【三人称視点】この映像をお前が見ているということは。
異世界生活百三十三日目 場所バラシャクシュ遺跡
荘厳で巨大な扉を抜けた先には、純白の大部屋が広がっている。
白崎達が部屋に入り終えるのと同時に小さな立方体が現れ、瞬く間に八本足の機動要塞を作り上げる。
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機動要塞エレシュキガル・データ
HP:9999999/9999999
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ATTENTION
このAR空間でHPが0になった場合、部屋の外に転送されます。一度敗北後、一時間は再挑戦できません。
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HPゲージと名前が表示され、インフォメーションが表示された。
「まず、あたしから行くわ」
「では、僕もお先に攻撃させて頂きます」
【瞬間移動】を発動し背後に回った聖と、左側に回ったレーゲンが【分解のオーラ】を纏わせたそれぞれの武器で斬撃を放った。
「〝超重力〟」
ロゼッタの優雅なる令嬢の傘の傘地に込められた【重力魔法】が発動し、機動要塞エレシュキガル・データに猛烈な圧力が掛かる。
「〝小型大量槍魔法〟――〝増殖する小槍〟」
アイリスの投げた槍が割れ、無数の小さな槍となって機動要塞エレシュキガル・データに襲い掛かる。
「〝時間早送り魔法〟――〝水晶の加速〟」
アイリスが新たに作り出した巨大な水晶玉に映し出された小さな槍が一斉に加速した。
「――みんな、亜空を捻じ曲げる常闇が来るわ!!」
機動要塞エレシュキガル・データの砲台に黒い輝きが宿り、巨大な球が射出された。
亜空を捻じ曲げる常闇の亜空間作成に巻き込まれた小さな槍は世界の修正力によって完全に消滅する。
「――来て、ファンテーヌ! 私に力を貸して!!」
『私の力はリーファ様のもの。我が主人に水の祝福があらんことを』
リーファの身体を青い輝きが包み込み、青いドレス姿へと変える。
「『――激流の斬撃・連斬』」
リーファとファンテーヌの水の連撃を受け、少しずつ機動要塞エレシュキガル・データのHPが減っていく。
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機動要塞エレシュキガル・データ
HP:2999999/9999999
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「みんな、あと少しだよ! でも油断は禁物だか……ら…………えっ、どうして!?」
白崎は仲間達を鼓舞しようと言葉を紡ごうとして、途中で言葉に詰まってしまった。
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機動要塞エレシュキガル・データのHPが半分を切ったのでフェイズ2に移行します。――自己修復の発動を確認……完了致しました。
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「……えっ? どういうことなの!? フェイズ2なんて私達が攻略した時には無かったのに」
「白崎さん……多分、草子さんの仕業ですね。ヴァパリア黎明結社に情報を奪われる可能性を考えて、設定を弄ったのでしょう。……それに、この部屋の結界も前と違います。全ての耐性が無効化されています」
「……草子君ならやりかねないね」
レーゲンの言葉を聞き、聖が同意の言葉を発する。
「そんなもの関係ないだろ! 突撃あるのみだ!!」
「ちょ、ちょっと待って!! 進藤君、久嶋君、大門君!!!」
三つの超重力を生み出す歪曲に赤い光が収束した。
進藤達は素早く回避行動に移るも、既に超重力を生み出す歪曲から赤い光が放たれてきまい、回避は困難。
「〈世紀の大脱出〉!!」
柴田の〈世紀の大脱出〉により進藤は超重力を生み出す歪曲の効果範囲から脱出し、久嶋と大門は【瞬間移動】を使用した聖とレーゲンによって救出された。
「――〈最終の大喜劇〉!!」
大爆発を引き起こし、柴田は灼熱の中に消えていった。
「――柴田さん!」
「一ノ瀬さん、大丈夫よ。柴田さんは無事だわ」
白崎の隣の空間がひび割れて、中から柴田が現れた。
「〈ネタバラシ〉……私が私の技で死ぬ訳がないじゃない。しかし、これはマズイわね」
霊界を穿ちし兵装に金色の光が収束し、解き放たれる。
放射状の波として放たれた金色の光は、散弾のように放たれると思って身構えていた白崎達に容赦なく襲いかかった。
「…………うっ、まんまとやられてしまったね」
「やはり、これも草子君の仕業だろう。……もしかして、草子君は私達がここに来ることを想定していたのだろうか?」
「どうかしら? でも、草子君ならそれくらい予測してもおかしくないわよね」
朝倉の予想に北岡も同意する。草子と関わりを持った時間が長ければ長いほど、その規格外さを嫌というほど思い知らされる。
聖達草子パーティの古参メンバーにとって、この程度のことは別段驚くことでも無かった。
「〝巡れ、廻れ、生々流転の円環世界。移り変わる命の裡に秘めたる聖なる力よ。我が命に秘められし原初の命より受け継がれし愛。その慈愛に満ちた輝きを顕現し、全ての我が同胞を癒し、生きる力を与え給え〟――〝情愛之聖域〟」
「〝嗚呼、惨き戦場よ! 戦に身を投じ、生命を散らした殉教者達よ! 戦火に焼かれ焦土とかした大地よ! せめて、せめてこの私が祈りましょう! いつまでも、いつまでも、祈り続けましょう〟――〝極光之治癒〟」
白崎は二つの【神聖魔法】を発動して、近くの仲間と自分自身を範囲回復で癒し、遠くの仲間をオーロラの如き輝きで癒した。
「――狙撃!」
「〈勾玉顕現・妖狐憑依〉!! 〝真紅の炎よ、火球となって焼き尽くせ〟――〝劫火球〟」
八房のベレッタ・モデル92(擬)が火を噴き、志島の【狐火】が機動要塞エレシュキガル・データに命中した。
「降り注げ、地を焦がす稲妻。災いを齎す竜となれ」
「〝紅煉の世界の灼熱よ! その熱で全てを焼き尽くせ! 一切合切を焼き尽くして浄化せよ〟――〝灼熱世界〟」
「〝轟く雷鳴よ、輝く雷霆よ、降り注いで焼き払え〟――〝霹靂領域〟」
(〝雷光を内包する竜巻よ、凡ゆるものを焼き尽くせ〟――〝サンダー・テンペスト〟)
「『焔操魔導モルジアナ』をセットですわ!! 煉獄ノ宴・紅炎」
「〝万象を滅却する波動よ! 相反する相剋の力によりて顕現し、その力を思う存分揮い給え! 灰は灰に塵は塵に戻りて万物須らく円環の輪へと還る。今こそその輪を外れ、滅びの道を進み給え〟――〝破滅の波動〟」
一の雷竜、柊とミュラの上級魔法、ゼラニウムのオリジナル魔法、ジュリアナの複合魔法が相次いで命中し、間髪入れずに悪鬼斬り伏せを持つ高津と悪鬼斬り滅せを持つ常盤、【死纏】を発動して神聖煌槍デュエッシュレーィトに闇を纏わせた一ノ瀬が一斉に攻撃を仕掛ける。
「「「嗚呼、神よ! その慈悲を青き光へと変え給え! その御心の光を宿し、遍く邪悪を粉砕せよ。その光で全て暗雲を薙ぎ払い、この世を再び清浄にして聖浄なる地へと戻し給え! その慈悲の一撃を持って遍く罪科と原罪を赦し給え――《神威宿りし熾天の光》」」」
レーゲン、照次郎、孝徳の最強の勇者固有技が放たれ、遂に機動要塞エレシュキガル・データのHPがゼロになった。
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この機体は、機動を停止致しました。この機体は、機動を停止致しました。排熱、及び機動エネルギーの消費ができなくなっています。搭乗員は速やかに、この機体から離れ、避難してください。この機体は、機動を停止致しました。この機体は、機動を停止致しました。排熱、及び機動エネルギーの消費ができなくなっています。搭乗員は速やかに、この機体から離れ、避難してください。この機体は……。
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が、戦いはまだ終わっていなかった。HP表示がゼロになってなお戦闘は続行され、警告が表示され続けている。
「って、機動要塞デ●トロイヤーかよ!!」
つい、ツッコミを入れてしまうレーゲンだが、状況が状況だけに全員にスルーされてしまう。
「とにかく、爆発から身を守るしかないよ!」
「「〝彼岸と此岸に境あり。魔の者は魔の世界に留まりて決して越えることなかれ。一線を引き、結界を張り、あらゆる魔を通すことなかれ〟――〝護法の結界〟」」
「〝我が仲間に守りの加護を与えよ〟――〝守りの加護〟」
「〝巡れ、廻れ、生々流転の円環世界。我が母なる大地に宿りし聖なる生の力よ。全ての命に秘められし原初の命より受け継がれし愛。その慈愛に満ちた輝きを顕現し、全ての命に癒しの祝福を与え給え〟――〝慈愛之霊泉〟」
高津と常盤の【結界魔法】、コンスタンスの【付与魔法】、そして白崎の永続回復効果をもたらす【神聖魔法】が発動され、機動要塞エレシュキガル・データの爆発を迎え撃つ準備が整った。
そして――。
機動要塞エレシュキガル・データが熱により融解し、〝爆裂魔法〟十発分にも匹敵する灼熱が白崎達に容赦なく襲い掛かった。
◆
「…………本当に、ギリギリだった」
閉まっていた後方の扉と、新たに前方の扉が開いたのを確認し、白崎は冷や汗を拭った。
万全の状態で臨みながら、白崎達の残りHPは軽い方で十分の一、重い方に至っては残り一桁に達している。
高津、常盤、コンスタンス、白崎――誰か一人が欠ければ最後の爆発で全滅していただろう。
内心、一度倒して機動要塞エレシュキガル・データを舐めていた白崎は、深く反省した。
白崎達は開いた扉の先にある中央制御ルームに向かう。
草子と共に初めてバラシャクシュ遺跡を攻略した過ぎ去りし日に想いを馳せていると――。
『この映像をお前が見ているということは、機動要塞エレシュキガル・データを倒し、このバラシャクシュ遺跡を攻略したということだろう』
「――草子君!!」
突如現れたディスプレイに映し出された大切な人の姿を見て、白崎は思わず声を上げてしまう。
「……どうやら、バラシャクシュ遺跡を攻略した者に対してメッセージを残していたみたいですね」
攻略者に対するメッセージは実に用意周到な草子らしいとレーゲンは感じた。
『まず最初に断っておこう。ここの全システムは管理者権限で使用不可能にした。お前らヴァパリア黎明結社が求めるYGGDRASILLに繋がるデータは、この俺――能因草子を倒さない限りは手に入らないということだ。……もし、YGGDRASILLを手に入れたくばこの俺を直接狙いに来い。俺としてはお前らの方からのこのこやって来てくれる方が好都合だからな。――それと、お前らのボス――ヴァパリア黎明結社の首魁に伝えろ。俺は必ずお前の【永劫回帰】を奪うとな。さあ、全面戦争を始めようぜ、自称異世界カオスの支配者サマよ!』
傲慢不遜な態度で不敵な微笑を浮かべる草子の姿を最後に、ディスプレイは消失する。
「……どういうことなのでしょう? 草子様もフィード様のように【永劫回帰】を求めるなんて」
「ロゼッタさん、草子さんは僕達よりも遙か先を行っています。きっと、僕達の思いつかないような方法で帰還を目指している筈です……【永劫回帰】がそれにどう関わるのかは分かりませんが、きっと僕達の想像のつかない方法で有効に活用するのでしょう」
「レーゲン君、【叡智賢者】は――オレガノさんは何か知らないの?」
「聖さん、残念ながらオレガノさんもその方法を知らないようです……そもそも、この世界から地球に帰還するのは神界の規定で禁止されています。……草子さんがもし神界に協力を求めるとしたら、神界を納得させる方法が必要になります。オレガノさんにもその方法は分からないようです」
草子は当初、YGGDRASILLの中から帰還方法を探ろうと考えていた。しかし、もしYGGDRASILLの中に帰還方法が無ければ、それどころか異世界カオスのどこにも帰還方法が無かったとしたら……。
草子は、転生システムを利用した第二の矢の地球帰還方法にシフトしつつある。異世界カオスでの動き方自体はほとんど変わらず、草子自身がその方法を白崎達に語っていない故に、これまで草子はYGGDRASILLの情報を使って地球に帰還するつもりだと考えていた聖達だったが、ここに来てその可能性がほとんど無いことを理解することになった。
「……ここで考えても答えは出ません。草子さんに聞けば分かると思いますし、今は一刻も早く草子さんを追うべきだと思います」
「レーゲン君の言う通りだね。まずはミンティス教国に戻って、そこからジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国に向かいましょう」
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異世界生活百三十九日目 場所ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国、シャドウレイの森
その後、白崎達はミンティス教国に戻り、ネメシス達から想いを託され、ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国に向けて出発した。
ミント正教会保有の馬車に揺られ、聖都から三日ほどの時間を掛けてウィランテ=ミルの街に移動――そこから、二日を費やしてウィランテ大山脈を越えたところで一旦切り上げた。
そして、遂に異世界生活開始から百三十九日目――白崎達勇者パーティはシャドウレイの森に到達する。
これまでの勇者達とは全く違う願いを心に秘め、地球という異世界からやって来た勇者達の魔王領探索とパーティを去った草子を連れ戻す戦いが始まった。