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【三人称視点】天啓の救済の大聖女と正教会⑧

 ミンティス歴2030年 8月27日〜8月29日 場所ミンティス教国、ティシュトの村


 今回、カタリナ達が選んだのはティシュトの村、セレェヴィの村、ソリグァドの町、プディラィの町、ウィランテ=ミルの街、リュフォラの町の順に巡るルートだった。

 その旅の動きは前回とそれほど変わらない。


 魔獣を倒しながら道を進む→町や村に到着する→癒しの奇跡が必要な教徒に法術を掛け、迷える信徒の悩みを聞く→(夕方になってしまった場合は教会で食事と寝床を用意してもらう) →魔獣を倒しながら道を進む。


 この繰り返しである。


 唯一変わったことがあるとすれば……。


「やっぱり、カタリナちゃん。脱ぐと凄いわね」


「……オマワリサンコッチデス」


 やけにスキンシップの多い妖艶系美女の参戦で、以前のような静けさが完全に無くなってしまった女湯で、カタリナは死んだ魚のような目をしながらカタコトで通報の呪文を唱える……しかし、お巡りさんは来なかった。


「あの……目のやり場に困るので、男湯に戻っていいですか!!」


 そして、もう一人女湯に入っている(強引に入らせられた)人物がいる。

 ソウルハゥトで堕天騎士に変身した(させられた)ユーゼフ(隠れ巨乳)は赤面しながら手で目隠しした。


「あらあら、ユーゼフは初心ね。可愛いわよ」


「……ペトロニーラさん、いい加減にしてください。至福のひと時を邪魔しないでください」


 その時のカタリナの笑顔は、それはそれは眩しいものだった。

 普段浮かべる慈悲深いものでは断じてない。ある種の迫力があるその笑顔を見て、ペトロニーラは冷や汗をかいた。


万天照らす日輪の大杖(アマテラス)


 カタリナの手に純白の杖が現れた。


「〝発動(アクティベート)〟――〝氷結(フリーズ)〟」


 ペトロニーラの首筋が凍結する。突然首が凍ったペトロニーラは、反射的にお湯に潜って溶かすことに成功した。

 が、ペトロニーラの心拍は氷の溶けた今でも昂ぶっている。


「し、死ぬかと思ったわ」


 ペトロニーラは鬼でも見るような目をカタリナに向けるが、カタリナの方は柳のように往なす。


「先に断っておかないといけませんでしたね。実は私、風呂で暴れられるのに物凄い嫌悪感と苛立ちを感じるんです。反射的に魔法を使ってしまうくらい……お風呂でスキンシップを取りたい気持ちも分からない訳ではありませんが、風呂に入ってリラックスしたい人もいることを決して忘れないでくださいね、ペトロニーラ様」


 ゼルガドを除くメンバーはこの日、「カタリナが入っている風呂では絶対にふざけない」ことを強く心に誓ったのだった。


「……お〜い、ユーゼフ。お前だけ美女に囲まれていていいよな」


「ゼルガド様、そんなにもお湯と一緒に氷漬けにされたいのですか?」


 否、ゼルガドを含めて全員がこの日、「カタリナが入っている風呂では絶対にふざけない」ことを強く心に誓ったのだった。

 なお、温厚な聖女(ラ・ピュセル)のカタリナが従者の一人をお湯と一緒に氷漬けにしようと満面の笑みで言ったことは噂として各地に伝わって、結果的にカタリナは【氷の微笑】の称号を得ることになるのだが、そんなことは全く予想せず、一人怯える仲間を後目に悠々と湯を堪能するカタリナであった。



 ミンティス歴2030年 8月29日 場所ウィランテ=ミルの街、冒険者ギルド


「冒険者ギルド、ウィランテ=ミル支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 ウィランテ=ミルの街の冒険者ギルドの受付カウンターは、依頼を受ける場所、報酬を受け取る場所、その他雑事の三つに分かれている。

 カタリナはその中のその他雑事を担当するカウンターに並んだ。


「スギュヌの町の冒険者ギルドの依頼で巨獣討伐に参りました、カタリナ=ラファエルです」


 瞬間、ギルドが騒然とした。冒険者達の視線がカタリナに注がれる。


「……聖女(ラ・ピュセル)様よ。アンタじゃ無理だぜ」


 冒険者の男が立ち上がった。

 その男の馬鹿にしたような言葉に、ユーゼフ達は怒りを覚える。

 カタリナは、ユーゼフ達に微笑み掛けて一触即発の空気を和らげると、柔和な笑みを浮かべて男に向き直った。


「それは、私が女だからということでしょうか?」


「いや、違う。……語弊があったな。今はまだ無理だってことだ。……聖女(ラ・ピュセル)様とその一行の噂は耳にしている。とんでもなく強いんだろう? だが、今回は相手が悪い。……その時はまだ情報が完璧に揃って無かったんだろうな。巨獣は全部で二百匹……これほどの数を相手にするのは、今の状況では無理だってことだ」


「「「「二百匹!!」」」」


 「話が違うではないか」という言葉をユリシーナ達は呑み込んだ。

 彼女達のリーダーであるカタリナは顔色一つ変えないまま、男と正対している。


「これほどの事態だ。ミント正教会の騎士修道会も動くだろう。……この街には少し前まで一ノ瀬梓っていう凄腕冒険者を中心とするチームが在籍していたんだが、ちょっと前にこの街を出発してしまってな。……彼女達がいる状況でも俺達はトロル達に討って出ることができなかった。……騎士修道会と力を合わせることができれば、まだ可能性はある。最悪の場合はギルマスが冒者ギルド総帥(ワールドマスター)に援軍を要請するんだろうが……ミント正教会は冒険者が台頭することを恐れているだろう?」


「……まあ、確かにそのフシはありますね。分かりました、しばらく待ってみましょう。但し、どこからも救援が来ない場合は私が殲滅します……こんな姿ですが、これでも強いんですよ」


「ははは、そりゃ頼もしい」


 巨獣襲来が間近に迫るウィランテ=ミルの街はその日、一切の悲壮感がない笑い声に包まれていた。



【ダニッシュ視点】


「……女神ミントが遂に堕ちたか。神格兵器……これがどれほどの力を持っているかは分からないが、不穏分子は先に排除しておかないといけないな」


 俺は部下からの報告書を読み、溜息を吐いた。

 火球を生み出して報告書を焼き払い、証拠隠滅を図ってから、椅子に座る。目の前の書類の山を見るとうんざりするから背後を向こうとして、部屋全体が書類に埋め尽くされていることに気づいて机の方に向き直した……なんだよ、この汚部屋。


 まだ二重の意味じゃないだけマシか。この部屋を埋め尽くしているが、腐女子が愛する薄い本とかR18の漫画とかだったら別の意味でも汚部屋になるからな。


「……ダニッシュ様」


「入れ」


 部屋に入ってきた男は、護法騎士修道会に所属する騎士だ。

 それと同時に、ヴァパリア黎明結社召喚部門のメンバーでもある。


「ダニッシュ様、依頼されていた厄災因子(イレギュラー)の消息調査ですが、依然として行方を掴めない状況です。……誠に申し訳ございません」


「お前が謝ることではない。……能因草子が仲間と共にこの国に入ったのは確認しているのだな?」


「はい、それに関しては近隣住民への聴き込みからほぼ間違いないと思います」


 能因草子――ヴァパリア黎明結社を揺るがす可能性を最も秘めた存在。

 ヴァパリア黎明結社の二代目首領ゼドゥー=ヴァパリア様は、彼を泳がせて状況を見ているようだが、既に人事部門の部門長と副部門長が殺されてしまっている現状でそれはあまり良策とは言えない。


 まあ、その部門長があのよく分からない執事人形だったのは良かったが……まさか、アイツが滅んだ筈の兎人族の女だったとは思わなかったぜ。しかも、兎人族を皆殺しにした奴だとか……怖や怖や。

 そんな狂人が同僚の職場って実は結構ブラックなんじゃねえか? まあ、新人の部門長達も結構ヤバイ奴ばかりだけど。


 そして、同時期にもう一人部門長を殺した奴がいる。……御子左ちゃんはいい子だったんだけどな。全く、惜しい人を亡くしたぜ。

 インフィニット・ショットシェル……ゼドゥー様の【永劫回帰】による帝国破壊を幾度となく受けながらも、何度も立ち上がり【不屈】と呼ばれた超皇帝シヴァ=プリーモの懐刀か。


 とりあえず、確認できただけで二人の超越者(デスペラード)覚醒(アウェイク)しているってことか……おかしくねえか、お前ら! 七賢者か、七賢者なのか!!

 いや、そんな風にいきなり超越者(デスペラード)に至れるレベルの奴って基本的にヴァパリア黎明結社だと七賢者待遇を受けるからな!!


 ……まあ、いい。作戦を考えよう。


 俺は大して強くない。正直、あのグラン=ギ・ニョールよりも弱い。

 俺はどちらかといえば頭脳労働者だからな。自分が動くのではなく人を使って問題を解決する方が得意だ。


 ヴァパリア黎明結社はこの件に乗じ完全にミンティス教国を滅ぼせと言っている。

 個人的には力をつけてきているインフィニット大将軍がうざい……となれば、この二つを一気に処理するのが一番だろう。


 本当は能因草子とインフィニットを共倒れさせるのが一番なんだがな……流石にそんなに上手くはいかねえか。

 どちらにしろインフィニット率いる攻防軍が参戦してきた時点でミンティス教国は滅ぶ。

 どう転んでも俺にとっては美味しい話だ。


「超帝国マハーシュバラに匿名で手紙を届けろ。大至急だ。『ミンティス教国の神殿宮の地下に超古代文明マルドゥークの秘宝に繋がる遺跡がある』とな」


「はっ!! ……しかし、そんな怪しい話に超帝国マハーシュバラが乗ってくるでしょうか?」


「奴らは間違いなく乗ってくるさ。どんなに信用ならない情報でも連中は必ず調査する。そうやって少しずつ絞り込んで行く……全く、合理的なやり方だよな」


 YGGDRASILLについてはその実在と超古代文明マルドゥークに関係があるという以外の情報は全くない。この超古代文明マルドゥークについても全く文献が残っていない上に、資料の一部は俺の親友だった高槻斉人が持ち去ってしまっている。


 俺達ヴァパリア黎明結社と超帝国マハーシュバラのYGGDRASILLに関する調査の進展具合はほとんど変わらない……となれば、こちらと同じように虱潰しに調査するという方法を選ぶ筈だ。……特にインフィニットはとことん無駄を嫌うから余計に確実なこの方法を取るだろう。

 だからこそ、奴らは絶対にこの国にやってくる。


「それから、暫くは四、五部隊に分かれて聖都に潜伏するように召喚部門のメンバーに伝えておけ。それから、能因草子の調査は打ち切っていい。出てきたらまた策を変えればいい」


「はっ!! ……ところで、枢機卿(カーディナル)のマジェルダ様から呼び出しが掛かっておりますが」


「……マジか。このタイミングで……分かった。お疲れさん」



【三人称視点】


 贅を尽くした宮廷の雰囲気を感じさせる豪奢な部屋がいくつも存在する神殿宮の中でも格別豪奢な部屋の一つに、六人の男女が集まっていた。


 聖法騎士修道会騎士団長。ローブをまとった初老の優男――ハインリヒ=インスティトーリス。


 神聖騎士修道会騎士団長。絶世の美女にしてミント正教会最強の戦乙女(ヴァルキューレ)――ネメシス=ダルク。


 獣法騎士修道会騎士団長。髭面の野性味溢れる男――ピエール=ドランクル。


 隠法騎士修道会騎士団長。黒の巫女服風衣装の上から純白のローブを身に纏った少女――ジューリア=コルゥシカ。


 護法騎士修道会騎士団長。十字架があしらわれた鎧を纏った銀髪碧眼のナイスミドル――ダニッシュ=ギャンビット。


 そして、今回彼らを呼び出したミント正教会筆頭枢機卿(カーディナル)――マジェルダ=ホーリー。


 この部屋にミント正教会の最高戦力が集結していた。


「皆様。お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。さて、早速本題に入らせていただきます。――ウィランテ大山脈の反対側から巨獣の群れがこちらへ侵攻を開始したという情報を入手致しました」


 ハインリヒとジューリア以外――三人の騎士団長が驚愕の表情を浮かべた。

 ハインリヒの場合は自身が巨獣の情報を入手し、マジェルダに報告したからであろう。

 ジューリアはあまり感情を顔に示すタイプではない。


 ダニッシュも情報自体は部下を通じて手に入れていたが、あえて初めて知った風を装った。

 ダニッシュの役割は近衛――つまり、この神殿宮を守護だけしていればいいという立場である。


 騎士修道会の仕事はそれぞれでしっかりと線引きが成されており、出過ぎた仕事は顰蹙を買うことになる。

 内の守護者たるダニッシュが、神聖騎士修道会や獣法騎士修道会、聖法騎士修道会のような外の守護者達が担当する外の情報を得るということは、彼らの仕事を奪う意思があると捉えられることになり兼ねない。

 黙っているのが一番であれば、下手なことを言う必要はない。


「その討伐を神聖騎士修道会、獣法騎士修道会、聖法騎士修道会にお願いしたいのでございます」


「分かりました。素晴らしい成果を必ずやあげてみせます!!」


「今度の敵は巨獣だな。任せてくれ、枢機卿(カーディナル)様」


「儂の力でどれほどお助けできるかは分かりませんが、最善を尽くしましょう」


「流石は女神ミント様の使徒たる皆様方です。女神ミント様は必ずや皆様を勝利に導いてくださいますでしょう。……それと、近頃女神ミント様の使徒を名乗る聖女(ラ・ピュセル)が降臨なされました。もし、お見かけしましたら、この神殿宮にお連れしてください」


 女神ミントの使徒たる聖女(ラ・ピュセル)がいるのであれば、それを歓迎し、手厚くもてなすのがミント正教会の成すべきことだ。

 それ故の発言だとネメシス、ピエール、ハインリヒ、ジューリアは考えているのだろう。


 だが、ダニッシュとマジェルダはそれがあり得ないことを知っている。

 女神ミントは既にマジェルダの手に落ちているのだ。その状況でどうやれば使徒として聖女(ラ・ピュセル)を遣わせることができようか?


 この聖女(ラ・ピュセル)――カタリナ=ラファエルについては不明な点が多い。

 出生地不明、年齢不明、ミント正教会の洗礼を受けた記録なし。


 ミント正教会セペァジャ派の教会に突然現れてから次々と問題を解決し、瞬く間にその名を轟かせた。

 その少女は、自らを女神ミントに遣わされた存在と語り、その証として四つの神器を持っているというのだが、そもそもミント正教会の神話にそのような神器は存在しない。


 彼女の目的は不明だ。ミント正教会への狂信が激しい故に、自らが女神ミントの使徒であると勘違いしてしまっているのか、何かを狙って使徒だと言っているのか。

 彼女の言葉と現状には矛盾がある。だが、それを指摘するとなれば、自らが女神ミントを手中に収めていることを明かさなければならなくなる。


 カタリナの狙いを確かめるべく、マジェルダはこの場に呼びつけようと考えているのだろう。

 もし、本当に心から女神ミントを崇拝しているのであれば、マジェルダにとって優秀な駒になる。もし、そうでなかったとしても、教皇(ポープ)メル=ジルフィーナの【友情強制】で洗脳してしまえばいい。


 【友情強制】は同性に対しても通用する。どんな目論見があったとしても、【友情強制】でお友達になってしまえば後は思い通りだ。

 マジェルダは、ついでに絶世の美貌を持つとされているその聖女(ラ・ピュセル)を欲望の捌け口として使おうと考えたいのだろう。


 ダニッシュは、「宗教者の風上にも置けない奴だな」と思いながら自分がそれをとやかく言える立場にないことを思い出し、人知れず苦笑した。


「隠法騎士修道会と護法騎士修道会には、いつも通り神殿宮の警護をお願い致します」


「――我、了解せり」


「了解した」


 何もかもが上手くいき満足気な表情をしているマジェルダは、ダニッシュが口元を僅かに歪めていたのを見逃してしまった。

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