【三人称視点】魔王領バチカルにて 下
異世界生活百四十日目 場所ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国、魔王領バチカル
「――〈極撃〉!!」
【ポルターガイスト】のエネルギーを利用することで不可視の霊力の力場を発生し、剣に纏わせて使用する特殊攻撃――聖のカウンター攻撃がヘズティスの大剣に迫る。
「――ッ!!」
不可視の力場がヘズティスの剣を弾いた。
「――激流の斬撃」
その一瞬の隙を見逃すほどリーファは未熟ではない。
六合穿ち抜けに青白い輝きが宿り、激流の如き斬撃が放たれる。
「――させない!! 千歳飴」
魔法少女マルミットに変身したシャルミットの杖が飴の如意棒に変化し、ヘズティスとリーファの間に割り込んで床に触れた。
瞬間、ヘズティスとリーファを隔てるように巨大なビスケットの壁が現れる。
「……厄介な能力ですね。……でも、私も強くなったんです! そんな壁で私を止めることはできません!! ――洌流の斬雨」
最早視認不可能なまで極細に伸ばされた糸のような斬撃がクッキーの壁を切り裂いた。
「――〈刻撃〉」
魂の揺れ動き――意識と無意識の波を見抜き、【霊力式身体強化】で身体能力を最高レベルにまで高めた聖の斬撃がヘズティスを守ることに意識を向けていたシャルミットに迫る。
「ヴィシソワーズよ、出でよ!」
シャルミットが床に触れた瞬間、床がヴィシソワーズに変わった。
聖は【翼理】と【飛行】を使って既の所で躱したことでヴィシソワーズに呑まれることは無かったが、シャルミットへの攻撃が無効化されてしまった。
魔法少女マルミットは変身している間は呼吸を必要としない。このヴィシソワーズの池の中でも自由に泳ぐことができる。
制限時間が定められた聖とリーファに対して、ヴィシソワーズの中に潜り時間切れを狙うのは奇抜ながら理にかなっていた。
聖はシャルミットのようにヴィシソワーズの中で呼吸をすることはできない。
聖が不利なヴィシソワーズの中での戦いに応じた場合、勝ち目の薄い戦いを強いられることになることは想像に難くない。
そう……普通に戦うのならば。
「ふふふ、美少女幽霊セイちゃんは日々進化しているのです! あたし、セイちゃん。今Composition C-4の導火線式雷管に点火したの!!」
【爆弾作成】のレベルを上げることで素材無しで作成できる爆弾のバリエーションも大幅に増えた。
聖は新たに作れるようになったComposition C-4――軍用プラスチック爆弾の導火線に【鬼火】で点火し、ヴィシソワーズの中に放り投げた。
爆発に巻き込まれ、シャルミットがヴィシソワーズから弾き出される。
「〝漆黒の影よ、裂き分たれて糸となり、汝を拘束せよ〟――〝影縛之拘束〟」
聖の影の影が複数に割かれ、無数の触手のような影となってシャルミットに襲い掛かり、拘束した。
「――〈刻撃〉」
――そして、一閃。
聖の斬撃がシャルミットを両断し、HPゲージを吹き飛ばした。
「これで、二対一ね」
「まだ負けた訳ではない! 【視野拡張】――不死騎士の斬嵐!!」
「その技はもう見切ったわ! 驟雨千針!!」
「――〈数珠繋永劫連環撃〉」
【ポルターガイスト】を利用した精神操作と、肉体そのもののシステムを利用した肉体操作を交互に入れ替えることで半永久的な攻撃を可能とする技――〈数珠繋永劫連環撃〉。
聖は、この力でヘズティスの不死騎士の斬嵐を捌ききった。
リーファの六合穿ち抜けから溢れ出した青白い輝きが無数の水の針へと変化する。
聖がヘズティスの大剣を〈極撃〉で弾き飛ばした瞬間、無数の水の針がヘズティスに襲い掛かり。
「ま…………まだ、だ」
水の針を全身に受け、HPが一桁になりながらも辛うじて立て直し、大剣を正眼に構える……が。
「――〈刻撃〉」
「――激流の斬撃」
ヘズティスの最後の悪足掻きを防ぐべく聖とリーファが攻撃を仕掛け、ヘズティスのHPゲージが完全に吹き飛んだ。
◆
「…………負けたよ。完敗だ。……約束通りお前達に全面協力をさせてもらうよ」
負けを認めたヘズティスは、白崎達の草子捜索に全面的に協力することを約束した。
その内容は主に魔王領バチカルが保有する純黒馬以上の速度を誇る三角獣の角獣車の貸与、白崎達が魔王領内で活動する際の後ろ盾の二つに集約される。
徒歩よりも断然早い角獣車であれば草子に追いつくことも十分に可能だろう。
が、万が一を考え、ヘズティスが魔王領キムラヌートに使者を送ることになった。
草子が魔王領キムラヌートに到達した場合、ヘズティスに報告が入ることになっている。
魔族の仇敵である人間が魔王領に入っているという問題も、ヘズティスの後ろ盾があればヘズティスが認識していることが証明される。
魔族の態度がそれで軟化することはないだろうが、魔族からの表立った攻撃は無くなる筈だ。
勿論、魔王軍幹部を圧倒する強さのある聖達がただの魔族相手に遅れをとることはないだろうが、小競り合いの発生は徒らに時間を浪費する原因となりうる。
それに、魔族・人間双方ともに無用な戦闘は避けたい。ヘズティスの後ろ盾が魔族・人間双方の利益を生むのは間違いないだろう。
「初めまして、草子君の元仲間のレーゲン=イーザーと申します。草子君が魔王領バチカルの軍備強化に協力したとシュトライドフ様からお聞きしまして、詳しい話をお聞きしたいと思いまして伺いました」
ヘズティスから草子の魔王領巡りの順番を聞き、魔王領エーイーリーへの出発が決まった。
白崎達は出発に向けてシュトライドフから馭者の指導を受けているのだが、レーゲンは真実を確認するべく照次郎と孝徳と共にブラックスミスがいる工房に向かったのである。
「ブラックスミス=シャーヌフだ。草子殿の友人ということはお主らも相当な才を持っているのだろう? 若いというのは実にいいことだな。……それで、何が聞きたいんだ?」
「草子君が武器を作り魔王領バチカルの軍備向上に大きく貢献したとお聞きしました。どのように作っていたかお聞かせいただけないでしょうか?」
「…………ああ、あれは凄かった。【利己主義的な創造主】という名前だったか? スキルらしき力で一瞬にして加工が難しい渾沌石を加工し、一振りの魔剣を作ってしまった。……しかもそれだけでは終わらなかった。いくつもの見たことのない金属を一つに纏め上げ、剣二万本、刀二万本、槍二万本をあっという間に完成させてしまったのだ。……あれには参ったよ……って、お前さん、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「……全く、だからやめとけって言ったのによ。……なんで自分で自分の首を締めるんだ?」
「照次郎君、翠雨君に聞かないという選択肢はないんだよ。例え、それが絶望的な答えであっても知らないで終わる訳にはいかない。……ブラックスミスさん、翠雨君は大丈夫ですからお気になさらないでください」
ブラックスミスにはレーゲンの気持ちがよく分かった。
ブラックスミスは草子と出会ったことで、今までの何十年もの歳月を簡単に超えられてしまう瞬間を目にしてしまった。
その時、ブラックスミスは激しい劣等感に苛まれた。
実力が隔絶し過ぎた圧倒的過ぎる存在。どれだけの年月を費やしても絶対に勝てない天才――ブラックスミスは草子を見て、彼がそのような存在であることを強く感じた。
ブラックスミスはその事実を認めたくなかった。だが、目の前に置かれた武器の数々を見れば、それが事実であることを否が応でも思い知らされる。
「レーゲンだったか? 若者よ、この世界……いや、どんな世界に上位互換というものは存在しているものだ。絶対に勝てない相手――天才というものはどこにでもいる。どこかに一番になれることがある……とは言い切れない。だが、それでいいじゃないか。自分のできる範囲で上を目指していけばいい。必要なことは常に向上心を持って上を目指すことだ。人それぞれ自分のペースがある。それを他人と比較して掻き乱されては、現状維持かそれ以下になってしまう」
「そうですね。自分のペースで、一歩ずつ……ブラックスミスさん、ありがとうございます」
「ほほほ、儂は何もしておらんよ。元気が出てなによりだ」
ショックから立ち直り、ブラックスミスに礼を言ったレーゲンは照次郎と孝徳と共に工房を後にした。
「進め若者よ。お主には儂と違ってたくさん伸び代があるからのう。勿論、儂もまだ向上心を失ってはいないが……まだまだ若いもんには負けられないな」
草子と出会い、鼻っ柱を折られたからこそ、ブラックスミス――ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国で六本の指に入る鍛治士は更なる高みを目指す決意をすることができた。
ブラックスミスは、そのことに感謝しつつ、今日も更なる高みに至るために金槌を振る。
草子のようにはなれないが、ゆっくりと、一歩ずつ、自分のペースで、昨日の自分よりも巧みに。
◆
異世界生活百四十日目 場所ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国、ダークウォーフの森
「あっ、見えてきたよ!」
聖は窓から顔を出して風を感じていた。
魔王領バチカルを出発してから約二時間半、聖達を乗せてダークウォーフの森を駆け抜けてきた三角獣の角獣車は、遂に魔王領エーイーリーの首都に辿り着いた。
『…………ん? あれは角獣車っすね。どこかの偉い人が来る予定ってあったっすか?』
『雲雀は聞いていません……雲雀は直接事情を聞けば解決すると思います』
『そうっすけど……とりあえず、止めるっす』
「そこの角獣車、止まるっす! 所属と魔王領エーイーリーに来た目的を聞かせてもらいたいっす」
関所の役割を果たす東門で九本の尻尾を持つハイテンションな妖狐の幼女とタヌキ耳と尻尾が生えた妖狸の幼女は角獣車を止め、目的を訪ねた。
「……って、人間とエルフっすか!? ……でも、これ角獣車っすよね! ……まさか……盗んだっすか!!」
「違いますよ! これは魔王領バチカルのヘズティス様にお貸し頂いたものです。こちらヘズティス様から頂いた書状になります。これがあれば私達の身分が証明されると思いますが」
リーファはヘズティスから貰った手紙をハイテンションな妖狐……ではなく、知的な妖狸の幼女に手渡した。
ちなみに、幼女……というより可愛らしい女の子に対して過剰な執着を示している幼女狂執事――イセルガは、叫び始める前にロゼッタが【精神魔法】で沈めている。
「…………これは」
「雲雀っち、見せるっす! ウチだって読みたいっす!!」
「うるさい……ひんにゅーは黙ってろ!!」
「……それを言うなら雲雀っちも貧乳す!! しかもウチと一緒で幼児体型っす」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………コロス」
「あの……雲雀っち、冗談っすよね? その手に持っている聖魔混淆短杖-星に願いを-で撲殺する気っすか?」
――ボクッ、ボコ、ボコッ、ドス、ドコ、ドン、ガラ、ガッシャン、パリン、チュドーン、グサ、ギー、ドドン、キュイーン、チュイーン、スパッ。
「改めまして、高野聖様、リーファ=ティル・ナ・ノーグ様、白崎華代様、朝倉涼音様、北岡胡桃様、柴田八枝様、岸田美咲様、八房花凛様、高津寧々様、常盤愛蘭様、ロゼッタ=フューリタン様、イセルガ=ヴィルフィンド様、アイリス=メージュネルト様、クリプ様、進藤臨様、久嶋康弘様、大門龍次郎様、志島恵様、一薫様、柊眞由美様、ミュラ=アンディルサント様、レーゲン=イーザー様、狩野照次郎様、藍川孝徳様、一ノ瀬梓様、ゼラニウム=レーラ様、メーア・ゼーエン様、ジュリアナ=スワン様、コンスタンス=セーブル様ですね。雲雀は、五箇伝の一人で信楽雲雀と申します。もう一人のテンションの高い九尾の狐は九重鳰です」
「…………あの、そちらの方は大丈夫なのでしょうか? 撲殺の際には絶対に聞こえてはいけないような音がしたのですが……」
「ロゼッタ様、これを気遣う必要はありません。……皆様のことを魔王領エーイーリーを管轄するヴァルルス=ルナジェルマ様に報告する必要があるので、今から城に案内させて頂きます。城の城門までは角獣車も入れますので、まずは城門まで行ってから担当の方に預けてください。雲雀は今からこのぺったん妖狐を城まで引きずって行きますので」
「……ひ、引きずっていく、とか、酷いっ、す! 草子師匠の同郷出身のパーティメンバーってもしかしなくても白崎っち達のことっすよね?」
「白崎っち!? ……確かに、私達は草子君のクラスメイトだよ。でも、よく分かったね」
「草子師匠が屋敷に連れて行ってくれた時に教えてくれたっすよ。草子師匠は言ってたっす、『俺と彼女達の目的は違いますから、俺の目的のために付き合わせる訳にも行きませんし、あの選択は間違っていなかったと思いますよ』って……あの時の師匠、ちょっとだけ寂しそうだったっす」
「…………鳰、草子さんは貴女を弟子だとは認めていません。発言を撤回してください」
「いいこと言ったつもりなのによく分からないところからダメ出しが飛んできたっす! というか、今更っすよね!!」
認められていないとはいえ、草子と“弟子と師匠”の関係にある鳰に内心嫉妬心心を抱いた聖達であった。
◆
「ようこそ我が城へ、草子殿の元友人達よ。我が名はヴァルルス=ルナジェルマ、この魔王領エーイーリーを管轄している魔王軍幹部をやっている。草子殿には五箇伝の鉄穴森鶫、天啓秧鶏、九重鳰、信楽雲雀、水喰鵠共々お世話になった」
「……草子君、魔王領エーイーリーでも感謝されるようなことをしたんだね。やっぱり草子君は草子君だな」
「まあ、師匠はウチには酷いこともしたっすけどね! ウチはボインボインなナイスバディだったのに、草子師匠のせいでロリにされたっす! 師匠のせいでつるぺたっす!」
「……それは自業自得だな。草子は相当腹に据えかねた相手にしか酷いことはしない男だ。……はじめまして、鉄穴森鶫だ。草子とはダークウォーフの森でファフニールとフレイズマルの討伐に協力してもらった時からしばらくの間、行動を共にさせてもらった。最初はニンゲンに助けられてしまったということで、どんな恥辱を味わわされるかと思っていたが、草子は何一つ見返りを要求せずに〝龍王〟の討伐に協力してくれた。……草子の仲間ということはお前達も悪いニンゲンではないのだろう。人を見る目がある草子が、最低なニンゲンを仲間にする筈がないからな」
「天啓秧鶏ですわ。強さと優しさを兼ね備える草子様のような方はニンゲンにも魔族にもほとんどいないのではと思っております。最初は危険な存在だと内心疑っておりましたが、決してそのようなことはありませんでした。……素晴らしい方と長期に渡りパーティを組むことができていたというのはとても羨ましい話ですわ」
「……水喰鵠です。草子さんのことは最初、鶫達、私の妹達を誑かす最悪の存在だと思っていましたが、それは私の勝手な思い込みでした。私にとって草子さんはまさに頼りになる可愛い妹です! こんなシスコンな私のために妹を演じてくれる優しさ……今は、草子さんのことを何も知ろうとしないでレッテルを貼ったかつての私に恥ずかしさを感じています」
聖達の知らない魔王領での草子の顔――前と変わらない草子の姿に嬉しさを感じつつも、そんな大好きな人の表情を、取った行動をその場で見ることができなかったことに強い悔しさを覚えた。
「草子殿は一昨日までこの魔王領エーイーリーに居た。我が草子殿に無茶を言って魔界中央図書館にこれまで草子殿が集めた書物の数々が閲覧可能な図書館を作ってもらっていたからな」
「…………一昨日ね。案外簡単に追いつけそうね」
柴田達は角獣車を使っても草子に追いつくまでにはもう少し日数が必要だと思っていた。
しかし、予想外に草子との距離が縮まっている。
ヴァルルスが草子と取引をしなければここまで距離が縮まることは無かっただろう。結果オーライである。
「草子の友人達よ、ヘズティス殿からもらった手紙があったな。あれを少し貸してくれ。魔王軍幹部一人よりも魔王軍幹部二人の方が説得力があるだろう」
「ありがとうございます」
「いやいや……我は草子殿に沢山のものをもらった。それを草子殿の友人に返すことができるのなら、それほど素晴らしいことはない」
草子の繋いだ縁――それが巡り巡って白崎達の追い風となっている。
これもまた、草子の【叡慧ヲ窮メシ者】では予想できなかったことだ。……いや、こうなることも予想した上で、何度でも同じように叩き潰せばいいと考えて放置しているのか。
「個人的には草子君が作った図書館を見てみたいけど、せっかく草子君との距離が縮まっているのだから、今のうちにもっと距離を詰めた方がいいわね」
「ロゼッタ殿、あの図書館は実質草子殿のもの。八手館長に話をしておくから、時間が取れた時にでも行ってみてくれ」
「お気遣い、感謝致しますわ」
その後、白崎達はヴァルルス達に礼を言い、魔王領シェリダーに向けて出発した。
途中ジュペッペの森で野営をし、翌日の正午頃、白崎達は魔王領シェリダーに到達する。