卜部兼好と来たか。一般的に知られている名前だと吉田兼好や兼好法師と呼ばれている。さて、この『枕草子』にも四つの伝本系統が存在する。『三巻本』、『能因本』、『前田家本』、『堺本』の四つだ」


白崎「……もしかして、能因って?」


能因「作中でも語られているけど、この伝本系統から取られている。ちなみに、普段教科書で目にするのは『三巻本』がほとんどだ。あえてマイナーどころを攻めるのも作者が捻くれているからなのかもしれないな」


白崎「浅野教授。この『三巻本』、『能因本』の大きな違いはどこにありますか?」


浅野「白崎さん、試しに枕草子の冒頭を諳んじてみてくれ」


白崎「はい……春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。……確かこうだったと思います。すみません、うろ覚えです」


浅野「いや、合っているから心配ない。さて、白崎さんに暗唱してもらったここに答えがある。『能因本』では『紫だちたる雲の細くたなびきたる』の雲が春になっているのだ」


白崎「なるほど……『紫だちたる春の細くたなびきたる』なのですね」


浅野「最後は『源氏物語』だ。この作品について大まかな説明を草子君、頼む」


能因「はい。平安時代中期に成立した日本の長編物語で、作者は紫式部です。主人公の光源氏を通して、恋愛、栄光と没落、政治的欲望と権力闘争など、平安時代の貴族社会を描いた作品となります。全部で54帖だったと記憶しております」


浅野「その通りだ。大丈夫、合っている。さて、この『源氏物語』には大きく三つの伝本系統が存在するが、三つ目はその他なので実質的には二つの伝本系統があるということになる。藤原定家が校合したその表紙が青かったことに由来する『青表紙本』系と大監物源光行、親行の親子が校合した『河内本』系の二つだ」


能因「旅行で巡るのはこの『青表紙本』系でしたね」


浅野「そうだ。ちなみに、旅行はもう終わってしまったぞ。……草子君も連れて行きたかった」


能因「俺も楽しみにしていましたが……あの老害さえ現れなければ」


浅野「まあ、過ぎてしまったことを言っても仕方ない。異世界から帰って来さえすればまたチャンスはあるだろう。――さて、【書誌学】入門の講義はこれで終わりだ。次回の講義内容は次回までに考えておくとして……草子君、白崎さん異世界での冒険は辛いだろうが陰ながら応援しているぞ!」

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