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講義パート、【書誌学】入門一限目。担当教員、日本文化研究学部国文学科浅野天福教授

◆登場人物

担当教諭: 浅野天福教授

 日本文化研究学部国文学科の教授。

 以下は浅野と表記する。


ディスカッサント:能因草子

 浅野ゼミ非公式ゼミ生。文学に対して多くの知識を有する公立高校一年生。

 以下は能因と表記する。


ディスカッサント:白崎華代

 草子と同じ公立高校に通う一年生。成績は草子に次ぐ二位だが、文学に対する知識は人並み。

 以下は白崎と表記する。


※講義パートは本編とは直接関係はありませんので、読み飛ばして頂いても構いません。本編では絡まない登場人物の絡みと、本作の肝となっている文学に対して理解を深めて頂けたら幸いです。

ちなみに、本講義――【書誌学】入門を履修した皆様には二単位を差し上げます……冗談ですよ。レポートの提出も期末試験に向けた勉強も必要ありませんから、気軽にお読み頂けたら幸いです。

浅野「ようこそ、浅野ゼミへ。それから、君が白崎さんだね。はじめまして、日本文化研究学部国文学科の浅野だ」


白崎「はじめまして、浅野教授。……本編では絡みはありませんが、こちらでは色々とご教授頂けると伺っておりますのでよろしくお願い致します」


浅野「草子君。君の友人と聞いて期待していたが、その期待に間違いは無かった。……今回の講義は有意義なものになるだろう」


能因「浅野教授、雑談はここまでにしてそろそろ講義に入りましょう。聴講(読者)の皆様を待たせる訳には参りませんので」


浅野「……そうだったな。それでは、講義を始めよう。今回は【書誌学】入門ということで、そもそも【書誌学】とは何か、具体的にどのようなことをする学問をするかについて順を追って説明していく。とはいえ、いきなり核心に迫ってもついていけないだろうから、まずは一つ質問をさせてもらおう。白崎さん、君達が高校で使っている教科書に載っている……そうだな、『枕草子』にしよう。『枕草子』は平安時代中期に中宮定子に仕えた女房、清少納言により執筆されたと伝わる随筆だということは古典の授業や日本史の授業で習ったと思うが、教科書に載っている『枕草子』は清少納言が書いた『枕草子』と同一のものであるか、そうではないか、どちらだと思う?」


白崎「同一のものではないでしょうか? 同じ『枕草子』ですし、『枕草子』一、『枕草子』二と複数の『枕草子』があるとは聞いたことがありませんから」


浅野「なるほど、『枕草子』一、『枕草子』二か……面白い解答だな。確かに、『枕草子』という作品はさっき述べた通り平安時代中期に中宮定子に仕えた女房、清少納言が執筆したものしか存在しない。だが、現代『枕草子』として教科書をはじめとして様々な形で読まれている『枕草子』が清少納言が書いた『枕草子』とイコールであるとは断言できないのだ。……では、問いを変えよう。現在出版されている本は作者が書いた作品とイコールと言えるが、古典作品においては必ずしもイコールとは言えない。その理由を草子君、答えてくれ」


草子「はい。近代の作品は西洋からもたらされた印刷技術によって印刷された後に出版、販売されますが、古典の書かれた時代には印刷技術は存在しませんでした。そこで行われたのが作者の自筆本を借りて書写するという方法でした。しかし、書写は人間がすることなので誤字や脱字が発生したり、順番が変わってしまったり、酷いと文数行が脱落したり内容の改変が行われたりしてしまうことがあるのです。当時は著作権などありませんでしたから、読者が好きなように物語を改変してしまうことも日常的に行われていたのでしょう。その結果、原本から遠い『枕草子』などの古典籍が生まれてしまったのです」


浅野「素晴らしい解答だ。流石は未来の浅野ゼミ生。……と、話を続けなくてはな。草子君が説明してくれた通り、現在残っている多くの古典籍は自筆本を元に書写された伝本である。しかし、その内容のレベルは本毎にまちまちだ。そうした古典籍の中から最も作者の自筆本――つまりは原本に近い最恵本を見つけるのが【書誌学】という学問の目的の一つである。といっても、これは【書誌学】という学問の一側面でしかない。【書誌学】とは本の外観や材質といった本が持つ物質(モノ)としてのデータと、成立や伝来に関するデータ。つまりは、形態・材料・用途・内容・成立の変遷等の事柄を科学的・実証的に研究し、歴史の中に位置付けることを目的とする学問だ」


白崎「なるほど……この【書誌学】という学問が無ければ、『枕草子』がいつの時代の作品かも分からず、教科書に載っている『枕草子』も清少納言が書いた『枕草子』からかなり遠い内容になっていたかもしれないのですね」


浅野「その通りだ。簡単に概略を説明することができた。今回の講義はここまでだが、何か質問はないか?」


草子「具体的にどのような部分に注目して書誌の成立や系統を調べるかについては、次回の講義で説明するのですか?」


浅野「おっと、そうだった忘れていた。草子君ありがとう。……その前に実際に古典籍を触る時の注意事項を説明しよう。まずは、指輪などのアクセサリー類や時計類は必ずしも外してくれ。大切な書誌を傷つけないためだ。他にも、同じ理由でペン類や消しゴムや定規を使用してはならない。使用していいのは鉛筆と柔らかいメジャーのみだ。よく手を洗い、爪は切っておく、マニキュアは落としておく。また、書誌が保管してある場所では飲食は禁止、勿論書誌を食べるのもダメだぞ」


草子「……くっ」


浅野「準備するものは鉛筆、鉛筆削り、書誌カードと呼ばれる書誌に関する情報を記録する用紙……なければルーズリーフを使うなど臨機応変に対応してくれ。巻尺、それから古典籍はくずし字で書かれているからくずし字字典は必須だ。後は西暦と和暦が換算可能な年表と色や文様に関する手引書が必要だ」


白崎「鉛筆、鉛筆削り、書誌カード、柔らかい巻尺、くずし字字典、西暦と和暦が換算可能な年表、色や文様に関する手引書……と」


草子「今はスマホのアプリにくずし字を学習できるものもありますから、利用して大体のくずし字を覚えておくと便利ですね」


浅野「そうだな。……それで、具体的にどのように見るかだが、まずは全体をざっと見てみる。何冊のセットなのか、大きさはどれくらいか、写本か版本か、小口書……小口(折り目以外の三方)の中で、主に手前側面に書かれている書名だな……があるか無いか、虫喰いがあるか無いか、程度はどれくらいか」


草子「……紙魚殺すべし、死番虫滅すべし、茶立虫消すべし……紙魚殺すべし、死番虫滅すべし、茶立虫消すべし……紙魚殺すべし、死番虫滅すべし、茶立虫消すべし……紙魚殺すべし、死番虫滅すべし、茶立虫消すべし……紙魚殺すべし、死番虫滅すべし、茶立虫消すべし……紙魚殺すべし、死番虫滅すべし、茶立虫消すべし……紙魚殺すべし、死番虫滅すべし、茶立虫消すべし……この世から本を喰う虫なんて消滅してしまえばいいのに」


浅野「……そういえば、草子君は大の虫嫌いだったな。書誌を愛する草子君にとって、本を喰らう虫は天敵。造り酒屋と火落菌のような関係だ」


白崎「浅野教授……比喩が分かり難すぎます」


浅野「おーい、草子君。戻ってこい。話を続けるぞ。次に表紙を見る。表紙の色や文様は、その素材は何か、原装のままか改装されているか、題簽(だいせん)……和漢書の表紙に書名を記して貼りつける細長い小さな紙や布の様子はどうか、場所は左上か真ん中か。この題簽の位置で、その作品が当時どのようなジャンルとして捉えられていたか知ることができる。その次は前付……書物の導入部分だな。成立や内容に関わる重要な情報はここにある。表紙返しと呼ばれる表紙の裏側に書かれている内容は、題詞と呼ばれる数文字や漢詩などでその書物を賞賛したものがあるか、序文があればその内容はどのようなものかを確認する。続いて本文、内題はあるか、匡郭(きょうかく)……版本の枠があるか、無ければ字高……本文第一行の寸法は、何文字何行で書かれているかを確認する。最後に後付……書物のまとめ部分だな。跋文(ばつぶん)……つまりは後書きがあるか、あればその内容は、奥書……どんな本をいかなる理由で、誰が、いつ書き写したかという情報が記されている部分はあるか、あれぼどんな内容なのか、刊記……刊行についての記述があるか、その他宣伝があるかなどを確認し、最後に全体を通して書き入れがあるか、読めない字があるかなどを確認する……まあ、このような形で調べ、その後データベースや辞典等を用いて情報を調べるといった感じだな」


浅野「ということで、本日の講義はこれで終了だ。次回は各装丁についてを話し、可能であれば具体的な話に入りたいな」


草子「字数が決められていますからね、きっと作者も纏めるのにあーでもないこーでもないと策を弄していると思いますよ」


浅野「そういう舞台裏は明かさない方がいいだろう。ということで草子君、白崎さん異世界での冒険は辛いだろうが陰ながら応援しているぞ!」

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