【幕間】外道死霊術師は仕える主を選ぶ。※【三人称視点】
ミンティス教国の聖都には四陣営の戦争の爪痕が残されている。
戦争終結後すぐ、丁度草子が神殿宮を建て直した頃、ダニッシュの骸が風雨に晒されるその地に二人の男女が姿を現した。
一人は真っ白な猫耳と尻尾を生やした齢十三の少女。その首には奴隷を示す首輪がつけられている。
しかし、実際は裏世界を支配する裏商人ギルド会議の代表代理として八面六臂の活躍をする敏腕秘書であり、愛する主人のために超越者にすら至った彼女は最早何人も奴隷としては扱えぬ存在である。
もう一人は、どこにでも居そうな黒髪の商人風の男。
しかし、実際はヴァパリア黎明結社の最古参メンバーであり、同時にこの世界で最も資産を持つ実業家である。
男の名はアルフレート=カーン。【黒蜥蜴】、【影法師】、【暗躍卿】、【死の商人】――数多くの異名を持つ裏世界の経済王で、【情報偽装】というスキルによりありとあらゆる情報を操作する力を持つ。
それには、自分の容姿やステータスなども含まれる。草子がアルフレートのステータスを中途半端に看破することができなかったのは【情報偽装】と【看破】が拮抗したからであった。
女の名はシャリス=マーガレット。吉岡愛莉という超大手多国籍企業の社長秘書にまで上り詰めた才媛をを前世にもつ転生者であり、現在はアルフレートの秘書として有象無象の裏商人を仕切っている。
その二人がこのミンティス教国に来たのはアルフレートと親交のあったダニッシュを援護するためであったが、アルフレート達がミンティア教国についた時には既に戦争が終わり、ダニッシュはインフィニットによって殺されていた。
「……お前達、何者だ!!」
戦争が終わり、ミント正教会の騎士修道会の面々が聖都に戻りつつあった。
アルフレートとシャリスはその一人と接触してしまったのである。
「俺はこいつを回収しに来たんだ。古い友人で俺達のために戦ってくれたこともあった。……殺されるのは仕方ない。それだけのことを俺達はやって来たんだ。だけどその骸が野晒しされるのまでは許容できない」
「……それは大罪人だ。こちらに引き渡せ。さもないと――」
「うるさいですにゃ。……理解力のない男は嫌われるにゃよ」
瞬間、騎士の男が地面に崩れ落ちた。
シャリスの持つスキルの一つ――【状態異常付与 極】。
ありとあらゆる状態異常を百パーセントの確率で発生させる究極のデバフスキルであり、更に【状態異常耐性】程度であれば貫通できるほどの強大な力を持つ。
それは、ほとんど非殺傷スキルでありながらチートスキルに分類されるほどである。
シャリスが発動したのは、その中の【麻痺性付与】。
敵を麻痺させることで動きを封じるというもので、そこまで強力なものではないが、シャリスにとってはそれで十分だった。
「主人様、後はお願いしますにゃ」
「……了解だ。【情報偽装】、発動」
アルフレートのスキル――【情報偽装】は視覚・嗅覚などといった五感などの情報から自分の名前、性別、職業、称号、スキルなどといったステータス情報、果ては記憶に至るまでありとあらゆるデータを書き換えたように偽装する能力である。
だが、書き換えられた本人も含め、全ての者が気づかなければ、それは事実に相違ない。
名前を書き換えればその名前を持つ全く別の人物になり、性別を書き換えられればその性別になり、職業を書き換えられればその職業に適さないスキルは使用不能となり、称号が書き換えられればその称号で得られたスキルが使用不能になり、スキルを書き換えられればそのスキルが使用不能になる。
このスキルを解く方法は虚偽情報を看破することだけであるが、アルフレートの場合は超越者に至っているため並の人間では看破不能、能因草子のような特異な存在が相手であっても拮抗し中途半端にしか解析することができない。
アルフレートはこのスキルにより、騎士修道会の騎士を非力な町娘に改変した。
それに伴い記憶などの情報を改変する。
この呪いめいたものを解けるものは、アルフレートを除けばこのカオスな世界にも片手で数えられる程度しかいないだろう。
そもそも本人が気づかない以上、掛けられた呪いを解こうというアクションが起きることはない。
この町娘が元の騎士に戻るのことは絶望的だった。
「顕現せよ、距離の隔たりを越える転移門!!」
アルフレートの持つ此方と彼方を繋ぐ指輪に封じられていた【空間魔法】が解放され、〝移動門〟が出現する。
アルフレートはダニッシュの骸を抱え、シャリスと共に〝移動門〟を潜った。
◆
「ダニッシュ、安らかに眠れ。後のことは俺に任せろ」
ヴァパリア黎明結社が所有する島の一つ――ラグナ・ヴァルタ島。
その一角にある墓地にはかつてアルフレート達と共に戦った者達が眠っていた。
インディーズとスペティア――アルフレートの親友達の墓の隣にダニッシュの墓を作り、アルフレートは花を供えた。
「ご無沙汰だね、アルフレート。それからお初にお目にかかる、子猫さん」
燕尾服を身に纏った長いアッシュブロンドと紫紺色の瞳が印象的な男が立っていた。
「……何をしに来たんだ、グリフィス=インビィーツト」
アルフレートの声音は普段からは想像がつかないほど冷たいものだった。
その瞳はアルフレートの冷たい怒りを湛えている。
「そう警戒なくてもいいですよ。私はただ、かつての仲間の墓に花を供えに来ただけですから」
「……何が仲間だ。インディーズの死を未然に防げる立場にいながら、静観し……いや、寧ろ協力したお前を俺もダニッシュも仲間とは思ってねえよ。この外道死霊術師が!!」
アルフレートとグリフィス――かつて志を同じとして戦ったかつての仲間は、今や不倶戴天の敵となっていた。
いや、同志だと思っていたのはアルフレート達だけだったのだろう。
「……酷い言い草ですね。私はただ、本来私が仕えるべき相手に仕えているというだけです。私と同じ異能――異理の力を持つ上位転生者に。私はゼドゥー様と同じ力を持つ者が世界を支配するべきと考える派閥に属しています。しかし、それはゼドゥー様でも、この世界を裏から牛耳っていると自負している始まりの一族でもない。私はインディーズ様に仕えていたのではなく、その前世――リュート=オルゲルト様に仕えているのでございますよ。《勘違いを訂正する言霊》――世界の勘違いを訂正することであらゆる因果・概念に干渉し、望むままに改変することができる概念干渉系異能――それを持つリュート様こそこの世界を支配するに相応しい。私は彼が王となり支配する世界のほんの一部を借り受けられれば、それだけで十分なのでございます。……それと、私を死霊術師などという半端者と一緒にしないでもらいたい。私は蘇生技能者――魂の伴わない半端な蘇生ではない、真の死者蘇生を行える存在です」
インディーズが最も嫌悪を抱いていた彼の前世――それを肯定するこの男はやはりインディーズの意志を継ぐアルフレート達の敵であった。
「では、そろそろ失礼致します。さようなら」
グリフィスは無数の蝶へと変化し、姿を消す。
「……ちっ、逃げられたか」
アルフレートが旅をしている理由の大部分はこのグリフィスを見つけ出し、殺すことだった。
リュート信奉者のグリフィスはリュートを復活させるための肉体が手に入る瞬間――つまり、ゼドゥーの死を待っている。
リュートを復活させるためにはリュートの転生体であるインディーズの血を引く者の身体が必要なのだ。
その身体とグリフィスの持つインディーズの魂が揃った瞬間、グリフィスは自身の異理の力である《真の蘇生魔法》を発動し、リュートの自我を持つ前世の記憶状態に書き換えた魂を貼り付けてリュートを復活させる。
その力は時空や世界線を超越してその魂を探し出して複製し、記憶データを現在生きていると仮定した状態に書き換えて貼り付けることにより実質的な完全蘇生を行う彼の前世の師の異理の力には及ばない。
それは、アルフレートにとって唯一の救いだった。
アルフレートはゼドゥーが殺されるまでという猶予を得ることができ、その間にグリフィスを殺せば、やがて来るであろう世界の危機を回避することができるのだから。
「主人様、あれはもう去った後です。もうここには戻って来ないでしょう」
「そうだな……帰るか、シャリスさん」
アルフレートとシャリスは再び〝移動門〟を開き、裏商人ギルドの本部がある超帝国マハーシュバラへと戻った。