講義パート、【近代】特別編。担当教員、エリシェラ学園客員教授能因草子
※本講義はエリシェラ学園で行われた集中講義「三好達治-『雪』日本的モダニズム-」の第一回講義をギンフィール=パルムドーレが録音したものを再編したものとなります。……そういう設定ですので、突っ込みはご遠慮ください。
能因「ようこそ地獄の集中講義へ。……いや二、三人しか来ないと思っていたんだけどね。予想外の大盛況……ちょっとレジュメの数が心配になってきたな」
能因「では、改めて。今回は三好達治が1927年(昭和2年)に『青空』に発表した『雪』を扱う。まずはレジュメ一ページ目の書誌情報と校異について確認してくれ」
-----------------------------------------------
◆書誌情報
・初出『青空』
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。
・『測量船』(1930年(昭和5年)12月)
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。
・『三好達治全集』(筑摩書房:1964年(昭和39年)10月)
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。
◆校異
『測量船』のみ全ルビ。初出、全集はルビ無し。
-----------------------------------------------
マイアーレ「この書誌情報や校異にも意味があるということですわね」
能因「勿論。純粋に言葉が削られたり置き換わったりすることも大きな変化ですが、ルビのある無しや印象も旧字体、新字体の違いでも大きな変化を及ぼします」
能因「では、実際に論文を見ていくのは次回以降にするとして、まずは考察する上でいくつか重要になるものを述べていくとしよう」
-----------------------------------------------
・シュルレアリスム
フランスの詩人アンドレ・ブルトンが提唱した思想活動。一般的には芸術の形態、主張の一つとして理解されている。日本語で超現実主義と訳されている。
個人の意識よりも、無意識や集団の意識、夢、偶然などを重視した。自動筆記などの方法を使用する。
・フォルマニズム
伝統や規則を、その形式面からのみ守ろうとする傾向。形式主義。
春山行夫の「白い少女」を六段十四行重ねたものなどが有名。
・散文詩
本来規則的な詩法に基いた韻律のある文学ジャンルと、定型を持たない文章を意味する「散文」と組み合わせた詩として認識されたものを指す。その境界は非常にあいまいで、何をもって「散文詩」というかは不明瞭であり、厳密な定義は難しい。
・象徴詩
1870年頃のフランスとベルギーに起きた文学運動および芸術運動。「一緒に投げること」を利用し、抽象的な観念とそれを表現するべきイマージュの間にこれらの詩が打ち立てようと望む類比関係を指し示そうとして提案した。
・フラグメント式の詩
一行で詩を表現する手法。
-----------------------------------------------
能因「三好達治などが活躍した時代、俺のいた世界――日本には海外の文学思想が纏めて流入していた。さて、それを含めてこの詩を見てみるとしよう」
能因「まず、シュールレアリズムというものは意識を廃することで現実的なものを作り上げようとする風潮だ。しかし……」
-----------------------------------------------
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
↑
↑意図を介入させないのなら。
↑
太郎の屋根に雪ふりつむ、太郎を眠らせ。
↑
上から下に向かって語るのが自然であるが、この詩は意図的に下から上へと語っている。
-----------------------------------------------
能因「この時点で三好達治はシュルレアリスムが積極的に排斥しようとしたものを詩に取り込んだように見えるが、面白いのはここからだ」
能因「次に象徴詩。題名と内容が離れていればいるほど素晴らしいと言われているが……」
シャンテル「題名の雪と内容が離れているようには見えませんね」
能因「まあ、題名が雪で詩の中でも雪って言っちゃっている訳だからね。そして、フラグメント式……この詩は二行の変則的な詩に見えるが……」
ギンフィール「ふん、どう考えても二行だろう?」
能因「ところがどっこい。太郎を眠らせ、次郎を眠らせ……これって三郎を眠らせ、四郎を眠らせ、五郎を眠らせ……って永遠に続けられるんだよね。そして、雪が積もっていくっていう垂直性な時空も持っている……つまりフラグメント式なのに縦方向にも横方向にも永遠に続けられるんだよ」
ギンフィール「書いてないのだから、二行しかない! つまりフラグメント式という奴だろう!」
能因「……って言われてもね。詩ってのはそもそも削ぎ落されたものだし、書いていないことを読む? 隙間を埋めるのが研究というものなのだよ。まあ、やっていることは邪道なんだけどさ。気を取り直して、散文詩。まあ、見れば分かると思いますがどちらも八、七、二、四の音律になっています。短歌や俳句の五・七の音律ではありませんが、短歌的な要素も含まれているのです……と、ここまで見てくればわかると思いますが、この詩は短い二分の中にこれでもかと要素を詰め込んでいます。まさに実験的な詩だからこそできたことだと言えますね」
ロゼッタ「伝統的な詩を内包し、超現実主義を付与した詩ということですね。……これからこの詩を取り扱っていくのか。緊張しますわ」
能因「まあ、という訳で俺にとっても地獄、皆様にとっても地獄の集中講義な訳ですよ。では、第一回はここまでに致しましょう。では……明日の第二回の講義に参りますか。それでは皆様は明日をお楽しみに。俺は次の講義を頑張ってきます」