4.圧倒しちゃいまして。
異世界ガイア生活一日目 場所辺境都市ダブルスティンカー近辺の森
「では、仕切り直しと行きましょうか? 〝神聖なる輝きよ! 邪悪を貫く槍となれ〟――〝聖光収束極槍〟」
【神聖魔法】で光の槍を作り出し、ンュチーォフに向けて放つ。
『異界の天使のなり損ないヨ! 私を守る盾とナリなさいィ!』
異界の闇に封じられていた小さな天使を無数に呼び出して盾を形作ったか……面白いことするね。まあ、貫いたけど。
『――死にナサイ! 神殺しの嵐』
背後に飛び、殺しの終焉剣で二十四連攻撃を放ったか。
『ナ、何故、何故ダメージが!?』
「面白い顔をするのですね。私、実は自信満々な表情で嘲笑し、優位に立っていると思い込んでいる殿方が絶望する姿が大好物なのですよ? ええ、聖女にあるまじき趣味だとは存じております。ですが、表では誰にでも優しい聖女で、裏の顔はドSというのも強ち悪い趣味ではないと思います。そのギャップがいいという奇特な殿方がいらっしゃるかもしれませんし」
龗神の宿し冽流の宝剣を掌中でクルッと一回転させ、ここで聖女の微笑み。決まった。
カタリナファンが見たら発狂しそうな聖女にあるまじき聖女の姿だな……キャラ崩壊の意味で。
「七星流絶剣技 破ノ型 輔星」
神威を込め、ンュチーォフとンュチーォフの持つ殺しの終焉剣に三十五連撃を叩き込む。……おっ、今回は避けられなかったみたいだな。
【分解のオーラ】と龗神の宿し冽流の宝剣が持つ本来の攻撃力、そして神威の破壊力と浄化力が合わさり、斬撃を受けたンュチーォフが少しずつ削られ、消滅していく。
ふう、二体のンュチーォフ――撃破。
思ったより割とあっさりしてたな……まあ、時空遍在って技能があるみたいだし、ンュチーォフはまだ何体か共通の時空間に存在しているだろうけど。
そして、意識の共有が成されていると思うから、多分俺達の情報は敵側に渡ったな。
まあ、今回のことであちらさんも俺達の存在を認識しただろう。
……しかし、フェアボーテネとは異なる陣営――〈流転する世界の理〉が暗躍しているのか。しかも、戦女神の力すらも手中に収めている……これは一度フツミに相談しておいたほうがいいか。
フェアボーテネを倒せば全て解決? って思っていたけど、そう簡単にはいかないらしい。……こりゃ、少し時間がかかりそうだな。
◆
ダブルスティンカー防衛線はこちらの勝利に終わった。
討伐戦績は白狼主を倒したヱンジュが一位、とにかく戦いまくって冒険者全員に戦闘狂判定されたウコンが二位、ジューリアとユエが同率三位ということになった。
まあ、俺が倒したのって【殺気圏ノ王】で殺した雑兵だけだからね。勇者(笑)と脳筋(笑)は討伐対象外だし、ンュチーォフって乱入者に至っては討伐対象外どころか完全に予想外だったし。
で、討伐報酬なんだが全部俺が受け取ることになった。……いや、俺って八位だよ!? 八位のぱっつぁんじゃん! ツッコミスキルはスキルレベル一だけど!!
どっかのホテルのコンシェルジュさんみたいに運用は無理だよ!?
「草子にはお金を増やすなど造作もあらぬことなり」
「いや、流石に無理だよ!! 俺、投資とか素人だし、無から有を作り出すとは得意だけど、それなら元手はいらないし」
≪草子、お前が目をつけて育てた奴はみんな勇者とか凄腕冒険者になんねんやろ? 物への投資はせんでも人間への投資は得意なんとちゃうんか?≫
「いや、別に得意じゃないよ? ただ、俺に何かを教えて欲しいって人は何か目的としているものがあってそれに向かってひたむきに努力できるから最終的に強者に至るって話だよ。そもそもモブキャラに戦闘面で教えを請うなんて意味が分からないだろう? まあ、文学くらいなら多少なりは教えられるけど」
で、そんなジューリアやウコンと会話をしている俺ですが、絶賛冒険者達に殺意や害意の篭った視線を向けられています。
「しかし、なんでこうも濃厚な殺意を向けられるんだろう? あっ、皆様の希望――勇者様と脳筋様を砕いた瞬間にダメージが発生する白き荊――【無属性魔法】〝純白の白茨〟で縛っているからかな?」
「離せ、離せ………………離してください、お願いします」
あっ、脳筋(笑)が何か言っているみたいだ。
勇者(笑)は既に諦めモードに入っているし、脳筋(笑)の方が根性あったってことか?
「…………それが理由じゃないのは間違いないわね。で、その勇者(笑)と脳筋(笑)……ついでに幼馴染(笑)はどうするのかしら?」
「なんか私の扱いが幼馴染(笑)で完全に定着しちゃっている!? ……勿論、今回の件の原因を作った、その罪は償うわ。……何故、私だけそのまま放置なのか気になるところだけど……」
「えっ、英里さんも縛られたかった? だったら早く言ってくださいよ。……って、妙にドSが似合うお嬢様がパーティにいる頃だったら良かったのに……つくづく運が悪いっすね」
「いや、なんで私が縛られたいMな性癖を持っていることにされているのよ!? ……いや、私も二人と同じように美春さんの本当の気持ちも考えずに幼馴染であることを強要したし、裕翔君に沢山酷いことをしてしまったから同じ目に遭わされても仕方ないかなって思って」
「英里さんは会話で十分意思の疎通ができるでしょう? でも、この二人は…………ね」
責任転嫁と記憶改竄に、脊椎反射の正義感……こういう種族にいくら言葉を尽くそうとしても無駄だからね。
というか、そもそも脳筋という種族には真面に言葉が通じた記憶がないんだが……。
「…………草子さんが睨まれているのは、十中八九美人さんに囲まれているからだと思われます。草子さんの同行者は美女率が高いですから、そりゃ敵意や害意を向けられますよね」
「なんで、イチャラブしている裕翔さんと美春さんに非難の視線が集中せず、全部俺に降ってくるのか? あれか、今ここでカタリナさんを召喚してイケメン武神ウコンのハーレムメンバーに加わればいいのか?」
「…………いや、ここでそれをやられると確実に今ここにいる女性冒険者全員の心が折られるからできればやめてもらいたいな」
英里に止められてしまった。仕方ない、カタリナさんになって非難の視線をウコンに集中させよう作戦は諦めよう。
「まあ、有象無象の悪意なんて柳のようにいなしてカウンターで倍増し増し増しつゆだくの殺気を放つくらいはできるんだけど。こんな風に?」
【貪食ト銷魂之神】を発動して、殺意を向けてきた冒険者に倍から三倍の殺意と重圧を掛けてみた。あっ、物理的じゃない方ね。
同時に俺に向けられる殺意が消えた。めでたしめでたし。
「あっ、シュリウス支部長。ギルドの会議室をお貸し頂けませんか?」
「……別に構わんが。何に使うんだ?」
「何ってこれからの方針の決定ですよ。まあ、少々込み入った事情もありますんで。わざわざそのためだけに宿を借りるのも面倒ですし」
「分かった。……鍵は受付嬢から受け取ってくれ。使い終わったらギルド職員の誰かに渡してくれればいい」
「ありがとうございます」
会議室の鍵を受け取り、全員で会議室に移動。鍵を掛け――。
「で、裕翔さん達と英里さん達はこれからどうする? ちなみに、選択肢は召喚を主導したクローヌ王国にお礼参り、クローヌ王国に召喚をさせたフェアボーテネ教の神山にお礼参り、フェアボーテネ様にお礼参りの三択になります。なお、三は決定事項になっており、二もほぼ確定になっていますので、結局のところクローヌ王国を壊滅させるか壊滅させないかの違いが発生します」
早速本題を切り出した。
「神殺しは決定なのね……」
「まあ勇者召喚を指導し、駒にしようとしたのは間違いなくフェアボーテネですし、ヱンジュさんはフェアボーテネを倒すためにこの世界に戻ってきましたからね。とりあえず、俺としては神山でフェアボーテネの居場所を特定できる情報を獲得するつもりでいますが、クローヌ王国を壊滅させるつもりなら先にクローヌ王国に行くという手もありだと思っています」
「……俺は別にクローヌ王国に復讐したいとは思いません。どっちかといえば関わりたくありませんね。本音を言えば天河君達とも関わりたくありませんでした」
「裕翔君と同じだわ。まあ、私と裕翔君の恋路を邪魔するというのであれば、勿論殺すけど」
なんだろう? ヤンデレがバレてから美春が開き直ったように物騒なことを隠さず話すようになったんだが……もしかして、地球に居た頃から最悪の場合はザックリとか考えていたんだろうか? ……地球で刃傷沙汰とかマジでやめてください!! いや、異世界だからいいって訳でもないけど。
「英里さんは?」
「私も召喚されたことに思うところはあるのだけれど……勇者召喚は不可逆――例えクローヌ王国に復讐したところで元の世界に戻ることはできないのでしょう?」
「まあ、そうですね。ちなみに、魔力を持った者が魔力のない世界――地球に転移することは神界規定で禁止されていますので、例え空間魔法を得たとしても使用して地球に戻ることはできません。異世界カオスと異世界ガイアのような世界法則が近い世界同士の移動は可能ですが……そうですよね、ウコン様」
≪そうや……まあ、草子はそのルールを掻い潜って地球にいぬつもりのようだがな≫
「「「「「地球に帰還!?」」」」」
「まさか……本当に地球に帰ることができるの? お父さんやお母さんに会うことができるの?」
「英里さん、俺は異世界カオスって世界に召喚され、地球に帰るためにこれまで旅を続けてきた。その過程で神界の規定を知り、既存の方法では帰ることができない可能性に至った。……一応、元々の方針に従ってこそいるけど、実際に異世界カオスという世界に帰還方法があるかどうか分からないし、それが神界の規定をすり抜けられるものかどうかも分からない。俺はさっきこの世界と異世界カオスは限りなく近い世界と言ったけど、全く同じ世界法則が働いている訳ではない。世界を移動した際に世界法則に小さな変化が起きている可能性もある。まあ、例え起きていたとしても神界が見逃す程度の些細な変化だろうけど。……まあ、実際に法則が変化してしまったらもう神界も手出しはできないだろうけど。……そういえば、一つヒントになるかもしれないけど、魔法は基本、魔法の存在する世界でしか発動しない。俺達が異世界召喚されたのは、魔法ではない――神の技が俺の世界でも通用する概念だったからだ。もしかしたら、裕翔さん達の世界や榊翠雨達の世界には、実際に魔力が存在していたのかもしれないな。……いや、もしかしたら俺達の世界にもあったのかもしれない。だが、異世界のようにそこまで発達している訳ではない。だから、異世界から破壊的な魔法を十全に使いこなせる存在が現れれば世界がめちゃくちゃになる……だから、神界は止めているってことか」
≪おっ、流石は草子。目の付け所がいいな。……地球には魔力、或いは魔素と呼ばれるものがある。まあ無に等しいほど微弱やけどな。悪魔や生まれついての鬼は、まあその魔力の影響を受けて生まれたもんやな。まあ、中には人が鬼になるってのがあるみたいやけど。まあ、恨み辛みとか、人間によって鬼と扱われ隠れざるを得なくなった存在とか、まあ事情は色々やな。わいにはよく分からんけど。……まあ、それはいいとして異世界に行ったものがどうして元の世界――ここでは地球だな――に戻ってはいけへんのか。それは世界の法則がちゃうからや。魔力の濃度も問題ではあるが、一番はやっぱりスキルやな。何もエネルギーを消費せんと様々な事象を起こせる力――それがスキルや。そないなもんをつこてみ……世界がどうなる? 神界ってのは世界の維持・管理を行うための組織や。つまり、急激な変化を良しとせぇへん。まあ、一度してしまえば草子の言う通り何もできひんけど。……しかし、良かったよ。草子が理解のある人間で……もし、『召喚は全部神界のせいだから地球に戻すのは至極当然! 魔法を使って地球に転移することを見逃すか、神界の力で地球に俺を転移させなければ全面戦争も辞さない』なんて過激派やったらエライことになっとった≫
まあ、俺の予想は大方当たっていたってことだな。
……しかし、俺が戦争という手を打っていたら大変なことになっていたね。いや、そもそも最初から神界と戦争とか選択肢外だよ? だって神様に勝てる訳がないじゃん。
「最初はただ地球に帰ればいいと思っていたけど、俺達は一度異世界に召喚されてしまっている。例の鬼籍問題もあるし、俺だけが戻っても不自然に思われるからね。……それに、ヴァパリア黎明結社の首魁のスキルと転生を利用した手段は最も不自然でありながら自然に見える。俺達が召喚されたという事実すら抹消できるのだから鬼籍問題は解決できるし、神界も世界法則の問題を心配する必要はない。何故なら、地球を内包する宇宙はスキルを使われたという事実すら書き換えられ、それ故に認識できないから。俺達の世界には因果干渉に抗う術はないのだし、全て解決だ。…………しかし、俺が戦争という手段を選んでも神界は困らんだろ? こんなバグったモブキャラ一人殺す程度造作もないだろうし」
≪……まず、草子――オノレが神界に宣戦布告すれば、メタトロン以下全天使はオノレの側につく。天使達は草子――オノレに恐怖し、畏敬の念を抱いとるみたいやからな。狂信が行き過ぎて恐ろしいぞ。それに、神界の神も自分の身が一番可愛い。オノレが敵に回るとなれば、ようけの神がオノレの側につくやろう。勝てる訳がない戦やからな。……まあ、わいは最後まで戦うけどな。例え負けると知っていても、最後まで職務を全うするべきや、そうやよってに存在を懸けるって奴もほんの僅かやけどおる。まあ、その総力をもってしても10-0でそちらさんの勝利や。ほんで、神界は滅ぶ……リアル・神々の黄昏やな≫
……いや、神界潰しする気ないし、俺の人望じゃ絶対に無理だと思うけどな。
というか、そもそも全天使が俺の軍門に下るっていう前提条件自体成立するとは思えないんだが……だって俺、モブキャラだから。
「まあ、総括すると元の世界に戻りたいならその独自の方法を裕翔さん達で見つけてくれってことだな。まあ、フェアボーテネを倒したところでその方法は手に入らないと思うけど。……まあ、それは今後の話としてもう一つ確認しておかないといけないことがある。というより、情報の共有だな。今回、そこの勇者(笑)と脳筋(笑)と英里さんに呪纏刻印を刻み、神殺しの駒として使おうという連中と交戦した。――〈流転する世界の理〉のンュチーォフ=ブオルーイホ……ソイツは上位精霊と異界の天使の融合体の融合体だと俺は推測している。そして、奴の口上からその正体は異界の天使とガイアの女神の――つまり、天使と戦女神の融合体だと俺は考えている」
『…………そんな、ことが。まさか、戦女神テルミヌス=シエル=セリュエストとのリンクに失敗したのは……』
「いや、その女神様が白だっていうなら可能性はゼロだろ? あれはどう考えても闇属性だ。奴の精装武具も聖剣ってより魔剣の雰囲気だったし。……で、もし戦女神が囚われているのならヱンジュさんやフツミさんとしては救い出したいかな? って思って。で、救出に向かうか向かわないか、救出に向かうとしてそのための目星をつけるために封印とかに使われそうな場所ってどこかなって聞こうと思って」
「勿論、七曜の一族としてテルミヌス様が囚われているのなら救わないといけませんし、その仲間の戦女神についても同じです!」
『……ヱンジュ、テルミヌスのことも様付けせずに呼んでくれて構いません。私とヱンジュは親友なのですから』
なんか最近二人で愛の再確認をするのが増えてきたな。百合なのだろうか? いや、この純愛は素直に応援したいなって思うよ。思うけど、毎回二人の世界を作ってその中に逃走するのはやめてほしいです! 話が進まなくなるので。
「で、お二人さん。戦女神の封印されている場所に心当たりとかある?」
『…………一箇所だけ。女神信仰の中心地に女神遺跡があります。もしかしたら、そこに』
「ちなみに、その女神遺跡にどちらか行ったことがある?」
「私は母に連れられて何度か……」
『内部の記憶なら朧げですがあります』
よし、とりあえず決まりだな。
「では、女神遺跡に行きましょうか? と、その前にこの勇者(笑)と脳筋(笑)をどうするか……。というか、裕翔さん達と英里さんは結局俺達と一緒に神殺しと〈流転する世界の理〉の討伐に参加するのか……別に危険なだけだし不参加でも問題はないと思うけど」
「俺は俺達を召喚したフェアボーテネを倒したいです。俺の地球での人生をフェアボーテネに奪われましたからね」
「私も、裕翔君が行くのについていかないという選択肢はないわ」
「誰かがこうしたからで選ぶな、自分の道は自分で選べ」っていう言葉がこの人に限っては通用しないなってつくづく思う。
常に裕翔と共にあることが、美春にとっては一番なのだろう……愛が怖いです!!
「私は……二人を放置することはできないから」
「あっ、了解っす」
まあ、“この人には、あたしがついて居なければ駄目になる”って武士の情け的気持ちから見捨てる訳にはいかないのなら、依存関係になって永遠に抜け出せなくなるだろうけど、それを英里に言っても仕方ないよね。
結局はどのようにしたいかは人それぞれ、自分で選ぶべきものだからな。それは超越者でも超越者じゃなくても関係ない。
「〝記憶覗き〟、〝距離に隔てられし世界を繋ぎたまえ〟――〝移動門〟。それじゃあ、英里さん。お元気で」
英里達に別れを告げ、〝移動門〟を開いて女神遺跡に移動。
あっ、会議室の鍵は英里に返しておくよう頼んでおいたので大丈夫です。